よくは解らないが…
先ほどのルルーシュの身体に起きた謎の現象で…ルルーシュは救われた事になる。
―――C.C.が時々…身体からあんな光を出していたが…あれが…?
ルルーシュはアーニャと共に王宮を脱出するべく、走っているときにそう考えるが…
しかし、C.C.の場合、マオに発砲され、体がボロボロの状態になっても、決してそんなことは起きていなかった。
C.C.がその身体から紅い光を発したのは…人の心に直接触れた時だけだ。
その事は、ルルーシュ自身も自分自身で確認している。
だから…ルルーシュの見た事のない…『コード』の現象とでもいうのだろうか…。
そういえば、カンボジアの王宮に来てから、何度も話しかけて来る…謎の声…
スザクもあの声を聞いているのか…尋ねてみたいと考えるが、それでも、カンボジアに来てから、直接スザクと接した事がない。
というよりも、この1年ほど、スザクは『ゼロ』として、世界を飛び回っており、直接会う事さえしていなかった。
この王宮での、あの晩餐の時…本当に久しぶりに(『ゼロ』の仮面を被っている状態ではあったが)直接スザクの姿を見たのだ。
仮面を被っていたが…スザクが顔を引き攣らせているのが何となく解った。
『ゼロ・レクイエム』の後…スザクはルルーシュに対して独占欲を丸出しにしている気がするのは、恐らく、ルルーシュの気の所為ではない筈だ。
それでも、あれは、あくまで、目的の遂行の為であり、スザクがいちいち気にする程の事でもない…ルルーシュはそんな風に考えていた。
しかし、今回の離宮での失態は…
完全にルルーシュのミスだと悟る。
ルルーシュは『ゼロ』で会った頃から、常に、あらゆる可能性を考えていた。
しかし、その中にはこのような事態を想定はしていなかった。
というか、ルルーシュには想定できなかった。
改めて、ルルーシュは自分の『頭脳』という、コンピュータにその事をインプットした。
―――しかし…考えたくない可能性だな…
そんな事を考えつつ、我が身に降りかかった災難でありながら、どこか、第三者的にその事実を見つめている自分に気づく。
尤も、ここで、感情に走っていては、指揮を執るなど出来る筈もないのだが…
常に、冷静な目で物事を判断し、冷静な分析をすること…
それが…指揮を執るものとして最低限必要な要素だ。
―――そういえば…シュナイゼル異母兄上も…決して取り乱すことはなかったな…。俺が先回りして、逃げ道を塞いだ時でさえ…
ルルーシュも…生きている年数だけを数えれば、あの時のシュナイゼルと似たような時間を生きている事になるのだが…
そう思うと…やはり、ルルーシュがシュナイゼルには勝てないのかもしれない…などと考えてしまう。
あの時は…『ギアス』があったからこそ…シュナイゼルを抑える事が出来たのだから…
流石にあの騒ぎでは王宮内も騒がしくなってきた。
やがて、スールヤヴァルマンの命を受けた兵士たちが、ルルーシュとアーニャの行方を探し始めたのだ。
「ルルーシュ…」
「暫くは…ここを動く事は出来ないかも知れないな…」
王宮内にある、小さな森の中で二人が息を潜めている。
本来、この王宮内の移動は車であることが多い。
それほどまでに広いのだ。
だからこそ、逃げ出すのは一苦労で…
まして、このような形で追われる身となっては、最初から出口を把握しているものでなければとてもではないが、逃げ出すことなど不可能だろう。
「すまなかった…こんな形で脱出する事になるとは…」
「そんなことより…さっきのあれは…?」
アーニャの言っているのは…先ほどのルルーシュの身体から発せられた光の事だろう。
『コード』に関係するものであるとは思うのだが…それ以上の事は一切思い当たる事がないし、実際に、こんな形でのあの光の発動は…初めてだ。
そもそも、あんな形で自分の身を守る為のバリアになるなどとは思いもしなかった。
「解らない…C.C.が身体から何かの光を発していたところを何度も見た事はあるが…ああいう形で『コード』を持つ者を守るという形での発動はなかったんだ…」
「じゃあ…『コード』とは無関係?」
「それはないだろう…。そもそも普通の人間は自分の身体から光を発する事はないさ…。ホタルじゃあるまいし…」
アーニャも、幼い頃にルルーシュの母であるマリアンヌから『ギアス』をかけられ、C.C.との接触で不思議な体験もした。
そして、ルルーシュやジェレミアの存在で…ある意味、そういった超常現象に関してはあまり驚かなくなっている。
普通なら、気味悪がるか、ポルターガイストなどの超常現象に興味の持つ者であれば、この上なく感激し、ルルーシュが質問攻めにあうか…だろう。
「とにかく…まずは脱出しなければならない…。恐らく、俺たちがこの王宮から完全に逃げ出した…ということが確認されれば、どんな形でかは解らないが…ナナリーたちはこの王宮の外に出て来る…」
「え?どうして…?」
「『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』に…怒りを鎮めて貰う為に…だよ…」
「え?じゃあ…」
「俺がそこまで解っているんだ…そんなことはさせない…。そして、恐らく、あの疫病に関して関連のあるトロモ機関の跡地にはスザクを向かわせている…。時期に情報を得て戻ってくるだろう…」
「ルルーシュ…今回の事件の事…」
「大まかな部分しか解っていないが…それでも…ある程度の把握は出来てきた…。後は、出来るだけナナリーたちを危険な目に遭わせないように、犯人たちを炙り出すだけだ…」
やや、日が落ち始めて、辺りが暗くなりかけている中…ルルーシュの瞳の色が怒りの色に代えている事をアーニャは気付いている。
ナナリーを人質に…というのは…確かにルルーシュの事を知る者であれば、ナナリーがルルーシュの弱点である事は解っている。
しかし、ルルーシュの本質を知っている者であれば、このような手段を使ったりはしない。
尤も、今回の事件の黒幕とて、ナナリーを人質にルルーシュを脅しても意味はない事くらいは解っていただろう。
あれから…表向きはどうであれ、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の生涯を追っているジャーナリストや小説家、研究家などが表れているのだ。
彼らは、客観的に『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』という人物像を追っていた。
世界に及ぼした影響とか、政治的な意味に関しては触れていない。
本音でどう考えていても、現在、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』という人物を好評価する事は、研究していくうえでも、調査していくうえでも、自分の生命線を断つことになる。
それが…今の世界の姿勢だ。
国際社会の中で『黒の騎士団』を数多く輩出していた日本が…その発言権を強くした。
中の事情はどうあれ、『黒の騎士団』の副指令を首相とした日本は…扇自身にどれだけの自覚があったかは解らないが、彼の言葉の影響力は大きかった。
扇自身、非常に感情で物を喋りやすいタチであった事も災いして…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と『枢木スザク』がすべての悪の元凶という意味の言葉を連発した。
それ故に、世界はその言葉に傾いた。
ところが、やはり人間であれば、自分の中で考えるという事をする者がいる。
そういった者たちが、自分たちの首を締めないように、それこそ観察日記を書くような形で、彼らが調べた『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』についての著書を執筆し、販売した。
いい意味でも、悪い意味でも、その名前については、世界中が興味を持ち、様々な形でその人物を知ることとなった。
そして…度の著書にも書かれている評価が…
『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアは、妹であるナナリー=ヴィ=ブリタニアをこよなく愛し、彼女の為にならなんでもした…』
というものだ。
その、『なんでもした』という言葉を重く受け止める者であれば…いらない怒りを買うことにもなりかねない、ナナリーを盾にしてルルーシュを脅すなど…出来る筈がないのだ。
それをしたら…自身の首も締める事になる…諸刃の剣なのだから…
だから…アーニャは思う…。
あの時…スールヤヴァルマンがナナリーの名前を出したのは…今回の事件への布石ではない…。
ただ…あの言葉が布石ではなくとも…このままではナナリーも、彼女の周りについている者たちも…全員…
―――『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を排除する為に…確実に殺される…。『ルルーシュ皇帝』への鎮魂の為の贄として…
そして…王宮内の騒ぎの隙を見て…二人は王宮の外へと走り出した。
ルルーシュは、あの離宮から持ち出した、シーツを被りながら…
これが…ある意味、街の混乱を生みだすことになった。
そう、故チェイバルマン国王が殺された時も…白い装束を身に纏った、黒髪の長身の少年が目撃されていた。
そして…トロモ機関に関わった者たちが暗殺された時も…
ルルーシュもアーニャも極力目立たない場所を選んで走っていたが…
それでも、ここは、カンボジアの首都であるプノンペンだ。
目撃者が皆無で済む筈がなかった。
王宮からどれほど離れたところだっただろうか…
出来るだけ、人のいない…裏通りを選んできた筈なのだが…
現在、外出規制が敷かれているプノンペンでは裏通りの方が逆に目立ってしまったのかもしれない。
裏通りに面した住宅から…彼らの姿を目撃していたのだ。
「あ…あれは…」
「る…ルルーシュ皇帝の…」
誰かがそんなことを叫んだ。
ルルーシュもアーニャもはっとした。
確かに…今のこの状況…まして、白いシーツを被ったままで、時折見せる黒髪…
確かに…カンボジアでの国王や高官の暗殺劇に出てきたという白い姿の少年を連想させてもおかしくはない。
ただ…
―――まだ…宵の口だというのに…
ルルーシュはそんな事を考える。
「ルルーシュ…とにかく、このまま走る…。走れる?」
アーニャはルルーシュの事をよく理解している。
元々、体力のある方ではない。
そういった身体能力に関しては、『コード』を継承しても変わらないらしい。
それに、普段、ルルーシュはこんな形で走り回るような生活を送ってはいないのだ。
「だ…大丈夫だ…」
相当意気の上がった状態でルルーシュはアーニャに答える。
アーニャもルルーシュの限界はそれほど遠くないと考えて、ひとまず、ライの家に行く事を諦める。
そして、アーニャは走りながらルルーシュに声をかける。
「ルルーシュ…トロモ機関の施設…行く…」
アーニャの言葉にルルーシュが息を切らせながらもアーニャの表情を窺う。
「たぶん…ここからなら…そっちの方が速い…。ここから、近道…ある…。道は悪いけど…トラップとかの心配もない…」
アーニャはカンボジアにいた時に…こっそりと調べていた周辺の秘密通路の事を思い出したらしい。
「しかし…トロモ機関の関連施設は…」
ルルーシュがあの時にすべて破壊させた筈だった。
それでも、人材が残っており、地下に造られていた施設を破壊しても、穴だけは残った。
それを利用されて、現在に至っている。
「大丈夫…ここは…シュナイゼル殿下の…非常時の避難通路だったから…」
アーニャの言葉に何となく納得できた。
確かに、シュナイゼルがトップとしてやってきていた。
いくら自分の命にさえ執着を持たなかったとはいえ、自身のやるべき使命がある中、やすやすと的に命をくれてやるほど呆けていたとは思えない。
だから、スザクを使って、シャルル皇帝の暗殺を謀ったり、機が熟すのをじっと待ち続けていたのだろう。
「なるほど…」
ルルーシュはふっと呟いた。
「ただ…そこは王宮の地下とも繋がってる…。そこで見つからないといいんだけど…」
「大丈夫だ…スールヤヴァルマンは今回の疫病には絡んでいない。事情は知っていたかもしれないが…彼の主導ではない…。くるとするなら…国王の方だな…」
ルルーシュはこれまでの限られた資料の中から導き出した今回の事件の答えを少しずつその口で語る。
「アーニャ…とにかく、今は、俺たちが捕まる訳にはいかない…。恐らく、スザクも今頃は、疫病に関する情報を得ている筈だ…。もし、スザクに直接会えるとありがたいとも思うんだがな…」
「スザク…トロモ機関へ行く為に…ナナリーさまを置いて…?」
「ああ…俺が頼んだ…。ナナリーの傍にはカレンがいる…。恐らく…。国王が王宮に『黒の騎士団』のメンバーだったというだけで招いているんだ。…。恐らく、一緒にいる…。だから、ナナリーの事は…カレンが…」
「じゃあ、私間違ってなかった…。カレンに、ナナリーさまの事…頼んだ…」
アーニャの言葉にルルーシュは驚くが…
それでも、今回ほどアーニャの存在を心強く思えた事はなかったかもしれない。
いくら、年若いとは言っても…『ギアス』に操られていたといっても、父、シャルル=ジ=ブリタニアのナイトオブシックスだった程の…今ではすっかり女性になっている…。
喋り方そのものは…あの頃と変わらないが…
「ありがとう…アーニャ…」
ルルーシュはアーニャの案内でトロモ機関の地下へと繋がっているという隠し地下通路へと入った。
「お礼は…帰ったら、激辛料理…作って…」
アーニャの言葉に…ルルーシュは少し和んだのか…クスッと笑った。
やっと、その場にへたり込む事の出来たルルーシュはアーニャの閉めた扉にもたれかかって、肩で息をしている。
「ルルーシュ…少し…体力つけた方がいい…」
ルルーシュの息を切らせた状況にアーニャが少し呆れたように言う。
「お前ら…軍人と…一緒になんて…出来るか…。大体…俺が…あそこから出たのは…何年振りだと思ってる…」
ルルーシュはその姿を隠す為に滅多に外に出る事はなかった。
まだ…ルルーシュの存在を知る人が多すぎるから…
自分の存在が混乱を招く訳にはいかないのだ。
「でも…少し…体力つけないと…これから…こうした事増える…。その時…困る…」
アーニャの尤もな言葉に…ルルーシュは息を切らせながら、ふっと自嘲を零すのだった…
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