束の間に過ぎる夢…27


 トリブバーナディティ国王が、あの騒動の中で市民の刃により倒れた事が王宮にも知らされる。
彼の一番の側近であったプリヤ・トンと呼ばれた男も…現在、王宮から姿を消している。 「一体…何が起きたのだ?」
藤堂が一言漏らした。
その時、この王宮の混乱に乗じて彼らが軟禁されているこの、『南の離宮』に戻ってきたシュナイゼルが姿を現した。
「恐らく…カンボジア国王は…ルルーシュの真似をしたのだろうね…。否、ルルーシュのやった事を参考にした…と言うべきか…」
「シュナイゼル閣下…」
その場にいた者たちはシュナイゼルの姿を見て一斉に驚くが、それ以上に驚いたのはシュナイゼルの言葉だろう。
「ルルーシュ皇帝のやった事を参考…?」
「今のカンボジアの国際会議は日本をはじめとする、『超合衆国』を組織していた国々から大きなプレッシャーを掛けられていたからね…。国王としても、国王一人の批難で済んでいるうちはよかった…。しかし、カンボジアは『絶対君主制』を布きながらも国民たちがその執政に満足している者が多かった…」
シュナイゼルの底までの説明で藤堂ははっとする。
現在の日本は『ルルーシュ皇帝』と『ゼロ』によって、与えられた…『民主主義』…
そして、多くの血を流した『ルルーシュ皇帝』に対して批難の声を上げる日本国の首相である扇要も『黒の騎士団』の副指令として多くの人々の命を奪ってきた。
その矛盾が国内外に少しずつ認知されてき始めて、扇の立場…そして、自分の立っているべき場所の基盤が脆くも崩れ始めた。
その為に、扇要が国際会議の中で『ルルーシュ皇帝』の『独裁』を批難していた。
そのうちにそこだけに留まらず、現在、『王』を中心とした『絶対君主制』…いわば、『王』による独裁を布いている国々にまで批難の声を声高に叫ぶようになった。
扇要は自分の発言がどれほどの影響があるのか…そして、その影響によって世界がどう動くのかをきちんと把握できていなかった。
扇は自分の言った事が間違っていないと信じているだけに恐ろしい部分もある。
それ故に、『王』が『独裁政治』を布いている国々は国際会議の中でどんな立場に置かれるか…少し考えればすぐに解る事だ。
『民主主義』とは、完璧な政治理念ではない。
その事に気づかず、それまで、その国の『王』を中心として回ってきた国々に対してどれだけのプレッシャーを与えていたのか…扇は全く持って自覚がない。
「……」
藤堂は続ける言葉が出てこない。
「否、そんな顔をしていても仕方ないし、あんな形で『話し合いで解決する世界』を作った気でいたルルーシュも悪い…。これは…この世界に暮らす人々全員が考えるべき問題だ…。それに、日本も…代表を変えた方がいいと…私は思うが…。否、これは忘れてくれ…これを言ってしまうと内政干渉になってしまうな…」
この離宮から脱走する事なく残っていた藤堂、千葉、日向、水無瀬、双葉は…全員が沈痛の面持ちを隠せなかった。
「この状況の中では、飛び出して行ったナナリーも、紅月カレン嬢も身の安全の保証が出来ない…。手伝ってはくれないか?」
シュナイゼルは落ち着いた面持ちで彼らに指示を与えた。

 そして…ナナリーとカレンは…
「とりあえず、シュナイゼル閣下に知らせた方がいいわよね?」
「ええ…ここにいては…あの後の状況は解りませんし…あの騒動の中、飛び込んで行くのは危険ですから…」
ナナリーがそう答えると、カレンは2か所に電話する。
一か所はカンボジア王宮にいる藤堂へ…
もう一か所は…あの時に電話でナナリーの事をカレンに託してくれたアーニャへ…
そして、双方から現在の状況を聞いて、現在置かれている立場の危うさと、そして…『ゼロ』の秘密を知り…驚愕の声を上げる。
しかし…アーニャはカレンにこう告げた。
『出来れば…『ゼロ』はもうこの世界から…いなくなった事にして…。こんな事…あの二人に続けさせてちゃ…たぶん行けない…』
アーニャの言葉がずしっと圧し掛かってきた。
アーニャの言う通りだと思う。
今の世界はもう、カレンたちの手で作り上げなくてはいけない時に来ている。
あの時、ルルーシュからカレンたちに託されたこの世界…
未だに死んだはずの人物たちに縋らなければならない今のこの状況に…カレン自身、嫌気がさしてくるし、ナナリー自身も相当苦しんでいる事が解る。
確かに現在のブリタニアは世界最大の経済力、外交力を持つ国だ。
しかし、それは『ゼロ』の存在があるからこそ…
特に外交力に関しては、確かにシュナイゼルの手腕もあるが、『ゼロ』の存在感がなければこれほどまでに影響力は及ばないだろう。
ナナリー自身、自身の発言の影響力をよく理解していた。
だから、国際会議の場でも、決して、私情をはさまない努力を続けているし、現在のところ、国際会議に出席する首脳の中で一番年若いと云うのに、その、公平さ、冷静さは国際会議に参加している首脳の中で一番だろう。だから…カレンは迷う…。
ナナリーに本当の事を告げて、『ゼロ』にこの世界の構築を押し付けるのか、ナナリーに偽りを告げて、彼らの手から独立し、自分たちの責任において、自分たちの生きる世界を構築していくか…
いくら扇に進言してみても…彼自身が『民主主義』の名を借りた『独裁』を行っている事に気づいてくれない。
それは恐らく、扇自身が死ぬ覚悟を持って日本解放運動をしていなかったからだ。
私情をはさみ、自分の昔からの仲間が殺されたからとそれを『ゼロ』にすべての責任を押し付け、自分の犯してきた罪は棚上げ…。
そう考えた時…今の世界に『ゼロ』がいたら…きっと…
だからこそ、カレンは心に決める。
―――この事は…私がお墓まで持っていく…
「ナナリー…『ゼロ』が…息を引き取ったそうよ…」
カレンが決めた…ナナリーへの嘘…
こうしてみると…ルルーシュはよく嘘をついていた。
大切な人に…嘘をつく…それがこれほど苦しいものだったと…カレンは自分の心の中でかみしめる。
ナナリーは…『え?』と顔をあげ、カレンの顔を見て…ただ…一言…告げた。
「そう…ですか…」
やがて、ナナリーたちの元にシュナイゼルから指示された藤堂が表れた。
そして、彼に対しても、ナナリーと同じ嘘をついた。
彼らが、シュナイゼルの指示した場所に着いた頃には…王宮に集まった民衆たちが国王の死に涙していた。
トリブバーナディティ国王の最期の言葉を聞いた時…カレンの嘘は…決して間違っていなかった…カレンはそう思う事が出来た。

 そして、故チェイバルマン国王が殺されたとされる寺院にいたルルーシュとスザクは…
アーニャからの連絡で現在外の状況を伝えられた。
カレンからナナリーは無事であるという連絡を受けたと聞いた時には、ほっとした。
だが、そのあとの言葉に…二人とも焦りを隠す事が出来なかった。
『カレンには…『ゼロ』が亡くなったと伝えてほしい…と、ナナリーさまに云って欲しいと云った…』
ルルーシュもスザクも、驚愕の色を隠せない。
今の世界にはまだ…『ゼロ』と言う存在が必要だ。
未だに止まない数の暴力、その事に反発するテロ行為、それに伴う貧困や飢餓…
「アーニャ!なんでそんな事を!」
スザク以上に怒りを表したのはルルーシュだった。
スザクと違い、ルルーシュはあのオレンジ畑から出ない生活をしている。
だからこそ、知らない事が多い。
スザク自身は、世界が『ルルーシュ皇帝』と言う『悪の象徴』に寄り掛かり過ぎている。
そして、『ゼロ』と言う『英雄』に依存し過ぎている。
その事に気づいていたからだ。
『ゼロ』に対して全面的に依存されてもスザク個人で出来る事など限られているし、『ゼロ』の存在によって、ブリタニアの立場を危うくしている、国際会議の場も見てきている。
そして、『超合衆国』として、『ルルーシュ皇帝』に対して刃を向けたと云う自覚のある国は…すべての『悪』を『ルルーシュ皇帝』に押し付け、そこから一歩も前に進もうとしない。
『戦争』という『生き物』を生み出せば、誰もが罪人だ。
国民に『国益を守る為!』という大義名分を振りかざして国民を戦場に送りだす国家元首も、その命令に逆らえずに戦場で人の命をあやめている一般兵でも…
そして、『戦争』を食い物にして、実際には戦場で人を殺めなくとも、『戦争』で私腹を肥やして、煽る者でも…
それなのに…『超合衆国』のメンバーだった国々の国家元首で自分の罪を振り返った現在の国家元首など一人もいない。
『勝てば正義』の理論だ。
だからこそ、二人は確信する…
この国々は再び、銃をとる…と…。
だからこそ、ルルーシュは何としてもそれを阻止したいと思い、自分が外に出ていけないから、その願いをスザクに託してきた。
スザクは、そうあって欲しいと願っていたからルルーシュの指示に従っていたが…この今の世界…『ゼロ』一人の力で何もできないし、『ゼロ』が存在する事で、『超合衆国』を構成していた国々は決して、我が身を振り返ることなく、今では『独裁』を『悪』として、『王』が中心となって執政を行っている小さな国々に対しての圧力を強めているのだ。
そもそも、『王』がすべてを決める国とは…それほど大きな国ではとてもではないが、王の方が潰れてしまう。
国を思えば思うほど、その方にかかる重圧は大きなものだ。
それが…さらに外圧をかけられてしまえば…恐らくひとたまりもないだろう。
ルルーシュは…そんな状況の中、ナナリーを放り出す事に躊躇いはあったようだが…結局は、それを受け入れざるを得なかった。

 数日が経ち、カンボジアの王宮だった場所に、カンボジアの臨時政府がおかれた。
中心に立っていたのは、王族の中で『立憲君主制』を唱え続けたスールヤヴァルマンと、先々王の側近であり、『立憲君主制』を目指していたワットだった。
彼らは、暫定政府の中心人物として、臨時にその地位に着いただけという事となり、機関は短くて半年、長くて1年という期限付きだった。
カンボジアでこれだけの騒ぎが起き、この騒ぎの裏側はこの二人によってすべて公開された。
今回の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』はすべて人為的なものであったと認め、あの、ナノマシンシステムの開発の中心人物がトリブバーナディティ国王の側近であったプリヤ・トンであった事…そして、故チェイバルマン国王の弑逆や他の交換の暗殺に関してはスールヤヴァルマンとワットが考え、実行していた事…そこまですべて…
そして、カンボジアの国が何とか独り立ちし、ふさわしい代表を半年から1年の間に見つけ、着任させると約束し、その後に、殺めた命の罪、国を騒動に巻き込んだ事の罪を購うと約束し、国民が選んだ監視役付きでその執政に携わると約束した。
そして…姿を消した…トリブバーナディティ元国王の一番の側近プリヤ・トンは姿を消した。
元々、彼は常に顔を隠していたし、声を聞いた事のある者も少ない。
常に頭からローブを被った状態で主の傍にいたのだから…
誰に聞いても、世界に捜索の手を伸ばしても決して見つからなかった。
これからも国際手配者として彼を追い続ける事になるが…
その後、彼が逮捕されたという報告を受ける事はついぞなかった。
その新聞を読みながら…スザクは思った…
―――ひょっとして…僕と国王を刺したのは…
そんな考えも過るが…今となっては誰もその事実を確認する事が出来ない。
「スザク…」
スザクの肩をぽんと叩いて声をかけながら、ルルーシュがスザクの前にコーヒーを入れたカップを置いた。
「カンボジア…俺がもう少し…こうした小さな国々の事を考えて『ゼロ・レクイエム』の策を練れていたら…こんな事にはならなかったのかもしれないな…」
ルルーシュがスザクの開いている紙面を見ながらそう、呟いた。
確かに今回、『民主主義』は万能ではない…そして、すべての人々が願っていたものでもないし、まして、自ら望み、自らの手で手に入れたものでなければ、意味がない事を思い知らされた。
トリブバーナディティ国王の最期の言葉…
『民主主義とは…人々が求め、独裁者を排除して手に入れてこそ…価値が…』
その場にいたすべての人に伝える為のメッセージ…
それを伝える為に…
多分、それはカンボジア一国だけを見据えてのものではないとルルーシュは思う。
今、この世界で本当の意味で『民主主義』と『独裁』について…議論が必要なのだろう。
政治体制とは…その国、その民族に合った体制を作ればいい…
アヴァロンで星刻たちに助けられた神楽耶が『独裁を是としないと云う意味では信じてもよいかと…』という言葉を漏らしたと聞いた。
それは…あまりに傲慢で、独りよがりな正義であったのではないかと…そんな風に思ってしまう。
『独裁=悪』
これは、他の誰かが決めていい価値観ではない。
その政治体制を『是』とする国を、認めてこそ…本当の『民主主義』であるのだと…今回の事で思い知らされた。
そして…これからはもう、自分たちには何もできない…そういう立場に追いやられた。

 なんだか難しい顔をして考え事をしているルルーシュに対して、スザクが後ろから抱きついた。
「難しい顔をしてる…。アーニャのお陰で、多分、本当に大混乱の世界になるまでは僕たち、『ゼロ』になれない状態にされちゃったからね…」
「…スザク…苦しい…放せ…」
何とか巻きついているスザクの腕から離れようとあがくが…
スザクはルルーシュを放す気はないらしく、さらに力を込めてルルーシュを抱きしめた。
「ナナリーの事が心配なのはわかる…。でも…ナナリーは大丈夫だ…。シュナイゼル殿下もいるし、『ゼロ』が消えた分、アーニャも頑張ってくれるって…」
ルルーシュの耳元で、まるでルルーシュの思考を呼んでいるかのようにスザクが囁き掛ける。
ルルーシュ自身解っている。
これは…ルルーシュのナナリーに対する甘えだ。
あと、数十年先には…ナナリーはルルーシュを置いてこの世界から旅立つ…
だからこそ、ナナリーに対して出来る事をしたい…
一見、妹を思う兄の優しい心…かもしれないが、実際には精神的に兄が妹に依存していると云う事だ。
特にルルーシュの場合、それが顕著に表れている。
「それに…」
スザクの声色が突然変わる。
ルルーシュは驚いて『なんだ?』という顔をするが…
「あのときだって、結局お預けくらっちゃったし…。僕が『コード』で復活してすぐだから…無理するな…だなんて…。心配するふりして逃げたくせに!」
スザクの言っているあの時とは…スザクが刺されて、ライによって運ばれた寺院での出来事の事だ…
「だ…だって…あれは…」
ルルーシュ自身、流石にその事まで引っ張り出されると素直にあわてた。
あの時…なんで、王宮を脱出したかという…直接の理由をスザクには伝えていないのだ。
それを言った時の反応が怖いと云うのもあるし、何を言われるか解ったものじゃない…
「ひょっとして…囚われのお姫様をやっている時に…襲われそうになった事…気にしてるの?」
スザクの言葉にルルーシュは顔を真っ青にする。
「あ…あれは…その…何というか…つまり…だな…」
なんとか言い訳しようとするが…こんなやさしい顔をしているくせに、嫉妬の炎を燃やした時には誰も止められない裏の顔があるのだ。
「まぁ…仕方ないよねぇ…あんなカッコすれば…。確か、中華連邦でそのカッコした時にも男に言い寄られていたっけ?」
スザクのとげのある言葉に…ルルーシュは口をパクパクさせるが…
それでも、こんな形で抱きしめられた状態で、逃げられるわけがない…
―――アーニャのお喋りめ!
「ただ…ライやアーニャが…」
「二人なら、ラクシャータ達を送りに行ったよ…。空港まで…。アーニャのお土産選ぶの手伝うからって今日は夕方まで戻らないって…」
退路を断たれた状態だ…
「ねぇ…もう、1年以上会えていなかったんだよ…僕たち…」
いきなり子犬のような目をするのは卑怯だと思うのだが…そんな捨て犬みたいな目をされると…
「俺の…体力…考慮しろよ…」
ルルーシュがその一言を告げると、スザクがにこりと笑ってルルーシュを抱き上げ、与えられた寝室へと向かって行った…


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