目が覚めた時…
そこは知らない場所だった…
否、これまで…見た事のない天井だった…
「俺…は…」
目だけを開けて…そう呟く…
一人で眠るには広すぎるベッドの上に…今は一人でいる。
重い頭を動かして…横を見ると…やはり誰もいないが…それでも、ついさっきまで人がいたであろう事が解る。
そして、踊り子の時に着けていたウィッグが外されて、シルクの夜着を着せられている。
恐らく…見ていたであろう夢さえ思い出せない…
昨夜…王の前で舞を舞って、後宮へ連れて来られて…
しかし…最後まではされなかった…
ただ…ひたすらその口で奉仕させられて…苦しかった…
涙が止まらず、でも、手は拘束されて、頭も押さえつけられて…屈辱的な格好の状態で…
でも…
―――髪を撫でるあいつの手は…
思い出せば…吐き気がもよおしそうなのに…
それでも、現在の状況の分析をする為には…仕方がなくて…
「ぐっ…」
襲ってくる嘔吐感…何とか…この部屋の世話係となっている…あの二人に余計な仕事を増やすと解っていながら…
胃の中には殆ど何もない状態で…胃酸を吐きだした…
「うっ…ぐぅ…」
真っ白なシーツに胃酸が落ちて…イヤな臭いが鼻をついた…
―――バン!
「ルルーシュ様!」
扉の外でルルーシュの苦しそうな呻きを聞いて慌てて入ってきたのは…ルルーシュのシャワーと着替えの準備をして部屋に来たロロだった。
「大丈夫ですか…」
ロロが持っていた物を放り出してルルーシュに駆け寄り、背中をさすった。
「はな…せ…どうせ…お前は…あの男の…命令で…」
ルルーシュが苦しげにそう云い放ちながらロロの手を振り払うと…再び咳き込む。
しかし、ロロはそんなルルーシュを見て、すぐに駆け出し、タオルを手に取り、洗面台で堅く絞り、グラスに水を入れ、洗面器を持って再びルルーシュの元へと戻ってきた。
「ルルーシュ様…とにかく…気持ち悪いでしょうから…口を拭いて下さい…。あと、これで口を漱いで下さい…」
ロロの申し出に…やや抵抗の動きを見せるが…相変わらず嘔吐感が襲ってくるし、実際に口の中は胃酸の所為で気持ち悪い状態になっていた。
「す…すまない…」
八つ当たりだと…ルルーシュはロロに謝り、差し出されているタオルを受け取り、口の中を漱いだ。>
「いえ…あの…昨夜…僕たちを庇った所為で…」
「否…君たちの所為じゃない…。俺が…悪いんだ…」
色々なショックな事もあった…
実際にショックな現実を聞かされ、その後にスザクのルルーシュへの行為は…
今は、何に対して嫌悪を抱いているのか…
何から逃げ出したいのかさえ…正直解らない…
「でも…」
「本当に…君たちの所為じゃないんだ…。すまない…。ベッドを汚してしまって…」
「そんな事は気になさらないで下さい…。そうだ…お風呂の準備が出来ていますから…ゆっくり入ってきて下さい…」
そう云って、ロロがバスタオルや着替えをまとめてルルーシュに差し出してきた。
「そうだな…」
そう云ってロロから受け取り、立ち上がろうとして…ふらつき、ロロの方へと倒れ込んだ。
「ルルーシュ様!あの…」
「あ、すまない…バスルームまで…肩を貸してくれるか?」
心身ともにボロボロになっているらしく…自嘲すら出て来ない…
「あ、はい…」
ロロは何があったかを聞く事もなく、ただ…ルルーシュに云われるままバスルームまでルルーシュに肩を貸して歩いた。
湯に浸かり…少しだけ…落ち着いてきた。
服を脱いで、身体中につけられていた紅い痕には驚いたが…
ここまで何があっても決して金でルルーシュを売ると云う行為はなかった…『オウギ一座』の座長だったが…
ルルーシュ自身、その様な事にならないように努めてきたつもりだったが…
「それでも…100万$…では…な…」
と苦笑してしまう。
そして…あの、スザクのものとなった…
これが、国政の為に働いて欲しいと云われるなら…まだ、ルルーシュの過去を知る者であれば利用価値も見出すのだろうが…それでもスザクは…そんな事はどうでもいいと云い放ち、男のルルーシュを後宮へと連れてきて…
「まぁ…旅芸人一座の娘を…見初めて自分の後宮へ入れると云う話は聞いた事はあるが…まさか、俺がそうなるとはな…」
元々、今の『オウギ一座』に対して、恩はあったが、特にそこに愛着があった訳でもない。
それでも、あの一座にいれば…食うに困らないし、自分の身分を隠すには好都合だった…
それだけだ…
そう思うが…いざ、大金を目の前に座長がルルーシュを売り払ったと云う事実は…少なからずショックがある。
確かにあの座長は自分を大事にしていたとは思わない。
金になるから…だからルルーシュを飼っていた…
それだけのことだが…それはルルーシュも同じ事だった…。
8年前…祖国が滅ぼされ…王宮から放り出された皇子…
勇敢に戦った兄皇子、姉皇女たちは悉く捕らえられ、処刑された。
戦いに参じていなかった姉、妹皇女も結局、奴隷として売られて行った…
ルルーシュがこうして身分を隠しながらも何とか生きて来られたのは…多くの犠牲の下で…
『殿下!あなた様は我が国に残った最後の皇子殿下…あなた様は生き延びて…必ず…我が国の再興を!』
その一言を置いてルルーシュを逃がしたルルーシュの母の部下の声が…今でも頭から離れない…
その部下の面影が…ロロと重なった…。
先ほど、ルルーシュが嘔吐していた時も…何も持たないルルーシュに真剣なまなざしで心配してくれた。
だから…こんな、8年も前の事を思い出したのだろうか…
―――俺一人で…一体何が出来ると云うんだ…俺…一人で…
その事実が重く圧し掛かる。
あの時、命がけで自分を救ってくれた彼に対して…今のルルーシュでは合わせる顔がない…
あの後…ボロボロになりながら走り続け…そして…力尽きて倒れて…目覚めた時…『オウギ一座』のテントの中だった…
その頃の座長は…ルルーシュに対して何も聞かなかった…
必要ないと…
ただ…この一座にいる為に…踊り子として頑張って欲しい…それだけ云われて…温かい寝床と食事を与えられた…
その時は…嬉しかったし…その温かさに幸せさえ感じていた…
しかし…その座長が病死した後…今の座長となって…とにかくルルーシュは金の為に振り回されていた。
最終的には…こうして金で売られた…
確かにあの座長とはウマが合わなかったし、これでよかったのかもしれないが…でも、あのスザクの後宮にいると云う事に耐えていける自信はなかった。
ルルーシュは心の中で…様々な事を思い出し…そして、これからどうして行こうか…真剣に考える。
ここにいたら自分の正体がばれるのは時間の問題…
現にスザクは気付き始めているのだ。
そうなった時…ルルーシュの命の保証はない。
―――だったら…殺される前に…ここを出る…
ルルーシュは風呂から上がり、服を着替えて…ロロが部屋を整えている隙にこの部屋を出た…
昨日、連れて来られた順路を覚えていた。
流石に後宮だけあって、廊下の灯りはしっかりついているし、どこで曲がったとか、会談の数などを覚えていたことが幸いして…後宮から王宮へと入りこむ事に成功する。
―――さて…後はどうするか…
後宮と違って王宮は警備が厳しいので、中を堂々と歩いて行く訳にはいかない。
少しだけ開いている窓を見つけて…そこから外に出ようと、その窓に近づき、そこが1回ではない事を思い出し…
それでも、何とか足場を見つけながら降りて行けば降りて行けそうな高さだったので、窓の外に身体を乗り出し、恐る恐る、窓のサッシュなどを足場に降りて行くが…
「あ、しまった…」
元々踊り以外に何もしてこなかったので、こうした脱出術を心得ている訳でもなかった。
足を踏み外し…自分の身体が落下していく事に気づいた…
地面に激突する…そう思った時…
思った様な身体の痛みを感じなかった…
「いった…」
自分の体の下で声がした…
「あ…済みませ…」
そこまでルルーシュが言葉にすると…息をのんだ…
「あれ…なんで君がこんなところにいるのかな?と云うか…昨日、相当心身ともに辛そうだったけれど…もう、大丈夫みたいだね…」
ルルーシュの身体を支えていたのは…
スザク…だった…
「陛下!」
スザクの後ろを歩いていた従者たちがルルーシュを抱えて尻もちをついているスザクに駆け寄ってきた。
「貴様!」
ルルーシュに銃口が向けられる。
こんな最悪な状況で見つかってしまっては即、銃殺されても文句は言えない。
ルルーシュがぐっと目を瞑る…
「ちょっと待って…。この子は僕のだから…。お前たちが勝手に殺す事も手を出す事も許さないよ?」
ルルーシュが銃弾が飛んでくる事を覚悟した時…スザクが『王の仮面』を外した口調で…でも、声色は絶対に逆らう事を許さないと云った声色で従者に命じた。
「しっかし、君、昨日も思ったけど…ホントに軽いね…。男とは思えないよ…。ね、これから僕、朝食なんだけどさ…一緒に食べない?」
ルルーシュは目の前の少年王の言葉に目を丸くする。
そして、スザクの上に乗ったままだと気づいて、さっとスザクの身体から離れた。
「あれ?もう離れちゃうの?残念…」
どこまで本気でどこまで冗談なのか…さっぱり解らない。
王ともなれば、そのくらいの曲者でなければ務まらないだろうが…
「……」
ゆっくりと立ち上がるスザクを睨みつけるが…ルルーシュの方は言葉が出て来ない。
実際に、あんな辱めを受けた後だけに…警戒しない方がどうかしている。
―――俺は旅芸人と云う下賤の身に身を落としていても…あんな辱めを受けるいわれはない!
そんな思いだった。
「あ〜あ…綺麗な顔なのに…そんな怖い顔しないでよ…。ね、トウドウ…テラスに二人分の朝食を準備してくれる?」
「あ…あの…よろしいので…?」
「いいよ…。まぁ、金で買ったんだから多少じゃじゃ馬な事をしてくれるとは思っていたしね…。彼は僕が連れて行くから…」
「畏まりました…」
スザクの一声で従者たちがその場から離れて行く…
「さて…君はこれから僕と朝食ね…」
「俺は…お前の後宮を逃げ出そうとしたんだぞ…何故殺さない…?」
「君を殺しても僕、いい事ないし…。それに、君のいた王宮では後宮から逃げ出せば殺されていたかもしれないけれど…僕の後宮ではそう云う事はないから…。スパイの容疑さえかかっていなければね…」
スザクの言葉に…ルルーシュは更に言葉を失う。
何を考えているか解らない…
皇子だった頃は…それなりに優秀な皇子として見られていた筈なのに…
自分の目の前にいる、自分と同じ歳の少年王に…完全に飲み込まれている気がしていた…
「ただ…君が逃げ出そうとした事に対しては…僕がちゃんとお仕置きするからね…。とりあえず、そんな細い身体だからね…少し食事して、体力を回復して貰わないと…。でないと、すぐに気絶しちゃったらお仕置きにならないし…」
そう云いながら、ルルーシュを横抱きにした。
「お…おろせ!俺は男だ!こんな辱めは…」
「ああ…僕そう云うの気にしないし…。それに、あんまり男だって云ってると後宮の女たちに闇打ちされちゃうかもよ?流石に男に負けたとは思いたくないだろうし…。あ、でもルルーシュを見たら仕方ないって思うかもね…」
ルルーシュが暴れていてもスザクの顔の位置はまるで変わらないし、表情も変えない。
「おまえ…俺をどうしたいんだ!」
ルルーシュが半ばやけっぱちでそんな事を怒鳴りつけると…
スザクが急に、これまでのふざけた口調で喋っていた人物とは思えないくらい真剣な表情になった。
真剣で…そして…その奥には…優しさを秘めているような…不思議な翡翠をルルーシュのアメジストの瞳に向けている。
「君が欲しいんだよ…。心も含めて…。一目惚れしちゃった…って云ったら信じてくれる?」
「ま…また…悪ふざけを…」
「ごめん…そんな風に聞こえちゃう?全然ふざけていないんだけどな…。僕さ…これまで、たくさんの女を見てきたし、男とのやり方も手解きされてきた…。で、実際にたくさんの女と寝たけどさ…。心ごと欲しいって思ったの…実は君が初めてなんだよね…」
「っ!!」
スザクがそう云い終えると…そのままルルーシュの唇に自分の唇を押し付けた。
それは…昨日の…あの行為の様な乱暴さじゃなくて…凄く優しくて…
ルルーシュの頭の中は更に混乱状態になる。
相手は一国の王だ…。
確かにそう云った事を手解きされていてもおかしくはない。
しかし、それと、ルルーシュが後宮に入ると云う事とは別の問題だ…
予想通り、気づかれていたルルーシュの正体…
そして、スザクの告白…
昨日からルルーシュの中ではイレギュラーばかりで頭がついて行けなくなっている。
「とりあえず…朝御飯…食べようか…。どうせ、ロロとナナリーには黙って出てきたんだろう?きっと彼らも心配しているよ…」
唇が離れて、至近距離でスザクがそんな事を囁いた。
そして、スザクの一言でルルーシュははっとした。
「おい!あの二人は…あの二人は悪くない!俺が…俺が…」
抱かれた状態のままスザクの服の布地を掴んで必死に訴える。
「ホント…君変わってるね…。まぁ、君のおねだりなら、あの二人は不問だよ…。ルルーシュがここにいる限り、あの二人が君の世話係だ…」
ルルーシュがその言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。
そして…自分の立場を改めて知った。
ルルーシュの行動如何で彼らの運命を変えてしまう事になる…
「……有難う…」
ルルーシュは下を向いて…小さくそう、スザクに対して呟いた。
そんなルルーシュを見てスザクは少しだけ驚いた表情を見せるが…
それでも、そんなルルーシュを見て…表情が優しくなる。
―――なんだか…不思議な気分だね…
朝食の後…あれ程連呼していた『お仕置き』とやらは…特に何もない。
―――まぁ、云ってみたところで…あいつは王だからな…。俺が大人しくしていればいいみたいだし…
そう思いながら、今度は与えられた自分の部屋でじっとしていた。
何かを考える事さえも疲れた。
自分なりに頑張って、一座の為に働いてきたと思っていた『オウギ一座』には金で捨てられた。
で、我儘な王に買われて、辱めを受けたかと思えば…『心が欲しい』などと云い放たれて…
―――一体俺にどうしろと云うんだ…
用意された紅茶の入ったカップを持って、その紅茶に映る自分の姿を見て…泣きたくなってくる。
実際にここを抜け出す事は無理だし、仮に成功したとしても…ロロとナナリーが…
今回はルルーシュがちゃんと捕まったから彼らにはお咎めなしと云う事になったが…もし、あのまま外に抜け出せていたなら…
―――すまない…ロロ…ナナリー…
心の中で二人に謝る。
そんな事を考えていると…人の気配に気づく。
この部屋にノックもせずに入ってくる人物は一人しかいない。
「やぁ…ルルーシュ…。ごめんね…遅くなっちゃって…」
楽しそうに入ってきたスザクに対して、既に感情を表に出すだけの余力もなかった。
「さっき云っていた…『お仕置き』とやらか?」
「まぁ…そんなとこ…。別に、痛い事とかしないし…そんなに暗い顔しないでよ…。云ったでしょ?僕は…君の心が欲しいんだから…」
この状況で明るい顔を出来る方法があるなら是非とも教えて欲しい…ルルーシュの気持ちはそんな感じだった。
「これね…君にプレゼント…。君が僕のものだって云うしるし…」
そう云いながら、細い、上品な作りの金の鎖を見せた。
細かい細工が施され…普通の人間であれば、それ一つで彼の意のままになったかもしれないと思う程…綺麗な鎖だった。
「これは…」
「うん…この飾りのついているものを身につけていると、この国の中では決して僕から逃げられないからね…。これは…君が僕の所有物だって言うしるしだから…。これでもう、僕から離れようなんて思わないと思うよ?ちなみに、これは僕しか外せないし、絶対に切れないからね…」
「!」
そう云いながらスザクはルルーシュの首にその鎖を巻いて行く。
服を着ても隠せないところに…まるでチョーカーの様にその鎖は存在する。
「苦しくないでしょ?昨日の内に君の体のサイズ…全て把握させて貰ったから…」
―――逃げられない…この場所から…
ニコニコと笑いながら…ルルーシュを縛り付ける鎖を付けている目の前の男に…なんと云っていいのか解らない…
「じゃあ、僕…これから公務だから…。あ、欲しいものがあったらロロかナナリーに云えばすぐに用意させるから…」
そう云いながら…スザクは部屋を出て行った…。
呆然と立ち尽くしていると…ルルーシュの背後に人の気配がした…
「だ…」
問うよりも早く…その人影は…ルルーシュの口に布を当てた。
「な…に…?」
そのままルルーシュはその場に崩れ落ち、そして、その人影がルルーシュを抱えて、その部屋を後にした…
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