ルルーシュとアーニャがカンボジア王宮の東の離宮から脱走を図っている頃…南の離宮に軟禁状態にあったナナリーたちの耳にも、王宮内で何か騒ぎが起きている事が解るくらい、騒がしくなっていた。
ルルーシュとアーニャが逃げ出した…
そのことで、カンボジア王宮を守っている兵士たちが南の離宮にも探しに来るのは解らなくもないのだが…
それでも、ナナリーやシュナイゼル、そして、カレンにまで聴取の手が及ぶとなると…
3人は、口には出さないが、あの踊り子の正体に気づいている。
だが、表向きには彼らは『旅芸人』であるのだから、国王が招いた客人に聴取の手が伸びるというのもおかしな話だ。
恐らく、『黒の騎士団』だったメンバーの殆どがそう感じているだろう。
しかし、当の3人と藤堂だけは…踊り子の正体を知るだけに、冷静に物事を判断している。
そして、カンボジア王宮を守っている兵士たちが3人を迎えに来た時、他のメンバーをなだめたのは藤堂だった。
事情を知るからこそ、彼らには話せない。
しかし、ここで、彼らに冷静さを失った状態で動かれるとさらに彼らの身に危険が及ぶ事になるのだ。
カレンはこの時…いつもろくな事をしない玉城がした、数少ない役に立つ事だったと思った…。
藤堂を連れてきたのは…玉城だ。
元々こうした事に参加する事の少ない藤堂であったが、あの玉城の『来ないなら無理矢理引っ張って連れて行く…』という態度に藤堂が折れたらしい。
『ゼロ』は完全無視を決め込んでいたが、藤堂は、『ゼロ』ほど、相手が日本人であれば、その言葉を無視する事が出来ないタチらしい…。
しかし、そんな玉城の妙な強引さが、今になってこれほど役に立つとは…というのは、聴取を受ける為に連行されていったカレンの素直な気持ちだった。
そして…ここからが、本当にナナリーを守るための正念場となっていくだろうことが予想できる。
ルルーシュとアーニャが脱走し、現在、何も持たないまま城下へと逃げて行ったという。
となると…ルルーシュは変装もしていないという事だ。
白いシーツを被って出て行った…というのは、お喋りな見張り兵士の話だったが…それではかえって、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の事件に震えている市民たちの不安を煽るようなものだ。
暗殺劇が続いた時…白装束を身に纏った長身の少年らしき人物…そして、その隙間から見えた…綺麗な漆黒の髪…
そんな恰好で出ていけば…噂だけで大騒ぎする一般人に対してのインパクトは十分だろう。
この王宮の中で、この事件の諸々の経緯を知る者たちならともかく、国民に対しては、国外で聞く噂程度の情報しか流れていない。
つまり、聞き方によっては完全に、オカルトマニアの戯言としか聞こえない場合もあるのだ。
しかし、この国は…トロモ機関などという、最新の科学研究施設を持ちながら、国民の実態は、様々な占いを信じ、こんなに簡単に『亡霊』に踊らされているのだ。
3人が連れてこられたのは…王宮内にある…これまでの滞在期間の中で一度も訪れた事のない部屋だった。
流石に国賓なので、そう粗末な部屋ではないが…
なんだか寒々しい雰囲気が出ていた。
恐らくは…部屋そのものの印象というよりも、現在自分たちの置かれている立場が…そう思わせているのだろう。
しかし…ここでいくら抵抗したところで、ここは、カンボジアの王宮内…
しかも、丸腰の状態で連れてこられているのだ。
こんな場所でなければ…相手が正規の軍人でなければカレン一人でも何とか突破口を作れたかもしれないが…
それでも、『黒の騎士団』として、戦っていた頃から、ずいぶん時間が経っているし、あれからはアッシュフォード学園に戻り、普通の女子高生をして、普通のOLになっていたのだから…
『ゼロ』やアーニャのように、普段からこうした前線に立っていたわけではない。
でも…
―――ここでナナリーを守れるのは…私だけ…
生来持つ責任感と、そして…あの頃の『ゼロ』から任されたという、その自覚から…カレンはその拳に力を込める。
あの時に会った『ゼロ』の言葉も忘れてはいない。
自身を最優先すると…
それは…多分、彼も同じことを言う。
もう…二度と、自分の信じた相手を…愛した相手を裏切る訳にはいかないから…
だから…
「紅月カレン…」
ふと声をかけられる。
「なんでしょうか…シュナイゼル閣下…」
ここにいるのは、今は3人だけ…
男の声で声をかけられたとしたらシュナイゼルしかいない。
それに…シュナイゼルと直接話すのはこれが初めてだ。
「一応、顔だけは見知っているが…初めまして…と言っておこうかな…」
相変わらず何を考えているかよく解らない人間だと思う。
しかし、今のこの状態で、殺されるわけにいかないのは彼も同じだ。
現在、『ゼロ』を支える為にブリタニアの宰相としてその地位にいるのだ。
そして、ナナリーをここから無事、救い出さなくてはならない事も…この男なら解っているはず…
カレンは今ある、その知識と情報の中でそう分析する。
「こちらこそ…。ただ、今はそんな悠長に自己紹介している場合じゃないと思いますが…?」
シュナイゼルはカレンを見据えながら、ふっと笑った。
カレン自身、ここで怒っても何にもならないが…ここで、いらないもめごとは避けるべきだと、頭のどこかで指示している。
「否…確かに…。流石は、あの『ゼロ』…否、ルルーシュの親衛隊隊長を務めていただけの事はある…。これなら…ナナリーも少しは安心かな…」
シュナイゼルの物言いにカチンとくるのだが…
だが、相手はあのルルーシュをも翻弄していた男だ。
恐らく、『ギアス』がなければ、あの時…ルルーシュがシュナイゼルに勝っていたかは解らない。
ルルーシュの事をよく知り、そして、ルルーシュと互角に知能戦の出来る…恐らく世界唯一の男…
シュナイゼル自身、自分のなすべき事を考えているようだった。
「少し…危険な賭けでもあるのだがね…。聞いて貰えるかな?」
決して感情を表に出す事なく…そして、悟られる事のない…
そんな不気味さを持っているシュナイゼルに対して、カレンは素直に苦手意識を抱く。
ルルーシュも何を考えているか解らなかった。
結局、あれだけずっと傍にいながらも、ルルーシュの見ているところに気づく事が出来なかった。
とにかく…今は、この男を信じるしかない…
カレンの中でそう心が固まる。
「何を考えているのかしら?」
カレンはシュナイゼルの目をじっと見て、そう尋ね返す。
「ふっ…ルルーシュがあの時、君に対して『君は生きろ…』といった理由が解った気がするよ…。妬ましい限りだが…私としても、ここにいつまでも居続けるのは困るからね…。また、大人しく、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の為に生贄になるつもりもない…」
最初は何を話し始めたのかと思ったが…
それでも…シュナイゼル自身、この王宮の中で無駄に時間を過ごしていたわけではなかったようだ。
「どういう…事…?」
「あの踊り子がいったい誰なのか…君は気付いているのだろう?そして…その踊り子がこの王宮から脱出した…。となれば、私なら、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を使って現在の世界の価値観を作り上げているブリタニアの代表を葬る事を考えるがね…」
シュナイゼルの言葉にカレンもはっとした。
確かに…現在、カンボジアは絶対王制を布いている。
それは…ある意味世界から孤立した国家体制ともいえる。
詳しい事は知らないが…時々会って話す事のある、扇の妻であるヴィレッタに何度も効いた事があった。
『今は…これまで『絶対王政』布いてうまくいっていた国には辛いだろうな…。あの、ルルーシュの抹殺のお陰で…世界は独裁を許さない風潮にある。というより…『独裁』という言葉に対して過剰反応し過ぎだ…。要を見ていても…それを感じる…』
「つまり…ワザとルルーシュをこの王宮から外に出したという事?ちょうど…ブリタニアの代表と『ゼロ』…そして、『黒の騎士団』が集まったことで…」
「よかった…ちゃんと理解出来ているようだ…。それに…ルルーシュが破壊した筈のトロモ機関の施設が…何かの形で稼働している…。この王宮内…あの頃、現地で集めた技術者たちの出入りが激しい…。そして、あまりの面白いものを拾ってしまってね…。これはずさんだったのか…計算ずくだったのか…」
シュナイゼルはそう言いながら、アーニャの拾ったデータチップと同じものをその場にいる全員に見せた。
「これ…データチップ?全然見た事ない形だけど…」
「それは当然だ…。これはトロモ機関が極秘開発した、世界で使われているどのコンピュータでも読めないデータチップだ。ルルーシュはあの2ヶ月という短い時間で、読み取り用のキットを作ってしまったようだが…」
シュナイゼルの言葉にカレンもナナリーも何かに気づいて驚いた表情を見せる。
「ルルーシュがトロモ機関なんて危険な組織も、施設も…残しておく筈がない…」
「きっと…徹底的に破壊しつくした筈だった…でしょうね…。でも…あの時のお兄様には…ご自身の目でそれを確認するだけの時間がなかった…」
「そう…。つまりその隙を縫って、再びトロモ機関の施設を作り上げた者がいるという事だ…。恐らく、一番考えやすいのが、あの疫病をばら撒く為の研究所…というところか…」
証拠はないけれど、辻褄が合い過ぎて…
そして、わざわざ、姿を隠していたルルーシュ自身が出てきた理由…
否、出て来ざるを得なかった理由が解った気がした。
確かに…トロモ機関の施設が動いているともなれば…
『フレイヤ』開発を再稼働されても困るが…今回の疫病騒ぎはもっと厄介だ。
目に見えない大量殺人兵器だ…。
生物兵器…かつて聞いた事があったが…
ただ…カンボジアでこの兵器の研究をなされているのは…トロモ機関の跡地だ。
シュナイゼルが巧妙に作り上げた施設での研究は…人工衛星でも映し出す事は出来ないし、内部で使っている電波も特殊なものを利用しているから、外部に漏れるという事は考えにくい。
とすると…今回の大量殺人兵器を作っているのは…シュナイゼルが作り上げ、ルルーシュが排除し損ねた施設を利用されているという事になる。
ただ…ここで、思いつく事がある…。
「こんな、大それた兵器を作れる化学者って…どんな方なのでしょうか…」
ナナリーの一言にカレンもシュナイゼルも自分の頭の中に入っている科学者の名前を挙げてみるが…
知っている科学者は今どこにいるのか…彼らの中でははっきりしていた…。
一人を除いては…
「あ…。ううん…でも…あの人は…医療サイバネティクスの技術を利用して…紛争地域でケガ人や現地の慢性病にかかっている人たちの治療にあたっていた筈…」
「だが…最近では、彼女のデータは入ってこない。国際会議の保健機構では紛争地域に足を踏み込んでいる非戦闘員はすべて把握している…。それは…国際条約でも、国際規約で持決められている事だ…」
「じゃあ…まさか…」
彼らの会話の中でその開発者の名前が出てきた。
「『紅蓮』の開発者…」
「ラクシャータ=チャウラー…」
「でも…ここで、こんな事が解っても…」
カレンがそう呟くとシュナイゼルはその先を読んでいたかのように話を続ける。
「否…だからこそ…『ゼロ』が王宮を抜け出したのだろう…。それに…彼らも…」
「つまり…相手の方からみると…完全にお膳立てが整ったってことですね…」
「これで…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』が終息してしまうからね…。そして…カンボジアは世界を震撼させるだけの兵器を持つ事になる…」
「そんな…じゃあ…ルルーシュは何の為に…」
会話の中に…冷静さを繕っているシュナイゼルさえも口惜しさを隠しきれない口調だ。
どの道、ここにいても、外に飛び出しても、彼らは『生贄』として、彼らの作り上げた『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』への供物にされるのだ。
「どの道…同じだけの危険は伴う…。ここにいても…外に出ても…。ただ…今、ルルーシュも『ゼロ』もこの王宮ではなく、外にいる…。それを考えれば…このまま大人しくしていた方が得策だと私は思うが…」
「そうすれば…ルルーシュか『ゼロ』がその私たちが外に放り出される時間を計算できるってこと?」
「『ゼロ』も…トロモ機関に気づいたから…もしくは踊り子のルルーシュに教えられたから王宮を後にしたのだろう?だとしたら…彼らがそのことを察知することは可能な話だ。確率の問題でもあるがね…」
「解りました…シュナイゼル異母兄さま…あなたの判断に私と…そして日本からいらしているお友達の命を預けます…。ですから…必ず…私たちを守ってください…」
ナナリーがブリタニア代表の顔となり、ブリタニアの宰相に対して命じる。
「承知いたしました…代表…」
カレンはこの二人の姿を見て驚愕する。
ブリタニアは…あの、戦争のあと…こうして、中枢部の形を作っていた。
しかし…日本はどうだろうか…
相変わらず、自分の考えのみに固執する扇…
疑心暗鬼を捨て去ることが出来ず、『黒の騎士団』では扇自身で何かが出来た為しがない事も手伝ってか…何かを為そうと、一人で突っ走り、失敗を繰り返している。
国は荒れているし、国際情勢に対してもあまりに無頓着…。
カレンは、この異母兄妹の姿を…羨ましいと感じている。
この、異母兄妹にあの『ゼロ』…そして、姿を現す事が出来なくとも、ルルーシュが付いているのだ…。
だから…いけないと思いつつも…心の中で願ってしまう…
―――ルルーシュ…『ゼロ』…お願い…。日本へ…日本へ帰ってきて…
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