Our Good Day 05


 ルルーシュが連れて来られた場所は…それなりに豪華な作りをしていた。
目の前にはルルーシュに声をかけてここに連れてきた男と、『伯爵さま』と呼ばれた、恐らく、母、ナナリーよりもはるかに年上に見える中年の男がソファに腰かけていた。
そして、ルルーシュをここに連れてきた男が、中年の男に小声で何かを話している。
正直気分は良くないが、それでも、目の前にいる男にチェスで勝てば、この店で開かれている『賭けチェス』とやらで、プロを相手にチェスを打てると云うのだ。
これまで、ルルーシュの知らなかった世界…
だからこそ、ルルーシュは…ここに足を踏み込んでしまったのだろう。
数分、目の前でひそひそ話をされて、その話が終わると、ルルーシュを連れてきた方の男が立ち上がった。
「では…ごゆっくり…」
意味深な表情と言葉に…ルルーシュは首をかしげるが、とりあえず、さっさとチェスの準備をして欲しいものだと思っていた。
「あなたが…俺のチェスの相手?」
「ふっふっふ…まぁ、そんなところだ…。彼がチェスのセットを持ってくる間に少し、紅茶でもどうかな?君の年齢ではまだアルコールは駄目だろう?」
「別に…紅茶なんていらないけど…すぐにチェスのセットを持ってくるの?」
「ああ…まぁ、とりあえず、紅茶の用意をするから…寛いでいなさい…」
そう言いながら男はこの部屋に準備されている豪華な戸棚から豪華なティーセットを取り出した。
「あなたは…『伯爵さま』なのに…そんな事もするのか?」
「ああ…この程度の事は出来るよ…。淹れ方はうまくないかもしれないがね…」
そう言いながら、背を向けて紅茶を淹れている。
この時に、何か怪しいと気付くべきだったのだが…
これまで、王宮で食事をして、外に出るにしても必ず誰かがついて来てくれていたルルーシュにはそこまで頭が回らない。
「さぁ…」
そう言って、目の前に置かれた紅茶は…確かに見た目にはそれほど美味しそうとも言えないし、茶葉そのものは悪くないかもしれないが、香りが死んでいる。
しかし、せっかく出されたものだから…と…一口口をつける。
確かに…うまいとは言えないが、それでも、少し悪戦苦闘していた姿を見ているだけに、それはそれで有り難く頂く事にした。
それが…目の前の男の計算づくの行動とはつゆにも思わずに…
とりあえず、出された紅茶を飲みほして、ルルーシュが口を開く。
「チェスセットは…ま…だ…?」
そこまで言葉を紡いだ時…身体に異変を感じた。
「え…?」
頭はそれなりにはっきりしている…でも…身体が動かない…
「ボウヤ…こう言うところに来たのは初めてかい?これで…一つ勉強できただろう?知らない人にはついて行かない…と…。まぁ、君がおうちに帰れる事はないのだがね…」
「な…に…?」
舌なめずりしながら見下ろしている男を…ルルーシュは何が起きたのか解らないと云った表情で見つめていた。
「俺に…何…を…」

 頭だけははっきりしている。
しかし、身体が動かない。
ルルーシュが腰かけていたソファにその男の手によって押し倒されている。
「な…何を…」
何をされるかはよく解らない。
ただ…今、自分の身に危険が迫っている事だけは解る…
「まぁ、そんなに怖がる事はない…。意外と気にいるかもしれない…」
イヤな笑みを浮かべながら、その顔が目の前に来ている。
本能が…ルルーシュに伝えている…
―――俺…今…これから…
自分の衣服に、その、悪趣味な指輪がいくつもはめられている指がかけられる。
ただ…恐怖に声も出て来なくなる…
多分、こんな恐怖を経験するのは今が初めてで…
自分の来ているワイシャツのボタンが一つずつ外されていく。
―――い…イヤだ…イヤだ…誰か…誰か…
先ほどの紅茶に混ぜられた『何か』によって動けなくなっているのが解る。
これまで、王宮の中での毒殺を警戒し、その知識は充分に叩きこまれていた筈だ。
頭に血が上って、そんな事がすっかり頭から抜け落ちていた。
こうして、今自分のいる現実を突き付けられ…頭が冷えて…
今あるのは…ただ…恐怖で…
―――スザク!スザク…助けて…
既にワイシャツのボタンはすべて外されて、その、白磁の肌に中年のイヤらしい手が這いまわっていて…
「や…いや…だ…さわ…るな…」
目じりに涙がこぼれてきていて…
その涙がその男を更に喜ばせる事になる。
「いいねぇ…その顔…。何…大丈夫だよ…。私は優しいからね…」
その男の顔が、段々近づいてくる。
身体はガタガタ震えて身動きをとる事は一切できないし、完全に覆い被さられている状態で、この場から逃げ出す事などとても出来ない。
ぐっと目を瞑り、唇をかみしめる。
その時…
「ぐはっ…」
その男の苦しげなうめき声が耳に入ってきた。
恐る恐る目をあけると…
目の前に会った筈のその男の顔はなくなっていて…
緩慢な動きしか出来ない顔を横に向けた時、目の前にその男が投げ飛ばされ、倒れて行くところが見えた。
「え…?」
ルルーシュがその様子に驚いていると、何者かがルルーシュの身体をふっと持ち上げ、その肩に担ぐ形となった。
その人物の背中に流れているマント…そして、靴音…
「ゼ…ロ…」
ルルーシュがその時にその口から出てきたのは…その名前だった…

 『ゼロ』はルルーシュを肩に担いだままその店から出て行く。
やがて、警察が動き出したのか、その店の周囲には警察車両が並び、中には多くの警察官が入って行くのが見えた。
「あ…あの…」
ルルーシュが声をかけにくそうに…でも、何か言わなくてはと言葉を探すが…何も頭に浮かんでこない。
『ゼロ』は黙ったままルルーシュを担いで歩いて行く。
そして、暗くなって、人通りの少なくなった公園のベンチに彼を下した。
『けがは…?』
事務的に…そう尋ねられる。
「ない…」
ルルーシュは、バツが悪そうに答える。
『どうして…黙って王宮を出て行った?』
声の感じから…
―――『ゼロ』…怒ってる…
いつもは優しく声をかけてくれるし、滅多に怒る事のない『ゼロ』が怒っている…
「……」
ルルーシュは俯いたまま何も答える事が出来なかった。
『ゼロ』が長い沈黙にはぁ…と大きく息を吐いた。
『ルル…あの店は違法営業していて…マフィアや…もうすぐ貴族の地位を剥奪される者が出入りしていたんだ…。多分、ルルと一緒にいたのは…陛下が初めてその地位を剥奪すると決定したランドクルス伯爵だ…』
「え…?」
『ゼロ』の言葉にルルーシュは驚きを隠せない。
一度も顔を見た事のない伯爵だった。
だから…王宮にばれる事はないと…そう安心していた。
『会った事ないのは当然だ…。陛下も随分以前から彼の素行に関しては問題視されていたからね…。もう二度と…こんな真似…しないと約束しろ…』
『ゼロ』の言葉にルルーシュは頷き掛けて…でも、一つ聞きたかった。
「『ゼロ』は…どうして…俺の居場所…」
確かにルルーシュの疑問は尤もだ。
誰にも解らないように王宮を出た筈だったのだから…
『そんな事はどうでもいいだろう…。とにかく、もう二度と一人で王宮の外に出て、こんな事をしないと約束しろ!』
『ゼロ』が本気で怒っているのが解る。
確かに…怖い目に遭った。
「解った…もう…しない…」
ルルーシュはこくんと頷き、『ゼロ』の手を取ろうとした時…何かが落ちた事に気づいた。
ルルーシュはそれを拾い…何かを確かめると…
「これは…電波の…受信機…。しかも…これ…」
そのモニタにはその受信機の場所とその電波を発している発信機の場所が…一致している事を示していた。
「もしかして…俺に…発信機…つけていたの?母上は…こんな事…」
『否…それは…陛下は関係ない…。僕が…独断でした事だ…。君が時々、あの貴族の息子と一緒に王宮から抜け出して浄化に言っている事は知っていたからね…』
『ゼロ』の言葉に…ルルーシュは驚愕の表情を見せる。
「俺を…ずっと見張っていたの…?」
『これのお陰で未遂で済んだんだろ…。君を守るためだ…』
「なんで?どうして…俺の事…ずっと避けていたくせに!なんで、そんな事するんだ!俺の事…嫌いなら放っておけばいいじゃないか!さっきだって…あんな嘘…」
ルルーシュが泣きながら『ゼロ』に怒鳴りつける。
―――こんな風に優しくするな!俺の事…嫌いなら…放っておけばいい…。母上に言われた事だって…最低限守ればいいじゃないか…

 ルルーシュが下を向いて肩を震わせながら言葉を紡ぐ。
「もう…無理して俺のお守…する事ないよ…。母上には…俺から言っておくから…」
ルルーシュの言葉に『ゼロ』を取り巻いている空気が変わった。
『ルルを…嫌い?無理してルルを守ってる…?どうしてそんな風に思う…』
「だってそうじゃないか…俺の喜ぶ事言ってくれても…その後はずっと俺を避けていて…俺…一緒にいたいのに…でも…お前は俺のこと嫌いだから避けているんだろ!さっきだって、俺の事避けて…俺を一人置いてどっかに行っちゃったじゃないか…」
まるで子供だ…自分でも嘲いたくなる…
あんまりに無様で…惨めで…
『ルル…僕がどうして君を避けていたのか…君は全然知らない…。僕が…君に対してどんな感情を持っているかなんて…』
スザク自身、自分で大人げないと思うが…
それでも、目の前でルルーシュが泣きながらこんな事を訴えてきたのでは…
これまで、我慢に我慢を重ねてきた方としては…もう、限界だった。
「解る訳ない!お前は何も言わないし、それどころか、俺を避けて…遠ざけてばかりだったじゃないか…」
まっすぐに育ってきたルルーシュを…自分の欲望で汚したくなかった…
だから…自分を抑えるために…ルルーシュを守る為に…遠ざけてきた…
『知らない方がいい事もあるんだ…ルル…』
最後の…ひとかけらの理性がスザクにその言葉を口にさせた。
「知らない方がいいって…そんなこと決めるのはお前じゃない!俺だ!」
薬の影響でほとんど動かない筈の身体だったのをその、感情の勢いに任せて立ちあがるが…すぐに身体から力が抜けてその場に倒れ込む。
その倒れ込んだところは…ずっと…その心音を聞くと安心していた…その胸で…
そして、ルルーシュの身体を支えるべく…その、彼の鍛え上げられた逞しい腕がその細い身体を包み込む。
『あとで…泣いて悔やんでも知らないから…』
ルルーシュの耳元でそう囁かれた。
「え?」
『僕を煽ったのは君だ…。折角…我慢していたのに…』
ルルーシュは何の事か解らない…と云った状態で『ゼロ』を見上げるが…
すぐにルルーシュは横抱きに抱きかかえられた。
『そのままでは、自分で歩けないだろう?君の離宮で…たっぷり教えてあげるよ…。二度と…こんな真似をしないためにも…ね…』
そんな…意味深な言葉を与えて、『ゼロ』はルルーシュを抱きかかえて…その後、一言も口をきく事もなく、王宮へと向かって歩き始めた。
これまで、ルルーシュに優しい言葉をかけてくれていた『ゼロ』とも…さっき、本気で怒っていた『ゼロ』とも…違う『ゼロ』が…今、ルルーシュの目の前にいた。

 王宮の方は、先ほどの違法営業のカジノの中にナナリーが貴族の地位を剥奪した者がいたと云う事で騒ぎとなっていた。
それを幸いにと…『ゼロ』はルルーシュを離宮へと運んで行く。
本当なら『ゼロ』が出向いて行くべきところなのだが…最近ではシュナイゼルやコーネリアが先頭に立っている。
『ゼロ』は、『平和を祈る為の象徴』となりつつあったのだ。
現在では殆どこうした現場の仕事をしなくなっている。
少しずつ…世界は…『ゼロ』と云う英雄を…『象徴』と見なす努力を始めていた。
ルルーシュの離宮に入って行くと使用人たちが心配していたようで、ルルーシュの姿を見て、安堵した。
そして、『ゼロ』が事の詳細を説明した。
『だから…今日はルルが落ち着くまで私が付き添う…。たくさんの人間が傍にいたのでは落ち着かないだろうから…だから、明日の朝、朝食の準備の時間までに皆さんは来て下さい…あと…、ルルの気持ちを考えると、今はまだ、口外しないで頂きたい…。ナナリー陛下にも…』
と最後を締めくくった。
確かに、ルルーシュの来ている服は皺くちゃになっているところをみると…何かに巻き込まれたのかもしれない。
彼らはそう判断して、離宮を後にした。
そして、二人きりになったところで、『ゼロ』からスザクへと戻った。
「ルル…」
そう呼ばれて、スザクを見ると…その眼は…これまでに見た事のない眼光を放っていて…
さっきのあの、貴族の男と似た雰囲気になっている。
その雰囲気に…ルルーシュはびくっとするが…
でも、先ほどの貴族の男に対してのものとはちょっと違うような気がした。
「君は…あの時…何をされるか…解っていなかったみたいだから…僕が再現してあげるよ…。二度と…あんなところへ一人でのこの事でて行かないように…」
いつもより低い声…
いつもより瞳の色も深い…
―――こんなスザク…見た事ない…
いつもと違うスザクの雰囲気に逃げ出したくなるが…
やっと薬が切れてきて少し動けるようにはなったが…それでも、逃げ出そうとしたその時、その動きはスザクによって阻止された。
そして…ベッドの上に押し倒されて…
「覚悟して…これは…君に対しての罰でもあるし、教えなくちゃいけない事でもある…。だから…遠慮はしない…」
スザクにいつもよりの低い声で、耳元で囁かれ、身体がピクリと反応した。
ルルーシュの身体の上に覆い被さる形でスザクはルルーシュを抑え込んでいる。
そして…ルルーシュのその唇に…スザクのソレを押し付けた…
キスなどと云う…生易しいものではないそれは…ルルーシュの思考を翻弄して行く事となる…


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