扉の向こうへ03


 やがて、ブリタニア軍と『黒の騎士団』との戦いは激化して行った。
『ゼロ』のカリスマと、その正体が解らなくとも、その実力はブリタニア軍でも認めるところとなっていた。
それは…ブリタニア軍にとっては驚異的な反逆者であり、イレヴンにとっては希望の光を与えてくれる救世主であった。
『ゼロ』の正体を察してしまったスザクにとっては…
今では、『黒の騎士団』の姿を現すところ全てがスザクにとっての任地となっている。
世界唯一の第七世代のナイトメアフレーム…『ランスロット』…
たかがテロリスト相手に、ブリタニア軍は、まだ、プロットタイプに近いような最新鋭のナイトメアの導入を余儀なくされている。
スザクが出撃すれば…決して負けとなる事はないが…『ゼロ』の策略によって、多くの犠牲が出ている。
それは…ブリタニア軍、『黒の騎士団』に限らず…ただその場に居合わせただけの民間人も含めて…の話だ。
『黒の騎士団』としても、完全な目的達成をしているとは言い難い状態…。
これまで、各エリアで反乱をおこす輩は少なからずいるが…
この、エリア11程、ブリタニア軍を投入しているエリアはないだろう。
『黒の騎士団』によって、次々に壊滅させられていくブリタニアの正規軍…
このままではブリタニアとしてのメンツは丸つぶれだし、こんな事が他のエリアにまで飛び火したらろくな事にはならない事くらいはよく解る。
『黒の騎士団』…否、『ゼロ』の存在は…世界にも知れ渡り始めているのだ。
このまま…『ゼロ』を確保できないままでいたら…
―――僕とルルーシュの間は…どんどん広がって行ってしまう…
恐らく、学園でどれほどスザクがそう云った趣旨の話をしたところで、ルルーシュは決して受け入れる事はないだろう。
スザクが遠まわしに言ったところで、ルルーシュは絶対にスザクの言っている事の本当の意味を察知してくれる…
でも…ルルーシュには『ナナリーを守る…』と言う大きな使命と…そして、それ自体が生きる目的になっているのだ。
もし…ナナリーに何かあった時には…ルルーシュはその仇を取った後…生きる目的を見失い、決してスザクの手の中に戻って来る事はない…
―――僕は…ルルーシュの為に生きて…死にたいのに…
そんな思いは…儚くも、脆く崩れ去りそうな気配が…すぐ傍まで来ている。
スザクは…これまでずっと…『父を殺した』と言う罪に耐えきれず…常に『死』と言う罰を求めていた。
でも…ルルーシュと再会して…それは…ただ…自分の背負っている罪の大きさに耐えきれず…逃げようとしている…そんな風に思えて来ていた。
ルルーシュは…決して、自分の運命から目をそらしていない…
もし、今のままでは生きられないのなら…どんな障害だってぶち壊して前に進もうとしている…
―――ルルーシュ…君は…僕が必ず捕まえる…。そして…絶対に守って見せるから…

 スザクの中で様々な思いを抱えているが…ルルーシュの為に…何が出来るかを考えたとき…『ゼロ』をその手で捕まえる事…
思いつくのはそれだけだった。
もし、他の者に悟られて、捕まえられてしまったら…
戦闘中に…負傷したり…最悪、死ぬような事になったりしたら…
そうなる前に…スザクが『ゼロ』を捕まえる…
そんな事を考え続けながら、今も戦場でランスロットを駆っている。
『ゼロ』はスザクが捕まえる…そう決めた時からとにかく我武者羅に『ゼロ』を探し、追い続けた…
しかし…いつも、紅いナイトメアに邪魔され続けていた。
あのナイトメアのパイロット…恐らくは、『ゼロ』を守るための布石…
そして…あのナイトメアを突破しなければ『ゼロ』を捕まえる事は出来ない…。
これまで、戦闘中であっても、人を傷つける事を極端に嫌っていたが…それでも…守りたい者がある…そう云う思いは…自分の心をも動かしていた。
相手は強い…
本質の部分では相手を傷つける事なく…ただ、武器を手放させたい…そう思うのだが…
あの、紅いナイトメアに関してはそんな事も言っていられない…。
こちらも本気でかからなければ、こちらの身が危ないのだ。
―――くっそ…世界唯一の第七世代のナイトメアと…同格のナイトメア…と言う事なのか…
日本にはナイトメアがなかった…。
だから、『黒の騎士団』に、協力する、ナイトメアの研究者がいる…
しかも、スザクの駆る『ランスロット』を開発したロイドと同格の研究者だ…
ナリタではあの、ジェレミア辺境伯が討たれたのだ…
気持ちだけ焦る…
あのナイトメアさえいなければ…
『ゼロ』は…
ルルーシュは…スザクの手の中に取り戻せると云うのに…
日本解放のため…多分、ルルーシュが『ゼロ』となったのは、ナナリーの事もあるだろうが、そのきっかけを作ったのはスザクだ…。
あのとき…確実に死刑となっていたであろうスザクを…彼は…危険を顧みず…否、巧妙にして綿密な計画の下…スザクを奪還したのだ…。
あの時…まだ、『黒の騎士団』の存在はなかった筈だ。
恐らく…クロヴィスが殺された時に起きていたシンジュクでのテロ…
あそこにいたテロリストたちを使ったと考えるのが自然だ…。
―――ごめん…ルルーシュ…。でも…ルルーシュはそんなところにいてはいけないんだ…
スザクはそう思うと、ナイトメアのグリップに力を込めた。
自分の力の全てを込めるかのように…
そして…ランスロットを前進させると、その後には…敵のナイトメアの残骸が残って行く…
今はただ…『ゼロ』を捕まえ…ルルーシュを取り戻したい…その一心で…

 結局…それだけの想いをこめながら、戦っていても…『ゼロ』を確保する事が出来なかった。
「おはよう…スザク…」
学校へ行くと、ルルーシュがやわらかな笑みでスザクに声をかけてくる。
そんなルルーシュの頬笑みを見ていると…『ゼロ』がルルーシュである…なんて事がウソのように思えて来てしまう。
しかし、そう一瞬思っても…
―――これは、僕にとっては逃げだ…。これ以上…逃げていてはダメだ…
「おはよう…ルルーシュ…」
体力に自信がない筈のルルーシュ…
昨日のあの戦闘で相当体力も消耗している筈だ…
「ねぇ、ルルーシュ…今日、僕、オフなんだ…。学校が終わったら…君の部屋に行ってもいい?」
「え?ああ…構わないが…。またテストで赤点になりそうなのか?」
少し、スザクをからかうようにルルーシュが言葉を返してくる。
そんな日常的な…友達同士の会話…
それを…ただ守りたい…
でも、どうしたらいいか解らなくて…悩んで…その悩んでいる間にも…二人に間には見えない壁が出来て行っているようで…
だからこそ…何とか…繋ぎ止めておきたい…
本当は…ルルーシュがスザクだけを見てくれればいいのにとさえ思ってしまう…。
最初は…再会できたことで胸がいっぱいだったのに…
同じ学校に通えるようになった事が嬉しくてたまらなかったのに…
それなのに…今では…
「僕も…意外と欲しいと願うものが…あったんだな…。あんなに…父さんの事で…その『罪』から逃れたくて…『死』を望んでいたって言うのに…」
こんなとき…なんでルルーシュがスザクの傍にいて、一番いい方法を考えてくれないのだろうか…そんな風に思ってしまう。
こんな矛盾だらけな事…物理的に考えるルルーシュが聞いたら『このバカ!』とスザクを叱り飛ばすだろう…
大体…今、スザクが求めているのは…その…ルルーシュ本人なのだから…
―――もし…ルルーシュが女の子で…僕に守られている存在だったら…こんな事には…ならなかったのかな…
あまりにあり得ない話を自分の中で考えてしまう自分を重症だと思ってしまう。
多分、今のスザクは病んでいる…
自分でそう思ってしまう。
久しぶりに一日中学校にいられると云うのに…スザクはその事ばかりで授業など…完全に上の空だった。
ある人物から…学校へ行くようにとの命令で…今、こうしてアッシュフォード学園に来ていると云うのに…
尤も…いくら、その人物の命令とは云え…イレヴンで、名誉ブリタニア人のスザクは…あくまで軍が優先…となる訳だが…

 放課後…約束通り、スザクはルルーシュの部屋へと訪れていた。
「お邪魔します…」
そう云いながら、ルルーシュの部屋に入っていく。
相変わらず、ルルーシュの性格を表している様な…塵一つない、置いてあるものもきちんと計算されつくして置かれている様な…そんな部屋だ。
「その辺にかけていてくれ…。お茶でも持ってくるから…」
そう云って、ルルーシュは部屋を出ていく…
スザクは、いつもここに来ると定位置の様に腰かけているベッドに腰かけた。
なんだか…7年前…ルルーシュと一緒に過ごしていた痕跡など一つもないような…そんな部屋を見て…少し寂しくなる。
しかし、ルルーシュは今、隠れて生活をしている身だ。
スザク自身、『ゼロ』を捕まえて…説得に応じない時には、二人で逃げようとさえ考えていた。
そんな夢物語の様な事…叶う筈もないが…それくらいの覚悟はしていた。
間もなく、ルルーシュはトレイに二人分のティーセットを乗せて戻ってきた。
「済まないな…今、咲世子さんはナナリーを病院に連れて行っているみたいだ…」
「あ、お構いなく…。久しぶりにルルーシュと話したかったから…来たんだし…」
変わってしまった自分、変わってしまったルルーシュ…
「ねぇ…ルルーシュ…。君は…僕と離れていた7年…ずっとアッシュフォード家に?」
唐突な質問だと解っていながらつい、そんな事を尋ねてしまう。
ルルーシュは驚いた顔を見せるが…それでも、普通に答えて聞かせた。
「ああ…。この学園に来たのは…中等部の時だった…が…。それまでは戦後のどさくさでアッシュフォード家もいろいろ大変な事になっていたから…。それに…俺もナナリーも死んだ事になっていたからな…。人目に着く訳にはいかなかったし…」
何の気兼ねもなく…そんな重要な秘密を…ルルーシュはスザクには話してくれる。
「スザクの方は?俺たちよりもずっと大変だったんじゃないのか?」
「僕は…一度は皇家に引き取られてけれど…色々思うところがあって…飛び出して…。でも…まだ10を超えたばかりの子供だったから…できる事なんて何もなくて…名誉ブリタニア人になって、ブリタニア軍の少年兵になったんだ…」
「そうか…」
ルルーシュはスザクの言葉に…ただそれだけを返した。
多分、それしか返してやれなかったのかも知れない…。
下手に口を開けば…恐らくはいろんな思いが…止まらないだろうと…そんな事が窺い知れた。
ルルーシュもスザクの事を心配し、あんな形でスザクを求めていた…
それなのに…その手を振り払ったのは…スザクの方だった。
今になって…あのとき…どうすれば良かったのか…と言う思いが込み上げてくる…。
ルルーシュが『ゼロ』である事を知っていると伝えて…ルルーシュに…あの時どうすべきだったのかを…尋ねたい…

 自分の中に迷いが生じている事に気がつくと…
今、自分のすべき事が何であるのか…白い靄に隠されてしまうような気がしている。
「ねぇ…ルルーシュ…。僕…君の事が好きなんだ…。だから…君には…危険な事をしてほしくない…。君たちの事は…必ず守るから…」
スザクがそこまで云うと、ルルーシュがスザクの言葉を遮った。
「スザク…どうした?俺はここにいるし、アッシュフォード家が俺達の身の安全を守ってくれている…」
ルルーシュの…そんなウソを聞きたくなくて…
そんなウソを聞くのが悲しくて…
スザクはルルーシュの上腕部分を抑えつけながらルルーシュの口を塞いだ。
スザク自身、衝動で動いていて…我を忘れている…その言葉がピタリと当てはまる状態であった。
「…っふ…んん…ぅん…」
ルルーシュがスザクに塞がれた唇からくぐもった声が漏れだしている。
流石にこんな唐突な行為にルルーシュも驚きを隠せないらしく、体を硬直させているのがよく解る。
ルルーシュを傷つけたい訳じゃない…ルルーシュを脅えさせたい訳じゃない…
ただ…スザク自身、自分でも我を忘れていると言った状態か…
長く、深いキスからルルーシュを解放すると…ルルーシュが驚愕と言うべきか、恐怖と言うべきか…そんな顔でスザクを見ている。
「ルルーシュ…好きだよ…。だから…僕のルルーシュになって?僕も…ルルーシュの僕になるから…」
今にも泣きそうな…スザクの顔に…ルルーシュは困惑の色を隠せない。
スザク自身、何かを抱えているのだろう…そんな風に思える。
それを…ルルーシュに言いだす事が出来ずに…苦しんでいる事が解る…。
「俺も…お前が好きだよ…スザク…」
その言葉にスザクは堪らなくなる。
そして…腰かけていたベッドの上に…ルルーシュを押し倒した…
そして…まっすぐスザクの翡翠を見ているルルーシュに再びキスを落とすのだった…


『扉の向こうへ02』へ戻る 『扉の向こうへ04』へ進む
『request』へ戻る 『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾