ニーナの『イレヴン』に対しての恐怖心が、完全に消えたとは思わないが…
それでも、いくらか心が和らいだと考える。
ミレイ自身、ニーナに対するその部分での負い目を忘れた事はないが…それでも、彼女のその頑ななまでの恐怖心を拭う事は叶わなかった。
「でも…個人がいくら心を開いたところで…システムそのものが変わらなければ差別を受けている人々の苦しみは終わらないわ…」
それは、ずっと黙っていたカレンの談であった。
ルルーシュはカレンがブリタニア人と日本人のハーフである事を知っている。
そして、兄ナオトはブリタニア軍の手によって、カレンと引き離されたままだと云う。
死んだと云う話までは聞いていないが…あれ程感情を乱すところを見ると…恐らくは…
「確かにカレンの云う通りだ…。でも、システムだけ変わって人の心が変わらなくても結局は何も変わらないと…僕は思う…」
カレンの言葉にいち早く反応したのはスザクだった。
スザクはブリタニアにも認められる形で日本人の権利を取り戻そうと考えているが…
恐らく、その意見は、どんな形であれ、この中では孤立してしまいそうな…考えである事は…否めない。
「まぁ、両方変わればいいけれど…そんな事…本当にできるのかよ…」
二人の言葉に恐らく、一番素直な言葉で返したのはリヴァルだった…
その一言にスザクとカレンがリヴァルを見た。
スザクは少し驚いたように…カレンはリヴァルを睨みつけるような表情だ…
「あ…あのさ…俺、正直、そう云った政治の事とかってよく解んないんだけどさ…。それに俺自身はスザクの事はすっげぇいい奴だと思っているし、友達だし…お前が軍人として何かあった時は、きっと俺、泣くと思うんだよな…。でも…」
リヴァルはそこまで口にして、一旦言葉を切った。
そして、リヴァルの表情が変わった。
「もし、スザクがテロリスト制圧の時に大けがとかしたら、俺、そのテロリストの事、憎んじゃうだろうし、逆に…スザクの撃った銃弾が生徒会の奴らに当たった時には…スザクに対して、スザクを友達だと思っていても…憎まない自信がないよ…」
「確かに…私も…多分、リヴァルと同じかもしれない…。多分ね、それって、ブリタニア人とか、イレヴンとか、関係ないんだけど…。今のところ、私はこうして守られている状態だし、ホントは、そんな事現実味がないんだけど…」
リヴァルに続いてのシャーリーの言葉…
その言葉に…生徒会室はどのくらいかの時間、しんと静まり返った。
実際に、この『エリア11』でイレヴンたちがテロを起こさなくてはならない原因や事情を作りだしたのはブリタニアだ。
それは、7年前の戦争で日本がブリタニアから自国を守れる力がなかったと云われればそれまでだが…
ただ、個人的な感情としては、そんなところまでは頭が回らないのは至極当たり前の事だ。
「スザクは…あの、枢木首相の息子…だろ?多分、俺なんかよりもずっとそう云った国の事情とか、政治の話とか詳しいと思う…。でも、そんな事をうまく理解できない俺みたいな小市民としては局地的な事しか考えられないよ…」
リヴァルの言葉は…恐らく、いわゆる、一般市民で、自分の生活に精一杯な人間の意見だろう。
リヴァルもシャーリーもイレヴンに対して差別をしているつもりは毛頭ないのだが…ただ、『差別』と云う言葉は、中々複雑な側面を含んでいるのだ。
「まぁ、ここにいるメンバーで…本気でブリタニア人が世界で最も優れた人種であるなんて考えている奴はいないだろ?まぁ、いるかもしれないが、いないという前提で話してみれば、何を持って、優れていると思うのか…と云う事を考えた事はあるか?恐らく、差別政策を施す上で、必ず為政者が使う言葉でもあるが…」
ルルーシュの一言に、『差別政策』で必ずと云っていい程使われる言葉が含まれていた。
確かに、このエリアでも総督の演説の中では必ずと云っていい程に使われる。
自分たちこそが優れた民族であり、他の民族は自分たちよりも劣っていると…
あまりに古典的な手法であるが、実際にこうした言葉を使われているのは事実で、支配する側の民族には優越感を与えるが、支配される側の民族には、最初の内はいいが、最終的には反発を招く言葉となる。
その反発が大きくなれば確実にその中から、『自国の独立』を目指して立ち上がって来る者が出て来る。
「ブリタニアはただ、他の国よりも戦闘力が強かった…それだけだろう?このエリア11を手にした後、稀少鉱物であるサクラダイトは完全にこのエリアに依存している状態だ…。外交のみでブリタニアと張り合おうとした当時の日本もいかがなものかと思うが…古今東西、戦闘力の強い方が支配者になっている…。いいとか悪いとかは別にして…」
「でも…ルルーシュ…。あの時の日本があれ以上ブリタニアと戦っていたところで、日本は更にめちゃくちゃになっていた…」
「確かにな…。ただ、国力の差を見せ付けられれば、諦めもつく…。しかし、あの時の日本は中途半端に余力を残していたように見える…。『日本解放戦線』などは、旧日本軍の残党が集まってのテロ集団だろう?」
ここまで話が飛んでしまうと…この二人の話に入って行ける者がいなくなってしまうが…
ただ…
「でも、それだけの力を残していたから…『黒の騎士団』が生まれる事が出来たんじゃないのかしら…。『ゼロ』と云うリーダーがいても、やはり、力がなければ…ブリタニアと云う大きな力には敵わない…。まして、ブリタニアは…決して、イレヴンの…日本人の言葉なんて…聞く耳なんて持たない…。さっきの…ニーナみたいに…。ニーナだって、生徒会のみんなに諭されたって云う感じで…仮にスザクがああやってニーナに訴えたって…きっとニーナは耳を貸さなかったわよね…」
カレン自身は…ニーナを責めているつもりはなかったが、そう云った例に出された事でニーナも下を向く…
「カレン!そんな言い方…」
シャーリーがカレンを諭す様に声を荒げる様にカレンに声をかけるが…普段の、身体の弱いお嬢様…と云うよりも、何かに対して様々な憂いを持つようなカレンの表情にはっとして、口を噤んだ。
そして、カレンの言葉に言葉を発したのは…
「だから…僕は中から変えたいと…ブリタニア軍に入ったんだ…」
スザクの言葉に又、場がしんと静まり返った。
そして…しばしの沈黙がその場を支配する。
『中から変える』言葉としては解るが…ブリタニアの国是を考えた時…
「おいおい…スザク…本気で云っているのか?」
リヴァルの一言でその場を支配していた沈黙が破られた。
この時、スザクの一言が沈黙を誘う事は…ある意味当たり前だったのだが…ただ、その沈黙の意味は大きく分けて二つ…
ただ、根本部分では繋がっていると云う…摩訶不思議な状態…
片方はナンバーズのスザクがそれを成し遂げると云う事は…多くの同胞を殺して行く事を意味する…。
ブリタニアと云う国は、強い者が支配して、弱い者は支配される立場となるのだ。
スザクのその一言には確実に大きな矛盾があると云う事だ…
ただ…スザクは名誉ブリタニア人だから…大方その辺りでそれぞれが納得させようと思った時に、それでも、スザクの性格を考えた時、スザクの生まれた家を考えた時、やはり、『本当にそれでいいのか?』と云う考えが浮かんでくるのは…ある意味否めない。
ブリタニアがエリア11を支配している状態で、そこでそんな心配をする事も何だか妙な矛盾を感じるが…
「ああ…本気だ…。やっぱり…『黒の騎士団』は間違っていると思う…。間違った方法で得た結果に…意味はないと思うから…」
スザクの一言…
反応は…各々、それぞれだ…
「ねぇ…スザク君…一つ…聞いてもいいかな?」
そう云ったのは、色々な事に好奇心旺盛な部分を見せるシャーリーだった。
恐らく、その場にいる全員共通の疑問を投げかけるであろう事は…解る。
「何?」
スザクも…その疑問が何であるのか、解っているのか、いないのか…シャーリーにそう答える。
シャーリーはそんなスザクを見て、一回深呼吸をして口を開いた。
「あのさ…私…頭悪い…と云うか、それほど思慮深くないから…良く解らないんだけど…。えっと…『正しい方法』って何?私も…確かに『黒の騎士団』のやっている事って、酷い事もいっぱいしていると思うし、あんな人たちが目の前に現れたら、やっぱり怖いと思っちゃうし…。でも、イレヴンの人たちって、さっき、カレンも云ってたけど…公には自分たちの云いたい事を云えないから…だから、ああやって、過激な方法を取っているんじゃないのかな…って思っちゃうんだけど…」
シャーリーの言葉に…スザクがぐっと言葉がつまる。
ルルーシュとしても、ここはどうやってスザクをフォローするべきか悩むところなのだが…しかし、スザクの云っている事を全面肯定してしまったら、今度は自分の行動を否定する事になる。
「確かに…何か難しい事よねぇ…。だって、ブリタニアと日本って戦争していた訳で…。で、特に国の代表同士が話し合って日本はブリタニアの植民エリアになった訳じゃないしねぇ…。イレヴンの人の中には自分の事を『イレヴンじゃない!日本人だ!』って思っている人はいっぱいいると思う…。でも、今、それを大っぴらに云えているのって、多分、テロリストとしてこのエリアを騒がせているテロリストだけよねぇ…」
ミレイの言葉に…少しだけ緊張状態のこの生徒会室の空気が和らいだ。
恐らく、このテーマは非常に重たい物になるであろう事は予測はできていたが…
ただ、ミレイに報された今度の大会と云うのは…『ブリタニアについて』と云う事だった。
多分、それ以上に更にテーマは付け加えられる事になるが…
それでも、神聖ブリタニア帝国の執政や姿勢についてのテーマになるに違いない事は解る。
その時に、ブリタニアは素晴らしい国であると云う事を示したいのか、現在の植民エリアの状況を知らしめたいのかは…解らないのだが…
ただ、あの、ユーフェミアが云い出した企画であると云うのだから、100%『オールハイルブリタニア』と云う事ではないとは思うのだが…
彼女自身、噂では現在のこのエリアのテロリストたちの動きやゲットーの事については色々気にかけていると云う話は聞こえてきている。
ただ、こんな事をして本当にこのエリアが変わるのか…と疑問符は消えないが、それでも、こうした事を考えられる者が上に立った事を喜ぶべきか…共考える。
「僕は…確かに名誉ブリタニア人ですが…『日本人』である事を捨てたつもりはありません…。ただ…僕にとって、名誉ブリタニア人と云う名前を得たのは…中から変える為の…手段なんです…」
「でも、それって、『日本人』の立場から見て、理解できる人はどれだけいるのかしら…。少なくとも、私だったら後で、『中から変えてこう云う結果になりました!』と云う報告をされても、名誉ブリタニア人でいる間にたくさんの『日本人』を殺されたり、不条理な逮捕なんてされたりしていたら納得なんて出来ないわ…」
スザクに噛みついたのはカレンだった…
ルルーシュでなくても恐らく、カレンの意見に傾きそうだ…
「でも、確かに外からぶち壊すと云う意味でも、確実に同胞を殺す事になるな…。どの道、こうした形で何かを得ようとした時…どうやったって、互いが譲らないのであれば、必ず、血は流れる…」
ルルーシュの言葉…
そして、スザクとカレンは思い出した…
『ゼロ』のある言葉を…
―――撃っていいのは…撃たれる覚悟のある奴だけだ…
二人は…何故、今、その言葉を思い出したのか…良く解らないが…
でも、スザクはランスロットのパイロットとして…
カレンは紅蓮のパイロットとして…
多くの人間を殺めている。
それは…確かに、それぞれの目的の為の行為であったとしても…
そして、この二人の求めている先は…同じところ…
それほどまでにルルーシュの言葉は重いものであったと云う事か…
奇しくも、スザクとカレンは同じ事を考える。
―――自分は…本当に撃たれる覚悟を持って…トリガーを握っているだろうか…
内側から変えて行くにしても、変えられるだけの権限を持つ為にはそれだけの功績が必要だ。
スザクは軍人…
その功績とは…
―――人を殺して…得られる物…
そう考えた時、スザクの中で…現在の自分の立場や立っている位置に対して、恐らく、こうした形では初めて、『疑問』を抱き始める。
そして、ルルーシュはそんなスザクを見逃してはいなかったが…
そしてカレンはと云えば…
これまでの生徒会メンバーの話を耳にして、やはり、迷いが生じ始めている。
ここで自分が『黒の騎士団』のメンバーであるとばらす訳にはいかないが…
しかし、こうした形で他人の言葉を聞いていると迷いが生じ始めても仕方ないのかも知れない。
「まぁ、ルルーシュの云い方だと…今のままじゃ、エリア11が『日本』と云う名前を取り戻すだけでも血が流れるって事だよな…。テロリストたちは色々自分たちの中で取り戻したいものの為にわざわざ過酷な状況に身を置いている訳だろ?俺は…そこまでして欲しいと思うものがないからさ…正直よく解らないんだけどさ…。でも、連中は『日本』と云う名前と同時に…手に入れたいものがあるからこそ、あそこまで頑張れるんだろ?」
リヴァルの素朴な言葉は…色々難しい事を考えているメンツが色々と意表をつかれている。
「欲しいもの…かぁ…」
リヴァルの言葉にシャーリーが『なるほど』と云った感じに続けた。
「欲しいものって…何なのかしら…」
ずっと黙っていたニーナが小さく呟いた…
ブリタニア人としては、恐らく、失った事がないからきっと、解らないのかもしれない…
自国の名前を失うと云う事の大きさが…
無理矢理、国と民族の名前を変えさせられる事の…その意味を…
「リヴァル…多分、その『名前』が重要なんだよ…。多分、その『名前』を失った事がない奴らには…解らないと思うが…」
ルルーシュが少し俯き加減に…告げる。
事情を知る者たち…スザクとミレイは…その姿に…彼らも表情を変える。
ルルーシュは…結局、『ルルーシュ』の名前を捨てられなかったその意味が込められている…そんな言葉だと実感しているのだろう…
そして、その言葉に込められている意味の大きさを…二人には…ひしひしと感じていた。
「確かに…ブリタニアは…その国力と軍事力を武器にして奪い続けている…。その国の『名前』も『主権』も『文化』も『誇り』も…。多分、一度失わないと…それらを失う事の意味を知る事なんて出来はしないわ…。確かにニーナに酷い事をしたイレヴンは許されないわ…でも、ブリタニア人と云う存在も…そうされるだけの理由は持っているって事にならないのかしら…。そう云った、大切なものを奪っているんだから…」
「で…でも…私は…」
カレンの言葉にニーナが反論しようとするが…ここまでの話の流れの中で何を云っても恐らくは…
「ニーナ…確かにあなた個人では何もイレヴンにしていないかもしれないけれど…。でも、今のニーナは同じような事をしているじゃない…。イレヴンと云うだけで、あなたに酷い事をした人たちと一緒くたにしている…。スザクはニーナに何一つ酷い事をしていないけれど、彼がイレヴンって云う事だけで…スザクを差別している…。ニーナに酷い事をしたイレヴンも、今のニーナみたいに、ブリタニア人って云うだけでニーナに酷い事をしちゃったのよ…。奪われた恨みと、悲しみで…」
「まぁ、そんなものは、大きい、小さいの問題はあるにしても…どこにでも転がっている話ですよ…。そして、人は…それに適当な理由づけをして自分を正当化する…。会長だって、俺に恨まれる企画の数々…身に覚えはあるでしょ?」
あまりに空気が硬直している状態にルルーシュはそんな一言を軽くミレイを睨みながら云ってのけた…
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