『黒の騎士団』とのあのような小競り合いは結構頻繁にあると云う…。
その度に、『黒の騎士団』側も装備を固めて、そして『ゼロ』の指揮の下、ブリタニア軍に対して苦戦を強いていると云う…
「苦戦…全てにおいて、エリア11のブリタニア軍は『勝っている』とは云えないのではないかい?」
恐らく、シュナイゼル以外の人間であれば、思ってはいても口に出せない事…
「申し訳…ありません…」
コーネリアが深々とシュナイゼルに対して頭を下げる。
確かにコーネリアはKMFの戦闘に置いてはブリタニア軍の中でもトップクラス…
軍略に関しても決して、凡才であると云う訳ではない…
『戦場の女神』と呼ばれるだけの能力はある…
ただ…
―――相手が悪かったね…
シュナイゼルは先の戦闘を見ていてそう思った。
恐らく、コーネリアが今のところ『黒の騎士団』に負けていないのは、コーネリアの煙たがっているシュナイゼル直属の特派の存在と、ブリタニア軍の圧倒的な物理的余裕だろう…
もし、同じ条件にしてしまったら、あの『ゼロ』に対して対等以上に戦えるのは…恐らくシュナイゼルだけだ…
「とりあえず、まずは『ゼロ』の確保が最優先だね…。彼がいるから…『黒の騎士団』はブリタニアの正規軍を持ってしても潰される事がないのだろう…」
シュナイゼルにとっては既に、『黒の騎士団』との勝敗などどうでもよくなっていた。
ただ単に、『ゼロ』の存在に気付き、その仮面の下にある愛おしい存在にのみ、心を傾けている状態だ。
そんな事は、表には出ていないが…
そもそも、そんな本音が顔に出てしまっては魑魅魍魎の巣窟である『神聖ブリタニア帝国』で宰相の地位を維持する事など出来ない。
―――あの子たちは…そんな中で戦う術も、自分の身を守る術も持たないまま…。そうして、辿り着いた答えが…これだったと云う事だ…。
彼らの歩んでいる道が茨の道で…その先に彼らを幸福にする光がないと云うのであれば…自分の手元に連れ戻せばいい…
選ばざるを得なかった…茨の道…
妹姫たちに対して優しく微笑みかける彼の顔を思い出すと…シュナイゼルの中で様々な思いが渦巻く…
ルルーシュの眠る場所を静かにしておきたい…そう云ってクロヴィスはエリア11の総督に自らの意思で着任し…そして、そう云った事実を知らなかった慈しんでいた異母弟の手にかかった…
―――こんな悲劇があっていい訳がない…。ルルーシュ…君をそんな地獄から…私が引きずり出そう…。そうしたら…私の隣で…また、笑ってくれるかい?
そう思ったと同時に…シュナイゼルはその場に集まる諸将たちに命じた。
「神聖ブリタニア帝国宰相として…皆に命じよう…。『黒の騎士団』は殲滅…。但し、『ゼロ』は傷を付けずに捕らえて来る事…」
シュナイゼルのその言葉にその場がざわめいた。
「異母兄上?」
コーネリアが立場を忘れてこの場で、シュナイゼルに対して『異母兄上』と呼んでしまう程の衝撃だろう。
あの『ゼロ』の手腕によって、エリア11のブリタニア軍がどれほどの損害を被っているか…そして、あの巧みに策略を巡らせる『ゼロ』を無傷でシュナイゼルの前に連れてこいなどと云う無茶な命令に戸惑いを隠せないようだ。
「これは…準一級命令だ…。破る事は…許さない…」
自分でも中々強引な事をしていると思うのだが…
それでも…
その後、トウキョウ租界を一人で歩いていた…
恐らく、今頃は、総督であるコーネリアをはじめ、政庁内は大騒ぎになっているとは思うが…
シュナイゼルとしては、そんな事はどうでもよかった。
あの、スザクの話を聞いて…もしかしたら…トウキョウ租界を歩いていれば…万に一つの可能性であったとしても、会えるかもしれない…そう思ったから…
身分を偽って生きていると云うのであれば、彼自身が街を歩いている事だってあり得る…
シュナイゼルの頭の中で様々な想像が映像となって現れる。
「情けない…。あの子の事となると…私はどうも…冷静さを欠いてしまうな…」
そこまで自分を分析できる冷静さは流石と云うべきか…
それでも、租界の中を歩きながら、周囲の観察と警戒を怠らない。
恐らく、シュナイゼルが排除しきれなかったSPが着いて来ている事は解っているが…
そこまで解っていても…生きていると知って会いたいと思ってしまっている…
―――ルルーシュ…
スザクの話だと、枢木家にいる間、ルルーシュが全ての事をしていたと云う…
ブリタニア人と云う事で近所の子供たちにどれほど殴られても、店の人間に嫌な顔をされても自分で買い物をして、炊事、洗濯、掃除…ルルーシュの身の周りの事は勿論、ナナリーの世話も全てルルーシュがしていたと云う…
皇族であれば…決して触れる事のない事ばかり…
実際に、シュナイゼル自身、そんな事をした事がない。
する必要もないし、しなければならないと云う気持ちを持つ事もなかったのだから…
今も…彼は自分の身の周りの事も、ナナリーの事も…こなしていると云う…
色々と得手のある異母弟だと思う…
そんな事を考えながら歩いていると…
シュナイゼルは思わず立ち止まる…
決して忘れる事のない面影…
確かに、8年も会っていない…
だから…姿の変化は当然あるのだけれど…
「ルルーシュ…」
思わず口を突いて出た。
目の前を…自分に向かってくる…漆黒の美しい髪と、透き通る白い肌、そして、皇族の誰よりも光り輝く…隠しても隠しきれないその気高さ…
シュナイゼルのその声に…その少年が立ち止まり…目を見開いて、驚愕の表情でシュナイゼルを見ている…
二人とも、一瞬金縛りに会ったかのように動けなくなるが…
しかし、僅か刹那の時間だけ早く…ルルーシュが踵を返そうとした時、シュナイゼルがはっとしてその細い手首を掴んだ…
「逃げないでおくれ…。どうか…私の話を聞いて欲しい…」
ここまで必死になった事は…あっただろうかと思う程…
ルルーシュも思わぬイレギュラーに焦りやら驚きやらで自分の中であらゆる者がまとまらない状態の様ではあるが…
しかし、ここでシュナイゼルの周囲に誰も共がいないと云う事はあり得ない…そう頭を働かせるだけの冷静さは残していたらしい…
「驚かないんですね…俺が…生きている事に…」
「知っていたからね…。だから…君を探していた…」
「何故?俺はもう…」
「君は…私の大切な異母弟だ…。誰よりも…何よりも大切な…」
「何の用です?」
「話しが…したい…。そして…君を…私の元へ…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュはぐっと唇をかむ。
租界に一人でふらふらと出歩く様な人物だとは思っておらず…
流石に計算外だった…
「解りました…。1時間だけなら…」
ルルーシュが静かに答えると…シュナイゼルはにこりと笑った。
そして、近くのカフェの…一番奥の席に陣取った…
恐らく、ルルーシュの事だから、相当きわどい話をしなければ帰って来ない…
否、今回はその為の下準備でしかないとシュナイゼルは踏んでいる…
その辺りは、百戦錬磨のブリタニアの宰相と云ったところか…
オーダーしたシュナイゼルのコーヒーとルルーシュの紅茶が運ばれてくると…話を切り出し始めた。
「ルルーシュ…さっきも云ったが…帰ってきてはくれないか?最近まで君が生きている事も知らずにいた事が…本当に恥ずかしい…」
「そう簡単に知られては…匿ってくれている者たちの努力が無意味でしょう…。俺が今、自分の身分を偽り、出自を偽り、名前さえも偽っている事は…どうせ知ってらっしゃるのでしょう?」
ルルーシュはシュナイゼルと視線を合わせようともしないで紅茶のカップに口を付ける。
「ああ…確かに…。だからこそ…君をあんな物騒なところから…連れ出したいと思ってはいけないのかな?」
シュナイゼルの言葉に…ルルーシュの動きが止まった。
シュナイゼル自身、その一言でルルーシュがシュナイゼルの云わんとしている事が理解できると踏んでの発言だろう。
「流石だね…君は頭が良くて本当に助かる…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュは唇をぐっと噛んだ。
「あなたは…一体何が目的なのです?あなたは…無駄な事に労力は払わない…。今更俺を連れて帰ったところで、そこらの貴族ならともかく、あなたにとって俺たちは外交の道具にすらなりえませんよ?」
ルルーシュ自身、シュナイゼルの現在の立場、地位、名声は知っている…
だからこそ、自分たちはシュナイゼルの道具になり得ない…そんな風に考えるのだが…
「頭はいいのに…本当に頭が固いね…。私は別に…利のみに生きているつもりはない…。確かにそれは私たちが生きて行く上で重要なものだとは思っているけれどね…」
「ならば…俺のやっている事を知りながらそうやって連れて帰りたいと思う理由が解りません…。『黒の騎士団』…別に俺がいなくても…」
ルルーシュがそこまで云った時、シュナイゼルがふっと笑った。
恐らく、ルルーシュが回避しようとしている事態を理解し、どうやって回避するかを全て把握しているから…
「君は…自分の力をそこまで理解していない訳ではないだろう?それとも、その程度のカマかけで私が納得するとでも…?」
本当に嫌な相手だとルルーシュは心底思う。
「見縊られたものだね…私も…」
そこまで云われてルルーシュとしてもこの空間に居続ける自信がなくなった。
「どちらにせよ…俺はあなたの元へ戻る…と云う事は考えた事もない!次に会う時には…敵同士として…です…」
心なしか、語尾が小さくなっていったのが解る…
その一言をおいて…ルルーシュは伝票と掴んで席を立った。
「ルルーシュ…その伝票くらい…私に渡してくれないかな?」
シュナイゼルはいかにも演技をしていると云う笑顔をルルーシュに向けた。
しかし、ルルーシュはそんなシュナイゼルを一瞥して黙ってその場から立ち去った…
結局、交渉決裂…
否、交渉にすら至っていない…
交渉とは交渉相手の事を調べられる限り調べ、そして策を練る…
それがシュナイゼルがしてきた手法だ…
今回はそう云った下準備が何もない状態だ…
「ふっ…私も、こんなところで交渉成立するとは思ってはいなかっただろう?相手は、EUや中華連邦よりも手ごわい相手だと云うのに…」
そんな事を呟きながら自嘲する。
そして、政庁に向かいながら…シュナイゼルの知る彼よりも美しく成長していた姿を思い浮かべて次の策を練り始める…
政庁に戻ると、案の定、大騒ぎになっていた。
「異母兄上!一体どちらへ?」
「ああ…ちょっと…敵情視察に…ね…」
くすりと笑いながらコーネリアの質問に答えた。
「そうだ…コーネリア、特派のロイドと枢木スザクを私の部屋によこしてくれないかな?次の『黒の騎士団』との戦いには私も参加させて貰う上で、私の直属たちにも協力願いたい事があってね…」
歩いている内に思いついた…作戦…
「そんなもの…私の部隊の者たちでも…」
「否、今回ばかりは…必要なのだよ…。あの、イレヴンの存在が…ね…」
シュナイゼルの意味深な言葉と笑みに…コーネリアはやや眉をひそめるが、ここで表だって逆らうわけにもいかない。
そもそも、シュナイゼルの前線での作戦について、ギリギリまでコーネリアに告げられない事は稀なことではない。
否、実際に前線に立っている時にもただ、シュナイゼルの命令を聞いているだけで、事後処理の段階でシュナイゼルの作戦全体を伝えられる事だって珍しくはない…
「承知致しました…。私が不甲斐ないばかりに…シュナイゼル宰相閣下のお手を煩わせる事になり…申し訳ありませんでした…」
コーネリアが深々と頭を下げた。
そんなコーネリアを見て、恐らく、シュナイゼルの本心を聞いた方は受け取らない言葉を口にする。
「否、君のプライドを傷つけてしまったかな?でも、私としても放ってはおけなくてね…。あの『ゼロ』と云う存在が…」
「あの憎むべきテロリストも…シュナイゼル宰相閣下の指揮するブリタニア軍相手ともなれば、すぐにその姿を消す事となるでしょう…」
コーネリアの言葉に苦笑を洩らす。
やはり、この異母妹は気付いてはいない…。
であるなら…自分が出なければ確実に…再びシュナイゼルの大切な存在を失う事になるのだ…
―――誰にも邪魔をさせる訳にはいかない…。それが…長年私につき従ってくれた君で会っても…それは許さない…
シュナイゼルは何としてもその存在を手に入れる為に…異母妹さえもペテンにかける事を厭わなかった。
そして、シュナイゼルに私室に現れた…特派の二人…
二人に…ある真実とシュナイゼルの考えている策を伝えた…
二人の反応は…
『本気ですかぁ?コーネリア皇女殿下がそれを知らないとなったら…殿下はさぞかし、お怒りになるのでは?』
と云うものと
『まさか…そんな…』
と云うものだった。
後者の反応は作戦の一つだったからそこに更に付け加えた。
『だから…絶対に…彼を傷付けずに…連れて来て欲しい…。勿論、君たち以外に正体を知られる事無く…。後は…『黒の騎士団』に関しては殲滅して構わない…。彼は…その有能さと大切なものを守ると云う目的ゆえに…利用されているだけだ…』
シュナイゼルの言葉に…スザクの瞳に怒りを宿った事が解る…
―――やはりね…
シュナイゼルは流石に上に立つ人間だけあって、人間に対する観察眼は鋭い。
そして、ルルーシュも相手がスザクであれば、シュナイゼルが考えている程の抵抗はしないと考える…
―――少し…妬けてしまうがね…。そこまでして貰える…彼に対しては…
それさえも利用して手に入れようとする自分の事を差し置いて、スザクに対して嫉妬を抱いている…
「殿下?」
考え事の最中にふっと声をかけられた。
「先日はあれほど熱心にご覧になっていたのに…今日はぼんやりしていて…。そんなに気になるんですかぁ?大丈夫ですよぉ…スザク君は僕が見込んだデヴァイサーですから♪」
「ああ…君の我儘を全て聞きいれた大した素材だ…。ただ…これがうまく行った後…まぁ、特派から籍を外していいかな?彼を好きに使ってくれて構わないけれど…」
シュナイゼルの言葉にロイドがピクリと反応する。
「名前を外すって?」
流石に聞き流す訳に行かずロイドが聞き返してきた。
「否…まぁ、どちらでもいいか…。彼を特派の籍から外すか、特派自体をあの子の直属にするか…」
シュナイゼルが色々考え事をしながら喋っているのは解るが…どこまで本気なのか、流石に解りかねる。
「それは…一体…」
「あの子を連れ戻して、そのまま私のペットにするつもりは毛頭ないのだよ…私は…。それに、あの子にもあの子の手足となる存在が必要だろう?勿論、私の庇護の下…でだけれどね…」
「そこまで考えていながら…なぁんで、あんな不器用な方法しかとれないんですかぁ?」
「あの子が…不器用な子だから…だよ…。相変わらず真っ直ぐな目をしていた…。出来れば…あんな風にさ迷い歩く野良猫のような真似をさせたくはない…。その為には…きちんと、場所を作ってやらないと…」
一瞬だけ見せる…異母兄としての笑み…
ロイドとしては珍しい物を見ている気分になるのも無理はない…
「そんな風に、与えられるだけの方には見えませんけれどねぇ…」
「だから…場所が必要なのだよ…。あの子が…自分で作り上げる為の…」
「でもそれは…殿下の掌の中…でしょう?」
「あの子のプライドさえも勝てないあの子にとっての幸せがそこにあればいいのだろう?あの子が頑なにプライドを守ろうとするのは…そのプライドを壊せるだけの幸せがないからだよ…」
そう云って、シュナイゼルは再びモニタに目を向けた。
スザクの駆るランスロットが…シュナイゼルの指示通りに動いている。
勿論、相手には紅いKMFが張り付いているが…
それでも、これまで互角として来た実力が…今はスザクの『守りたい』と云う気持ちがあの紅いKMFのソレよりも上回っている様である。
「へぇ…スザク君…メンタルでデータが変わるとは思っていたけれど…ここまで変わるなんてねぇ…」
ロイドが感心したように感嘆の声を上げる。
そして、パソコン画面に表示されるデータと現在のランスロットの動きとを見比べる。
「これは面白いデータが取れましたよ…。有難う御座います♪殿下…。ひょっとしたら…これ以上に面白いデータが取れそうなんで…さっきのお話し…あの方の直属って事でいいですか?」
ロイドの返事に、シュナイゼルは『やれやれ』と云った表情を見せる。
「ああ…構わないよ…。これからよろしく頼むよ…」
シュナイゼルのその言葉に…ロイドがモニタを見ると…『ゼロ』の『無頼』がばらばらになり…コックピットだけスザクの駆るランスロットに捕獲されていた…
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