扉の向こうへ07


 ルルーシュは…シュナイゼルの私室からスザクの神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアの騎士叙任式を見ている。
シュナイゼルの手によって保護されたとはいえ、ルルーシュはまだ、皇籍を剥奪されたままだ。
だから…ルルーシュは式典会場に足を運ぶ事が出来ない。
その中継を見ながら…涙すら出てこなかった。
というよりも、表情から感情が消え去った。
笑う事もなく、泣く事もなく…まして怒る事も…
ただ…テレビから流れて来るその映像を…焦点に合っていないその二つのアメジストに映し出しているだけだ。
たった一人の友達…
たった一人の失いたくなかった相手…
彼だって、ルルーシュを好きだと言ってくれたのに…
何を間違えたのだろう…。
あのまま…『ゼロ』になる事もなく…いつ、本国に売り渡されるか解らないアッシュフォード家という鳥籠の中にいれば…こんな事にならなかったのか…
でも…あの時ルルーシュが立ち上がらなければ…一生…自分自身を許せなかったかもしれない。
ナナリーを守りたい…
その為にチャンスを窺っていた。
そんな時…スザクがクロヴィス殺害の容疑をかけられて…トウキョウ租界で晒し者になっていた。
ルルーシュの中ではチャンスだと思った。
スザクが進むべき道は…名誉ブリタニア人としてブリタニアの軍人でいる事ではなく…ルルーシュと共にナナリーが…スザクが…そしてルルーシュが…隠れ暮らしたり、不条理な差別を受けたりする事のない…そんな世界を目指す事だと…
そう信じていた…。
幼い頃…枢木神社に預けられていた時に…二人でした会話…
ルルーシュははっきりと覚えている。
―――あの様子だと…スザクは…忘れてしまったのだろうな…
そんな風に思った時、ルルーシュの顔から感情が消えた。
そして…今に至っている…。
4日前…スザクがシュナイゼルを手引きして…ルルーシュをシュナイゼルに引き渡した。
ルルーシュに、スザクのユーフェミアの騎士叙任の話をもたらされたのは…2日前だった。
その話を聞いた時…ルルーシュの顔から表情が消えている。
眠る事も…食べる事も…何もかもどうでもよくなっている。
頭の中では様々な感情が渦巻いているが…それが表に出る事がなくなっているのだ。
―――結局…俺の独りよがりな…自分勝手な希望を抱いていただけなのか…
ブリタニアにいた頃…ユーフェミアはよくアリエスの離宮に来ていた。
表向きには…仲のいい異母兄妹に見えていたかもしれない。
でも、ルルーシュは誰もが愛してくれるユーフェミアが羨ましいと思っていたし、ユーフェミアもその美しい容貌とシュナイゼルをも感心させるルルーシュの頭脳を疎ましく思っていた。
それでも、身分や地位的な事を考えた時…表立って彼女と対立することは好ましくなかったし、彼女の姉であるコーネリアの事は、尊敬していたから…コーネリアが可愛がっているユーフェミアと仲が良くないと知られては、コーネリアと話す事も叶わなくなる事も怖かった。
それに、ナナリーもユーフェミアに懐いていたから…
だから…あの頃…一緒にいた…それだけの話だった…

 よりによって、そのユーフェミアに…ルルーシュにとって初めての友達で、大切な存在であるスザクを…与えたという…
恐らくは、ユーフェミアだってスザクの事をよく解っていないまま騎士に据えたのだろう。
コーネリアの性格なら絶対に反対するであろう決定だが…流石に、ブリタニア帝国の宰相の決定には逆らえなかったようだ。
ユーフェミアも、過去に手紙に書いた『日本人の友達』がスザクである事に気づいたのだろう…。
大体、あの頃…ルルーシュの立場を考えた時、『日本人の友達』が出来るとしたら…預けられていた枢木家の嫡子以外にあり得ない話だ。
日本とブリタニアが一触即発の状態で…ルルーシュもナナリーも日本にとって、厄介な存在でしかなかったのだから…
それでも、ルルーシュの友達となった存在…という事になれば、ルルーシュにとって特別な存在であるというのは…誰にでもわかる事だ。
それが…負の感情でない事も…
「お疲れ様…これで…あなたは私の騎士ですわ…。きっと…ブリタニアが植民エリアとした地では…いろいろ騒ぎになっているようですが…」
式典を終えて、スザクがユーフェミアを控室まで同行し、出て行こうとしたところで、そう声をかけられた。
「確かに…自分は…ナンバーズですから…」
差し障りのない答えを出そうと思うが…
それに…イレヴンであるスザクが、皇位継承権を持つ皇女の騎士に選ばれたなど…いろいろな意味でニュースになるのは至極当然だ。
ルルーシュが、シュナイゼルに連れていかれてから…一度もルルーシュの顔を見るどころか、話を聞くことすらない。
時々…ユーフェミアがあまり好きではなかったという、1歳違いの異母兄の過去の話…(聞いている方としては悪口にしか聞こえないが)それだけは、耳にしていたが…
それでも、スザクは左耳から入って、右耳から出て行っているような感じだった。
『ルルーシュのお気に入り』という言葉…
気に入らないが…それでも、周囲には…特に、過去のルルーシュを知る者から見るとそういう評価となるらしい…。
―――僕は…君の中で…少しは好きでいて貰えていたのかな…。今の僕には…『ルルーシュのお気に入り』というのが…ユーフェミア皇女殿下の騎士という名前よりもずっと…輝いている称号だ…

 やがて、月日が経ち、ルルーシュもナナリーも皇族復帰を果たしていた。
アッシュフォード学園ではその事が大騒ぎになっている。
そして、ルルーシュとナナリーはアッシュフォード学園にいる事が出来なくなり、現在はエリア11を離れ…ブリタニア本国でシュナイゼルの住まう離宮で暮らしていた。
「異母兄上…俺は…皇族に復帰したからと言って…王宮の中では居場所がありません。ナナリーもそうですが…」
ルルーシュはあれから、笑わなくなっていた…。
ナナリーも兄の変化に気づいてはいたものの…かける言葉も見つからないまま、何も言わずにいるのだ。
「なら…君の実力を買って…総督にでも任命しようか…。出来るだけ…安全な場所を選んであげるから…」
父であるシャルル皇帝は基本的に、植民エリアの拡大には惜しまずその強大な権力を使うが、政治的な事となると、配下の者に任せきりだ。
そして、その中枢に立っているのは、宰相であるシュナイゼルだ。
「別に…安全なところでなくてもいいのですが…」
あれから、ルルーシュは何に対しても関心を持たない。
何に対しても執着をしなくなっている。
―――たとえ…大切なものが出来たからって…どうせ裏切られる…。俺は…ナナリーを守れるだけの力があればそれでいい…。それが…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアでもルルーシュ=ランペルージでも、『ゼロ』でも…別に何だっていいんだ…。今なら…俺がいなくなっても…異母兄上がナナリーを守ってくださる…
自分の事に関して関心を示さなくなった。
残された妹…ナナリーも、今ではシュナイゼルの庇護の下、身の安全も保障されている。
ともなれば…ルルーシュとしては自分の存在に価値を見出す事が出来なくなってもある意味仕方ないのかもしれないが…
「なら…エリア11へ行くかい?コーネリアは前線に立つ方が性分に合っているというし…。ユフィを総督に…という事では…あまりに彼女は何も知らなすぎる…。ルルーシュ…君なら…エリア11の事も詳しいだろう?」
シュナイゼルの言葉に、一瞬だけ、表情が変わった気がするが、それを見たシュナイゼルでさえも、『気のせいだ』と思えてしまうほどの刹那だった。
「ご命令ならば…。ただ…ユフィは俺が行くことを嫌がりませんか?異母兄上はお気づきなのでしょう?」
「まぁ…知ってはいるが…。ただ…君が『ゼロ』だったというのに…まだ、『黒の騎士団』の動きも活発だ…。総督というのは、戦いだけ出来ればいいと云うものでもない…。きちんと政治が出来る者が…必要だ…」
シュナイゼルの言葉にも一理あるのだが…
ルルーシュとしては顔色が優れないのは当然だ。
ユーフェミアがルルーシュの事をどう思っているか…よく知っているからだ。
エリア11はスザクの祖国だ…。
ユーフェミアが感情的になって…ルルーシュに失策を押し付けるだけならいい…。
しかし、その失策内容では…あの地に住んでいる、スザクの同胞たちがひどい目に合う事になる…

 ルルーシュは黙って考え込む…。
「ならば…コーネリアをそのまま据え置いて、ルルーシュが副総督になるかい?彼女と君なら…テロばかりのエリア11を治めていけるような気がするが…」
「ユフィは…どうしますか…?」
現在のエリア11の副総督はユーフェミアだ。
そこにルルーシュが入りこむとなると…いろんな意味で話が面倒な事になりそうだ。
いくら、ルルーシュの母が、身分なき女であったとしても、ルルーシュ自身は皇帝の血を直接受け継いでいる皇子だし、ルルーシュの事を覚えている貴族なら、その子供であっても利発で聡明であった事を忘れてはいない。
それに、シュナイゼルがルルーシュとナナリーを皇族復帰させた時には、ルルーシュの持っていたパソコンソフト関連の特許をルルーシュ=ランペルージからルルーシュ=ヴィ=ブリタニアの名前に書き換えた。
その時の膨大な数の特許に…世間が騒ぎだし、今ではルルーシュは有能な皇子として…そして、爪を隠している鷹としての世間の評価を受けているのだ。
「彼女には…エリア13の副総督になってもらう…。エミールが統治していて…ちょうど副総督が病死した…。副総督の椅子が空席になっているところだから…」
「なら…俺が…エリア13の…」
「エリア11は…行きたくないかい?」
シュナイゼルはルルーシュの言葉を遮って尋ねる。
ルルーシュは、一瞬押し黙るが…すぐに口を開く。
「俺は…異母兄上や、俺が殺したクロヴィス異母兄上…そして、コーネリア異母姉上以外の皇族からは…嫌われていますから…」
本当は、蔑まされている…という事なのだが…それでも敢えて、『嫌われている』という言葉を使う…。
「否…ルルーシュ…。クロヴィスが総督だった頃のエリア11を君はよく知っているだろう?ユフィはもっと…安全で、統治しやすいエリアの副総督に就任するべきだ…」
「……」
シュナイゼルの言葉にも一理ある事は事実だ。
王宮しか知らない、世間知らずのお姫様が統治に携わっていけるようなエリアじゃない事は解っている。
しかし…ルルーシュとしては…あまりユーフェミアの逆鱗に触れたくない…それが、本音だ。
嫌われている事は知っているし、ルルーシュに対してのあてつけでスザクを騎士にした事は知っている。
―――スザク…お前は今、どうしている…?
「ルルーシュ…あの、枢木スザク君の事を気にしているのかい?」
「!」
考えている事を先読みされたようで…ルルーシュとしてはバツが悪い。
「彼は…政庁から脱走したそうだよ…。今はどこにいるのか不明だ…。それに…君はここにいるのに…いまだに『黒の騎士団』の活動が活発なんだよ…。まだ…『ゼロ』を名乗る人物は出てきてはいないが…ね…」
「それは…どういう事です!?」

 あの、スザクがシュナイゼルにルルーシュを引き渡してから1年近くが経っている。
確かに、『黒の騎士団』が活動しているといううわさは耳にしていた。
ルルーシュ自身、『ゼロ』不在となった彼らがどうやって動いているのか…正直、いろいろ考えてみてはいたが…
「『ゼロ』が君だったとして…君の代わりに、新たに『黒の騎士団』を率いる者が…現れた…という事じゃないかな…。誰かは…解らないが…」
その言葉に、ルルーシュは身体をがくがく震わせる。
―――まさか…否…あり得ない…しかし…
それを思いめぐらせる思考を無理やりかき消すが…
「異母兄上…なぜ…俺にそれを…?」
ルルーシュが苦しくて…泣きそうな表情でシュナイゼルに尋ねる。
ここまで感情を表に出したのは久しぶりだった。
「この話をすれば…君は立ち上がってくれる…そう思ったからだよ…。私は君を愛している…。でも、あの時から君は…笑顔どころか、表情から感情を消したままだ…。私は…君に、人間らしい感情を持ち、笑い、泣いて、怒って…。その中で君自身が幸せだと感じられるものを見つけてほしいのだよ…」
「異母兄上…」
シュナイゼルの優しい笑顔に…これまで出す事の出来なかった感情が…表情として表れる。
シュナイゼルの方を見ながら…ルルーシュは涙を流していた…
何の涙であるのか…正直解らないのだが…
それでも…これまで、表に出す事の出来なかった感情が…その顔を変化させている。
「どうするかは…君が決めればいい…。私は…君のやりたいようにさせたいと思っているよ…。君が…後悔しない為に…ね…」
普段は決して、感情を表に出さず、笑顔のポーカーフェイスで人を翻弄するシュナイゼルだが…
今、ルルーシュに向けているその表情は…とても慈愛に満ちた、優しい表情だ。
「異母兄上…俺を…エリア11に…」
ルルーシュはまだ、涙の乾かぬ瞳に、真剣な光を宿して、シュナイゼルの方を見た。
もし…自分の考えが…正しいとするなら…
それに…今のエリア11ではスザクは完全に裏切り者の逃亡者だ。
捕まれば…確実に…
―――スザクにとって、俺がどんな存在だったとしても…俺は…お前を死なせたくないよ…スザク…
ルルーシュはそんな事を考えながら、シュナイゼルに真剣なアメジストを向けている。
「ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…発表が済み次第、エリア11の副総督として、エリア11へ渡れ…。そして、現在起きている紛争の鎮静化を君に命ずる…」
シュナイゼルが宰相としてルルーシュに命じた。
ルルーシュは跪いて、その言葉にこたえる。
「承知いたしました…宰相閣下…」

 そして、1週間後にエリア11の副総督の交代が発表される。
そのニュースを聞いていた…『黒の騎士団』のリーダーが一言呟いた…
「今度こそ…今度こそ…俺が君を取り戻す…。だから…待っていてくれ…ルルーシュ…。その為に俺は…政庁から…脱走までしたんだ…。君を取り戻すチャンスを待っていたんだ…」
その言葉を聞いて…彼を手引きした魔女がくすりと笑った。
「本気か?ルルーシュは今ではすっかり、シュナイゼルのものだぞ?」
「それがどうした…。だったら、俺が取り戻すまで…。もう…俺は…ルルーシュしかいらない…」
「勝手な言い分だな…」
「間違っていた事は認める…。だから…修正するんだ…。俺たちが…あの夏に誓った…あの約束を果たす為に…」
その部屋の中にはその少年と、魔女の二人きりしかいない。
そして…二人は同じ目的で…手を組み、共に過ごし、『黒の騎士団』を絶やさなかった…
「まぁ…私の目的はルルーシュだ…。お前がどうなろうと知った事ではない…」
「それはこちらのセリフだ…。俺は…お前にもルルーシュを渡す気はない…」


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