ルルーシュに思いが通じた…そう思ったのも束の間…
相変わらず、『黒の騎士団』の動きは活発化している。
その度にスザクはランスロットで戦場へと赴いている。
スザク自身、戦場へ飛び出していく事は、なんとも思わないとは云わないが、少なくとも自分で決めた道であり、スザクなりのやり方で、ルルーシュを守りたいと思っていた。
―――本当は…本人に…きちんと確認…した方がいいのかな…
そんな事で常に落ち込んでしまう。
学園に行けば、スザクが登校する時には、たいていの場合、ルルーシュは学校に出てきている。
しかし、スザクが戦場へ赴く為に欠席した時には…ルルーシュも休んでいると…そんな話を聞いた。
自分の中でルルーシュが『ゼロ』であると云う確信を持ちながら…自分の中で『信じたくない』と言う思いから、確認する事を逃げていた。
後になって、スザクは思った。
―――本当に大切なら…あの時きちんと確認して…ルルーシュを『ゼロ』として見ながら話をするべきだった…
と…。
ルルーシュを傷つけるのが怖かった…
ルルーシュに嫌われるのが怖かった…
ルルーシュが離れていくのが怖かった…
様々な理由をあげつらってみるが…結局、その先にあったのは、『自分が逃げていた事による結果』であったという答え…
戦場に赴くたびに…スザクの中で、少しずつ心が壊れていくのを感じていた。
父を殺してしまった時にも…一度、スザクは壊れた。
その、父を刺した時の感触…父の身体から流れている血…そして、みるみる青白くなって動かなくなっていく父の姿…
それを思い出すと今でも気が狂いそうになる。
自分の犯した…罪…
―――でも…あの時…ルルーシュとナナリーを守る為には…どうしたら良かったんだ…。まだ子供で…何もできなくて…
これも言い訳だと解っている。
その事を知ったらルルーシュは…ナナリーは…きっと、スザクにそんな事をさせてしまったと…スザク以上に重い罪の意識を持つ事になる。
だから…言い訳をしない…
あの後、日本とブリタニアが戦争となり…多くの日本人が死に、日本はブリタニアの植民エリアとなった。
そして…その時に出来上がってしまった、日本人がブリタニア人に支配されるという図式…
子供の浅はかな考えが生み出した罪…
あの戦争で…二人の道が違えてしまったのかも知れない…そんな風にも思うが…
スザクはそんな風に考えたくなくて…
―――もし…本当に道が違えているのなら…ルルーシュを連れ戻せばいい…。ルルーシュがブリタニアを憎んでいる事は知っている…。でも…憎んで…壊したって…ルルーシュが傷つくだけだ…
スザク自身が、7年前に…『父を殺した』と言う罪を背負って出した…スザクの今の答えだった…
スザクがそんな風に考える中…ルルーシュはまだ、スザクがランスロットに乗っているパイロットだとは知らない。
スザクだって、ルルーシュに聞かされたから、彼が『ゼロ』であるという事を確信している訳じゃない。
ルルーシュは…まっすぐに…疑う事を知らないかのように…スザクを信じている…。
『技術部』所属…その事しか伝えていない。
だから、ルルーシュはスザクが前線で…しかも、第七世代のナイトメアフレームなどと言う、確実に危険地帯に配置されるナイトメアに乗って『黒の騎士団』と戦っているなどと、夢にも思っていない様子だ。
―――ルルーシュは…僕がランスロットのパイロットだって知ったら…なんて思うんだろう…。軽蔑するかな…裏切り者だと僕を憎む?それとも…悲しんで…くれるかな…
本来ならイレヴンであるスザクはナイトメアの騎乗は許されていなかったが…
テストパイロットと言う事で、スザクの所属する『特別派遣卿導技術部』では…スザクを『デヴァイサー』と呼び、パイロットとしてではなく、パーツ…つまりナイトメアの部品として扱われているのだ。
殆ど、抜け穴を潜る様な言い分ではあるが、シュナイゼルの直属と言う事もあってそれで罷り通っている。
その代わり、前線では『イレギュラー』として、なかなか実戦参加が出来ない状態なのではあるが…
いくら、ナイトメアの性能が優秀でも、実戦投入されなければ意味がない。
『黒の騎士団』が世に出てからは…『ゼロ』のずば抜けた策力もあって、その、『イレギュラー』たちにもお鉢が回って来る事が増えたが…
スザクはみんなを守る為に軍に入った。
確かに、イレブンで前線に出ても通信機すら渡されない名誉ブリタニア人では出来る事なんてたかが知れている。
スザクが望む世界になるのに…一体何年かかるのか…解ったものじゃない。
ルルーシュが聞いたら『バカか…お前は…』と失笑されるに違いない。
それでも…自分勝手な思い込みによる行動が…どんな悲劇を招くか…
恐らく、スザクのこの過去を知ったら…ルルーシュもナナリーも…悲しむ前に、自分たちの存在を悔やむかも知れない…。
そんな風に思えていた。
だから…黙って…何も言わずに…初めての友達を…初めて好きになった人を…ルルーシュを…守ると固く決意したのだ。
―――それも…間違っていたと云うのか…。『ゼロ』が現れたのが…僕が無実の罪で処刑されそうになった時だった…
そんな事…させたくなんて…なかった…
様々な思いが…スザクの中を駆け巡っている。
「…ザク…スザク…」
「え?あ…何?」
人の気配には人一倍聡いスザクが声をかけられていると云うのに、気付かないと云う…
「声をかけてんのに…何?好きな女の子の事でも考えてた?」
リヴァルがからかうようにスザクに尋ねる。
「あ…否…そんなんじゃ…」
まぁ、半分は当たっている。
好きな人の事であるが、女の子ではない。
「そう云えば…ルルーシュは?」
「ああ…今日はルルーシュだけみたいだな…欠席なの…」
元々、ルルーシュとスザクの欠席が重なるのが多いと教えてくれたのはリヴァルだった。
そして、二人が休む時もそうでない時も、関係なく、登校拒否児の様な生徒をしているカレンも今日は珍しく学校へ来ている。
「そっか…。確かに、成績そのものは良くても…あれじゃあ、出席日数が足りなくて留年しちゃいそうだね…」
「お前も人の事言えるかよ…。ルルーシュの場合は、抑えるところ抑えているからな…。あいつ…これだけ学校さぼっていても体育以外は学年でトップクラスの成績だからな…」
最近、『黒の騎士団』の活動も…相当巧妙なものになっている。
そして…その準備のために動いているのは…
そう思ったとき…いてもたってもいられなくなってくる。
本当は…スザク自身がルルーシュを止めたい…。
彼の心を捻じ曲げるのではなく…彼が本当に安心していられる形で…
「ホント…ルルーシュって…凄いよね…」
つい、そんな風に呟いてしまう。
ルルーシュは凄いと思う。
スザクがルルーシュは『ゼロ』だと思う気持ちは…もはや、疑いから確信になってきている。
だからこそ…ルルーシュは凄いと思う。
かつて…『俺達二人…力を合わせれば出来ない事なんてないんじゃないか?』そんな風に言った事があった。
今のルルーシュを見ていると…スザクなんていなくても、ルルーシュは何でもできるんじゃないかと不安に思えてくる。
あんなテロリストたちを集めて…これまで、ブリタニアの正規軍が出てくればあっという間に一掃されていたテロリストばかりだ。
最新型のナイトメアであるランスロットの出番など皆無だった。
それなのに…ルルーシュが彼らを率いた事で、事態は一変した。
上司であるロイドは『データが取れる♪』と言って喜んでいたが…
上層部の人間たちも、今のこの事態を楽観視している訳じゃないだろう。
無能でなければ…
実際に、エリア11の総督に就任したコーネリアだって『ゼロ』さえいなければ、烏合の衆だと云い切っていた。
スザクもこれまでの戦いを見てきてそう思う…。
―――何でこんな事に…
最初に旧日本最後の首相の息子でありながら、日本人と言う名を捨て、『名誉ブリタニア人』となったのは、スザクの方だ。
ルルーシュは…確かに、ブリタニアを憎んでいたし、壊すと宣言までしていた。
でも、それまではきっと…静かに暮らしていただろう…。
このアッシュフォード学園で…
何故、あんなところにいたのかは解らないが…あの時のルルーシュは…本当にイレギュラーに巻き込まれただけだったのだろう…。
―――きっかけを作ったのは…僕…?本当は…再会しない方が…良かった…?
心配になって放課後、ルルーシュの暮らす、クラブハウスの前で待っていると…
何か大きな荷物を持って、ルルーシュが帰ってきた。
スザクの姿を見つけると…大げさに驚いている。
「ス…スザク…どうしたんだ…?こんな時間に…」
「君こそ…学校をさぼってこんな時間まで何をしていたんだい?」
それはこちらの台詞…と言わんばかりのスザクの問いに、ルルーシュは目をそらせるどころか、顔色一つ変えずに答える。
「あんまり、アッシュフォード家の脛かじりをしている訳にはいかないだろ?だから…生活費を稼いできたんだよ…」
他の人間だったら、ルルーシュのその一言で騙されるかも知れないが、スザクはその言葉を聞いても、決してその言葉を鵜呑みにはしなかった。
「会長さんから聞いたよ…。君…賭けチェスをしに行く時は必ずリヴァルと一緒に行くし、君たちの生活費は、確かに君が稼いでいるらしいが…こんな風に外に出かけていく事はないって…。得意のパソコンを使って…そのソフトを売っているって…」
スザクはやや低い声でルルーシュを問い詰めるように言い放った。
ルルーシュはウソのつき方を知っている。
そして、スザクは誰よりもルルーシュの事をよく見ている。
だからこそ…二人は気づいている。
ルルーシュがウソをついていると…
スザクがその嘘に気づいていると…
それでも、二人は何かを恐れる様にそれ以上…何も言わない。
「ねぇ…ルルーシュ…。君は…僕を一人にしないって言ってくれた…。だからもう…僕を一人にしてどこかへ行かないで…」
今、スザクから出てくる、スザクの必死な想い…。
好きだから…愛しているから…
戦いたくないから…刃を向けたくないから…
そんな風に思う。
「何を心配しているんだ…俺は…お前から離れるなんて…」
ルルーシュの言葉を最後まで聞かずにスザクがルルーシュに抱きついた。
「お願いだから…僕を…僕を置いて行かないで…。僕にはもう…君しかいないんだ…。だから…だから…」
スザクの…泣いている声が…ルルーシュの耳に届く。
「スザク…ごめん…。心配かけていたみたいで…。本当に稼ぎに行っていたんだ…。新しく作ったソフトを売り込みに…。ほら…これがさっきとってきたばかりの契約書だ…」
そう云って、抱きついてるスザクの身体をそっと放し、胸ポケットから白い封筒を取り出して見せた。
「な…中身は?」
どこまでも疑ってかかっている。
すると、ルルーシュは平然と中身を取り出し、スザクに見せてやった。
そして、スザクはその書類を丁寧に目を通した。
契約書の読み方なんてよく解らないが…日付などを見れば…確かに…契約成立は今日の日付になっている。
「これで気が済んだか?これは…ナナリーには内緒にしていたんだが…。ナナリーの通院費…結構金がかかるんだ…。まぁ、よく解らない部分の多い状態だからな…。ごめん…スザク…心配かけたみたいで…」
ルルーシュの穏やかな瞳を見て…スザクは涙目のままほっと息を吐いた。
「あ、ナナリーには秘密にしておいてくれ…。絶対に気にするから…」
「君は…どこまでもナナリーが一番なんだね…」
ルルーシュの一言についこぼしてしまった一言…
スザク自身、ルルーシュがナナリーの為に何でもする事は解っていた。
恐らく、『ゼロ』になったのも、スザクの事はきっかけにすぎなくて…その先にあるのは…ナナリーの幸せなのだと思った。
「ねぇ…ルルーシュ…ナナリーの事が大切なら…もっと自分を大切にしてよ…。君に何かあったら誰がナナリーを守るのさ…。ナナリーの身の安全なら僕だって守れるよ…。でも…ナナリーの心は…君しか守れない…」
スザクは自分で、『我ながらマゾだな…』と笑ってしまう。
誰よりもルルーシュの事を愛している自覚はあるし、その気持ちは誰にも負けない自信はある。
それなのに…どこまでその思いが届いているのか解らない。
そして、どんなに訴えても…ルルーシュは『ナナリー』の為に『ブリタニア』を憎み、壊そうとしている。
「ああ…スザクの云う通りだな…。なぁ…スザク…一つ聞きたい事があるんだ…」
「なんだい?」
「スザクは…今…一番望んでいるのは…なんだ?何を望んで…お前の祖国を奪ったブリタニアの軍人なんかしているんだ?」
ルルーシュの言葉に…スザクがはっとした。
『ゼロ』が最初にスザクを助けた時…『ゼロ』の下に来いと言っていた…
確かに…言葉は足りないし、不器用な勧誘だったとは思う。
「大切なものを…これ以上…失わない為…だよ…」
スザクは素直に答えた。
この守りたいものの筆頭が、ルルーシュだと云う事が…伝わっていないとは…思うけれど…
―――あのとき…君の誘いを受けていたら…君は…僕に君が『ゼロ』である事を…教えてくれたのかな…
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