そこは…ルルーシュがエリア11の副総督就任式を翌日に控え、ルルーシュに宛がわれたルルーシュの寝室…
薄暗い部屋の中では、ギシッギシッとベッドの軋む音と、その行為によって、発せられる、少年の声だけが響いていた…
「あ…異母兄上…も…はぁ…」
1年前、親友だと思っていた…初めて愛した男から、今、自分を組み敷いている男に引き渡された。
何もかもが見えなくなり、そんな心の隙間に入り込んだのは…親友だと男の手によって引き渡された、目の前の男だった…
「ルルーシュ…暫くは会う事も出来ないんだ…。名残惜しいと思う気持ちは…解って欲しいね…」
ルルーシュを組み敷いている、ルルーシュの異母兄、シュナイゼルが少し切なげに笑みを零してルルーシュにそう告げる。
―――一体…いつから異母兄上と…こんな事になったのだろう…
この1年という時間…体感時間としては本当に長かったように思える。
完全に自失状態に陥って、何かを考えようとすると涙が勝手に流れていた時間もあった。
立ち上がる事も出来ず…ただ呆然と窓の外を眺めていた時間もあった。
そんなルルーシュを真綿でくるむように救いあげたのは…今、ルルーシュを抱いている…ルルーシュにとって、敵であった筈の…目の前の男…
今となっては、『何故?』などと考える事すら、馬鹿馬鹿しくなり、愛されていると云うぬるま湯にすっかり馴染んでいる。
否…これも一種の現実逃避か…
それでも、今、ルルーシュがその手で縋れる相手は…シュナイゼルしかいないと思う。
常に計算高いこの異母兄は、確かに、ルルーシュを騙し討ちしたかも知れないが…でも、それは、『ルルーシュを愛しているが故』だと云った。
そして、その言葉の通り、この1年、最初の内は頑なに心を閉ざしていたルルーシュに日の光を当て、水をやり、強風や豪雨からは身を呈してルルーシュを守ってくれた。
ルルーシュが慈しんだ妹のナナリーもルルーシュと一緒に皇族復帰して、今は、シュナイゼルの手により手厚く保護されている。
そういう状態の中…今更、『ゼロ』に戻る必要性を感じないし、政庁から姿を消したルルーシュを裏切ったあの男の行方も解らないままなら、副総督の立場では何も出来ることなんてない…
そんな風に考えていると、シュナイゼルがやや気分を害したように強く腰を進めてきた。
「あぅ…や…に…異母兄さま…」
切羽詰まると、ルルーシュはこの男を呼ぶ時に幼い頃、呼んでいた時のように彼を呼ぶ。
シュナイゼルはそのルルーシュの変化に気を良くして更に律動を速める。
「ああ…もう…やめて…異母兄さま…」
「駄目だよ…私と一緒にいるのに…余計な事を考えていた…お仕置きだ…」
そう言って、ルルーシュにシュナイゼルの、ルルーシュとはまた違った妖艶な笑みを見せる。
そのシュナイゼルの顔を見てルルーシュがふるりと身体を震わせる。
「ご…ごめんなさい…異母兄さま…」
目じりに涙をうっすら浮かべ、涙声になっているルルーシュを満足げに見つめて、シュナイゼルはその後も、ルルーシュの身体を堪能していた…
翌日、昼ごろになって副総督就任式の主役でもあるルルーシュに、コーネリアとユーフェミアが訪ねてきた。
「久しぶりだな…ルルーシュ…」
「無事だったのですね…よかった…」
この姉妹のルルーシュに対する態度に関しては、ルルーシュとしては複雑な思いを抱く。
コーネリアはともかく、ユーフェミアが、ルルーシュが生きていた事を知って喜ぶとも思えないからだ。
大体、ナナリーに対して笑顔で接しているのもあくまで、『自分よりも弱い立場だから』と言う事だからだ。
それでも、ナナリー自身はユーフェミアに懐いているから、ルルーシュ自身も文句は言えない。
「お久しぶりです…コーネリア異母姉上…。これから、宜しくお願い致します。ユフィ…久しぶりだ…。8年も会わない内に…本当に大人っぽくなったな…」
当たり障りのない挨拶…
ユーフェミアがルルーシュを快く思っていないのは知っていたし、それに、シュナイゼルの指示だったとはいえ、自分の騎士と決めた枢木スザクが政庁を脱走して行方知れずになっているのだ。
ユーフェミアの虫の居所は相当悪いに違いない。
「ねぇ…ルルーシュ…お姉さまにもお願いしたのですが…絶対に枢木スザクを捕まえて、不敬罪で極刑にして下さいね…。あんな屈辱…初めてですもの…」
この言葉にルルーシュはピクリと眉を動かした。
『枢木スザク』…
ルルーシュをシュナイゼルに引き渡した…ルルーシュにとっては、裏切り者だ。
シュナイゼルがルルーシュの身の安全を保証してくれて、その約束を守ってくれているからまだいいようなもの…
その状況だって、あの男の気まぐれでどう変わって行くかは解らない。
ルルーシュの中では…裏切り者と言うポジションであった筈なのだが…でも、ユーフェミアにそう頼まれると…複雑な思いを抱いてしまう。
「ユフィ…ルルーシュにとって、あの男は古い知人だ…。あまり酷な事は…」
「いいえ…皇族に対する不敬罪は極刑なのでしょう?それに、ルルーシュが皇族復帰したからと言って、ここで失策を施してしまえば…ルルーシュだけでなく、ナナリーの立場も危うくなりますもの…。だから…私…心配なのです…」
コーネリアに対してルルーシュとナナリーを心配しているかのように訴えるユーフェミアがちらりとルルーシュを見てコーネリアには気付かないようににやりと笑った。
そんな事は今に始まった事ではないが…
それでも、こんなに露骨な形で言われてしまうと…心中は複雑だ。
「解ったよ…ユフィ…。君のその思い…俺が引き継ぐよ…」
ルルーシュがそう答えると、ユーフェミアの顔がぱぁぁっと明るくなってルルーシュに抱きついてきた。
「ありがとう!ルルーシュ!」
その言葉の後、ルルーシュの耳元でユーフェミアが小声でそっとルルーシュに告げる。
「是非とも頑張って下さいね…。枢木スザク…あなたの一番のお気に入り…。是非とも、公開処刑にして頂きたいわ…」
ユーフェミアの言葉にルルーシュは背筋がぞくりと寒くなる。
そして、ユーフェミアがルルーシュから離れると…コーネリアと共にその部屋から去って行った。
副総督の就任式とマスコミ向けの挨拶…
これは、一般にも公開される形になっている。
ただ、エリア11はテロ活動が活発なエリアなので、周囲にはブリタニアの正規軍が配備されている。
ルルーシュは正装して、マスコミやエリア11に暮らす人々の前に立った。
中には、名誉ブリタニア人となった日本人たちもいる。
数多くの人々の中に…見覚えのある…人物の姿を見た…
確かにエリア11では『ゼロ』は姿を見せなくなったものの、『黒の騎士団』の活動は活発だと聞いていた。
しかし…それにしても、ルルーシュなしでどうやって、この会場に入り込んだのだろうか…とルルーシュは思う。
ステージ上の主賓席に座りながら、多くのどうでもいい祝辞の言葉を聞き流し、その事に頭を巡らせる。
しかも…副総督に就任するルルーシュから、確実に見えるところに彼らはいる…
―――一体…どうして…。一体…誰が…
ルルーシュの頭の中で様々な可能性を考える。
そして…一番考えたくなかった可能性…
でも、一番確率の高い可能性…
―――まさか…スザクとC.C.が手を組んだのか…
そう思えば、辻褄の合う事が増えてくる。
スザク一人で『黒の騎士団』を動かしきれるとは思っていない。
戦術は確かに人間離れしているが、戦略はルルーシュほど長けているとは思わない。
となると、戦略的な部分は今の彼らが望むべくもないところ…
だとするなら、C.C.のその人間離れした部分を利用する…
C.C.がスザクに『ギアス』を与えたかどうかは解らない。
でも…今考えられる可能性の中で、一番、答えに近いとルルーシュは思う。
『ゼロ』というカリスマを失えば、今の『黒の騎士団』…少なくともルルーシュの知る『黒の騎士団』ではただの素人のテロ集団に過ぎない。
何とか、抑えたいのに…
身体が…震える…
もし…それが本当なら…ユーフェミアの言葉がなくとも…捕まれば…スザクの命は…
名誉ブリタニア人と言う事でスザクはきっと…弁護士を付ける事も許されず、弁明の機会も与えられず、形だけの裁判によって…
そう思った時、ここが公の場である事も忘れてカタカタと身体が震え始めた。
スザクはルルーシュをシュナイゼルに売った…
そんな事は解っている。
あんな、甘い言葉をルルーシュに与え、安心させた上での裏切り…
どれ程恨んだか…知れない…
辛くて、悲しくて、自失状態にまで陥った…
だからこそ、その恨みを晴らせる…そう思っていたのに…
しかし、実際にその任に就いた途端に…それをして行かなくてはならない事実に恐怖を感じる。
ルルーシュは…裏切られたと思っていても…スザクに生きていて欲しいと…そう願ってしまったから…
これまで、ルルーシュを守り、掬い上げてくれたシュナイゼルには感謝しているし、今では誰よりも大切な存在だと思ってはいるが…
それでも…それでも…スザクに生きていて欲しいと思うのは…
―――それは…罪ですか…?それは…願ってはいけない事ですか…?
そう頭を過った時…会場内に銃声が鳴り響いた…
その一発の銃声で会場は大混乱となる。
こんな形でテロを起こして、彼らに何の得があるのかは解らない。
しかし、厳重に張り巡らされたブリタニア軍の監視の中、銃を持ちこんだテロリストたち…
会場内は大混乱に陥った。
そして…上空に…奪取されたと報告のあった、複座式ナイトメア『ガウェイン』が姿を現した。
「宰相閣下…あれは…」
ルルーシュが空を見上げて隣に座っていたシュナイゼルに声をかけた。
「ああ…数ヶ月前、奪取された『ガウェイン』だ…。あの時…あのナイトメアを奪取したのは、緑色の長い髪の少女と、紅い髪の少女だったと云う…」
シュナイゼルの言葉に…ルルーシュは確信する。
『ゼロ』が…他にいる…
そして、その正体は…
認めたくはないが…
そして、『ガウェイン』の手の上には誰かが乗っている。
「ゼ…『ゼロ』だ!」
誰かが叫んだ。
1年ぶりのその姿にその場にいた全員が驚きを隠せない。
マスコミのカメラは一斉にそちらを向いた。
『お久しぶりです…シュナイゼル=エル=ブリタニア宰相閣下…』
その仮面を被った男が変声機を通してシュナイゼルに声をかけてきた。
「ああ…久しぶりだ…『ゼロ』…」
シュナイゼルのその言葉で、ルルーシュはシュナイゼルも『ゼロ』の正体に気づいている事を知る。
『ゼロ』とシュナイゼルのその会話に会場からもどよめきが上がる。
そこに同席していたコーネリアや他のコーネリア付きの騎士たちも驚きを隠せない。
『一つ…私のお願いを聞いて頂けませんか?聞いて頂けたら…即刻『黒の騎士団』を解散させてもいいと思っているのですが…』
『ゼロ』のその言葉に、会場内にいた『黒の騎士団』のメンバーたちからは驚きの表情が見えない。
だとすると、彼らはもともとシナリオを作ってここに来たと云う事だ。
しかし、彼ら自身、『ゼロ』からの指示で活動はしていたものの、姿を見るのは、この会場にいる人々と同じく1年ぶりだ。
「テロリストと交渉する気はないが…何かね?君の願いとは…」
シュナイゼルは恐らく『ゼロ』からの答えを確信して言葉遊びをしているように見える。
『あなたの隣にいる…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア殿下を…私に頂けませんか?彼一人でこのエリア11最大のテロリスト集団が消えるのです…悪くない取引だと思いますが…』
「断る…と言ったら…?」
『ならば…我々は全力で彼を攫い、日本を取り戻すまで…』
これは…事実上の宣戦布告だ。
シュナイゼルの言葉と、『ゼロ』の言葉…
ルルーシュは自分の置かれている立場を…否でも自覚させられる事となった。
シュナイゼルの一言でテロリストたちが内部から銃撃を始める。
そして、会場の外をぐるりと囲むように潜んでいた『黒の騎士団』たちのナイトメアも一斉に攻撃を仕掛けてきた。
ブリタニア軍も何か起きるであろう予想がついていたから迎撃を開始する。
副総督の就任式会場が一転して戦場へと変わる、
ルルーシュはシュナイゼルやコーネリアに連れられて、G1ベースへと移動を始めた。
しかし、内部に入り込んでいた『黒の騎士団』のメンバーは思ったよりも数が多く、途中…二人とはぐれてしまった。
恐らく…ルルーシュが傷付けられる事はない。
でなければ、取引材料にはならないからだ。
そのくらいの事はルルーシュにも判断できる。
しかし、捕まったら…
そして…まだ、荒らされていない部屋を見つけ、そこにその身を潜ませる。
今、ここを動く訳にはいかない…
そう思って、じっと身を潜める。
そして…コツ…コツ…コツ…と言う…靴音が…ルルーシュの耳に入ってきた。
―――『ゼロ』…否…スザク…
どうか、ここが見つからないようにと祈るが…その祈りは通じる事はなかった。
そして、最後の扉が開かれた…
『やぁ…ルルーシュ…迎えに来た…』
ルルーシュはその言葉にただ…立ち竦んでいた。
目の前にいる『ゼロ』は…ルルーシュが憎むべき…裏切り者…
でも…それでも…
ルルーシュは護身用の銃を構える。
手が震えている。
「それ以上…近づくな…」
ルルーシュは声を震わせながら『ゼロ』に対して銃口を向けるが…『ゼロ』はそんな事を気にしている様子もない。
『ルルーシュ…ここは…君のいる場所じゃない…。あの時は…僕が浅墓だった…。本当にすまないと思っている…。謝ってすむ話じゃないのは解っている…。だから…君を迎えに来た…。君との約束を…果たす為に…』
『ゼロ』がそこまで云った時、『ゼロ』の左肩に銃弾が掠めた。
『ゼロ』がゆっくり振り返ると、コーネリアの親衛隊であるダールトンが『ゼロ』に向けて銃の引き金を引いたのだ。
「『ゼロ』!そこまでだ!ルルーシュ殿下から離れろ!」
ルルーシュははっとしてダールトンに対して叫んだ。
「駄目だ!逃げろ!ダールトン!」
『遅い!』
ルルーシュの叫びはむなしく響き…ダールトンは『ゼロ』の銃によって倒れた。
『さぁ…ルルーシュ…これ以上…犠牲が出ない内に…』
『ゼロ』がそう言葉に出した時…建物がガタガタと崩れ始めた。
そして、『ゼロ』がその手のひらに乗っていた『ガウェイン』が姿を現した。
『何のんびり遊んでいる!そろそろ撤退しないと、救援が来る!』
オープンスピーカーで『ゼロ』に怒鳴りつける少女の声…
『やれやれ…仕方ないな…。ルルーシュ…いずれ迎えに来る…必ず…君を取り戻す…』
その言葉を残し、『ゼロ』は『ガウェイン』の掌に乗り移って去って行った。
『ガウェイン』が飛び去った後、シュナイゼルがルルーシュの元へ駆けつけた。
「ルルーシュ!」
「あ…異母兄上…」
シュナイゼルがルルーシュを抱きしめて、その存在を確かめる。
「無事でよかった…」
ルルーシュの鼓動が速くなっているのが解る。
「ルルーシュ…大丈夫…。君は誰にもやらない…。君は…私だけの君だ…」
震えているルルーシュに対してシュナイゼルがそう言葉をかける。
しかし、二人とも気が付いている…
これは…ただの始まりにすぎないと…
「異母兄上…俺…」
「いいんだ…ルルーシュ…。君は…何も気にしなくていい…」
今更副総督の任を辞退する気はない。
それに…『ゼロ』は…彼は…自分の手で…
ルルーシュはそう思う。
もう…この異母兄の腕の中で守られているべき存在ではいられない…
だから…
「異母兄上…エリア11の副総督の任…全力で果たします…。そして必ず…『黒の騎士団』を…」
END
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