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重すぎる扉も…君と一緒なら…1

 15年…長かったのか…短かったのか…
人の…短い一生の中では…それなりの割合を占めるこの時間…
でも、それでも…ここまで生きた僕の人生の半分にも満たない時間…
ルルーシュが…最期に僕に残してくれた…仕事も…もう終わりだ…
ねぇ…ルルーシュ…世界は…君の望んだ『話し合い』で物事を解決できる世界に…なったよ…。
君が味わった様な…あんな地獄は…もうない…
僕が味わった様な…あんな苦しい別れもない…
人々は…あの頃の傷を少しずつ癒して…前を向いて…歩き始めた…
そろそろ…『ゼロ』の役目も…終わるよ…
僕は…この後…どうしたらいいんだろう…
君が…この世界からいなくなって…僕は、君が僕に残してくれたこの『役目』の事しか考えて来なかったから…
『ゼロ』の存在がいらないと云うのは…喜ばしいんだけど…
僕はこれからどうしたらいいんだろう…
だって…僕は…君の貰った『ギアス』の為に…
なんでだろう…
ずっと…『呪い』だと思っていたのに…
こうして…ルルーシュが望んだ世界を見る事が出来て…僕の中で『呪い』ではなくなっている…
それは多分…見届ける事が…出来たから…なのかな…
君が…何より望んだ世界が…出来たけれど…君は…見る事が出来ないから…
出来なかったから…
いつの間にか…僕の中で…
『僕が…君の代わりに…見届けるよ…。君の…最期の『共犯者』として…』
と云う事になっていた…
そして…今、僕はここに立って…君が望み、礎となってできた…世界を見ている…
もう…『ゼロ』は必要なくなった…
多分、それが…君の望んだ世界…
『ゼロ』は…混乱時には確かに英雄だ…
けれど…こんな風に穏やかな世界では…平和を脅かす事になる存在…
これからは…各国のリーダーたちが世界を牽引するべきだ…
『ゼロ』の様な…戦いのカリスマ、シンボルは必要ない…
『ゼロ』は…戦争時においては…人々のカリスマで、シンボルで、ブレーンだった…
でも…平和になったら…その『戦いのシンボル』が逆に悪用されることだって考えられる…
確かに、武器を手に取っての戦いはなくなった…
でも、それは、今のところ、世界を牽引すべきリーダーたちがしっかりしているからだ…
そのリーダーたちが脆弱となった時、必ず、その世界に不満を持つ者が生まれ…そこに『ゼロ』が存在したら…また、世界は翻弄される…『ゼロ』と云う存在に…
だから…僕は…『ゼロ』は…この世界に不要な存在となる…
でも、君のくれた『ギアス』は僕を君のいる世界に行く事を未だに許さない…
これから…僕はどうしたらいいんだろう…
『ゼロ』の仮面は勿論脱ぐんだけど…その先は…?
ねぇ…ルルーシュ…僕は…どうしたら…いいのかな…
本当は…君の所に一刻も早く逝きたいのに…
でも…今の僕にはそれを許されない…
君は…それを許さない…
それも…僕に与えられた…僕の『罪』への…『罰』…
君は…僕が『呪い』と呼んだ能力を使ってまで…僕を生かそうとした…
君は…ずっと…僕に生きて欲しかったの?
死にたがっている僕を見て…君は…
今となっては…答えてくれる人もいないけれど…

 スザクが人気のない夜のビルの屋上に立って街の光を見つめている。
全身が黒づくめなので、夜は…基本的にこうして立っていても目立つ事はない…
まして、人が家に帰り、自分の大切だと思う者たちとの時間を過ごしている人間の多い時間帯だ…
こんなに静かで、穏やかな夜は…本当にあの頃には考えられなかった…
でも、今、スザクの見つめているこの街の光は…そんな穏やかな夜の世界を満喫しているように見える。
「僕の役目も…終わりか…」
小さく呟く。
これでいいと思うのだが…この先の事を何も考える事が出来ずに、困っていたのも事実だ。
いっそ、枢木神社に戻り、ひっそりと、人と関わらずに生き、誰にも知られず死んでいく…そう云うのもいいかもしれないと思う…
スザクが『ゼロ』の仮面を被り、『悪逆皇帝』として、ルルーシュを刺してから…既に15年が経っている。
あれから…とにかく、ルルーシュの遺志だけを考え、ルルーシュの望んだ世界の事だけを考えて突っ走って来た。
そして…いざ、そんな世界が目の前に現れると…力が抜けて行く…
これまでに突っ走って来た自分の力が全て…抜けて行くような感覚さえ覚える。
ぼんやりと街の光を眺めていると…
後ろから…あれから一度も会っていない相手…でも、決して忘れる筈のない相手の気配を感じた。
「C.C.…久しぶりだね…。何か用?」
スザクは彼女の方を見る事もなく、街の方に目を向けたまま静かにその相手に尋ねる。
その魔女は…くすりと笑って…スザクの方へと近づいてくる。
スザクの方は、武人として余りあり得ないのだが、背後に立たれても微動だにせず、警戒もしている様子がない。
ルルーシュの…『ギアス』があっても、彼女が自分に危害を加えないと云う事が良く解っている感じだ。
「なんだ…折角あの童貞坊やの望んだ世界になったと云うのに…お前は余り浮かない顔をしているな…」
相変わらず不遜な態度の彼女に、スザクは特に不快感を表す事もないが、やれやれと云った感じに溜息を吐いた。
「別に…この世界に対しての不満とか…はないよ…。僕たちはその為に『ゼロ・レクイエム』を強行したんだから…。ただ…この先…どうしようかと思って…」
スザクが素直に彼女に対して本音を零した。
これまで、人と会話すること自体殆どなかった15年間だった。
だから…『秘密』を知る相手と云うのは…なんとなく、気が緩んでしまうのかもしれない…
そんな自分に少し自嘲してしまうのだが…それでも、彼女に対して何か云ったところで、気に障る言葉の一つや二つ、返ってくるかもしれないが、それ以上の事は特にない。
それに…彼女の憎まれ口も…今のスザクにとっては、久しぶりの人との会話だ…
『ゼロ』としてではない…『スザク』としての…
「まぁ…そうだろうな…。お前にしてみれば…この15年…それしか考えて来なかったんだ…。逆に云えば…それだけを考えていればよかった…のだからな…」
C.C.の言葉に…少々むっとするが、実際にその通りなので、何も言い返せない…。
自分の『罪』に対する『罰』であると云う理由があって、ただ、その事だけを考えていればよかった…
しかし…

 そんなスザクを見て…C.C.がゆっくりとスザクの隣まで歩いて行き、夜の街並みを眺める。
「平和だな…。これも…あいつが礎となり、そこにお前が全ての枠組みを作り、ナナリーたちが形を完成させた…。確かに…『ゼロ』の役目は…終わりだな…。この時代では…」
C.C.の言葉にスザクが複雑な表情を見せる。
役目が終わった事を示唆された事ではなく…『この時代では…』と云う、最後の言葉に…
それに気づいたC.C.が顔を動かさずに目を細めてスザクを見た。
「なんて顔をしている…。私は数百年という単位でこの世界を見ている。そして、時代が変化して行く…。変化する度に、こうした争いは起きるものだ…。お前たちは…生まれた時代が運が悪かったな…」
何でもない事のように…C.C.が話す。
しかし…スザクとしては、彼女の言葉に重みを感じた。
恐らく…見て来た者だから云える事だ…
「だから…この世界では『ゼロ』は必要ない…。お前が仮面を被っても、被らなくても…存在そのものが邪魔になる…」
C.C.の言葉にスザクは苦笑する。
「解っているけれど…でもそうはっきり云われるとはね…。だから…困っているんだけど…」
スザクの言葉に、更にC.C.は不敵な笑みを見せた。
「なら…戻ってみるか?お前の本当に望んだものを…手に入れる為に…」
彼女の言葉に、スザクは一瞬思考が停止する。
彼女が何を云っているのか…解らなかったから…
「な…にを…」
困惑するスザクにC.C.は遠慮なしに言葉を続けた。
「本当は…やり直したいんだろう?あんな結果を…見ない為の…過程を…」
C.C.のその一言に…スザクは固まる…。
これまで…考える余裕すらなかったから…そんな事を気にする事もなかったが…
でも、確かにそんな風に尋ねられたら…
そこで、『否』と答えられる自信はない。
そんなスザクの思いを…見透かしたような表情でC.C.はスザクを見る。
気に入らない…
スザクの今の正直な気持ちだ。
しかし、裏を返せば、自分の本音を穿り返されている…だから、気に入らないと思う…
自分の中の衝動を…思いを…認める事になるから…
それを認めてしまったら…きっと、ルルーシュがその命を礎にしたこの世界を…否定する事になりそうで…
「スザク…」
ここに来て、初めて彼女がその名前を呼んだ。
15年ぶりだった…その名前で呼ばれるのは…
そして、最後にその名前を呼んだのは…
「お前に…もう一度…ルルーシュを守らせてやる…。今度は…あんな自己満足なエゴを守るのではなく…あいつ自身を…」
スザクはさっきから彼女の言葉に驚く事しかしていない様な気がしてきた。
しかし…彼女の言葉は…あまりに魅力的な意味が込められていた。
どうせ、この先何をしていいのか解らない…
いっそ、このまま騙されて、地獄の業火にくべられてしまった方がまだましだと思えるほど…スザクの中は空っぽになっていた…
そんなスザクを見て、C.C.が少し切なそうな表情を見せて、すぐにいつもの傲慢な魔女へと戻る。
「ついてこい…。ここまでお前は頑張って来たんだ…。だからもう…少しは解放されてもいい…。なに、『カミサマ』とやらに怒られたら、『魔女に騙された哀れな子羊をお救い下さい…』とでも云えばいいさ…」
そう云って、C.C.は踵を返して歩き出し、スザクは黙ってついて行く…

 スザクが連れて来られたのは…
「神根島に…何の用なんだい?今更…」
スザクにしてみれば、あまりいい思い出のないこの島…
「まぁ…ついてこい…。この世界ではお前の居場所もないからな…。なら、いっそ、他の時空に送った方がいいだろうと思ってな…。このままお前をCの世界の住人にしてしまったら、私がルルーシュに怒られる…」
ここで彼の名前を出すのは卑怯だと…スザクは思う。
それに、彼女の云っている事がよく解らない…
そして…ルルーシュが破壊した…Cの世界への扉の前までやって来た。
「手を出せ…スザク…」
訳の解らないまま、こんなところに連れて来られて、訳解らない事ばかり云われて、素直に手を出せる程、スザクも平和ボケはしていない。
何せ、相手はルルーシュに『ギアス』を与えた魔女だ…
「……」
不機嫌そうな顔をしているスザクに…C.C.はやれやれ…と云った感じで再び説明を続ける。
「まぁ、私の説明が足りなかったな…。お前は…今のその姿、意志のまま…過去に戻るんだ…。どうせこの時代のこの世界にいてもそれこそノイズだ…。だから…過去の…節目の決断を迫られた時間に…お前を送ってやる…。そこで…お前は新たな時間を生きるんだ…。勿論、若返らせてやる事も出来ないし、今のその記憶や思いを消してやる事は出来ないが…それでも…そちらの世界なら…お前は…この時代のこの世界の姿を…そんな虚しさを抱えたまま見る事は…ない…」
彼女の言葉に…僅かに迷いが生じる。
―――過去に…今の僕のまま…戻る…?そうしたら…ルルーシュを…あんな形で殺さずに…済む…?ルルーシュに…あんな悲しいウソを…吐かせずに済む…?
それだけで…スザクには十分魅力だった…
確かに今のこの時代のこの世界で…『ゼロ』の存在も『枢木スザク』の存在も…ただのノイズだ…
「それは…この歴史を…変えると云う事…?」
「それともちょっと違うな…。『並行宇宙』と云う奴だ…。人はあらゆるところで選択を迫られる。違う選択をしていたら…違う歴史を歩む事になる…。私がお前に施そうとしているのはそう云う事だ…。まぁ、簡単に云うと…この場でお前が過去に戻り、そうしたらまた別の歴史が生まれる…そう云う事だ…。だから、お前がどれほどそちらの世界でこの『ゼロ・レクイエム』が起きないようにしたところで、こちらのこの時代のこの世界の歴史は変わらない…。でも、お前の行った先では…確実に、違う歴史を歩む事となる…。それはそうだ…『お前』と云う存在が…そちらの世界に現れるのだからな…」
云っている事はいまいち頭の中で整理しきれないのだが…しかし…
「そうしたら…もう、ルルーシュの事を…殺さずに済む…そんな世界に出来るのかな…」
「そんな事は私に聞かれても解る訳がない…。ただ、お前は回避する努力をするだろうな…」
C.C.の言葉で…スザクはごくっと唾を飲み込み…彼女の手を取った。
そして…スザクの身体は…その扉の中に溶け込むように中へと入って行く。
『安心しろ…私はこのCの世界を通して、お前の辿り着く場所にいる私に全てを説明できる…。お前が辿り着いた時には…お前の辿り着いた場所の私がちゃんとお前を見つけるさ…』
その言葉が…こちらの世界のC.C.のスザクの聞いた最後の言葉だった…

 スザクは…その不思議な空間を…ただ…走り出した…
どこへ向かっているのか…自分でもよく解らない…
でも…その先に何か…出口の様な光が見えた…
恐らく…あそこを抜ければ…スザクもまだ気づいていない…スザクの望んでいる過去に辿り着ける筈…
そして…二度と…あの世界に戻る事はない…
―――本当は…彼の墓参りくらい…してくれば良かったかな…
世界の殆どの人間が知らない…そして、知られないように作った…小さな…彼の眠る聖域…
でも…あの時、C.C.はそんな事にさえ気づいていなかったのか、敢えて無視していたのか…
でも、そんな事を云ったら…きっと二人とも同じ事を云うに違いない…
『墓参りなど…生きている人間の心を慰める為のものだ…。既に土に還った人間が…そんな事、解る筈もないだろう…』
と…
それに…スザクはこれから…いつのルルーシュであるかは解らないけれど…ルルーシュの元へと行くのだ…
生きているルルーシュの元へ…
今度こそ…ルルーシュを守るために…
今度こそ…真正面から自分の罪を償う為に…
光の指し示す場所を抜けると…そこは…
『私が騎士とする方…あそこにいる御方…枢木スザク准尉です…』
租界の至る所にある…オーロラヴィジョンで流される…生中継のユーフェミアの姿…
スザクも初めて知る…自分が騎士とされた経緯…
恐らく…あの、チョウフ基地でスザクと戦っていたルルーシュも知らなかっただろう…
不思議な空間から飛び出してすぐに目に飛び込んできた…あの時の…ユーフェミアの発表…
―――そう云えば…僕がユフィの騎士に正式に任命される直前…セシルさんが僕を迎えに来て…ルルーシュが何か云おうとしていた…。あの時…ルルーシュは何を云おうとしていたんだろう…
既に16年の月日が経っているし、これまで、そんな事を思い出す余裕もなかった…
そして、実際に過去にあった、自分の知らなかった事実に…流石に驚きを隠す事が出来ない…
ただ…ここは16年前のトウキョウ租界…どう見てもイレヴンの姿をしているスザクがこんなところをうろちょろしていたら、あんな発表の後だ…色々と面倒な事になる。
そんな事を思っていると…
「枢木スザク…」
後ろから声がかけられた…
それは…当時の彼女とは初めて会うのだが…本当に姿が変わらない…
「C.C.…その様子だと…聞いているんだね?あの世界のC.C.に…」
「まぁな…とりあえず場所を移そう…話しはそれからだ…」
スザクはそう云われて、彼女の後について、歩いて行く…
租界中…ユーフェミアの騎士の話題で大騒ぎになっている中、二人の周囲だけが…違う空間の様に見える程…租界そのものが…色々な意味で沸き立っていた…



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