あれから、更に12年が経った。
ルルーシュも17歳となり、思春期、反抗期を迎えている。
ルルーシュが5歳の時に出会った、扇の息子…ナオトは未だにブリタニアの王宮で暮らしている。
あの後、扇が日本へ帰国した後、事の経緯がすべて全世界にばれてしまったのだ。
あの会談の会場の中にはマスコミは入ってはいなかったが、ブリタニアと日本のトップ同士の会談ともなれば、両国トップの記者会見が行われるのが至極当然なのだが…
しかし、どちらの国のトップもこの会談に関する記者会見を開かなかった。
それをおかしいと思った一部のジャーナリストたちがその真相を調べ…そして、最初はインターネット上で公表され、それが、全世界の人の目に晒される事となった。
扇要のブリタニア皇帝に対する暴言、そして、その妻が元ブリタニア軍の軍人であり、脱走兵であり、軍法会議に出廷する為にブリタニアに残った事…
そして、日本国首相がどのように考え、世界を見ていたのか、その子供によってばらされてしまった事…
その事実を知り、扇首相自身、ブリタニア国籍で脱走兵としての嫌疑のかけられている妻に対してはともかく(ここで、ブリタニアの脱走兵を引き渡す事は犯罪者引き渡し協定で定められているので、個人的感情によってそれを引き留める事、中止を求める事は出来ない)、子供に関しては、確かに一国の国家元首の息子としてあるまじき行動をとった事は確かではあるが、ブリタニア側がどう言ったところで、子供に関しては日本国籍を持つのだから、日本国首相として返還を求める事は出来た。
実際にナナリーもシュナイゼルもその事を承知していたし、扇も返還を求めてくれば、嫌味に一つも言って還すつもりでいた。
ところが、扇は一人で逃げるように帰国…その後、その子供の返還要求も来ない。
仕方なく、日本政府に連絡を取ったのだが…そのときすでに国のトップである扇要が行方不明で、子供一人にかまっている余裕がなく…
このまま放り出すのもいかがなものかと憚られ、ナナリーが日本からの留学生として王宮におく事に決めたのだ。
それから、12年が経っている。
あの子供も、自分の立場を弁えると云う事を覚え、今では大人しくなっているが…
ただ…ルルーシュ自身は、最初に受けた恐怖でその子供に慣れるまで相当時間がかかっているが、それでも今は、ブリタニアの客人として接するようにはなっている。
ちなみにその子供の母親は…ナナリーの弁護もあり、懲役刑で済まされる事となった。
しかし、軍の脱走と独断での敵将との接触は重罪と云う事もあり、釈放されたとしても一生監視が付いている生活を送る事となる。
ヴィレッタは『皇帝直属 機密情報機関』所属だった事がそう言った事態になった理由だ。
その部署にはブリタニアの国家機密が多くあるのだ。
ある意味、死刑にならなかったのが不思議なくらいなのだ。
それはともかく、ルルーシュも17歳となった…。
スザクが再会し、そして、お互いの気持ちを通じ合わせた歳…
やはり…ルルーシュだと思う。
ナナリーもシュナイゼルもコーネリアも…かつての自分の兄、異母弟だった頃を思い出してしまう。
日に日にその美しさを増し、その利発さを発揮している。
そして…ルルーシュは…スザクに惹かれて行った…
あの頃のように、自分を偽り、自分を隠す必要のない今では、ルルーシュは少し、捻くれた態度をとりながらも、スザクに対する好意が手に取るように解る。
5歳の時…扇の息子と初めて会った時…逃げ出して…助けを求めた相手は…『ゼロ』…
ルルーシュがあの時、泣きながら縋りついた相手は『ゼロ』だったのだ。
恐らく、あの頃からルルーシュの中で『ゼロ』…否、スザクは特別で…
ナナリーもシュナイゼルもコーネリアも…ルルーシュそのものであると云うのなら、ある意味理解できるとも思える。
『ゼロ・レクイエム』の時…ルルーシュが最期に自分を刺し貫く相手として選んだのは…スザクだったのだから…
そして、スザク自身も、悩みに悩み抜いてそれを承諾し、実行した…
あの時から、あの二人は魂の部分でつながっているのでは中とさえ思っている。
恐らく、それに気づいていないのは当人たちだけのように思えるが…
ただ、ルルーシュは、そんな過去の記憶はない。
時々、脳は覚えていなくても身体が覚えているのではないかと思われる事もあるが…
それでも、ルルーシュはずっと、『ゼロ』を…スザクを慕っていたのは解る。
スザクの方は…ルルーシュを守る…その決意は変わらないようだが、それでも、どこか一歩引いた形でルルーシュの傍にいるように見えた。
確かに、目の前でいちゃつかれると相当腹が立つのは事実なのだが…
それでも、ルルーシュの幸せを考えた時…スザクがあんな風にルルーシュに接するのはあまりにルルーシュが気の毒のように思えた。
受け入れられないなら…きっちりとそう、告げるべきだ。
いつも肝心なところでルルーシュの喜ぶ事ばかりをするから、ルルーシュ自身もスザクを慕い続けるのだ。
きちんと、けじめをつけてやれば…他に好きな相手でも作ってくれそうなものを…
とも思うのだが…
尤も、ルルーシュの周辺にいるのは、ブリタニアの貴族だ。
ナナリーが皇帝となった時に、貴族制度を再構成していた。
ルルーシュが廃止した貴族制度ではなく、住民たちの不満を直接王宮に届くシステムとした。
そして、住民たちの不満の声の大きい貴族に対しては多額の罰金を要求し、あまりに続くようなら貴族の身分を返上するもの…としている。
だが…今のところ、それによって、貴族の身分を返上している者はいない。
そう言った貴族たちがルルーシュに対して様々な事を教えに来るし、同じような年頃の子供であれば、ルルーシュの小姓として傍においてもいるのだが…
それでも…ルルーシュは何かある度に『ゼロ』を頼っていた。
多分…お互いの思いは通じているのだ…
それでも…なんだか…ルルーシュにとっては『ゼロ』に対して不満を持っているのだ。
「どうかされましたか?殿下…」
そう声をかけてきたのは、3年くらい前からルルーシュの話し相手として傍にいる貴族の息子だった。
彼も気が利くし、一緒に城下のフェスティバルに行ったり、時には内緒で王宮を抜け出し、城下で普通の少年と同じ事をして楽しんだりもしているが…
だから…ルルーシュにとっては、一緒にいて嬉しい存在だし、一緒にいて楽しいと思う。
しかし…『ゼロ』に対しては…目の前にいる彼に対する感情とは明らかに違っているし、『ゼロ』も同じ思いでいてくれていると…思っているのに…
「あ…否…。なぁ…お前は…好きな人とか…いるのか?」
あまりに唐突な質問だとも思うのだが…しかし、誰に聞いていいか解らない。
「あの…それは…どう言った意味で…なのでしょうか?」
こんな唐突な質問を投げかけられて戸惑わない方がどうかしている。
そもそも、ルルーシュが彼に対してそんな話を振ってきたのは初めてなのだ。
「一緒にいたい…とか…もっと、その相手の事を知りたい…とか…」
ルルーシュの声が小さくなり、顔を赤くしているのが見えた。
「そう言う事ですか…殿下も、どなたかにそんな思いを寄せられているのですか?」
その一言でルルーシュはカッとさらに顔を赤くする。
そんなルルーシュを(僭越ながらも)可愛いと思いながら、彼は続ける。
「殿下のような方から想われているなんて…なんて幸運の持ち主なんでしょうか…。その方はどんな方なんです?」
「えっと…すごく…優しい…。俺は…いつも、助けて貰ってばっかりなんだけど…小さい時に、ギュッとされて…すごく安心したのを覚えてる…。でも…最近では…」
ルルーシュの口調が沈んで行くのが解った。
そして…ルルーシュが誰を想っているのかも…なんとなく察してしまった。
―――ここは…どう返答するべきなんだ?この方は…神聖ブリタニア帝国の第一位皇位継承者で…
返答に困っていると…ルルーシュが何だか泣きそうな顔になっている。
「俺の事…嫌いになったのかな…。前に…好きだって言ってくれたのに…」
更に出てくる暴露話…
この事を母君である皇帝陛下はご存じなのか?とか、シュナイゼル閣下やコーネリア殿下が知ったら…どうなる?とか…
そんな事を思ってしまうのは…まだ、身分を気にしすぎているせいなのだろうか…と思う。
ルルーシュが初めて会った時には、『友達…と云うものが欲しい…。だから、出来れば、皇子とか、そう言う括りなしに接して欲しい…』と言われてはいたが…
「殿下は…その方に…どうして欲しいのですか?例えば…一緒に遊びに行きたいとか…以前のように…その…ギュッとして欲しいとか…」
「よく…解らない…。だから…お前に聞いている!お前は、そう言う相手が出来た時、お前ならどうする?そうやって、その相手と一緒にいられるようにする?」
真剣なまなざしで尋ねてくる皇子殿下に対して…色々言葉を選びながらも(内心冷や汗ダラダラだったが)…何とか、ルルーシュが納得するまで話に付き合ったのだが…
とりあえず、ルルーシュが何か納得したようで…
「解った…有難う!また、相談に乗ってくれ…」
嬉しそうにそう告げて、部屋を飛び出して行った。
しかし、そこに残された彼の本心は…
―――もうカンベンして下さい…
だった…
ルルーシュは早速その相手のところへと走って行く…
いつもなら、彼の執務室にいる筈だと云う事を知っていた。
―――シュッ
ノックもなしに誰かの部屋に入って行くなど、ルルーシュには珍しい事なのだが…
「『ゼロ』!」
『ルル…一体どうして…ここに?』
何の予告もなしに入ってきたルルーシュに流石に驚くが…
ただ…なんだかいつもよりも嬉しそうな顔をしている。
「仮面…外して…。今なら俺しかいない…」
そう言いながら『ゼロ』の仮面を外して行く。
いつの間に覚えたのかは知らないが、器用に外すルルーシュを見てスザクははぁ…とため息をついた。
「こんどはどうしたの?ルル…」
「スザク…俺…スザクが好き…。だから…スザクの望む事…何でもしたい…」
「なら、もう少し、落ち着きを持った行動をして…。なに?今のは…」
「だって…スザクに会いたかったから…」
スザク自身、非常にしんどくなってきている事は事実で…
あの時と同じ姿のルルーシュ…
育ち方が違ったおかげで、すごく素直に育ったと思う。(ただ、勢いに任せている時にしか素直になれないが)
「僕も…ルルの事は好きだよ?だから…」
「じゃあ…俺…スザクとずっと一緒にいたい…。最近、仕事とか言ってなかなか合う事も出来ないじゃないか…」
「ほ…本当に忙しいんだ…。『ゼロ』として…」
スザクの言葉にルルーシュがムッとした。
「嘘だ…最近…スザク…俺を避けてる…。母上やシュナイゼル閣下やコーネリア元帥には…ちゃんと…会ってるくせに…。それに、スザクが嘘をつく時って、いつもどもるし…」
ルルーシュはまっすぐにスザクを見ている…
そう…ルルーシュが枢木神社に送られてきた時も…彼はまっすぐにスザクを見て、訴えてきた。
気高くて、プライドが高く、頭がよくて、周囲をよく見ている…
今のルルーシュは…あの時と同じルルーシュではないと解っているし、それでも、こうして、本質部分が同じで…育った環境の違いで、今は、こんな風にスザクをまっすぐ見ているのだ。
「ご…ごめん…まだ、仕事が残っているから…」
そう言って、スザクは『ゼロ』の仮面を被って出て行ってしまった…
今のまっすぐなルルーシュを見ていると…自分が抑えられなくなりそうだったから…
―――でも…ルルーシュはまだ…僕は…。いつまで…冷静に見ていられるのかな…僕は…
ルルーシュは一人残され…結局、スザクに避けられていると感じる…
ルルーシュはフラッと王宮を出て行った。
時々、隠れて城下に遊びに行く事もあるから…別に難しい事ではなかった。
「賭けチェス…?」
少し奥まった通りで、ふと声をかけられた。
「そうそう…どっちが勝つかを予想するんだ…。勝てば倍額が返って来るんだ…」
「俺…チェスなら出来るよ…。少しは強い…」
声をかけてきた男にそう告げる。
「ボウヤ…ここはプロがチェスを打つところだ…。ボウヤじゃまだ、相手にならんさ…」
「じゃあ、試してみる?相手は誰でもいいよ…。俺が勝ったら、そのプロってやつとやってみたい…」
声をかけてきた男も驚くが…だが、よく見れば可愛い顔をしていると考えを改めた。
ここは貴族たちが少し危険なゲームを楽しむ場所…
その中の貴族には色々な趣味の持ち主がいる。
目の前にいる少年なら、きっと、高く売れる…そう思って、にやりと笑って、ルルーシュに返事をした。
「ああ、いいぜ…。なら、今日の賭けの中ではまぁ、真ん中くらいの貴族を紹介してやるよ…」
「解った…それでいい…」
そう言って、薄暗い関係者用通路へと連れて行かれた。
そして、実際にその対戦相手を目の前にするが…
―――よかった…俺と会った事のない貴族だ…
しかし、ルルーシュのこの考えは間違っていた。
あの男は貴族と言っているが、もうじき、領民たちの不満の蓄積により、その領地を支配権を剥奪される貴族だ。
だから会ってことがないのだ…
そして、そんな状態の貴族が…どんな行動を起こすのか…
基本的に王宮の外を出歩く事も少なく、ナナリーたちによって、会う人間を選別されている状態のルルーシュにはそんなことなど解る筈もない。
「ほぉ…これはまた…綺麗な顔をしている子だね…」
「まぁ、是非、伯爵さまとチェスの手合わせをしたいと…そんなことを申しまして…」
「ああ…私は構わないよ…」
まるで値踏みするような視線が気に入らないが…それでも、少し遊んで、憂さを晴らしたいと思っていたルルーシュには…その時迫っている危険には…全く気付いていはいなかった…
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