ゼロや『旅芸人』たちの王宮脱走について、聴取に呼ばれ、玉城たちとは別室に連れてこられたナナリー、シュナイゼル、カレンだったが…
周囲が先ほどのゼロや『旅芸人』たちの脱走の時とはまた別の騒ぎになっている。
「今度はいったい…」
ここにきて、カンボジア王宮は慌ただしくなっている。
現在のカンボジアの政治体制の事を考え、世界情勢を鑑みれば国としては何とかしたいと考えるのは当然だ。
ナナリーもシュナイゼルも世界会議に出席する者としていろいろその部分を気にかけていた。
あの、『ルルーシュ皇帝』の抹殺以後、世界は『独裁』を『悪』として見なすようになっていた。
しかし、ナナリーもシュナイゼルも知っている。
人々の意に沿わない『独裁』であれば『悪』となるが、それまで、絶対君主制を布いて、うまく国が回ってきた国にとっての『独裁』は『悪』ではないと…
しかし、国際会議に出てくる大国と呼ばれる国々は、『ルルーシュ皇帝』の事例だけを取り上げて、それを『悪』だと云い続ける。
絶対君主制を布いていた国々は、非常に国の規模も国の領土も大きくない。
それ故に、大国である国々の言葉が重要視されてしまう現在の『民主主義』によって彼らの言い分は抹殺されていく。
その考えを浸透させていくには…その事を理解させていかなければならない…。
しかし、現在、『黒の騎士団』の副指令であった扇要が代表となっている日本が率先して、『独裁』は『悪』であると強く主張し続ける。
その考えの押し付けが…『民主主義』の考えを逸脱している事に気づいているのか…と尋ねたくなるが…
しかし、現在の日本は…『ルルーシュ皇帝』に対して刃を向けた『黒の騎士団』が生まれた国としてその部分だけを見れば…その発言の影響の大きさは、ブリタニアをも上回っている。
しかし、現在のところ、内部は非常に混乱状態で、現在の日本政府に不満を持つ反体制分子も続々生まれているという。
ただ、世界の中で日本政府の存在の見方が…英雄扱いとなっているから、その反体制分子たちも迂闊に動けないだけだ。
これ以上扇要の政権が続き、それこそ、国際的に信用を失墜させていけば、いずれ、国際的に糾弾される前に国民が立ち上がるだろう…と思っている。
実際に、この状況の中、日本から北日本の一般国民がカンボジア国内に簡単にはいる事が出来、帰る事が出来ずにいるのだ。
これは、国際的に情報が日本へまわっていないと云う証拠でもある。
扇が…そして、扇が懇意にしている者のみで固めた日本政府が…『黒の騎士団』で中心人物であったと云う嘘ではないが、真実でもない事実に胡坐をかいている結果がこれだ。
だからこそ…カレンは思うのだろう…
『ゼロ』とルルーシュに帰ってきてほしいと…
それが…ただの甘えであると解っていても…
しかし、今は悠長にそんな事を考えている余裕はないようだった。
騒ぎに気づいて10分もしない内に王宮の取調官が飛び込んできた。
「こちらに…かつて『黒の騎士団』だった者たちは来ていませんか?」
その質問には流石に驚いてしまう。
「一体どうしたと云うのです?」
ナナリーがその飛び込んできた男に尋ねると…
「ナナリー代表たちにいて頂いた東の離宮から、3名ほど…離宮から脱走したのです!」
ここで脱走という言葉を使っている辺りが、既に、カンボジアでの自分たちの立場を表している。
そう…ここでは、日本から来た『黒の騎士団』だった者も含めて、ナナリーたちは逃げられては困る存在であると云う事…
そして、『3人』という人数で誰が脱走したのか、カレンはもちろん、ナナリーもシュナイゼルも気がついた。
本当なら放っておけばいいのかもしれないが…
それでも、彼らをそのまま野放しにしてしまった場合、そのあとについてくるリスクを考えると、そちらの方が色々な意味でマイナス面が多い。
「それって…玉城、杉山、南の3人ですね?」
カレンはすかさず飛び込んできたカンボジアの役人に尋ねる。
そして、役人の目が一旦、『何故解った?』と言うかのように、驚いた表情を見せるが…
「はい…その通りです…。このまま彼らが逃走するなら…我々は彼らに対して射殺命令を出さなくてはなりません…」
なんとも過激な発言だが…
ただ…現在の状況把握も出来ずに与えられた場所から逃走すれば、そういう命令が下ってもある意味仕方ない。
ここは、日本ではなく、カンボジアなのだ。
まして、ここはカンボジアの王の住まう王宮なのだ。
いくら、不安に駆られたからと言って、滅多な行動をとれば、当然だが、追撃されるのは当たり前だ。
「いつ頃…逃走に気づいたのですか?」
ナナリーが静かに尋ねると…その役人はその言葉に対してすぐに返事をした。
「こちらでも騒ぎは聞こえたでしょう?その騒ぎが始まる30分ほど前…でしょうか…。中にはまだ、藤堂、千葉、日向、水無瀬、双葉という同行してきた者たちがいました。その者たちにも確認しましたから…」
そこまでの説明で今度はシュナイゼルが尋ねる。
「では、彼らはなぜ、その3人を止めなかったのか…聞いてもよろしいですか?」
シュナイゼルの言葉にカレンもはっとする。
藤堂と千葉がいるのだ。
彼らもそう、軽率な行動をとる事が出来ない筈だ…
「そうよ…あの3人が束になったって、藤堂さんと千葉さんに勝てるわけがないわ…」
カレンの言葉に役人の方はほぅっとため息を漏らした。
「どうやら…あの離宮の中で皆さん、別々の行動をとっていたようです…。そして、誰の目もないのを見計らって彼らは出て行ったようです。こちらの監視カメラにもその相談をしている姿が映っていました…」
「監視カメラがあるのに…あなた方はきちんとチェックをしていなかったと?まぁ、そんな事をここで議論していても始まらない。今のこの状況の中、この時間で街に出て行くのは危険だと思うのですが…。これまでのあの、謎の病気の発症などの時間などを照らし合わせてみても…」
役人の言葉に業を煮やしたようにシュナイゼルが口を開く。
シュナイゼルにとって、あの3人がどうなろうと興味はないが、少なくとも、自分たちの連れというカテゴリーとなっているのだ。
そんな連中が変に問題を起こされたら、『ゼロ』がナナリーをカレンに任せると云う形まで取って抜け出して、事件の鎮静化に紛争していると云うのに…その邪魔をする事になる。
否、『ゼロ』…そして、あの『踊り子』たちを窮地に立たせることにもなりかねない。
「確かに…この国に来てから、街の人々も外出するのに制限がかけられている事は彼らも承知の上の筈です…。そして、私たちも大体の見当をつけてきましたし、彼らにもお話ししてあります…。本当に…彼らの意思で出て行ったのですか…?」
ナナリーの一言で役人の目の色が変わった。
そして、カレンはナナリーの前に立ちはだかるように立ち、身構える。
「流石です…。この程度であれば、すぐに見抜かれてしまいますか…」
その言葉にシュナイゼルも目を細めて、相手の顔を睨む。
「彼らには、不安を煽らせて貰いました。その結果…今述べた3人に関しては本当に離宮を離れたようです…」
イヤな笑みを浮かべながらナナリーたちにその男は説明する。
「では、あなた方の目的は何かな?それに…他のメンバーたちは…?」
「私は詳しい事は知りません…。ただ…国王陛下のご命令で、あなた方が自分の意思で街に出て行くように仕向けるようにしているだけです…」
そこまで述べるとその男はにやりと笑った。
「それに…このままここにいても、あなた方は同じ運命をたどる事となりましょう…。この城下に住まう住民たちの暴動は始まっていますから…」
その不穏なセリフに、カレンたちはただ、驚いた表情を見せ、そして、そのあとに焦りの色も見せる。
「一体…何が目的なの…?」
「我々の目的はひとつです…。今の一方的な価値観の押しつけによってカンボジアはどれ程の苦汁をなめさせられているか…。この国で『ルルーシュ皇帝』が恨みを晴らしに来る…。もちろん、『フレイヤ』を開発したトロモ機関があり、先王がその期間に対して手厚い保護を行った事で、『ルルーシュ皇帝』が恨みを持つ事に信憑性は十分あります…」
その男の意図している…否、この事件の黒幕が意図している物が…少しずつ見えてくる。
そして、ナナリーはあの、兄が世界の目の前で殺された事により、兄の遺志がゆがんだ形で世界に浸透してしまったひずみがこんな形で表れていると…思い知る。
ルルーシュは決して、『独裁』そのものを否定するつもりであんな真似をしたわけではない。
一つの民族が、その民族の価値観で国を治め、そして、一人一人が意思を持ち、その中でも、決して武力を必要としない世界を…不条理に誰かが泣かなくてはならない世界を…そう望んでいた筈なのに…
「そして…私と『ゼロ』を…贄に…と考えたのですか…」
ナナリーはその男に向かって尋ねる。
「どう考えるかは、あなたのご意思にかかっています。しかし…このままではあの者たちは確実に市民の暴動に巻き込まれていく事になるでしょうね…」
静かな言葉…
ナナリーが彼らを見捨てられない事を承知で言っている言葉…
「では…私が参ります!あなた方の考え方でいえば、『ルルーシュ皇帝』が一番憎むべき相手は私と『ゼロ』です!さぁ…そこを通しなさい!」
「ナナリー!」
カレンが止めようとするが…そのナナリーの瞳は…愛する兄をこんな形で利用され、侮辱されたことへの怒りに満ちていた。
戸惑うカレンにシュナイゼルはポンとカレンの肩を叩き、黙って首を横に振る。
シュナイゼルに言われるまでもなく…ルルーシュとナナリーの絆が強い事は知っている。
ナナリーの為にルルーシュは世界を敵に回したのだ。
「解った…でも、ナナリー…私も行くわ…いいわね?」
カレンも意を決したようにナナリーに尋ねる。
「シュナイゼル異母兄さまは…万が一の時の為に…こちらに残ってください…。あの3人以外は王宮に残っているのでしたら…彼らは必ず動いてくれるでしょうから…。その時、彼らと合流してください…」
誰にも、何も言わせないナナリーの口調…
恐らく、カレンはナナリーの事を誤解していたような気がした。
ナナリーは常に…ルルーシュやスザクに守られていて…ある意味、守られるべき存在であると…。
しかし、今のナナリーの姿はブリタニアという大きな国を統治している…代表の顔だ。
そして…自分の兄への愛を未だに捨てられずにいる…一人の妹だ…。
「解った…。ナナリー…ちゃんと帰ってきなさい…」
「解っています…。私は…まだ、お兄様との約束を果たせていませんから…」
そこまで言うと、ナナリーはカレンに車いすを押してくれるようにサインを出し、カレンもその指示に従って車いすを押した。
ナナリーとカレンが街に出ていくと…案の定、大混乱となっていた。
白い装束で黒髪を持った長身の少年…
それだけで『ルルーシュ皇帝の亡霊』と考えてしまうには充分な状況だった。
「す…すごい状態ね…」
「カレンさん…あそこに小さな子供が…」
親とはぐれたらしい子供が泣きじゃくっているのが解った。
「ちょっと待ってて…」
カレンはそこからいったん離れて、その小さな子供を抱きかかえてきた。
相変わらず泣きじゃくっている子供の姿…
こうした騒乱は…こんな子供たちを生み出す…
ナナリーはそう思い、涙をこらえてカレンからその子供を受け取った。
「もう…大丈夫だからね…。今から、安全なところへ連れて行ってあげるから…」
こんなところに放置してしまっては、この子の命が危ない。
そのくらい市民たちの感情は高ぶっている状態だ。
そして…誰かが、このナナリーの姿を見て…気付いたのか…
「な…ナナリー=ヴィ=ブリタニア…?」
その一言で周囲の視線は一気にナナリーとカレンとその子供に集まった。
そして…
「『ルルーシュ皇帝の呪い』を鎮める為に…あんたを差し出せば…きっと…『ルルーシュ皇帝』の怒りも収まる…」
完全な集団催眠の状態だった。
ここのところの疫病騒ぎと、先王や先王に仕えていた者たちの暗殺…
国民の感情は不安の中、緊張はピークに達していた。
「ナナリー…逃げるわよ…」
そういって、カレンが方向転換しようとしたが…すぐに退路を断たれる。
「あんたには死んでもらう…」
そういって、一人の市民がナイフを構えて3人に近づいてくる。
「私が死ねば…平和になるのですか?」
ナナリーが毅然とそう尋ねた。
「私が死ねば…本当にこの疫病が収まり、『ルルーシュ皇帝の呪い』とやらの終焉を迎える事が出来るのですか!?」
ナナリーのその一言で、一旦は鎮まるのだが…それでも、そんな言葉の届かない者も多い。
「綺麗ごとばっかり言いやがって…。俺たちは『絶対君主制』の下、平和に暮らしてきたのに…でも、それを否定して、批難してきたのは、ブリタニアや日本などの大国だろうが!その為に…先王だって、現国王だって…」
カレンは身を乗り出してそれは違うと云おうとするが…ナナリーに制止される。
ナナリーは、それは、カンボジアの、王家を支持する者たちすべての素直な気持ちなのだろうと考えた。
確かに…ブリタニアでは『絶対君主制』は弱者に対してあまりに過酷な政策をとっていた。
しかし、こうして、きちんと国王を中心に栄えてきた国にとって、現在のこの国のシステムが一番国民にとって幸せだったのだろうと思う。
「私も…私の力不足により、国際会議で、皆様の国を否定するような発言を許してしまっている現状に…大変申し訳ないと思います…しかし…」
そこまでナナリーが叫んだ時…一人の若者が飛び出してきた。
「どうせ…自分がこの場で命が助かりたいから言っているだけのくせに!」
その若者の手にも…ナイフが光っていた…
カレンも一瞬判断が遅れ…ナナリーにその刃が突き刺さろうと…そんなときに…黒い影が立ちはだかった…
「ゼロ!」
その黒衣を真っ赤な血で染めている…。
それは…着衣の色は違うものの…『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』に貫かれた時の事を連想させるような…
そんな情景だった…
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