束の間に過ぎる夢…26


 『ゼロ・レクイエム』後のカンボジアは…世界情勢の変化の中…非常に不安定となっていた。
第三者的にみれば…非常に…滑稽な茶番劇だったようにすら思えていた。
ただ…あの当時…あの時点でそこまで冷静に物事を判断する事の出来る者は…数少なかった。
カンボジアの王族である先王弟である、スールヤヴァルマン、現カンボジア国王であるトリブバーナディティ国王はそんな数少ない、あの時世界を冷静に見続けた人物たちであろう。
恐らくは、それ故に、カンボジアでこのような騒ぎを起こしたのだ。
あの時…世界の殆どが『ルルーシュ皇帝』を『悪』とした。
世界の混乱のすべてを彼の所為にした。
それは、国を治めるべき国家元首や国王たちにまで波及し、そして、自らの責任をすべて、『ルルーシュ皇帝』に押し付けた。
その時、第三者的に見ていた者たちは…思った…
世界の国家元首たちが『民主主義』の意味を…『自由』の意味を履き違えている…
と…。
『民主主義』にも、『自由』にも、必ず付いて回るのが、義務と権利…
自分たちの考える事を実行し、実現していく権利を持つ代わりに、その行動に対しての責任を負う義務を背負う。
少なくとも、あの当時の国際会議に集まってきた『ルルーシュ皇帝』に対して刃を向けた国々の国家元首の中でそれを理解しているものは皆無だったと…数少ない、あの当時の事を分析した人間は思っている。
それは…議長国、ブリタニアでも、彼らの冷めた目から見た時…それを理解しているようには見えなかった。
だからこそ…カンボジアの王族たちは自国を犠牲にしてまでの警告を発したのか…?
あの、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を作り上げた人々の中で、それが人為的に作られているものであり、実際に『呪い』とか『亡霊』などと言うものが人間に対して何が出来るものかと考えない者がいない。
大体、そんなもので人間が呪い殺されていくのであれば、この世界に恨みを買わずに生きている人間などいやしない。
大なり小なり、何かから府の念を向けられながら生きているものだ。
その相手が…人間とは限らないし、人間すべてに愛されている人間など要る訳がない。
しかし、カンボジアの国民たちはそんな、人為的に作られた『呪い』によって翻弄された。
それは…これまで、国際会議が非難し続けた『王』による『独裁』がうまく回っていたことを証明している。
国際的に『絶対君主制』を布いているカンボジアは、現在、悪い意味での報道しかなされていない。
『独裁は悪だ!』そんな事を声高に叫ぶのが、アジアの大国である日本だ…。
それは、『王』の執政の下、平和に暮らしてきた国民に対して一抹の不安を与え続けてきた。
まして…カンボジア国内には『トロモ機関』があったのだ。
その事を持ちだされてしまったら…国民の不安はさらに増幅していくだろう…

 『ゼロ』が刺されて、さらに混乱が増した。
その中で、民衆に紛れていたライがゼロを何とかそこから運び出した。
ナナリーはその事態を重く見たカレンの手によって、倒れている『ゼロ』から引き離された。
『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』の刃に倒れた時と同じ叫び声をあげ、カレン自身も苦悩の表情を見せていたが…この混乱状態の中、ナナリーの安全が最優先だ。
カレンは、混乱状態に乗じて、ナナリーの車いすを捨て、ナナリーを背負い、先ほど助けた幼子を抱えた状態で来た道を戻っていく。
―――外が…こんな事になっているなんて…
今は完全に群衆心理によって彼らに何を言っても無駄だ。
まして、相手がナナリーであればなおのこと…
「あの…おねえちゃん…」
カレンが抱えていた子供がカレンに対して声をかけてきた。
「ごめん…今は…」
「あのね…あのみちいけば…じいんはやくいける…」
そう言って、その子供は小さな細道を指差した。
本当に…地元の人間でなければ解らないような…そんな道だ…
「じいんなら…だれも…ひところしたり、らんぼうなことしたりできない…」
その幼子の幼いなりの気遣いなのだろう。
先ほどの衝撃でナナリーはすっかり自失の状態だ。
確かに…あんな場面…見せられてしまえば…ルルーシュも自分の目の前で『ゼロ』に刺し貫かれたのだ。
その惨劇がまた…目の前で起こったのだから…
カレンはその子供に言われるがままにその寺院へと向かった。
そこにつくと…そこは小さな古びた寺院で…本当に人気の少ない場所だ。
ただ…そこであれば、ナナリーを下してやる事もできる。
「ナナリー…大丈夫?」
ここでこんな尋ね方をしても、ただの愚問にしかならないが…
しかし、それでも…何か声をかけてやらなければいけないと思って声をかけてみる。
ナナリーはゆっくりと顔をあげて、カレンと、ここまで案内してきた子供を見てふっと微笑んだ。
そんなナナリーを見ると…
―――流石…ルルーシュの妹…
カレンは素直にそう思った。
こんな状況の中でも決して、自分の弱さを表に出さないように必死に表情を作っている。
ここで…『その方が痛々しい…』とは流石に言えない。
今のナナリーはルルーシュの妹としてのナナリーであり、それより比重を重くしなければならない『ブリタニアの代表』のナナリー=ヴィ=ブリタニアでもあるのだ。
「大丈夫です…。ご心配をおかけして…ごめんなさい…。カレンさん…。君も…けがは…ない…?」
ナナリーはまだ、その心の痛みを隠しきれないながらも必死にブリタニアの代表であり、責任ある立場にいると云う態度を彼らに見せた。

 一方、ライは、ナナリーが『ゼロ』から離れたところを見届けて、さらに、その場に登場したトリブバーナディティが群衆の注目を集めている間に、倒れている『ゼロ』の身体に白い布を巻きつけて、故チェイバルマン国王が殺されたという、寺院へと向かう。
あれから、そこを管理している僧侶たちもその寺院から離れて、別の場所を国から与えられて、そこで、説法をしたり、修行をしたりしている。
そして、がらんとしたその寺院の仏を安置している広い御堂に『ゼロ』の身体を置いて、マスクを外した。
どう見ても…幼い少年にしか見えないその顔…。
ルルーシュを見た時にも思ったが、こんな年若いうちに、世界のすべてを背負わされていた事実を思い知る。
そして…現在のカンボジアだけではなく、世界には彼らの残した世界に残った問題はたくさんあり、それを打開していこうとした時に…言い方は悪いかもしれないが…彼らの優しさや強さは逆に…世界が成長していくという点では逆行させている気がした。
相当深い傷だったらしく…ジェレミアから聞いている現象は起きてこない。
そして、現在、ライの自宅としている場所にかくまったラクシャータに電話をかけた。
そこで、ラクシャータに対して、二人で決めた暗号で現在の状況を伝えあった。
電話を切る頃には…ラクシャータの安堵の息が漏れている事が解った。
事情は大体聞いてはいたのだが、それでも、想像を絶する精神状態の中で研究を続けさせられていたのだろうと考える。
そして…ライの携帯が二度ほど鳴る。
それが…あのナノマシンシステムを無効化したという合図だった。
現在、ラクシャータの近くには彼女たちを守る者がいない。
だから、ライとしてはできるだけ言葉にしての指示を出さずにすむ方法を考えた。
その時、思いついたのがこの方法だった。
ライは一通りこちらの状況は把握できたので、アーニャの携帯を鳴らす。
『もしもし?』
「今、どちらですか?」
『やっと…施設の地下に来た…アランも一緒…』
「そうですか…では、熱帯雨林を抜けたところにある寺院はご存知ですか?あの…故チェイバルマン国王が弑逆された場所なのですが…」
『多分、アランが知ってる…』
「なら、そこへ来ていただけますか?もうすぐこの騒ぎも収まりますから…。それに…『ゼロ』がナナリー代表を庇って、胸を貫かれてしまいました…」
それだけ言うとアーニャが『え?』と声を漏らし、少し、電話の声が漏れてしまっていたのか…ルルーシュの声も聞こえてきた。
『ス…スザク…が…』
ルルーシュもスザクも『コード』を継承しているのだから、死ぬ事はない筈なのだが…
ただ…やはり、『死ぬ』時の苦しさや痛みは同じなのだろう…。
先ほど、『ゼロ』を抱えていた時に解った。
『コード』を継承しても、一度死んでよみがえる形なのだ…と…。
先ほどまで呼吸も脈拍も一切感じられなかったが、今は、意識はないものの、『ゼロ』は呼吸をしている。
「とにかく…もうすぐ陛下が参られます…ナイトオブゼロ…」
誰も聞いていないからこそ口に出来る…二人の尊称…
その尊称を口にして間もなく、ルルーシュとアーニャが入ってきた。

 血まみれになっている『ゼロ』を見て…ルルーシュが目を見開いて、我を忘れたかのように『ゼロ』の元へと走っていく。
「この…この…馬鹿が…」
『ゼロ』の情半紙を抱きしめながらルルーシュが声を震わせてその一言を口から絞り出した。
その様子を見ていたライとアーニャだったが…二人は目を合わせた時、頷きあってこの場を後にした。
「……痛い…ルルーシュ…」
ルルーシュの腕の中からその声が聞こえてきた。
「ス…スザク…」
「大丈夫…まだ痛みがちょっと残っているけれど…もう、内臓にも筋肉にも骨格にも異常はないよ…」
ルルーシュの腕の中から何とかはい出ようとしてスザクがいまだに震えているルルーシュに声をかけた。
そして、取り乱したルルーシュの顔を見て、あの、屈託のない笑顔を見せた。
「今度は…ルルーシュも無茶しすぎ…。あのまま捕まったままだったらどうするつもりだったのさ…。僕の前ではあんな色っぽいカッコも表情もしてくれないくせに…みんなに愛想を振りまいちゃってさ…」
少し拗ねたようにスザクがルルーシュに対して言う。
「……」 相変わらず言葉が出てこないルルーシュを見て、ここぞとばかりにスザクは言いたい事を言い始める。
あの時の…ルルーシュの踊り子の姿に…流石にスザクも相当憤りを感じていたらしく、見た時、どれ程『ゼロ』のマスクがあってよかったと思ったか…とか、そのあとずっとイライラしてナナリーやシュナイゼルに咎められる事さえあったとか、1年以上あっていないのに、再会したらいきなりあのカッコで登場するのは反則だとか、あんな公衆の面前であんなカッコするなら、自分たちが二人きりの時もそうしろとか、ああいう場面で臆面もなくあんな色っぽい視線を送れるくせにいざ、そういうときには『好きだ』と言わせることさえ困難だとか、問題解決しようとして囚われのお姫様になっちゃったこととか、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』で騒がれている中、白いカッコして街に飛び出して言ってさらに民衆の混乱を煽った事とか…
ルルーシュが何も言えなくなっている事をいいことに好きな事を言い始めるが…流石に言われても仕方ない事もあるにしても…スザクにここまでやり込められるのはおもしろくなくてルルーシュは次の行動に出た。
「少し黙れ…」
そう言って、普段ではあまりない経験をスザクはさせられる。
ルルーシュの両手に両頬を包まれて…そのままキスされた…
流石にスザクも驚くが…すぐににやりと笑う…
「そこまでするなら…覚悟…出来ているよね…?」
考えなしの行動にちょっとルルーシュは後悔するが…この場で逃げ切れるとも思わないし、そう思う前に『コード』によって完全に回復したスザクに押し倒された。

 一方、暴動の起きていた街の方は大変な事になっていた。
トリブバーナディティ国王の登場と同時に…彼自身が演説を始めたのだ。
元々、カンボジアの国民はこの王家の『絶対君主制』を甘受していたのだ。
だからこそ、故チェイバルマン国王を支持していたし、その息子であるトリブバーナディティ国王も支持しているのだ。
『フレイヤ』という大量破壊兵器を作ったのも、世界の敵である『ルルーシュ皇帝』を倒す為であり、実際にはその『フレイヤ』も『ルルーシュ皇帝』に渡ってしまった。
しかし、『ゼロ』が表れて、世界の敵である『ルルーシュ皇帝』はこの世界から姿を消したのだ。
だからこそ、『ゼロ』の支持もしていた。
しかし…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』によって、民衆は不安に駆られて、ここまでの暴動を起こした。
結局、『呪い』という言葉一つで揺らいでしまうような…今のカンボジアの民意はその程度のものであったのだ。
「カンボジアの国民よ…私は…この国を愛おしく思う…。それはもちろん、国民も一緒だ…。だからこそ…自分たちの足で歩いて行って欲しい…」
この言葉に…それを聞いている国民は何を言っているのかがよく解らない。
「だから私は…この国に『民主主義』を導入しようと思う…。正直私も疲れた…。この国の全国民の運命を私一人の肩に乗せるなど…到底無理な話だ…。国際会議の場でもこの国は『独裁』であると非難され続ける…。カンボジアの国民たちもいい感情を抱いて貰えない…ならば…私は王という立場を捨てようと思う…」
「で…では…そのあとは…」
「そこまで私の求められても…。王宮の中でも『立憲君主制』を唱えていた者たちがいる…その者たちの言う事を聞いていればよい…」
ちょっと聞いただけではあまりに無責任で、まるで、国民を見捨ているように聞こえる発言だ。
「王は…ここまで来て我々を見捨てるのか!?」
「どう取ろうがそなたらの自由だ…。自由とはとてもいいものらしい。好きな事が出来る…。自分の考えた事を好きに実行できる。そんな国になればよいではないか…。ただし…その責任はそなたたちが負うのだがな…」
あまりに軽い口調で…聞いている方も呆然としてしまう。
「我々は…王と共にいて幸せだった…。これからもその幸せの中にいたい…」
「しかし、私の幸せはどこにあるのだ?私も幸せになりたいのだ…そなたたちの面倒をみるのは…もう疲れた…」
そこまでの言葉を口にした時…民衆の一人が王の前まですっと進み出た。
「我々は…王があってこその我々だ…。一緒に生きられぬと云うのなら…」
そういって、暴動のさなかに会っただけあってナイフは誰もが持っている武器であった。
そのナイフの切っ先をそのままトリブバーナディティ国王の胸を貫く。
「そう…民主主義とは…人々が求め、独裁者を排除して手に入れてこそ…価値が…」
その声は…マイクで遠くまで聞こえてきた。
これは…トリブバーナディティ国王…最後の民衆への想いの確認だった…ともいうべき一言だった…


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