束の間に過ぎる夢…22


 『ゼロ』として…トロモ機関の施設跡に来ていた。
正直、ルルーシュが破壊させたはずのこの施設が、こんな形で残っているとは思ってもみなかった。
しかし、あの、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の事件が、人為的に作られたものであると気付いた時点で、なぜカンボジアでそのような事が出来たのかを考えるべきだった。
恐らく、ルルーシュは、そういった事も見通してきていたのだろうが…
―――やはり…僕だけでは…無理だったな…
『ゼロ』の仮面を被りながら小さく自嘲した。
『なるほど…では…まだ、研究段階…ということか…。もう一つ聞きたい…お前たちをここに連れてきたのは…誰だ?』
「それは……トリブバーナディティ国王にいつもよりそっている奴がいるだろう?いつも白い服を着て…」
確か…トリブバーナディティ国王の一番の側近であり、どういう経緯があったかは知らないが…彼が幼いころからつき従い、守ってきているという。
『では、何を目的であるか…知っているのか?』
「そんなこと…そいつが喋る訳ないだろう…。ただ…解っているのは…完全なシステムが出来れば…俺たちは殺される…。口封じの為に…」
あまりに単純で、簡素な答えだ。
恐らく、スザクだったからこれを素直に受け止められたのかもしれない。
ルルーシュであれば、その頭の良さが災いして、いらない部分に気をかけて、逆に墓穴を掘ることになっていたかもしれない。
『なるほど…で、ラクシャータは…?』
「この奥の…第一研究室…。そいつの話では、『フレイヤ』の開発・製造に用いられたとかいう…。ただ、トロモ機関の施設の殆どは、ルルーシュ皇帝に破壊しつくされたからな…。正確には、『フレイヤ』を作る為の部屋をそのままコピーして作ったっていう話だ…」
『『フレイヤ』?なぜ…そこに『フレイヤ』が出てくる?』
「なんだ…『ゼロ』らしくもない…。今回、市民が実験台になって、その効果を試していたあのナノマシンシステムは…最終的には大量破壊兵器として使われる。最終ステージは相手の思考を読み、その思考の持ち主を殺す…というところだが…現在のプロット用のナノマシンシステムも…無差別に殺す分には何の支障もないだろう?」
言われてみると確かにその通りだ。
そう考えた時…カンボジアの考えている事とは…
否、今回はトリブバーナディティ国王か…。
王宮の中でも二分してしまっているというこの問題は…
恐らく…すべてのコマがそろっているのだ。
どちらの派閥にとっても…
そして…これから、どちらになるかを決める戦いとなるだろう。
恐らく…ナナリーや、『黒の騎士団』だった者たち…そして『ゼロ』を彼らが作り出した、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の怒りを鎮めるために…贄としてささげるのだろう…

 そこまで解ってくると…もう一つの派閥…『立憲君主制』を唱える者たちもそこまで来れば黙ってはいまい…。
ナノマシンシステムさえなければ、こんなものは『ゼロ』であれ、ルルーシュであれ、介入する必要がなかった。
カンボジアでは、『ルルーシュ皇帝』の名前が飛び交い、その呪いとして、今回の事件が起きているのだ。
『悪逆皇帝』の名前さえ出せば責任追及を逃れられる世界になってしまったためのひずみとでもいうべきか…
誰もがすべての『負』を『ルルーシュ皇帝』に押し付けることで、自身の責任の在処を…事件の真相の真ん中にあるものを見る事をやめてしまっている。
これは…ルルーシュとスザクの罪…であろう。
人間とは…自分の犯した罪を認めることを非常に増えてとする生きものだ。
それを…今現在、ルルーシュがすべてを背負うという形となっている。
あの、ルルーシュが皇帝であった次期の出来事はもちろん、ルルーシュが皇帝になる前から、ルルーシュが世界から名前を消した後の事まで…本当に無理矢理のように関連付けて、自分のミスを認めようとしない。
保身に走り、己が持つすべての『負』を…『ゼロ』によって討たれた『ルルーシュ皇帝』に押し付けている。
だからこそ…民衆の不満は高まる。
政治の不作為をあの時の誕生してしまった『悪の象徴』に押し付けるという行為は…民衆たちの不安をあおる事になる。
それは…己のミスを誰かの所為にして、自身の責任追及を逃れるという行為だ。
いずれ、『悪逆皇帝ルルーシュ』の名前が、少しずつ人々の心から薄れていく…。
しかし、為政者たちはその『悪の象徴』が消えた後、覚えてしまった、他人に責任を押し付けるという行為が、誰に向けられるのか…
その時、一番手っ取り早い相手は、自分の手のうちで生死を決められる人々…
国でいえば、国民たち…
為政者とは、その国で相当な権力を持ち、その権力が大きくなれば、自分が犯した犯罪さえ、不問にする事が出来る。
そうなった時、現在のように、政治のトップが自分の責任を認める事も出来ないようでは、国民も誰を信じていいのか解らない。
自国のトップにその身を預けられないとなった時…その国の崩壊が始まっていく。
ルルーシュ達はそれをよく知っていたはずなのに…
否、彼らはその事をよく知っていても、あの混沌の世界の中で、まず、世界を一つにしようと考えれば、一人の悪の象徴を作り上げ、そして、正義の味方に討たれる…
誰もが解りやすく、そして受け入れやすい、ちゃちな茶番劇になるとは解っていたが…
それでも、あのときはそこまでやらなくてはならないほど世界は混沌としていたのだ。
そして今は…彼らをただ、『悪』としか見ていないものが世界の代表の大部分を占めている。
それゆえに起きた悲劇なのかもしれない…

 彼らの話を聞き、とにかく、彼らを安全な場所へ避難させる事を考える。
『ラクシャータもつれて…まずは安全なところへ移動する…』
スザクが彼らにそう言い放つ。
しかし、彼らだって、ずっとここにいて、そんな事が出来るのであれば特区にやっているといった面持ちで『ゼロ』を見ている。
それに気がついたスザクがさらに言葉を続ける。
『ここを出たら、私の協力者に君たちの身柄を預ける。そして、この騒ぎの収集をつけたら、まず、君たちの母国のインドへ向かってくれ…』
スザクは外にいるであろうライに彼らを託す事にした。
これまで、ジェレミアの命令でずっとこのカンボジアにい続け、細かい異変なども見続けてきたのだ。
彼がスザクをどう思っているかは知らないが、彼のルルーシュへの忠誠は本物だ。
だからこそ…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の大本を彼に託す。
「でも…ラクシャータさんの部屋…いろいろ仕掛けたしてあって…。俺たちでさえも、そいつの指示がなければ入れないんだ…」
『トラップ…か…。目的は彼女を救い出すこと…。君たちはここで待っていてくれ…』
そういうと、『ゼロ』は彼らが示した奥の部屋へと向かった。
そこまでは何のトラップもない。
そして…指示されたその部屋をあける…
中には…その姿を見て驚いている彼女の姿がある。
「ゼ…ゼロ…」
目を見開いて、驚きを隠せない状態のようだ。
確かに、ずっと、ブリタニアでナナリーの護衛についていた『黒の騎士団』のリーダー…
『説明はあとだ…私についてこい…。君たちを…安全な場所へ移す…』
「無理よ…私はここから出られない…」
『あの三人なら、私が確保した…。君はもう気に病む事はない…』
「でも…私は…」
『あなたの事だ…アンチマシンも用意していたのだろう?』
『ゼロ』のその言葉にラクシャータも安堵の色を見せる。
「さすがだねぇ…。あいつらの目を盗んで作るの…大変だったけど…」
『なら…それに必要なものを持ち、まずは脱出する。完成してしまったら…今度はあのときよりもさらに悲惨な戦場が我々に待っている…』
「そうね…解ったわ…ゼロ…」
ラクシャータはそう一言おいて…『ゼロ』の手を取った。
そして、施設の外で待っていたライに彼らを預ける事に成功する。
『ライ…彼らを頼む…。恐らく近いうちに、また、彼女の作ったナノマシンシステムを使われる。その時、彼女の力が必要になる…』
「承知いたしました…『ゼロ』…」

 王宮の中にある…ある離宮では…
不老不死となった少年の悲痛な…かみ殺すようなうめき声が聞こえる。
―――死んだ方がマシだ…
そう考えるも、彼は死ぬ事が出来ない。
情半紙をはだけさせられた状態で…その、軍人のごつごつとした手が這いまわっている。
そのたびに全身が粟立ち、得も言われぬ感覚に襲われる。
スザクとは違う…
軍人の手ではあっても…スザクのその手は…こんな気持ちにはならない…
死んだ方がマシだなんて…
ぐっと唇を噛み、ギュッと目をつむっている。
その目じりからは…抑えようにも抑えられない涙が時折流れている。
「っく…っ…」 声を出すまいと唇を噛んでいるものの…それでも、その感覚は、自分の気持ちとは反して、身体に反応している。
「流石に美しい…。崇高なる…気高い…王の姿ともいうべきか…」
ルルーシュに触れるたびに陶酔しているスールヤヴァルマンの言葉が…ルルーシュの心に不快な感覚として流れ込んでくる。
―――イヤだ…イヤだ…イヤだ…イヤだ…イヤだ…
頭の中でそんな言葉しか出てこない。
今…スザクはここにはいない…
誰もルルーシュを助ける事は出来ないのだ。
そして…スザクは今、ルルーシュの指示に従って、トロモ機関の施設へと足を運んでいるはず…
いくら、ルルーシュのピンチであるとはいえ…その事をほったらかしにして助けに来たりしたら…ルルーシュはスザクを強く叱責するだろう…。
今は…個人の安全よりも、世界の為に動くことが優先だと…
それに…ルルーシュは何をされたとて、何をしたとて、死ぬことはないのだ。
そう…『コード』を継承し…不老不死の呪いを、自ら受け入れたのだ。
『世界』を…『優しい世界』『明日のある世界』にするために…
あの時点で自分たちの策ではまだ、足りないものがたくさんあると解っていた。
だから…より過酷な道を選んだのだ。
それを知ったスザクは…ルルーシュの思いを知って…自らC.C.との契約者となった。
そして、ルルーシュとは違い、その契約が成立した。
スザクとC.C.の契約が完全に成立したのは…『ゼロ・レクイエム』の2年後の事だった。
以来、その身は離れていても…心は同じであると…感じる事が出来るようになった。
だからこそ…今、ルルーシュは自分でも思う。
どれだけ屈辱的でも、どれだけ苦痛でも…今、スザクに助けを乞うてはならないと…

 その思いがルルーシュの頭を支配した時…
ルルーシュの身体が…紅く輝きだした。
それは…ルルーシュが『ギアス』を使う事が出来た頃…その眼から発せられる色によく似ていた…。
そして、ルルーシュの首の部分に刻まれている…『ギアス』の紋章が浮かび上がる。
ルルーシュにのしかかっていたスールヤヴァルマンが驚いて、ルルーシュの身体から身を放した。
否、そのままの体勢でいられなかったという方が正しいか…
その不思議な光とともに…ルルーシュ自身が不可侵のオーラに包まれた。
ルルーシュ自身、何が起きたのか解らない…。
ただ…自由に動けるようになったその体をゆっくりと起こす。
そして…離宮の窓ガラスが割れる音がする…。
「アラン!」
ルルーシュの護衛役として…ずっと、王宮内を探し回っていたアーニャだった。
この光に気づいて、この離宮に来たらしい。
「アーニャ…」
突然入ってきたアーニャに驚き、そして、現在の理解不能な自分の状態をどうするべきか…ルルーシュが考える。
そして、そんな事を考えている間に、アーニャがベッドに敷かれていたシーツをひっぺがえして、ルルーシュの身体にふわっと投げかける。
「アラン…そのカッコじゃ外…出られない…。だから、それを巻いて…逃げる…」
「待て!ここであなたがここを逃げ出したら…」
「ナナリーは殺させない…それに…俺を脅す為だけにナナリーを殺すのはあまりに物理的ではない…。ナナリーは必ず助け出す…」
完全に形勢逆転となり、スールヤヴァルマンも状況の把握が出来ているようには見えない。
ただ…解るのは…『コード』を持つルルーシュの身体から…紅い光が発せられ…そして…ルルーシュの半径1mはだれも踏み込む事の出来ない不可侵の絶対領域となったという事…
「スールヤヴァルマン…現在のカンボジアの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』…これがあなた方の茶番劇でなく…本物にしたくないのであれば…もっとやり方を考える事だ…。あなたの考える憂い、理想は理解しよう…。だが…このやり方は絶対に許さない…」
その一言を告げ終えると、アーニャの手引きにより、この離宮を離れる。
―――ナナリー…待っていろ…必ず助けるから…

 そして…ルルーシュとアーニャを見送る形となったスールヤヴァルマンの背後に人の影…
「殿下…殿下らしくない失態ですね…。まぁ…どの道、これで、下準備は整ったと言えるのでは?」
「確かに…準備は整ったな…。後は…あの国王がどう動くか…そして、民衆がどう動くか…だ…」
「相変わらず猿芝居がうまい…。しかも、あの子供は『ナーガ』の持ち主と聞く…。これから厄介な事になるのでは?」
「その時はまた…貴様にも動いてもらう…」
「承知いたしております…。殿下…。私も…あなたと同じ志を持つ者…ですから…」
「兄上の側近だったそなたが…それを言うのか?ワット…」
「側近だったからこそ…知る事もあるのです…殿下…。私は…これ以上民衆を甘やかしてはいけないと考えます。そして…国家元首たる存在たちも…」
「それは同感だ…これで…少しは変わるとよいのだがな…」


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