スザクはC.C.に連れられて…シンジュクゲットーへと入って行った…
確かに…この世界ではスザクは身元も不明な…ぶっちゃけ、不審者だ。
あんな、トウキョウ租界にいるよりもゲットーの方が遥かに安全だ。
「C.C.…どこへ連れて行く気…?」
「何を今更な事を聞く?お前は…ルルーシュを守りに来たんだろう?」
彼女はスザクの問いにそんな風にサラッと答えるが…シンジュクゲットーでルルーシュを守る…と云ったら…
「ひょっとして…ここが『黒の騎士団』のアジト?」
「ご名答…。まぁ、流石にこの世界での『枢木スザク』よりは頭が働くと見える…。一通り話しは聞いたが…お前のいた世界の『私』は本当にあの童貞坊やが可愛いらしい…」
呆れたような口調で話すが…スザクにとってそんな事はどうだっていい…
今はただ…守れなかったルルーシュを…今度こそ守る…そんな思いなのだから…
「でも、流石にお前が『枢木スザク』を名乗るのはまずいだろう?」
「『ゼロ』で良くない?あっちの世界でもそうだったんだ…。いっそ、ルルーシュの仮面を僕が被ったっていい…」
「それはあの坊やと相談してくれ…。どうせ、お前は『ゼロ』と云う名前しか名乗る気がないのだろう?」
彼女の言葉にふっと笑って答えた。
そして…C.C.は一応サングラスと帽子を渡した。
「確かにお前はイレヴンだが…やはりあの男と同一人物だ…。変に勘繰られても面倒だ…。顔を見せるのは…あの坊やと私だけにしておけ…」
確かに彼女の云う通りだ。
この世界でも17歳の枢木スザクの顔が世界に発信されてしまっている。
年齢を重ねて、確かに外見は変わっているが…それでも面影はそのままだし、桐原や神楽耶であれば、何も気づかないとは限らない。
C.C.がルルーシュの乗ったKMFの前までスザクを連れて歩いて行く。
「『ゼロ』…いい加減出てこい…。お前にいいものをやる…」
不遜な態度でKMFの中のルルーシュに話しかけるが…中から返事はない。
ある意味、仕方ないだろう…
そしてこの後…この場にいるスザクの知る歴史は…ルルーシュがスザクのユーフェミアの騎士就任を知る事になり…
それを考えると…スザクの中で後悔が渦巻く。
―――今度こそ…間違えない…
そんな事を考えていると…
「おい…お前がそんな顔をしていてどうする?あいつを…守りに来たのだろう?」
C.C.の叱責にスザクが顔を上げる。
この目の前の…KMFの中に…あの頃の…彼がいるのだ…
きっと…スザクの言葉一つ一つに苦しみ続けていた…ルルーシュが…
暫く待っていると…ナイトメアのコックピットが開いた。
中からは…細身の黒ずくめの…『ゼロ』が出てきた…
『C.C.…お前の隣の男…何者だ?ここに得体の知れない人物を入れるなど…』
他の人間には解らないだろう…彼の動揺が…今のスザクには良く解る…
顔を隠していても…必死に取り繕っていても…解ってしまう…
「あ…あの…僕は…君を…守りに来たんだ…」
まだコックピットから出てきていないその人物に対して…やっと絞り出した言葉だった…
そのセリフに…その場にいたC.C.さえも驚いていた…
C.C.の突飛な行動は…今更驚きもしない…そう思いたいが…
チョウフから帰って来て、いきなり妙な男がC.C.と一緒にいたのだ…
驚かない方がどうかしている。
元々、イレギュラーには弱い方だ…
『で?お前は…『黒の騎士団』の入団希望者なのか?』
自分のワークデスクの椅子にかけて目の前の男に尋ねる。
「ううん…違う…。僕は…君を守りたいんだ…。君を…守りに来たんだ…」
その一点張りだ…
『黒の騎士団』の入団希望ではないと云う…
『では、『ゼロ』の崇拝者か?』
「それも違う…。だから、云っているだろ?僕は、君個人を守りに来たんだ…」
さっきから、訳の解らない事ばかり並べられて、いい加減イライラしてきていた。
恐らく…ルルーシュよりも遥かに年上の人間で…多分、イレヴン…
会った事無い筈なのだが…しかし…
―――なんだか…どこかで会った事が…ある…?
そんな風に思えた。
それどころか、この男の雰囲気が…凄く安心出来るような気がしていて…更に自分に腹が立つ。
初めて会った筈のこの男に対して…そんな感情を抱くなど…
「僕は…君を守りたいんだ…。その為だけに…ここに来たんだ…」
きっぱりとその男は云い切った。
未だにサングラスも帽子も取らない…
尤も、『ゼロ』も仮面を外す事がないのだから…人の事は云えない…
相手としても、ちゃんと自分の納得できる結果を得てここにいると云う事にならなければ素顔を晒す訳にはいかないだろう…
ここは、世界に名を馳せているレジスタンスグループの本拠地の中枢部だ…
こちらとしてもある意味、リスクが高いが、この男の方が遥かにリスクは高い。
そんな組織の中枢部に丸腰で来ている状態だ…
逃げ出す事に成功したとしても、顔が知られてしまっては後々追い掛け回される事にもなりかねない。
レジスタンスグループにとって自分の本拠地を知る、組織外の人間程危険なものはないからだ。
『云っている意味が解らないな…。お前は私個人を守りたいと云う…。しかし、『ゼロ』はもはや個人ではないだろう?』
「でも、仮面を脱げば…個人でしょう?君は…常にその仮面を被っている訳じゃない…。普通の生活もしている…。だいぶ、余裕がなくなってきているみたいだけれど…」
良く口の回る男だ…そう思った。
ディートハルトとは違う意味で…めんどくさい相手だと思う。
と云うより、ディートハルトの場合、その先に見ているものがはっきりしている分、ルルーシュにとっては解り易い。
『仕方ない…名前だけは聞いておこうか…』
ルルーシュの言葉に、やっと、話しが少し進んだと目の前の男がふわっと笑った。
「僕は…『ゼロ』だよ…」
その答えに…更にイライラが増してきた。
『ふざけているのか!』
「ふざけていないよ…。僕は…『ゼロ』だよ…。それ以外の名前を持たない…」
目の前の…『ゼロ』と名乗った男が…少し下を向いて…目を伏せた…
その表情は…とても…とても切なそうに見えたのが…仮面越しにその男の顔を見ていて、印象的だった…
そして…その瞳には…嘘が全く見えなかった事に…戸惑いすら覚えた…
結局、ルルーシュが根負けして、スザクの言い分を全て受け入れると云う形になった。
さっきまで、ランスロットのパイロットの正体を知ってのショックで頭の中が真っ白になっていたのに…
不思議だった…
他人の言動一つでこんなに自分の感情が揺れるなど…
―――リーダーとしてあってはならない事なのに…
そう思うが…でも…
『お前…今日はどこで眠るつもりだ?』
仮面を被ったままのルルーシュが目の前のスザクに尋ねる。
スザクがそう尋ねられて…『あっ』と云う表情を見せた。
「ま…ゲットーの中なら…野宿くらい…」
どう云う状況なのかは解っているが…どこにも寝る場所の確保などしていないのだから…とりあえず、当面は野宿で頑張るしかない。
大体、ロイドにランスロットのパイロットとして特派に連れて行かれる前はイレヴンの軍人など、扱いは似たようなものだったのだし、スザクとしては別に気にもならない。
そして、『ゼロ』として仮面を被っていたときだって、まともな寝床で眠った記憶などない…
「おい…お前のところに連れて行けばいいだろう?この先、こいつはお前を守るんだ…。それに、こいつ…その仮面の下の正体を知っている…。だから、私はここにこいつを連れて来たんだからな…」
ずっとやり取りを黙って見ていたC.C.がそんな事を云いだして、二人ともギョッとした表情をする。
恐らく、その驚きの理由は二人とも全然違う理由である事は解るが…
スザクとしては、やっと折れてくれたルルーシュがその一言で又態度を硬化させる事が解るだけに…泣きそうになるが…
突然、仮面の左目部分が開いた…
そして…
『貴様…本当の事を云え!』
『ギアス』が発動された…
しかし…スザクの方は何ともない…
―――あの時にかけられた『ギアス』が有効なのか…。これもいいんだか、悪いんだか…
スザクとしては嘘は何も云っていないし、C.C.も嘘を云っている訳ではない。
多少、云っていない事はあるのだが…
「ごめんね…君の『ギアス』…僕には効かないんだ…。だからって僕は『コード』を持っている訳じゃない…。刺されれば死ぬし、彼女の様に不死身な訳じゃない…」
ますます目の前の仮面を被っているルルーシュが困惑して行くのが解る。
でも、ルルーシュに敵意を持っている訳ではないし、ルルーシュもそれに気づいている。
だから、態度を軟化させたのだから…
目の前でブツブツ何かを云っている仮面の姿が…少し切なくなるが…
「ねぇ、ルルーシュ…僕はちゃんと君を守る…。絶対に…守ってみせるよ…。君の身体だけじゃない…心も…」
スザクがそう一言告げる…
最初からルルーシュに警戒心を持たせずに…と云うのは無理だと解っていても…あの時の様な地獄を…繰り返したくない…
ここが…『枢木スザク』が『神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア』の騎士として決まった時であるのなら…時間がない…
だから…焦りが生じて来るのだ…
ルルーシュはその名前を呼ばれて…スザクの銃口を向けた…
『その名を知っているのなら…』
目の前のルルーシュが…低く…静かにその言葉を口にする。
スザクは…『失敗…しちゃったのかな…』と思いながら目を閉じる。
多分、ルルーシュの銃の腕なら死ぬ事はない…
彼にかけられた…『ギアス』が有効であるのなら…
そんな様子を見ていたC.C.が…待ったをかけた。
「いい加減にしろ!ルルーシュ…。確かにショックが大きかったとは思うが…お前にこんなところで人殺しさせる為に私はこいつを連れて来た訳じゃないぞ!お前を…守りたいと云うこいつの言葉を…信じろ!こいつは…決して裏切らない…。決して…お前を捨てたりはしない…」
彼女の言葉に…ルルーシュはぐっと言葉を飲み込み、銃をしまった。
どうやら…この頃からルルーシュは彼女には頭の上がらない部分があるらしい…
「ルルーシュ…こいつは大丈夫だ…。私が保証する…。きっと…否、絶対にお前の力になる…。お前の『ギアス』などよりもずっと強い…お前の為の力に…」
C.C.のその言葉に驚いたのはスザクの方だった…
彼女自身、確かに『ギアス』の能力の悲しさをよく知る者だ。
恐らく、この中の誰よりも…
「僕が君を裏切らなくてはならなくなった時…僕は…君の守りたい者を全て消して、そして…君を殺してあげるから…。君が…この世界に何の憂いも残さないように…」
自分でも驚くようなセリフだが…でも、多分、『絶対に君を守る!』なんてセリフよりも遥かに現実味のあるセリフだ…
そして、スザクが…ルルーシュが何を守ろうとしているか…理解している証明でもある。
そのスザクのセリフにルルーシュは驚いたようだが…すっと仮面を脱いだ。
―――ルルーシュ…
スザクが最期に見たルルーシュよりも…幼さを残す…その顔…
傷ついている表情だ…
「まぁ…いい…。屋根裏でいいなら…C.C.と一緒に来ればいい…。お前を見張らせて貰う…。話しを聞いていると…お前は色々知り過ぎているからな…『ゼロ』…」
表情が硬いまま…ルルーシュはスザクにそう声をかける。
「いいの…かい…?」
「云っておくが…お前を見張るためだ…」
どう考えても腕っ節でルルーシュが勝てる相手ではないと…C.C.が笑う。
きっと…誰かに頼りたかったのだろう…
『ギアス』がそれを持つ者を孤独にする能力だと解っていても…どんどん孤立して行く自分自身を自覚しているのは…怖いと思って当たり前だ…
まだ…17歳のルルーシュ…
―――何故…あの時僕は…こんなルルーシュに気づく事が出来なかったのだろう…
「うん…君の傍にいられれば…僕も、ちょっと目を離した隙に君を失う事を考えなくて済むからね…」
スザクがにこりと笑って返すと…ルルーシュの色白の顔が少しだけ赤く染まった…
そんなルルーシュを見ていて…スザクは嬉しくなった。
『ゼロ』の仮面を引き継いで…ずっと…思い出す事も出来なかった…ルルーシュの喜怒哀楽の表情…
この時代に…このスザクが来た事で…少し歴史の歯車が…変わり始めたのだろうか…
この事で…あの…『ゼロ・レクイエム』に歩みを進めて行く事はなくなるのだろうか…
今は解らない…
それにこのルルーシュの心は…17歳のスザクの方を向いているのだ…
確かに…彼も『枢木スザク』ではあるのだが…
それでも…過去の自分に嫉妬してしまいそうな自分に気づく…
―――まだ…失う事を知らない相手に…嫉妬してどうするんだ…僕は…。それに…僕がここに来た事で…色々変わって行くんだろうし…
その後…ルルーシュはスザクを連れだってアッシュフォード学園のクラブハウスへと向かう。
入口まで来ると…
「ルルーシュ…」
17歳のスザクが…立っていた…
「スザク…」
「随分遅いんだね…。こんな時間まで…何をしていたの…?」
少しだけ…心配と怒りのこもったその声…
「それに…隣にいるその人…誰…?君が…他人をここに連れて来るなんて…」
33歳のスザクと17歳のスザクの対面となった訳だが…
色々と事情を知る33歳のスザクの方は特に何でもない表情をしているし、17歳のスザクは恋人の浮気現場を見たような形相だ。
「別に…お前には…関係ない…」
ルルーシュが短く答えた。
やはり…スザクがランスロットのパイロットであった事はかなりショックであったようだ。
そこで、33歳のスザクがルルーシュの前に立った。
「僕は…彼の騎士となったんだ…。たとえ、排斥となった身でも…彼は『皇子』殿下だからね…。僕は何の見返りもいらない…ただ…守れればそれでいい…。だから、君は、君の守るべき者を守ればいい…」
その言葉に…二人の少年が驚きを隠せない。
いきなり…何を言い出すんだ…と云う表情だ…
ある意味、衝動的に出てきた言葉ではあったが…それでも、その言葉に偽りも後悔もない…
「な…あなたは…ルルーシュの何を知っているんだ!」
流石に17歳のスザクも驚いて声を荒げた。
「そうだね…殆ど全部…知っているよ…。だから…僕は彼の元に来たんだ…」
17歳のスザクが33歳のスザクに掴み掛ろうとした時…今度はルルーシュが33歳のスザクの前に立ち、庇った…
「待て!スザク…。こいつの云った事は…本当だ…。お前は…もう…俺たちと共にいる事は…出来ないのだから…」
ルルーシュもその場凌ぎの…この場をやり過ごす為の言葉として…そのセリフを口にしている。
「ルルーシュ…」
悲しそうに…驚いた表情を見せるスザクに…ルルーシュは言葉を続けた…
「お前は…あの…『ランスロット』のパイロットなんだろう?ブリタニア軍の…。俺とナナリーにとって、それは…お前が既に…俺たちの友ではなくなった事を意味している…。こいつの云った通り…排斥されているとしても…俺もナナリーもブリタニアの皇族だ…。ブリタニア軍のエースパイロットが…危険人物でないと云える訳がない…。だから…お前は…もう…」
ルルーシュの言葉に…17歳のスザクが…1歩、2歩…後ずさる。
そして…何も云えずにその場を走り出した…
それを見送って…ルルーシュに目をやると…震えていた…
それほどまでにショックであったのかと…スザクは今更のように悔やむ。
あの時…どうしていたら良かったかなんて…解りはしない…
「ルルーシュ…」
そう呼んで、思わず背中から抱きしめる。
世界は…『ゼロ』と云う仮面の英雄を称えるけれど…一皮剥けば…彼は…誰よりも繊細な心を傷つけている…ただ守りたい者の為に…その身を投げ出している…17歳の少年だった…
その繊細な心を傷つけ続けても…その強い意志で…やり遂げようとする強さを持ち…
「もう…一人で苦しまなくていい…。君は…もう…一人じゃないんだ…」
「お前…うるさい…」
ルルーシュはそんな憎まれ口を叩きながらも…スザクの腕の中に大人しく収まっていた…
そして…その翌日から…17歳のルルーシュとスザクを決定的に決別させる事実…『枢木スザクが神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミアの騎士となった』事が大々的に報道された…
copyright:2008-2010
All rights reserved.和泉綾