エリア11…
かつて『日本』と呼ばれたこの地で…シュナイゼルが何よりも愛し、何よりも自分の手に…と望んだ者が眠っていると云う…
それまでシュナイゼルは『墓参り』など…ただ、生きている者の自己満足の為に行うものであるとして、決してそう云った行動をとる事はなかった。
そう…自分が最も欲した者の『母親』がどう云う理由で何の為に命を落としたか解らなかった時も…その後も…そこに足を運ぶ事はなかった…
シュナイゼルにとって、『生きている者』に対して重点を置くべきであると云うのが信条だ…
しかし、あの時の報告を受けてから…約7年…
そんな信条を覆されそうになっている…
―――あの子は…一体どこに眠っているのだろう…この地の…どこに…
一度も足を踏み入れる事の叶わなかったこの地に…やっと、足を踏み入れる…
「エリア11…ルルーシュの…眠る場所…」
シュナイゼルはアヴァロンから地上へと降りながら周囲を見渡す。
尤も、アヴァロンが着陸したのは、エリア11に創られたブリタニアの軍事施設…
ここがエリア11だと云われたところでピンとくる筈もない…
そんな風に灌漑に耽っている間もなく…
「シュナイゼル殿下ぁ〜〜〜♪」
相変わらず空気を読まない配下の声が聞こえてきた。
声の方に視線をやると…白衣を着たシュナイゼルの肝いりで創設された特派の責任者が大きく腕を振っている。
「やぁ…ロイド…。色々エリア11での資料を読ませて貰ったよ…。まったく…本当にお前は私の心情を逆なでする事が得意らしいね…」
小さく息を吐きながらそんな事を云う…
そしてロイドの方はシュナイゼルが何の事を云っているのかを知りながら恍けてみせる。
「なぁんの事ですかぁ?殿下?」
「相変わらずだね…そう云うところも…。あの『ランスロット』のデヴァイサー…君は私に喧嘩を売りたいのかい?」
シュナイゼルの機嫌を表すいつもよりも低い声にもロイドは動じる事はない。
普段なら…こう云ったところで私情を挟む事のないシュナイゼルではあったが…
それでも…
「資料を読まれたんでしょう?何故僕が大切なパトロンである殿下に喧嘩を売らなくちゃならないんですかぁ?」
シュナイゼルとは違った意味で掴みどころない男…
彼のこう云うところもまとめて気に入っている事は事実だが…今回の事はシュナイゼルの気持ちを知りながらそう云った人選をした目の前の男に対してはちょっと怒りを抱いている事も確かだ。
「まぁ…いい…。とりあえず、会わせて貰おうか…そのデヴァイサーに…」
シュナイゼルのやや諦めの入ったその一言にロイドはにこりと笑って更にシュナイゼルの機嫌を損ねてしまいそうな…でも、きっとシュナイゼル自身、そう云って貰わねばその事実を知る事が出来なかった一言が耳から飛び込んできた。
「なんでしたら…彼に聞いてみてはいかがですかぁ?殿下の大切な異母弟君のお話し…」
どこまでもイヤな事を云う奴だとは思うが…それでもシュナイゼルは極力本心を外に出さないように努める。
「まぁ…気が向いたら…ね…」
やがて、シュナイゼルはトウキョウ租界の政庁へと入り、現在エリア11の総督に就任しているコーネリアから現在の状況の報告を受ける。
「で、現在、この『黒の騎士団』とやらに色々引っ掻き回されている…と云う事かい?」
シュナイゼルがそんな風に尋ねると、プライド高い異母妹が眉をひそめるが…それでも反論できない現実があるだけにそれ以上反論する事が出来ない。
「……『黒の騎士団』そのものよりも…奴らを率いている『ゼロ』の方が厄介です…。私の就任前、この者がクロヴィスを殺したと公言しておりますし、その時、犯人として捕らえられていた『枢木スザク』を現場責任者であったジェレミア=ゴットバルトより連れ去っております…」
コーネリアの報告に…シュナイゼルが『ふぅむ…』と声を漏らした。
―――ここでも『枢木スザク』か…。まったく…『枢木』とは、ろくな事をしないのだね…。意識的にやっているのだとしたら大したものだが…
あまりに矛盾の多いその考えに、シュナイゼルは自嘲を漏らす。
自分にとって気に入らない相手だけに…少々辛辣になっているフシは否めない。
「そうか…。私もその『ゼロ』とやらに…直接お目にかかってみたいものだ…。戦場の女神と呼ばれる君に…そこまで云わせる相手だ…」
「異母兄上?」
「色々報告を受けていると…なんだか懐かしい気分になってしまってね…。何故かな…」
シュナイゼルがくすりと笑いながらそんな事を口にする。
普段ならあり得ない異母兄の姿に…コーネリアも不思議そうな顔をするが…
「あ、否…何でもない…。なんだか、面白そうなエリアだから…EUの方も一段落しそうだからね…。私も暫く、こちらに滞在する事にしよう…。なに…君の邪魔にならないようにするよ…」
シュナイゼルの言葉にコーネリアが慌てて返す。
「異母兄上を…邪魔などと…」
「いや、突然訪問して厄介になると云っているのだからね…。それでも、前線を見せて貰うくらいは…していいかな?私もアヴァロンでこのエリアに来ている…。自分の身くらいは守れるよ…」
にこりと笑って慌てている異母妹に告げると…コーネリアとしても相手は異母兄であり、帝国の宰相…
―――追い帰せるわけがない…
そんな心情はあるものの、厳かに礼をした。
そんなコーネリアを見て、多少苦笑するシュナイゼルだったが…実際に、自分の我儘を通して貰っているのはこちらの方だと思い、もう一度だけ、『済まないね…』と加えた。
本当は…シュナイゼルが最も愛した者の事を知りたいと云う衝動に勝てなかっただけなのだが…
そもそも、こんな辺境地のエリア…彼の事がなければ足を踏み入れる事もなかっただろう…
と云うよりも、シュナイゼルにとって最も愛する者がこの地で命を落としたと云う…
首相の家に預けられ、事実上『人質』だったとはいえ、相手はブリタニアの皇族…
その者の命を救えなかった…この国の罪は重い…
シュナイゼルはそう考える。
―――可愛いルルーシュ…。君の仇は…ちゃんと私が取ってあげよう…。あの、『黒の騎士団』とやらを殲滅し、君への弔いとする…。自己満足だと…君は笑うのかな…?
シュナイゼルはそのままロイドのいる特派へと向かった…
『ランスロット』は元々、シュナイゼルが発案し、ロイドに作らせていたKMFだ。
しかし…そのスペックの高さ故に、パイロットを選ぶと云う…中々困った問題に遭遇し、そして、やっと見つかったかと思えば…
―――イレヴン…。よりによって、あの『枢木』の生き残り…
あの時の日本侵攻…
あれは国是であったのだから致し方ないにしても…何故、あの時、KMFを初めて実戦投入すると云う舞台に、シュナイゼルが従軍出来なかったのか…否…シュナイゼルの手腕なら侵攻軍のトップとして立つ事だってできた筈なのに…
そうすれば…あの二人の幼い兄妹達を救う事が出来たかもしれない…
そう思うと居た堪れなくなるが…
「シュナイゼル殿下♪意外と遅い御訪問ですねぇ…」
「ロイドさん!」
ロイドがシュナイゼルの待つ特派の中の簡素な応接室に入って来た。
そして、ロイドの不敬な態度にロイドについて来た女性軍人が窘めるが…シュナイゼルとしてもそんな事はどうでもいい事なので、その女性に対して『気にする事はないよ…』と云って笑みを返した。
「で、ロイド…今回のプランの主役とも云えるデヴァイサーは?」
「こちらの…枢木スザク一等兵です…」
本当にまだ子供だ…
かつての日本の首相の息子…
その息子が『日本人』の名を捨ててしまっている現実に…シュナイゼルとしてもらしくもなく苦笑する…
―――国を率いていた側の人間の部類に入るだろうに…その人間が『日本人』の名前を捨てているのでは…確かに、この先、普段だろうし、あの時、『ゼロ』も『枢木スザク』を使えないのでは、計算外だっただろうな…。そして…この『ランスロット』のパイロットだと知ったら…どうなるのかな…
様々な想像が頭を過ると…なんとなく…この国に送られてしまった愛おしい異母弟が…そんな悲劇に見舞われても不思議はないと…冷静な部分で考え、そして、いつも冷静な自分が押さえつけている感情の部分では、このエリアに対する憎しみがわき上がる。
「枢木君…少々話を聞かせてくれないかな?私はエリア11は初めてでね…。やはり、帝国宰相としては、我が国が支配する植民エリアについては知っておかなくてはならないからね…。君は幸いな事にイレヴンだ…。このエリアの事は詳しいだろう?植民エリアになる前の事についても…」
あからさまに悪意を感じるであろう言葉を選んでいる自分の稚拙さに嘲ってしまうが…
目の前のイレヴンの少年兵士は眉一つ動かさない。
「承知致しました…。申し遅れました…。自分は、ロイド=アスプルンド伯爵からのお声かけによりこの、特別派遣嚮導技術部に配属となった、枢木スザク一等兵であります…」
そう云って、深々と頭を下げた。
確かに、ナンバーズで一等兵などと云う地位で普通なら直接顔を見せる事も許さない相手だが…
しかし、ここはシュナイゼルも知りたい事があるのだから…
本当は、『エリア11』の事などどうでもいい…。
ただ…一つだけ守りたい地があるだけだ…
―――ルルーシュの…眠る場所…
ロイドとセシルを部屋から追い出し、スザクを応接セットのソファにかけさせた。
そして、『日本』だった頃、『エリア11』になってからの事をスザクに尋ねて一通り聞き終えた。
「まぁ、どこのエリアも変わらないね…。確かにブリタニアのやり方は強引だからね…。自分の国に誇りを持つ者ほど、反発する…」
自分の幼稚さを思い知らされてしまうが…ずっと…『死んだ』との報せを受けてからも…ずっと…シュナイゼルの心の大部分を占めていた存在の事だ…
その他に対して…まったくと云っていい程執着を見せないシュナイゼルの中にある、数少ない執着の中で、一番大きな存在となっている者に対して…その執着の大きさは計り知れない…
「で、ここからは私の個人的に知りたい事…となるのだが…」
「個人的…?」
シュナイゼルの言葉に…スザクが怪訝そうな顔をする。
確かに、神聖ブリタニア帝国宰相は、非常に冷静で、個人的感情を外に出す事のない男だと云う評価を受けている事は…シュナイゼルも知っている。
スザクもその話しを知っていたから…そんな表情を見せたのだろう…
「ああ…君は確か…旧日本の最後の首相…枢木ゲンブ氏の息子さん…だったね?」
「あ…はい…。そうですけれど…」
「なら、この国で生きていた頃の…ルルーシュの事を…話してくれないか?あの子は、コーネリアの妹姫であるユーフェミアに一度だけ手紙を送っていたと云う…。そこには、『日本で友達が出来た』とあったそうだ…。その友達と云うのは…総合的に考えて…君しか思いつかなくてね…」
シュナイゼルの顔を見て…スザクも『この人なら…』と、ふと考えた…
ルルーシュ達は…身分を偽り、現在…アッシュフォード家に匿われている事を知ったら…シュナイゼルならルルーシュ達を救ってくれるかもしれない…
少なくとも…あんな風に隠れて、暗殺に怯える事無く生活出来るかも知れない…
スザクの中でそんな淡い希望が芽生えた…
「シュナイゼル宰相閣下…恐れながら…申し上げます…」
スザクの突然の畏まった申し出に…シュナイゼルもやや驚いた表情を見せるのだが…
しかし、スザクの真剣な表情を見ると…これは相当重要な事だと直感する。
現在の話の流れを考えると…確実にルルーシュに関連している事であろう事は解る。
「なんだい?聞こうか…」
シュナイゼルが一呼吸置いて答える。
そしてスザクは…
「恐れながら…申し上げます…。シュナイゼル宰相閣下のお探しの人物…今も…このエリア11でご存命に御座います…。そして…自分は、軍務を離れている時には…そのお方のお傍に…」
スザクの言葉に…シュナイゼルは驚きを隠せない…
思考さえ止まってしまっていたかもしれない…
―――ルルーシュが…生きている…?
耳を疑った…
夢を見ているのかもしれないと思った…
「それは…それは本当…なのかい…?」
恐らく、側近たちでさえ見た事のないシュナイゼルの表情が…スザクの前にさらけ出されていた…
「はい…嘘、偽りでは御座いません…」
スザクの言葉に決して関所を表に出さないように…そう意識はしているのだが…表情がほころんでいる。
そんな時…特派の施設内のアラートが鳴り響いた…
『シンジュクゲットーに『黒の騎士団』が現れました!特派は総員、シンジュクゲットーに…』
施設内に放送が流れ、二人の会話が中断する。
―――ルルーシュが生きていると云うのなら…ルルーシュのいるこの地を…踏み荒らす者は許さない…。私がルルーシュをブリタニアに連れて帰るまで…私は…
「閣下は政庁へ…」
「否、コーネリアにも伝えてある…。是非とも『黒の騎士団』…特に『ゼロ』とは直接お目にかかりたいと思っているのだよ…私は…」
このエリアに、そして今回のテロが愛するルルーシュの近くで起きているとなるのなら…自分が陣頭指揮を執り、殲滅してやろう…そして、安全にルルーシュ達をブリタニアに連れて帰る…そんな思いがシュナイゼルの中に過った。
『スザク君!ランスロットの準備はデヴァイサーだけだよ!急いで!』
ロイドの呼びかけにスザクはシュナイゼルの方を見る。
「申し訳ありませんが…続きはまた…」
「ああ…私もロイドたちと一緒にこの特派のトレーラーで現地に行こう…。ルルーシュがこの地に生きていると云うのなら…必ずその痴れ者たちを私の手で排除しよう…」
スザクはそのシュナイゼルの表情を見て一瞬息をのむが…
「イエス、ユア・ハイネス…。では、自分はこれで…」
スザクがそう云ってその応接室から出て行き、シュナイゼルもロイドたちの元へと向かった。
やがて、シンジュクゲットーでのブリタニア正規軍のKMFと『黒の騎士団』のKMFが交戦している現場に到着した。
トレーラーのモニタから外の闘いの様子を見ていると…
―――この布陣…
どこかで見覚えのある…そんな布陣だった…
シュナイゼルはそのモニタをじっと見つめる…
これまで、前線で自分が指揮をとっている時でさえ、これほど真剣に戦いの様子を見た事があっただろうか…と思う程…
流石に隣で様子を窺っていたロイドもシュナイゼルの様子を見て、不思議そうな顔をするが…先ほど出撃したランスロットの方が気にかかっている様子だ。
「ふっ…そう云う事か…」
シュナイゼルは一言呟いた…
恐らく、ランスロットが出撃した事によって、特派にはシュナイゼルのその呟きを気にする者もおらず…その表情が変わった事に気づく者もいない…
―――そうかい…そう云う事なのかい?ルルーシュ…嬉しいよ…君とこんな風にあいまみえる事が出来るとは…
皮肉めいた思いが頭を過って行く。
しかし次の瞬間には…
―――でも…ルルーシュ…私がこのエリアに来たからには…私は必ず君を手に入れよう…。どんな手を使ってでも…君を私の手に取り戻す…。
戦いの様子を映し出すモニタを見つめながら…シュナイゼルは複雑な表情を見せていたが…
しかし、そんな表情の裏側で…確実に自分の一番望むものを手に入れる為の画策を始めていた…
―――君を手に入れる為なら…私は何でもしよう…。今度こそ…今度こそ…手放さない…。
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