Our Good Day 03


 コーネリアは急ぎ足でルルーシュの元へと向かっていた。
まもなく…昼食会と云う形で日本から来た扇夫妻との会談があるからだ。
子供に関しては、咲世子たちに任せ、自分とジェレミアとアーニャはルルーシュの周囲を固める事と決めていたのだが…
ルルーシュお気に入りの中庭についた時…既に、扇の子供らしき男の子がルルーシュを構っていたのだ。
扇たちはすでに到着しているとの報告があったのだが…きちんと控えの間が用意されていた筈だ…
仮にも他国の王宮で付き人もなしに他国からの来賓の子供がうろちょろしていい場所ではない。
―――なんて事だ…
コーネリアは思わず舌打ちする。
子供同士のやり取りにコーネリアがいちいち介入する訳にもいかないし、あの構い方だと、立場を弁えているとも思えない。
「おれのとうさんは、あの、あくぎゃくこうていをたおしたくろのきしだんのえらいひとなんだぞ…」
そんな…子供の声が聞こえてきた。
ルルーシュにはまだ、そんな事を教えてはいない。
尤も、ブリタニアの中でのあの事件の扱いは、『時代の変革の中の出来事』として据えられている。
どうやら日本では違うらしい…
「そうか…きみのとうさまは、すごいひとなんだね…」
ルルーシュは、初めて出会う同じ年ごろの子供に少し緊張した面持ちのようだが…それでも、皇族としての立ち居振る舞いはナナリーがしっかりと教え込んでいる。
「だから…がいこくのひともみんな…とうさんのいうことをなんでもきくんだ…おまえのかあさんもきっと、とうさんのけらいなんだ…」
子供の戯言とはいえ、あまりに醜悪すぎて目に余るが…
ルルーシュの方は、相変わらず素直に受け答えしている。
「かあさまは…だれかのけらいなんかじゃないよ…。かあさまにもけらいなんていない…。みんな、このくにのためにいっしょうけんめいおしごとをしているんだ…」
あまりの違いに呆れ果てるのだが…
この子供を育てた親が…これから…ブリタニア皇帝と会談する事を考えると…あまりにばかばかしい内容になること請け合いだ…
「おまえ…かわってるな…。きにいったぞ…。おまえ、おれのけらいになれ…」
そう言って、その子供がルルーシュの手を引っ張った。
「いたい…ひっぱらないで…。ルルはネリさまをまっているんだ…ここでネリさまをまっているって…やくそくしたから…」
「そのねりさまだって…おれのとうさんにはさからえないんだ…ほら…こいよ…」
無理矢理ルルーシュの腕を引っ張るその子供を何とかしなくてはならなかったのだが…
ルルーシュも耐えきれなくなり、何とか、その子供の手を振り払って逃げ出したのだ…
しかも…コーネリア達のいる所とは反対の方向へ…
ルルーシュが駆け出して行き、建物の中に入って行くのを見て、コーネリアも周囲の者たちに指示を出した。
「早く!ルルを保護しろ!扇の子供もさっさと確保して控えの間に放り込んでおけ…」
そう言って、ルルーシュ達の走って行った方へと走り出した。

 ルルーシュは長い廊下を走って行っていた…
―――いつもなら…かならず…だれかがとおるのに…
涙目になりながらなおも追いかけてくる、あの扇の子供から逃れようと必死に走って行く…
『廊下は走っちゃいけませんよ?危ないですからね…』
ナナリーからも、そしてほかの者たちからも言われていた事だった…
―――ごめんなさい…かあさま…ルル…かあさまのいいつけ…
この期に及んでそんな事を気にしているのだが…追いかけられている恐怖には勝てず…
「ぜろ…ぜろ…」
その名前を呼びながら必死に走り、そして…目に付いた扉を開いて飛び込んで行った。
そして、すぐさまその扉を閉める…
すると…そこには…
「あ…」
たくさんの大人たちが何かの話をしている最中らしかった…
そして、『ゼロ』の姿を見つけて…すぐに駆け出した…
「ぜろ…ぜろ…」
泣きながら『ゼロ』に縋りついて行ったルルーシュの様子に、ただ事ではないと、ブリアニア側の人間は思う。
そして、その子供の姿を見て、驚愕したのは日本側の人間だった。
「ルルーシュ…?」
「まさか…」
扇とその妻であるヴィレッタが同時に呟いた。
「どうした?ルル…」
『ゼロ』の近くに控えていたシュナイゼルが『ゼロ』にしがみついて離れないルルーシュに尋ねた。
「…っく…ひっく…ルルと…おなじくらいの…おとこのこ…かあさまは…そのおとこのことうさまのけらいだって…だから…ルルに…そのこのけらいになれって…」
その言葉に『ゼロ』はルルーシュをぎゅっと抱きしめた。
そして、ブリタニアのツートップが日本国側の代表を睨みつけた。
「ブリタニアは…いつから日本の属国になりましたの?」
「子供は親を写し出すとは…よく言ったものだ…」
しかし、この会話が噛み合う事はなかった。
「ちょっと待ってくれ…その子供は…?」
「そうだ…あのルルーシュをそのまま幼くしたような…」
日本側の疑問をとりあえず取り払ってやろうと考える。
制裁はその分も含めてきっちりつけてやればいいのだ。
「この子は…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…私が5年前に発表した私の養子で、現在、神聖ブリタニア帝国、第一位皇位継承者です…」
ナナリーがそう告げても、彼らは納得しない。
「偶然にしても…似過ぎだろう…」
「この子は…先の皇帝の忘れ形見ですよ…。詳しい事はお話しできませんが…」
扇の驚愕にシュナイゼルが冷静に答えた。
確かに…驚くのも無理はないし、本当の事を云えないのも事実だ。
シュナイゼルの言葉に…彼らはさらに驚愕した表情を見せる。
現在、日本側から申し込んできた会談だと云うのに…イレギュラーがあったとは言え、これほどまでにうろたえるとは…
「……すべきだ…」
扇の一言…多分、注意深く聞いていなければ解らない程度の声で呟かれたものであるのだが…しかし、ルルーシュに対してすべての愛情を注いでいる彼らの耳にはその不穏な言葉が届いてしまった。
ナナリーはすぐに『ゼロ』を見て、指示を出した。
「『ゼロ』…ルルを別室へ…。ここは…私とシュナイゼル宰相に任せて頂けますか?」 ナナリーの言葉にシュナイゼルも目の前の日本国代表たちを睨みつけ、『ゼロ』もルルーシュを抱えてその部屋を出て行った。
廊下へ出ると…ルルーシュが心配そうに『ゼロ』を見た。
「あの…ぜろ…」
『心配はいらない…君は…何も心配しなくていい…。さぁ、ルルの部屋へ帰ろう…』

 一瞬でその場の空気が凍りついた会談の場…
「扇首相…申し訳ありません…。こんな騒ぎになってしまって…。我が息子の不始末…この、神聖ブリタニア帝国第100代皇帝、ナナリー=ヴィ=ブリタニアが心から謝罪いたします…」
どう見ても…口だけの謝罪…
その言葉が…扇に届いているか…正直怪しいところだ。
「そんな謝罪なんてどうでもいい!あの…あの子供がルルーシュの忘れ形見と云う事は…ルルーシュの血を引き継いでいると云う事か…!?」
扇の耳には、本当にナナリーの謝罪は届いていないらしい。
ここにマスコミが入っていたら、一国の…しかも、世界一の国力を持つ神聖ブリタニア帝国の皇帝に対してのこの振る舞いは…当人の気持ちはどうであれ、『日本の首相は他国の王族や国家元首に対して礼を払わない…』と云う評価をばら撒く事になる。
「そう言う事になりますね…。それが…何か?」
「ならば…あの子供が『ギアス』を持っているかもしれないと云う事…。抹殺するか…殺す事が躊躇われるなら…決して人前に出て来ないよう、生涯幽閉するべきだ!あなた方も『ギアス』の事はよくご存じの筈だ!」
ルルーシュの姿を見れば、日本の首相…扇要がそう言う事を言ってくる事は最初から計算していた。
しかし…扇のその一言は…これまで抑えていたナナリーの怒りを開放する事になった。
扇たちがどれだけ『ゼロ』に救われてきたか…ナナリーでなくともよく知っている事だ。
そして、『黒の騎士団』の裏切り…
その事を異母兄から聞かされた時、異母兄も恨んだし、それ以上に『黒の騎士団』全員を恨んだ。
アッシュフォード学園で懇意にしていたカレンにさえも怨念を抱いた。
「あの子は…私の子です…。何の罪もない子供を…処刑せよと仰るのですか?日本国の首相は…」
シュナイゼルは震えながら怒りの言葉を放つ異母妹を見て…『バカな男だ…』と思った。
恐らく、扇自身、まだ年若いナナリーを侮っていたのだろう。
ふだんは優しげな言葉遣いや表情を見せている分、本当に怒らせた時の恐ろしさを知らない。
まして、ナナリーがすべてを持ってあの、ルルーシュを慈しんでいるのだ。
「日本国の首相は…日本の言葉…。日本国の総意として受け止めさせて頂きますわ…」
元々、ナナリーの中に扇要に対する信頼は皆無だ。
勿論、シュナイゼルにもそんなものはない。
『黒の騎士団』で敵将の言葉のみでこれまで自分たちを導いてきたリーダーを裏切ったともなれば、信じるに値すると考える方がどうかしている。
しかも…よくよく聞けば、ブリタニア軍の脱走兵の女に籠絡されていると云う話…
笑うに笑えない冗談だとさえ思った。

 ナナリーの言葉に…この場の空気が完全に凍りついている事をやっと察知した扇だったが…既に時は遅かった。
「とりあえず…そちらの、ヴィレッタ=ヌゥをまず、ブリタニアに引き渡して頂けますか?彼女はブリタニア軍の脱走兵です。亡命したという記録もありません。いくら、日本国の首相の奥様とは言え、未だに彼女はブリタニア軍に名前を置いているのですから…彼女には軍法会議に出て頂かなくてはなりません…」
これまで、ずっと…不問にしてきた事…
『黒の騎士団』での経緯を知り、精一杯自分を抑えて我慢してきた。
今回の事で我慢の限界を超えたのだ。
「軍の脱走に、敵将との独断での接触…これだけの罪状があれば、そのまま銃殺刑だな…。それに軍脱走は…重罪…時効はない…」
シュナイゼルが独り言のように告げる。
「しかし…あの時…コーネリア皇女殿下が…」
「あの時は確かに不問にせざるを得なかったが、それは、罪を許された…と云う事ではない。それに、君は未だにブリタニア軍にその籍を置いている身だ…。まずは、ブリタニアに一時帰国し、軍法会議に出て、すべてを綺麗にしてから日本国籍を取得するなり亡命するなりすればいいのではないかね?まぁ、軍から籍を外さなくては、それも許されないがね…」
まず先に糾弾したのは、日本国のファーストレディだった。
確かに彼女は未だにブリタニア軍の中に名前があるのだ。
『皇帝直属 機密情報局 エリア11 トウキョウ租界責任者』
として…
しかも、男爵位も持つのだ…
「とりあえず、拘束させて頂きます…」
ナナリーがそう言うと、外から軍関係者たちが入ってきて彼女たちを取り囲んだ。
逃げ道はない…そう思った時、ヴィレッタはそのまま両手を頭の後ろで組んだ。
そして、軍本部へと連行された。
扇が呆然としてその様子を見ている。
「もう少し説明が必要ですね…。彼女…調べたらあなたとご結婚されて、国籍はブリタニアのままでした。ですから、ブリタニアの法で裁く事が出来るのです。あの、私の息子に無礼を働いた子供が日本国籍でよかったですね…。ブリタニア国籍であれば、皇族に対する不敬罪で、子供であろうと極刑に処する事が出来るのですよ?」
ナナリーの笑みに…扇はぞっとするしかなかった。

 そして、なおも会談が続けられる。
扇としてはこんな場所にもう、1秒でもいたくはなかったが…それでも、日本の復興の為にブリタニアからの支援は確実に必要で…
「日本国からの要請は…復興事業の為の支援…でしたね…」
気を取り直して…と云った感じでナナリーが話を進める。
「あ…ああ…その通りです…」
扇の声が上ずっているのがよく解る。
「ブリタニアの皇帝として、お返事いたしましょう…。現在の日本国に対してブリタニアからの支援は出来かねます…」
扇は驚いた顔をする。
ナナリーは決して公私混同をするような人間じゃないし、『ゼロ』の正体が誰だかも恐らく知っている…
ならば…
「どうしてか…解らないといった表情ですね…。ここに私の私情は一切入ってはおりません」
落ち着いた口調でそう告げると、扇はさらに解らないと云った表情を見せる。
「理由は簡単です。扇要と云う人間を信用出来ないからです。『黒の騎士団』の副指令だった…と云う事で随分好きな事を仰って下さっているようで…。あなたのお子様の発言…正直びっくり致しましたわ…。仮にも一国の首相たるあなたが…ご自身のお子様にあんな事を吹き込んでいるなんて…」
「あ…あれは子供の…」
「子供は…親をよく見ているものです。あなたが普段、何も考えずに口にしている言葉をすぐに覚えます。そして、各国のあなたを持ちあげる元首たちにも問題はありますけれど…私は…あなたの家来になった覚えはありません!」
他国の国家元首を『家来』呼ばわり…
それがどれほど大きな国際問題になるのか…この男は知らなかったとでも言うつもりなのだろうか?
「それは…その…」
現在、扇要の日本国内での支持率は非常に低い。
それでも、首相の座にいられるのは、この男の作った…この男が最も嫌った『独裁』のシステム…
自分にそれだけの裁量がないと云う自身のなさから…作り上げてしまった…
形だけの議会制民主主義…
自分に気に入らない事を云う人間はすべて排除した。
その為に、扇の周辺には『イエスマン』しかいなくなり、風通しも悪くなった。
そして、この男は何より、自分の責任を認めない男だ。
何か失敗しても、誰かの所為にしようとする。
『黒の騎士団』で『ゼロ』を排除した時もその論理で『ゼロ』を排除したのだ。
「あなたは…決してご自身の過ちを認めない方です。だからこそ、『ゼロ』を…お兄様を裏切った時も良心の呵責が働かなかった…。全てをお兄様の所為にして…全てをお兄様に押し付けて…最後の最後には…お兄様を…」
ナナリー自身、最後の言葉は完全にナナリーの感情だったが…
シュナイゼルは…それについては咎める事が出来なかった。

 扇自身、ある意味ぐうの音も出ない。
『黒の騎士団』で戦っていた時も…『ゼロ』の命令だから…
シュナイゼルと組んだ時も、シュナイゼルに指示されたから…
そして、現在は…そうやって指示をしてくれる者がいなくなり…日本は迷走している。
自分の責任の所在をはっきりさせるだけの勇気もなく、一国の首相を続けていたのだ。
「神聖ブリタニア帝国からの正式回答です。現在の日本に対して…何一つ支援する事は出来ません!お金は勿論、小麦一粒だって…日本に対しては支援出来ません。理由は一つ…扇要首相と云う人物を信用する事が出来ないから…。以上が神聖ブリタニア帝国の総意です!」
ナナリーがぴしゃりと云い放った。
「ま…待ってくれ…このままでは日本は…」
「ご自身の国は…ご自身が何とかされるべきでしょう?こうして、我が国の皇帝もこう言っているのです。『黒の騎士団』の副指令だった方だ…。他の国から支援を頂けばよいではありませんか…」
皮肉たっぷりのシュナイゼルの言葉に…扇自身、顔面蒼白になるのが解る。
「すまない…申し訳なかった…だから…」
扇の情けない謝罪がナナリーたちの耳に届くが…
そんな者に時間を費やすくらいなら…先ほど、あんな風に泣いていたルルーシュの方が重要である。
「シュナイゼル宰相…私の息子のところへ連れて行って下さい…。よほどひどい事を言われたようですので…」
「確かに…あの繊細な皇子殿下きっと、今も泣いておられるでしょう…」
まるであてつけのように扇の前で交わされる会話…
しかしこれも、身から出たさび…と云う事か…
「あと…その子供に関してはどう対処致しましょう?」
「日本国籍ですから…不敬罪には問えませんしね…ただ…、再教育は必要ではありませんか?ブリタニア皇帝を家来などと云う、恐るべき世間知らずさんのようですし…」
「ただ…既に5歳になっていますからね…。再教育は…」
「そこはシュナイゼル宰相の腕の見せ所でしょう?『黒の騎士団』の皆さんをたった一言で籠絡し、『ゼロ』を裏切らせた手腕があるのですから…」
「少し…手荒でもよろしいですか?」
「まぁ…愛の鞭…と云う事で…」
二人の会話に扇はただ顔面蒼白になる事しか出来ない。
これで、自分の息子を守ろうと掴み掛ってでも来れば、少しは見直す余地も生まれるのだろうが…
しかし、所詮は…自分の事しか大切ではない男だ…
結局そのまま帰国する事になる。
そして、日本国民との約束であった『ブリタニアからの支援』も貰えず、日本に帰ってきたのは首相一人…
その事で…日本国内はまた、大混乱を巻き起こす事になったと…数日後のニュースで彼らは知ったのだ。


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