自由の意味と価値 3


 ミレイとしては、ここまで話が盛り上がるとは正直思っていなかったが…
ただ…ずっと気になっていたルルーシュについては色々解った気がする。
それをここで云うつもりはないが…
「そう考えてみると…私は本当に…何も知らないまま…このエリア11にいたって事になるのね…。私はお父さんの仕事の都合でこのエリアに来ているんだけれど…」
シャーリーの言葉の内容は、はっきり云えば、ルルーシュとスザク以外は全員当てはまる事だ。
どんな仕事であろうと、事情であろうと…彼らは…このエリアに暮らす、支配する側の人間である。
「でも、そう云う事に気づかないブリタニア人が殆ど…だと思うけどな…。実際に、この租界に入ること自体、ナンバーズにとっては結構大変なことだろ?名誉ブリタニア人になれば、とりあえず、フリーパスみたいだけれど…。物理的には確かに生活は楽になっても、ブリタニア人からは差別の対象…イレヴンたちからは裏切り者扱い…」
「簡単に云うと、このエリアにはブリタニア人、イレヴン以外に、新たに『名誉ブリタニア人』と云う新しい種類の人間が生まれたと云う事よね…」
「確かに…ブリタニアにして見れば、自分たちが植民エリアの住民すべての恨みを買うよりも、間に『裏切り者』と呼べる種類の人間を置いて、クッションを作っておいた方が、楽は楽だろうな…」
「おまけに、いざ、イレヴンがテロを起こせば、『名誉ブリタニア人』に制圧させて、同志討ち…やる事はえげつないけれど、効率的だな…。正直、俺、こんな構図が見えて来ると、自分がブリタニア人で良かったかなぁ…なんて思っちゃうよな…」
最後のリヴァルの言葉は相当乱暴な云い回しである事は否めないが、それでも、確かにその通りだと云わざるを得なかったのは、ブリタニア人の生徒会メンバーたちだ。
「今のエリア11のあり方は…絶対に間違っているんだ…。だから…ブリタニア人にも認められた形で日本人が…」
スザクがそこまで云った時に、またもカレンが噛みついた。
「ねぇ…なんで、日本人が日本人であろうとする事を『ブリタニア人』のお許しを頂かなくちゃいけないのよ…。元々、侵略戦争して、侵略したのはブリタニアの方よ…」
これまた、デッドヒートしそうな勢いであるが…
ルルーシュはスザクがここまで(少々ずれている部分は否めないが)ルールを遵守しようとしている理由を知っているだけに…カレンの云っている事も解るし、どちらかと云えばルルーシュはカレンの考え方に似ている。
否、カレンは、『ゼロ』に傾倒しているのだから…カレンがルルーシュの考え方に似てしまったと云う事か…
その辺りはルルーシュとしてはどちらでもいいのだが…
ルルーシュとしては…スザクがブリタニア軍から抜けてくれる事を願っているし、出来る事なら…『ゼロ』の正体を知る存在として傍にいて欲しいとも願っているが…
―――こんなディベートごっこで心が動くような奴でもないな…スザクは…
そんな風に、誰にも知られない様に自嘲する。

 で、ディベートごっこの方はスザクとカレンが睨み合っている状態だ。
「なら…そうやって、邪魔だからと…ブリタニアと戦ってどうなるって云うんだ…。戦って、たくさんの命の犠牲の元に出した結果なんて…」
「じゃあ、スザクはたくさんの人々を殺しているじゃない!あなたのそのやり方が正しいって云うの?」
「僕は…」
「私は知ってる…名誉ブリタニア人のブリタニアの軍人が、たくさんのゲットー内の日本人を殺している事!あれは正しい事なの?あれは間違っていないって云うの?死にたくないから殺されそうになって、自分の身を守っちゃいけないって云うの?」
最近、シンジュク事変ではクロヴィスの命令の下、多くの…ただゲットーで静かに生活していたイレヴンが殺された…
その際、直接手を下していたのは…
イレヴンはナイトメアの登場を許されていないし、銃の所持も許されていない。
だから、見つけ次第、その手でゲットー内の日本人に手を下す事を命じられていた。
ただ…こんな興奮状態のカレンを何とか沈めない事には話し合いが話し合いにならないだろう。
「でも…俺は…あの時、シンジュクゲットー内のテロリストのテロ活動に巻き込まれて、ゲットーにいた…。その時に俺を助けてくれたのは…スザクだ…。上官の命令に逆らってまで…な…」
「え?ルルーシュ…あのトラックって、ゲットー内のテロリストたちのトラックだった訳?良く生きていたな…」
あの時、ルルーシュがトラックに連れて行かれてしまい、リヴァルの方はエンジントラブルで置いてきぼりになった…
「まぁな…。あの時に俺は、スザクと再会したんだよ…何年ぶりかに…」
「でも…ブリタニア軍の上官に逆らって…しかも、イレヴンと云う立場で…その場で射殺されても文句は言えないわよ?」
ミレイが驚きの声を発した。
「実際に撃たれたよ…。でも…九死に一生を得た…と云うところ…かな…」
スザクが少し困った顔で笑った。
その後のスザクの周囲の動きは…マスコミに報道された通りだが…
そして、ミレイはルルーシュを睨みつけて無言の圧力をかけた。
―――あんた!少しは自覚しなさいよ!
そんなミレイの睨みにルルーシュが怯む筈もなく…
そんなルルーシュを見てミレイは、皆にも解るように『はぁ…』と大きくため息を吐いた。
「ルール遵守のスザクが…そんな事…したの…?」
カレンが驚いた表情で…スザクを見た…
カレンの中ではスザクは…ブリタニア軍の命令であれば…自分の恩師さえもその手にかける事を厭わない人間だと思っていたから…
確かに…それは、スザクの思いの強さの表れだとは思うのだが…
それでも… カレンの中では納得できない… あれ程、綺麗ごとを並べて…『ゼロ』の邪魔をして…自分たちの邪魔をして… カレンにしてみれば…スザクの行動は間違っているとか、間違っていないとか云う以前に、そのルールは自分の中で決めたものじゃない…そんな思いがあるのだ。 しかし…
―――そう云う意味では…私の中に、絶対に破れないルールって…あるのかしら…
カレンはそう思えてきた…

 カレンの激昂が治まって生徒会室内の緊張がやや緩んだ。
恐らく、ルルーシュの今の一言で、生徒会メンバーのスザクへの見方が少し変わったのかもしれない…
そんな空気だ。
「一つ…聞いて…いい…?」
色々諭された後、黙った状態だったニーナが口を開いた。
本当に恐る恐る…と云った感じは拭えないのだが…
しかし、それでも、これまでのここでの話を聞いていて、色々思うところが出てきたらしい。
それは、恐らく、彼女のイレヴンに対する意識の持ち方が、少し変化したのかもしれない。
確かに、過去に、ここまでイレヴンを怖いと思ってしまう程の思いをしているのだから、いきなり、イレヴンに対しての恐怖心を拭い去れと云うのは無理な話だ。
でも、このニーナの態度は…恐らく、現在立ち止まっている場所から一歩を踏み出そうと云う態度の表れだろう…
その場の全員がそう考えた。
「なぁに?ニーナ…」
ミレイが緊張ですっかりカチカチになってしまっているニーナを解す様に声をかけた。
「えっと…今のエリア11は…ブリタニアとの戦争に負けた…日本で…日本に住んでいた人達は、ブリタニアに支配されて…日本と云う国が、ブリタニアの植民エリアになって…。でも…どうして、ブリタニアはエリア11が必要だったの?わざわざ戦争してまで…」
これもまた、恐らく、普通に抱く、疑問だろう。
イレヴンがブリタニア人に対して恨みを持つやり方で、ブリタニアはこの地を支配している。
ニュースを見ていれば、恐らく、他の植民エリアも同じように…支配されているのだろう。
ただ…他の植民エリアはここまでの強い抵抗がない…と云う事で、現在のエリア11に武闘派で知られている第二皇女であるコーネリア=リ=ブリタニアが総督になっている。
それは…エリア11の激しい抵抗運動の対応の為だろう…
「戦争と云うのは…政治の一部だ…。政治の一部と云う事は、状況によってその姿を変えて行くし、その目的も状況に応じて変わって行くものだ。だから、今のニーナの質問に対しては、一概に『こうだ!』と云う答えは難しいな…」
「でも…今の状況を見た時のブリタニアの目的は確実にこの日本に置いて産出されるサクラダイト…。だからこそ、日本の主権を奪ったと思うのは自然じゃないの?」
ルルーシュとカレンのやり取り…
確かに『戦争』と云う言葉の中に含まれるその意味は複雑で、一言で云えない事は確かだ。
そして、カレンの答えは一番解り易く、人を誘導し易い答えでもある。
「それでも、日本の中枢を握っていた存在が…まだその、サクラダイトの権利に関しては握っている。だからこそ、テロリストたちは大きな資金と物資のバックアップを受けているんだ…。まず、それを止めないとテロは止まらない…」
様々な事情を、ここのメンバーの誰よりも知るスザクが言葉にした。
そうとばかりも言えない部分がある事も確かだが…
ここまでのルルーシュ、カレン、スザクのやり取りではこのくらい簡潔にしないと、きっと非常に解り難い話となるだろう。
この段階で他のメンバーが困っているのも事実だ。

 それは至極当たり前だ。
ここのメンバーは知らないがルルーシュもカレンも世間を騒がせている『黒の騎士団』として活動しているのだ。
そして、全てを知るのはルルーシュのみだ。
「あの…お三方?ちょっと…俺たちでは…良く解らない話になっているんで…。結論としては、一番解り易い、ブリタニアがこのエリア11を欲した理由って云うのは…サクラダイトだった…って事でいいのかな?」
リヴァルがかなり簡潔にまとめて尋ねてみる。
「まぁ、それが一番解り易いだろ…。それに、戦争をする際、国と云うのは必ず大義名分を作るものなんだが…ブリタニアに関しては、その国力の所為か、そんな事も完全無視して戦争をしているから…一般論の視点から見れば、リヴァルの云っている理由が一番解り易い。でも、戦争の際、その本当の理由は基本的には国家機密だからな…。国民に伝えられる物を鵜呑みにしたところで、それが本当である保証はどこにもない…。まぁ、これはブリタニアに限らないがな…」
リヴァルとシャーリーはルルーシュの云っている事の半分も解らない…と云った表情だ…
実際にこのルルーシュの言葉を完全に理解できている人物がいるかどうかは怪しいところだ。
一応、ある程度は解る…と云ったレベルの人間はいるようだが…
「つまり…このエリアの侵攻に関しては、私たち国民にも伝えられていないって事なの?」
ニーナは良く解らないながらも、自分の質問の答えに対して、確認の質問をする。
「まぁ、基本はそう云う事だ。特にブリタニアは皇帝を中心とした独裁国家だ。独裁と云っても様々な形があるが…ブリタニアの場合、完全に皇帝が頭脳で全てを決めている…。となれば、その国の真意を知るのは皇帝のみと云う事になる…」
「私たちには…解らない事なのね…。となると、イレヴンはもっと解らないって事なのかしら…?」
「突然宣戦布告されて、その強大な軍事力で1ヶ月と持たなかったんだ…。そんな事を考えている場合じゃなかっただろうし、その後は、ブリタニアからの差別政策の下、過酷な生活を強いられているからな…。それでも、日本はある程度の余力を残した状態での敗戦だったから…完全にブリタニアも抵抗勢力を抑えつけられない…と云うよりも、当時の日本の中枢に立っていた者たちがまったくもって屈していない状態でブリタニアの植民エリアとなっているからな…。ブリタニアもある意味苦労するところだろうな…」
ルルーシュなりの現状の分析だ…
その言葉に、今度はスザクが噛みついてきた…
「あそこで、徹底抗戦していたら…日本は…日本人はもっとたくさん死んでいた…。確かに今は…過酷な生活を強いられているかもしれないけれど…でも、ブリタニアは実力主義の国だ…。ナンバーズだって、きっと…」
「お前なら…出来るのか?あの過酷なブリタニア軍の中で…。今、お前がどう云う部署に配属されているかは俺は知らない…。でも、この学園に来たばかりのときだって、お前はどう云う状況だった?軍ともなれば更に過酷だ…。まして、ナンバーズが出世して行くともなれば、命さえ狙われるぞ…」

 ルルーシュの一言に…周囲のメンバーは『ゴクッ』と唾を飲み込んだ。 普段のスザクは人当たりが良くて…ニコニコしているから忘れがちだし、今回のこの場でもスザクは軍人だと…そう指摘しながらもいまいちその辺りの事が自分たちの頭の中で噛み合っていなかったのかもしれない。
確かに…ルルーシュがスザクを『友達だ!』と云ったから…今、アッシュフォード学園でのスザクの立場は構築された。
しかし、それは学校の中だけでの事だ。
一歩外に出れば、スザクは名誉ブリタニア人であり、ナンバーズなのだ。
「それでも…僕のその働きで…このエリアが変わって行ってくれるなら…僕はそれで本望だよ…」
「なら…残された者はどうなる?」
スザクのその言葉にルルーシュは間髪いれずに尋ねた。
真剣で…怖いほど真剣な顔をして、スザクを見ている。
スザクは『え?』と云う表情をルルーシュに返す。
「お前は…確かにそれでいいかもしれない…。しかし、その意志を押し付けられた者はどうする?お前が特に何も云わなくとも、お前が死んだ事によってその遺志を継ごうとする者は必ず出て来るだろうな…お前の働きを見ていれば…。でも、お前ほどの能力を持つ人間が一体どれだけいると思っている?俺はお前の能力を…過大評価していない…。そんなお前の意志を…勝手に継いだのだとしても…そいつは苦しむだろうな…。お前と同等の能力を持たない自分の現実を見て…」
ルルーシュが誰にも口を挟ませない勢いでスザクに訴える。
「それに…お前を皆に『友達だ!』と云った俺はどうなる?お前の事をずっと心配しているナナリーは?お前に何かあった時には…お前を傷付けた相手を憎むと云ったリヴァルのその気持ちは?お前の云っている事は…ただ、自己満足が欲しいだけの…独りよがりの正義観に見えるのは…俺の偏った思考だからなのか?」
ルルーシュのその指摘に…そこにいるメンバーの誰もルルーシュの言葉は確かにきついかもしれないけれど…云い過ぎだと思っている者はいないだろう…
そして…ルルーシュがこれまで、誰に対しても一定の距離を置き続けていたのに…スザクに対してここまで本音でぶつかっている姿に驚きもしている。
「ルルーシュ…」
「お前にとっては迷惑な話かもしれないが…少なくとも俺はお前を初めての友達だと思っている。そして、今でもお前を大切な友達だと思っている。お前は…確かに色々なものを背負っている…。でも、それを理解したうえで…俺は…お前がお前を大切にして欲しいと願ってはいけないのか?」
ルルーシュのここまでの本音を…聞いた事のある人間は多分、この中にはいない。
そして、ミレイは、そんなルルーシュを見て…あの時に引き離されてしまった少年の彼にとっての大きさを思うと…惨い出会いであったと思うし、惨い別れだったと思う。
ルルーシュの云っているスザクの背負っているもの…と云うのは解らないが…
それでも、きっと一筋縄でいく問題ではないと…察する。
「きっと…アッシュフォード学園の生徒会メンバー全員…お前がそんな風に自分を…自分自身を粗末に扱う姿を見て…嬉しいとは思えないと思うんだがな…」
泣きそうになっているスザクを見て、ルルーシュは最後にこう告げた…
そして、他のメンバーたちも…ルルーシュの言葉に頷いていた…


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