背中からかけられた…昔は…その声の持ち主が大好きで…憧れていた…
しかし…母の死に関わっていたと知った時…ルルーシュにとって…信じたくなかったし、思いたくもなかったが…敵という存在となっていた…
「あ…異母兄上…」
目の前にいた、幼い頃、その存在に憧れ、慕っていた異母兄の姿を見て…ルルーシュは目を見開き、体が震える。
「ルルーシュ…久しいね…。会いたかった…」
ルルーシュが憧れていたその異母兄の表情はどこまでも優しく、その声はそのままその甘い声におぼれていきそうな錯覚を起こしそうになる。
そんな思いが頭を過った時、ルルーシュはスザクの方を振り返り、キッと睨みつけた。
「スザク!お前…」
最大級の怒りをスザクへと向ける。
そして…裏切られたと…信じていたのに…と…そんな思いから…怒りの表情からつぅっと涙がこぼれた。
「ルルーシュ…僕が遠回しに何を言っても…きっと、君には届かないと思ったんだ…。ずっと、君とナナリーの事は…僕が守るって…言い続けていたのに…」
そのセリフを口にしているスザクの表情は…決して明るいものではない…
否、もしかすると、ルルーシュのように感情を押し殺しても押し殺しきれない表情よりも、その感情を呑み込んでいるスザクの表情の方が客観的にみると切ないかも知れない…
「何の事だ?俺は…」
「君が…『ゼロ』なんだろ?ホントは…僕を助けてくれた時から…薄々気づいていた…。だから…何とか…君をそんな場所から遠ざけたくて…でも…僕の力だけじゃ出来なくて…」
「お前…」
ルルーシュはスザクの言葉に驚きを隠せない。
いつかはばれる事だとは思っていたが…
ただ…『ゼロ』として、スザクを助けた時から…気づいていたとは…思いもしなかった。
「ルルーシュ…僕は…ずっと君の事…好きだったんだ…。7年前の…あの時から…。だから、君を守りたかった。君がすべてをかけて守ろうとするナナリーを守りたかった…」
今のルルーシュには…このスザクの言葉は…ただ…腹が立つという…そんな感情しか湧き上ってこない。
―――好きだった…だと!?守りたかった…だと!?こんな形でシュナイゼルに…
今のルルーシュにとって、ブリタニア軍は敵でしかない。
まして、シュナイゼルは、神聖ブリタニア帝国の第二皇子にして宰相であり、次期皇帝の椅子に最も近い男といわれているのだ。
そんな二人の様子を眺めていたシュナイゼルは黙ったまま笑みを零した。
恐らく…この二人はその事に気づいてはいないだろうが…
―――意外なところで意外な人物が役に立ってくれたな…。やっと…やっと取り戻せた…
ここに立つ3人はそれぞれ違う表情をしている。
その中で一番冷静に行動できたのは…
「ルルーシュ…おいで…。私と一緒に帰ろう…」
そう、ルルーシュに声をかけたのはシュナイゼルだった。
そして…その言葉を聞いてもスザクは何も言わない。
表情も変えない。
ルルーシュの中で…様々な思いが駆け巡る。
―――お前を…好きだと思っていたのは…俺だけだったのか?嘘が嫌いだったお前が…俺に…
「…きだったのに…」
ルルーシュは消えた表情のまま、小さく呻くようにつぶやいた。
「お前の事…好きだったのに!ホントに…ホントに好きだったのに…」
取り乱し、スザクに掴み掛ろうとしたルルーシュを制したのはシュナイゼルだった。
そんなシュナイゼルを涙目のままキッと睨みつけた。
「お前だって…お前が…ブリタニア軍へ向かうたびに…俺がどれだけ…」
「やめなさい…ルルーシュ…。彼だって…ルルーシュの事が大切だったから…」
「なら…なんで…俺が…捨てられた皇子だと知りながら…こんな…」
そこまで言うと、ルルーシュはその場にへたり込んだ。
スザクは相変わらず…何も言わない。
「枢木准尉…ご苦労だったね…。今日はもう、帰りたまえ…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュははっと顔をあげてスザクを見る。
まだ…かすかな望みが残っていたのかもしれない…
スザクが…この場でルルーシュを連れ去ってくれる事を…
しかし…
「イエス、ユア・ハイネス…」
スザクの口から出てきた言葉は…ルルーシュを奈落の底に落とすには充分な効力があった。
ルルーシュはその言葉に…ただ…スザクが踵を返し、歩いて行く後ろ姿を見つめることしかできなかった。
「スザク…」
よほどの衝撃だったのか…ルルーシュは地面に手と膝をついたまま立ち上がる事が出来ずにいた。
そして不意に浮遊感に襲われる。
「な…」
動けずにいるルルーシュを抱えあげたのはシュナイゼルだった。
「さ、帰るよ…。今日はトウキョウ租界にある、私が確保したホテルなのだがね…。いずれ、君をブリタニアに連れて帰る…。そして…君とナナリーの皇籍を復活させよう…。君は私の傍にいればいい…」
優しいシュナイゼルの言葉に…ルルーシュはただ…涙を流すしかなかった。
誰よりも信じていた…そして…誰よりも好きだったスザクが…ルルーシュをシュナイゼルに引き渡した事実に…ただ…泣くことしか出来ずにいた。
そして、はっと我に返り…
「は…放せ!俺は…あなたと一緒に行く気はない!」
「まったく…君は昔から変わらないね…。こうして抱きあげるとすぐに駄々をこねる…。それに…相変わらず軽いな…」
「うるさい!放せ!」
ルルーシュはがっちりと抱え込まれながらじたばたと暴れるが…シュナイゼルのどこにそんな力があるのかと思ってしまうほど、びくともしない。
「これはね…枢木准尉が望んだ事だ…。君が『ゼロ』であり続ければ…いずれ、彼が君を撃つ事になるかもしれないと…恐れてね…」
そう言いながら、シュナイゼルはルルーシュを抱えたままリムジンの後部座席へと乗り込む。
「出してくれ…」
その一言でそのリムジンはそこから走りだした。
シュナイゼルの乗ったであろうリムジンのエンジン音が遠ざかっていくのを確認して、スザクはその場にふっと立ち止まる。
両手のこぶしを力いっぱい握りしめて、フルフルと震わせて…
ルルーシュが泣いていた…
スザクの事を好きだったと叫びながら…
心の中で、これが正しかったのだと…必死に自分をなだめてはみるが…
それでも、先ほどのルルーシュの涙があまりに鮮明に思い出されてくる。
『お前の事…好きだったのに!ホントに…ホントに好きだったのに…』
あの言葉の重みを…今ひしひしと感じている。
そして、またも思ってしまう…
あの時…『ゼロ』の申し出を受けていれば…ルルーシュは自分から言ってくれたのだろうか…と…
お互いに気持ちが通じ合っていたことは確かだ…
先ほどのルルーシュの様子を見る限り、もう、ルルーシュはスザクのもとへは帰ってこない…そう思うのだが…
それでも…ルルーシュを『黒の騎士団』から、『ゼロ』という仮面から遠ざけなければ…近い将来、スザクがルルーシュを撃たねばならない事になる。
それに…ルルーシュがシュナイゼルのもとへと行くのであれば、ナナリーの安全も保障されるし、『ゼロ』を失った『黒の騎士団』は壊滅するだろう。
元々、ルルーシュの采配のお陰で圧倒的な戦力差のあるブリタニア軍と互角に戦っていたやつらだ。
『ゼロ』がいなくなってしまえば…『黒の騎士団』など…ただの安っぽい反体制意識を持っただけの素人テロリストだ。
元々『ゼロ』が現れるまで、シンジュクゲットーのテロリストたちに何が出来ていたわけでもない。
時々、貴族将校がお遊び気分でナイトメアで出撃して行って、返り討ちになっていた事はあったが…
しかし、それ以外ではテロが起きるたびにブリタニア軍の犠牲はほとんどないまま、テロリストグループのメンバーが命を落とすか、大けがで使い物にならなくなるか、ブリタニア軍に犯罪者として捕らえられるかしながら…確実に数を減らしていっていたのだ。
だから…『ゼロ』が消えた時点で、『黒の騎士団』も潰える。
―――『黒の騎士団』…お前たちテロリストがいなければ…ルルーシュは…僕の手から離れていく事はなかった…。たとえ、あの時…僕が死んでいたとしても…ルルーシュの心は僕のものだったのに…
シュナイゼルから突き付けられた条件を思うと…スザクはただ、胸が苦しくなるばかりだった。
―――今度、エリア11の副総督に就任する、第3皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアの専任騎士となる事…
それが…何を意味しているのか…スザクには解っていたが…それでもルルーシュを守るためには…そう思っていながらも…涙が零れてきた…
ルルーシュはシュナイゼルに連れられ、トウキョウ租界に作られた最高レベルのホテルの最上階のスウィートルームに来ている。
あれから…ずっと泣き続けていた。
シュナイゼルはそんなルルーシュを見て、スザクに対して妬ましさを抱く。
―――あのイレヴンに裏切られたと…そう思うだけで…ルルーシュはこれほどまで涙を流すのか…
声を殺し、黙ったまま涙を流している。
「ルルーシュ…」
「……」
豪華な客室の隅で…ルルーシュはただ、膝を抱えていた。
まるで小さな子供のように…
今ならルルーシュの心の隙間に入り込める…
その為にシュナイゼルはこのような方法をとったのだから…
そして…ルルーシュの傍から…枢木スザクを引き離した。
スザクの申し出にシュナイゼルが出した条件…
今度、正式にエリア11の副総督就任が発表されるシュナイゼルとルルーシュノ異母妹であり、神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアの騎士となる事…
世間知らずのわがまま姫はどうやら、この毛色の変わったおもちゃを気に入ったらしい…
シュナイゼルはユーフェミアと話している時の内容に心の中でほくそ笑んでいた。
ルルーシュが預けられていた枢木家…
その嫡子が名誉ブリタニア人として生きていた…
しかも、シュナイゼル直属の特派に籍を置いているという…
シュナイゼルはルルーシュを見殺しにした枢木家も、日本も決して許していなかった。
そして…そのような境遇に追いやった父も、その時止められなかった自分自身も…
そんなとき、クロヴィスが死んだという報が入り、シュナイゼルがブリタニアの宰相としてエリア11に訪問することとなった。
その時…枢木スザクがシュナイゼルに謁見したいと申し出てきた…
そして…ルルーシュが生きているという…彼の言葉…
その時、シュナイゼルは決めたのだ…
必ず…ルルーシュを取り戻す…と…
翌日…トウキョウ租界の政庁に神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアが初登庁した。
それまでは、クロヴィスの後任であった姉、コーネリアが表舞台に立っており、これまで、名前以外は世間に出て来る事がなかった。
そして…スザクは政庁から呼び出しを受けていた。
心の準備…出来ていたつもりだが…それでも…昨日の今日でのこの状況に…スザク自身、気が重い。
ルルーシュが皇族に戻れば…『ゼロ』になる事もない…
ルルーシュとナナリーの身の安全は保障される。
―――シュナイゼル殿下なら…必ずルルーシュを守ってくれる…
そう思えるからこそ、今、スザクは立っていられるのだろう。
そして、政庁の職員に案内されて、応接室へと通された。
10分ほど中で待っていると…
「あなたが…枢木スザクですね?」
扉が開いて、声をかけられる。
スザクは立ち上がり、その人物の方を見ると…
明るいピンクの長い髪を持ち、ルルーシュのそれよりもやや薄い紫の瞳…そして、何の苦労も味わった事のないような無邪気な表情をした少女が立っていた。
「私は、ユーフェミア=リ=ブリタニアです。初めまして…枢木スザク…」
明るい声に圧倒されていたスザクだが…すぐに彼女の前に跪いた。
「この度は…光栄なるお計らい…ありがたき幸せにございます…。枢木スザクです…ユーフェミア皇女殿下…」
そう言ってスザクは頭を下げた。
「まぁ…シュナイゼル異母兄さまのご指示ですし…。それに…あなた…ルルーシュのお気に入りなんでしょう?」
「は?」
ユーフェミアの言葉にスザクは何の話だ?とばかりにユーフェミアの顔を見る。
「死んだって聞いていたのに…。私…ルルーシュって…あまり好きじゃないから…。だって…私の持っていないもの…たくさん持っているんですもの…」
ユーフェミアの言葉にスザクはただ唖然とした。
「だからね…シュナイゼル異母兄さまからあなたはルルーシュのお気に入りなんだって聞かされた時に…ちょっとおねだりしちゃったの…。ルルーシュのお気に入りの枢木スザクを私に下さいって…」
「それは…一体どういう…」
「あんまり難しく考えないで…。大丈夫よ…ルルーシュの事なら、シュナイゼル異母兄さまがちゃんと守ってくださるから…」
目の前にいる姫君の言葉に…ただ唖然とするしかない。
しかし…ルルーシュを守る為には…
スザクが頭の中でいろいろな思いがぐるぐる回り続ける。
「3日後、早速叙任式ですけれど…大丈夫ですよね?ルルーシュはその会場に来ることはできませんけれど…」
ユーフェミアの言葉に…スザクは跪いたまま答えた。
「イエス、ユア・ハイネス…」
―――僕のこんな姿…ルルーシュに見られたくない…。ルルーシュ…ごめん…愛してる…
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾