扉の向こうへ05


 ルルーシュと心と身体を繋いだ翌日…スザクはいつものように…軍施設へと向かう…。
特派で…特派の責任者であるロイドに頼みたい事があった。
特派は…『ゼロ』に殺されたクロヴィスの直属でも、現在のエリア11の総督であるコーネリアーの直属でもない…。
近いうちに…このエリア11に訪れるという…神聖ブリタニア帝国の第二皇子にして、宰相である…ルルーシュの異母兄、シュナイゼルと何とか、会う事が出来ないかと…
今のままでは、ルルーシュは確実に『ゼロ』であり続ける。
ルルーシュが『ゼロ』であり続ける限り…ルルーシュは、スザクが討つべき敵なのだ。
そして…ブリタニアに刃を向ける…テロリスト…。
スザクは、自分の祖国を失い、裏切る辛さを知っていた。
これが…いずれ、日本をよい方へと導いていくという…そんな信念があるとしても…エリア11で起きるテロに対しては軍人としてそのテロリストたちを討たなければならない…。
これまでもそうしてきた。
しかし…やはり、スザクも日本人だ…。
同じ日本人を自分の手にかけていく…死刑になる事を承知で捕まえ、上層部へと引き渡す…そんな事を繰り返しているのは…いつか…必ずブリタニアの中から…日本を救い、導いていきたいと願ったから…。
血で血を洗う戦争では…何も解決しないと…あの時悟ったから…。
でも…時々考えていた事があった。
―――今…自分のやっている事って…一体何なのだろう…
と…。
日本人の未来を慮って立ち上がった日本人たちを…同じ日本人であるスザクが…彼らに対して刃を向け、捕らえ、確実に死刑台に上がる事を承知でブリタニア軍の上層部の人間に引き渡している。
彼らを捕まえたとき…スザクがイレヴンであると気付いたテロリストたちは…いろんな表情をする。
『裏切り者!』
『同じ日本人のお前がどうして?』 『やはり…日本人の誇りを捨て、ブリキの犬になる事を選んだのか!』
人それぞれ多様な表情を見せるが…その奥底に見え隠れするのは…同じ日本人が自分たちを死刑台へと送る…そう云った現実への失望と…失念…
スザクはそんな場面をいくつも見てきた。
ルルーシュは確かにブリタニアに対して憎しみを持っているだろう…。
恐らく、そんな話をしたところで…
『ブリタニアに俺達の居場所はない!もはや…俺達の祖国ではないんだ…』
そう答えるだろう…。
一度、そんな話をして、そう答えていたのを覚えている。
しかし…その時のルルーシュの表情は…ただ憎しみに染まっていた訳ではなく…やはり、彼のブリタニア人として…ブリタニアの皇族としての血が…無意識にそう言った表情をさせていたのだろう…。
ひどく…悲しそうだった…。
人は…どれほど憎んでいたところで、自分の祖国があるからこそ、立っていられる…。
そこに帰れる場所があると思えるから…。
今のスザクにとって、エリア11となってしまった日本は…もはや祖国ではなく、帰るべき場所でもない…。
そんな思いを…ルルーシュにはさせたくない…
今のスザクの素直な気持ちだった。

 そして、まだ早めの時間に特派の研究室へ入っていく…。
「おはようございます…」
一体何時からいたのか…と言うか、昨夜は帰ったのか?と尋ねたくなる人物がパソコンのディスプレイに向かっていた。
「あれ?スザクくん…おはよぉ…。今日は早いねぇ…」
「ええ…ちょっと早く目が覚めてしまいまして…」
どことなく…不自然な答えの様な気もするが…。
そこでパソコンのディスプレイを覗きこんでいる上司、ロイドは、そう云う事をあまり気にとめない。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?面白いプログラムを組んでみたんだ…」
相変わらず、ランスロット以外には興味のない御仁らしい…。
「じゃあ…僕、ちょっと着替えてきますね…」
そこまで告げたとき…スザクはふとある事を思い出す。
―――確か…特派って…
そう思った時、目の前でパソコンをいじっている上司に向かって話しかける…。
「あの…ロイドさん…」
「なんだい?」
相も変わらずスザクの方を見る事なくその人物は答えた。
いつもの事であるからスザクは気にも留めない。
「特派って…確か…シュナイゼル殿下の…」
「うん…そうだけど…それが何?」
「ロイドさんは…殿下にお会いする事って…あるんですか?」
「まぁ、シュナイゼル殿下が来る時には…。報告とかもしなくちゃいけないからねぇ…」
ロイドの言葉に…スザクは…夕べ自分の心の中で決意した事を実行しようと決めた事の第一歩を踏み出す。
「そのとき…僕も…シュナイゼル殿下にお会いする事は可能でしょうか?」
その一言にロイドは動かしていた手を止めて、スザクの方を見る。
「え?スザクくん…。シュナイゼル殿下に会いたいのかい?」
「自分の立場をわきまえてはいます…。でも…」
ロイドは色々な意味で、スザクの今の発言に驚きを隠せない。
これまで、ロイドたちに頼み事をした事など殆どない。
戦闘中に、判断を仰がれた事はあるが、基本的にスザクが個人的に何かを頼み事をする事は今までにない。
それに…いきなり、ブリタニアの第二皇子に会いたいなどと…
スザクの目を見る限り…本当に真剣で…そして…余裕がないような状態だ。
普段、見た目的にはふざけているロイドだったが、流石に今のスザクの表情や、言っている事には驚きを隠す事が出来ない。
とりあえず、一度大きく息を吐いた。
「なんで…シュナイゼル殿下にお会いしたいんだい?スザクくん…君は…」
「はい…立場はわきまえています…。必ずお伝えしたい事があるんです…。誰にも内密に…シュナイゼル殿下に…」

 スザクのその真剣な表情と言葉に…ロイドも流石に困った顔をしてしまう。
「僕が…殿下にお伝えする…と言うのではダメなのかい?」
「はい…。自分が…シュナイゼル殿下に直接お話ししなくてはいけない事だと思うので…」
スザクの言葉に…ロイドはスザクの出自を思い出す。
旧日本、最後の首相…枢木ゲンブの一人息子で…シュナイゼルがこよなく愛した第11皇子が、日本へ送られた時…預けられた家の息子…。
「そう云えば…君は…故枢木ゲンブ首相の息子さんだったね…」
ロイドは小さくそう口にする。
枢木ゲンブの息子…その名前は常に自分の中にある罪の意識を掘り起こす。
でも、今は自分が手にかけた父の名前でも何でも…使えるものなら何でも使う…。
―――そう…ルルーシュを守るためにできる事は…使える物は…出し惜しみはしない…。それが…自分の傷を抉る事になっても…ルルーシュを失うくらいなら…
「はい…。そうです…」
スザクはロイドの目をまっすぐに見る。
確かに…『枢木』と言う苗字は非常に珍しい。
一々調べるまでもなく…その名前は、ブリタニア軍でも有名だし、ピンとくるものも多いだろう。
しかし、今のスザクはブリタニア軍ではただの名誉ブリタニア人で、一兵卒に過ぎない。
「ひょっとして…日本に送られた、皇子殿下と皇女殿下の…事かな…?」
流石にロイドもシュナイゼルの側近として仕えているだけあって、その辺りの事はある程度承知しているようだった。
シュナイゼルがルルーシュの事を異母弟として…慈しんでいたという話は、噂では聞いた事があった。
ロイドがエリア11に赴任してきてから、時々出てくる話題だった。
そして、スザクがこの特派に配属されてからもそう云った話を何度となく聞いている。
「それは…殿下にお会いしてから…お話したいのですが…」
スザクの言葉に…ロイドもよほど、重要な事なのだろうと判断する。
「解ったよ…。これまで一度だって、僕たちに頼み事をした事のなかった君の頼みだ…。今週末…シュナイゼル殿下はこの特派に視察に来られる…。その時に会わせてあげるよ…。その時、殿下が君の話を聞くかどうかは解らないけど…一応、お時間を貰えるように頼んでみるから…」
スザクの申し出に…ロイドも何となく、『ただ事ではない…』と判断したのかも知れない。
スザクの頼みに対して、それ以上の事は何も聞かずに聞いてくれた。
「ありがとうございます…ロイドさん…」
スザクはそう笑顔をロイドに向けて、自分の更衣室へと向かった。

 そして…スザクが待っていた週末…
その週はとにかく、『黒の騎士団』の動きが活発で…学校へ行く事も出来ず…ルルーシュと合う事も叶わなかった。
尤も…戦場では、二人は対峙しているのだ…。
スザクはランスロットのパイロットとして…
ルルーシュは『黒の騎士団』の『ゼロ』として…
戦場にいて…自分が誰よりも守りたい相手が…自分の討つべき敵となっている…。
でも…もし、週末…この事を相談出来れば…ルルーシュを慈しんでいたという、シュナイゼルなら…ルルーシュとナナリーの安全を保障してくれるかもしれない…そんな、願いがあった。
そう…ルルーシュが聞いたら、きっと、スザクをやめさせようとするだろう。
『自分たちはもう…ブリタニアの皇子と皇女ではない!もし見つかれば…また、政治の道具とされるだけだ!』
そう、スザクに怒鳴りつけるだろう。
でも、時折聞く、ロイドの話を聞いていると…シュナイゼルなら…決してそんな事はない…そんな風に思えてきた。
会った事もない人間に対してそれ程の信用を向けてもいいかどうかは別としても…あの他人に対して無頓着なロイドが、シュナイゼルの慈しんでいたという異母弟のルルーシュの名前をちゃんと覚えていたのだ。
あれから7年も経っている。
それでも、あのロイドが名前を覚えている皇子であったというのなら、ロイドにとっても印象的であったのだろうと…そう判断したのだ…。
そして…その日は来た。
シュナイゼルの前にスザクが跪いた。
「特別嚮導技術部所属准尉枢木スザクです…」
頭を下げたままスザクは名乗った。
「ほぅ…君かい?私に会いたいと申し出たというのは…」
「はっ…シュナイゼル殿下へのお目通りをお許し頂き、ありがとうございます…」
「まぁ、楽にしたまえ…。何か…私に伝え事があると…?」
シュナイゼルは『枢木』と言う名前に興味を持ったようで、感情の解りにくい人物ではあったが、機嫌を損ねている様子はないと、スザクはほっと胸をなでおろす。
「その前に…お人払いをお願いできますでしょうか?シュナイゼル殿下にとって…大切な存在であった方のお話し故…」
スザクのその一言に…シュナイゼルはぴくりと眉を動かす。
そして…すべての武器が取り上げられているスザクを見て…周囲にいた者たち全てを部屋から出ていくように指示をした。
最後の最後まで、側近の一人が渋っていたが…それでも、その側近が残る事も許さなかった。
「さぁ…私と君だけになった…。確か…君の家に預けられていたのだったね?ルルーシュは…」
「はい…そして…今は、自分と一緒にアッシュフォード学園の生徒として…ルルーシュ=ランペルージと名前を変えて、生きておられます…」
スザクの言葉に…シュナイゼルは目を見開いた…。
まるで…信じられない…その言葉の真偽は…どこにあるのかと…
「本当に…本当に…ルルーシュは…」
「はい…。ナナリー皇女殿下も…ルルーシュ殿下と一緒です…」
その言葉にシュナイゼルが目を細めるが…その言葉の続きを聞いて…シュナイゼルは驚愕する…。
スザクが一通り説明すると…スザクはこう締めくくった。
「お願いです…。どうか…ルルーシュを…ルルーシュをそのような危険な場所から…シュナイゼル殿下のお力で救い出して下さい…」

 スザクがシュナイゼルの謁見がかなった後の1週間、スザクはシュナイゼル直々の命令で、アッシュフォード学園に休まず通う事になった。
スザクがこの学園にいても…『黒の騎士団』の動きは止まっていない。
その時には…ルルーシュは欠席している事が多い。
やはり、スザクが同級生である事を警戒しているのか…100%そうだという事ではないが…。
―――ルルーシュ…
スザクは教室の…ルルーシュのいない、ルルーシュの席を見て、ぐっと目を閉じる。
このとき…これで、ルルーシュは『ゼロ』でなくなり…スザクが彼に対して銃口を向けなくても済むようになる…。
そうしたら…二人とも…いつも笑っていられると…そう信じていた。
そして…シュナイゼルとの計画を実行する日…ルルーシュは学校へ来ていた。
「ねぇ…ルルーシュ…。今日の放課後…ひま?」
あまりに唐突の様な気もするが…スザクのやる事がいつもルルーシュにとっては突然なので驚きもしていないようだ。
「ああ、別に予定はないが…」
「なら…少し、遊びに行かない?僕も久しぶりにこんなに休みが貰えているんだし…そう云う休みがあるうちに…君とどっかに行ってみたい…」
「どっかへ…って…。放課後じゃ、租界をぶらつくくらいしか出来ないぞ?」
「うん…。それでいい…。だって…僕たち…デートってした事ないでしょ?」
「デ…デート???」
ルルーシュの素っ頓狂な声が教室中に響く。
当然…教室中の視線はルルーシュとスザクに集まるが…スザクはお構いなしだし、ルルーシュは顔を赤くして、顔を反らす。
「ね?いいでしょ?それに…久しぶりに服でも欲しいと思って…。でも、僕、自分の似合う服ってよく解らないし…ルルーシュなら選んでくれるでしょ?」
邪気のない笑顔を見て、ルルーシュは『やれやれ』と言いながらスザクに薄く微笑む。
「解ったよ…。確かに…アッシュフォードの制服と軍の制服だけじゃ…寂しいだろうしな…」
気楽に答えてルルーシュはスザク笑いかけた。
理由はどうあれ、ルルーシュを騙している事に違いない…。
少しその笑顔に胸が痛むが…
「じゃあ、放課後、鞄だけ置いて、出かけようね…」
スザクの嬉しそうな表情にルルーシュはすっかり騙されたらしい。
スザクとしては…これが…本当にただ一緒に出かけるだけなら…どんなにいい事だっただろうかと考えてしまう。
でも…どれだけ遠まわしに言ったところで、ルルーシュには伝わらないから…

 放課後…二人が租界に出かけていき…スザクの洋服も選んでやった。
一緒にお茶をしていると…本当に恋人同士のデートの様だ。
日が暮れてきて…スザクがルルーシュをアッシュフォード学園の正門前まで送っていく…。
「済まなかったな…でも、それでホントに良かったのか?」
「うん…。ありがとう…ルルーシュ…」
そう言ったとき…ルルーシュの肩越しから人影が見えてくる…。
―――時間…だ…
そう思ったと同時に…その人影から言葉が発せられた。
「ルルーシュ…」
その声に…ルルーシュは目を見開く。
目の前にいるスザクを…『信じられない…』そんな目で見ている。
スザクは何も言わない。
否、言えないのだ。
ルルーシュが恐る恐る後ろを振り返るとそこには…
「あ…異母兄上…」


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