束の間に過ぎる夢…21


 カンボジアの王宮内の離宮へと連れて行かれたナナリーたち…
広さは十分だし、生活する上での不便は特にない…
ただ…この離宮と庭から出ていくことは禁じられて、離宮を囲む壁の外にはカンボジアの兵士たちが見張り役として立っている。
「これは…一体どういう事なのでしょうか…」
ナナリー、シュナイゼル、そして、元『黒の騎士団』のメンバーたち…
カレンがナナリーの護衛を申し出たと同時に彼らはここに軟禁状態になった。
正確には…『ゼロ』がこの王宮を離れてから…というべきか…
恐らく、『ゼロ』は何かを伝えられたのだろうと、ナナリー、シュナイゼル、カレン、藤堂は考える。
あの踊り子の正体が誰であるのかを見抜いているが、そうでない者たちは様々な不安を抱える。
まして、玉城、杉山、南などは、あのブリタニア軍との最後の戦いの中で、『ゼロ』に対する恨みは人一倍強かったように見えたから…
千葉や日向たちにはいっても構わないかも知れないが…それでも、話が『ギアス』や『コード』の話にまで及んでしまうと、かえって、こじれる事になりかねない。
それに、『コード』の事に関しては、恐らく、正確に情報を得ている者はこの中にはいない。
ただ、この世界にルルーシュが生きている…その事だけははっきりと自分の中で自覚しているだけなのだから…
ともなると、この状況の中、彼らがどういった立場であるのか、正確に説明することは困難である事は火を見るより明らかだ。
そして、その先に用意されている彼らの舞台は…
恐らく、『ゼロ』はそれを阻止しに王宮から抜け出した。
あの踊り子の姿をしたルルーシュがあの時身に着けていたベールを『ゼロ』へと投げた。 あれが…恐らく、『ゼロ』へのメッセージだ。
恐らく、ルルーシュはナナリーたちが初めてあの舞を見たときからずっと、この王宮のどこかにいたのだろうと思う。
そして、ルルーシュと共にいたアーニャの存在…
きっと、彼らはこの騒ぎを聞きつけて、この騒ぎが世界に広まってしまう前に何とか止めようとしてカンボジアまで来たのだと…考える。
ただ、こうして考えられるのは、この中では、ナナリー、シュナイゼル、カレン、藤堂の4人だけだろう。
事情を知っていても、玉城たちは感情を優先するから理解する前に怒りをあらわにするだろう。
他の女性たちは、あまりに現実離れし過ぎている話なので、説明する方が難しい。
千葉はともかく、双葉、日向、水無瀬は『ギアス』の事を知らないのだ。
そこから説明したところで…理解しろ、納得しろという方が酷な話だ。
尤も、シュナイゼルのその言葉と、女に籠絡された扇の言葉で…カレン以外の『黒の騎士団』幹部たちは…その話を全て信じ切ってしまった訳だが…

 そんな事情はともかく、ここに、ナナリーやシュナイゼルだけでなく、元『黒の騎士団』だったメンバーたちが集められた事が気にかかる。
ブリタニアに対しての交渉であれば、ナナリーとシュナイゼルだけで十分だ。
それに、カンボジアがブリタニアにいったい何を要求するというのか…
今は、確かに『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎのお陰で治安も不安定になり、国民の生活にも支障を来たしてはいるが、故チェイバルマン国王がトロモ機関に尽力したお陰で、『フレイヤ』や『ダモクレス』開発に付随してくる様々な技術をカンボジアは手に入れている。
シュナイゼルも兵器としての技術は自分以外のものに持たせる事をよしとしなかったが、大量破壊兵器だからといって、全てが人間を殺す為の…国を破壊する為の技術ではない。
『ダモクレス』はあれだけの大きさで、中で人が生活出来る程の施設を整えた状態で衛星軌道にまで上がれる技術だ。
そこには、その生活空間を維持する為の技術やあれだけの質量を大気圏突破させられるだけの推進力を持たせる技術など…戦争に関係のない部分においての技術がたくさん詰め込まれているのだ。
そういった、直接武器になる心配のない技術に関してはカンボジアに残して行っている。
だから、シュナイゼルがカンボジアに来る前とは比べ物にならないほど技術レベルが上がっているのだ。
その事も関係しているのかも知れない。
国民たちがトロモ機関に対して巨額の援助を出した故チェイバルマン国王への熱い支持は…
それに…彼らの中に『フレイヤ』による犠牲者が一人もいなかった事が…トロモ機関という存在をしていた事の重大さを薄めているのかもしれない。
世界中を震撼させた武器だった。
あの戦いの中で、『超合衆国』の中にだって、『フレイヤ』の軌道を守る『黒の騎士団』に対して反感を抱いていた者たちもいただろう。
確かにあの時、ブリタニア軍は敵ではあったが…ちょっと違った目線で見た場合、ブリタニア軍は身を呈してあの大量破壊兵器をその身に受けていた…とも見えるのだ。
現在の世界で…その事実を口にする事はタブーとされているが…
そういった事実を考えていくと…カレンは心が痛む。
あの時…フレイヤの軌道を作る為に…ブリタニア軍を薙ぎ払っていたのだから…。
そして、自分が納得出来ないという、個人的感情…否、スザクとC.C.はルルーシュの傍にいる事を許されたのに…カレンに対しては『初めまして…』という…そんな言葉だった事が悔しくて…
だから今…アーニャを通じて、そして、『ゼロ』から…紅月カレンに対して託されたナナリーを守ろうと思う…
「ナナリー…私が必ずあなたを守るから…。『ゼロ』の為に…ルルーシュの為に…」
カレンはナナリーに近づいて小声でそっと、そう告げる。
ナナリーは驚いた表情を見せるが、ふわりと笑った。
「ありがとうございます…カレンさん…」

 そして…ルルーシュが幽閉されている東の離宮…
「失礼する…」
そう言って入ってきたのは…先王弟であるスールヤヴァルマンだった…。
「私に…何か…」
既に正体が見破られてしまっている以上、繕う必要もない。
ルルーシュは『ゼロ』としてのか、『皇帝』としてなのか解らないが、相手に警戒している時の口調で答えた。
「否…『ゼロ』が王宮を抜け出しましてね…。少々騒ぎになっていたんですよ…陛下…」
この男の『陛下』という呼び名にルルーシュはカチンとくるが…
しかし、ここで感情的になっても仕方がない。
とにかく、相手の挑発に乗らないようにしなくてはならない。
『ゼロ』が…スザクがトロモ機関へと向かったのであれば、タイミングを見計らってルルーシュ自身が抜け出すだけだ。
アーニャも…彼女なら自力で抜け出す事が出来る。
否、ルルーシュより遥かに確実にここを抜け出すだろう。
今のルルーシュには通信機も発信機もないのだ。
「『ゼロ』が…王宮を抜け出した事で…ブリタニアの客人と、国王陛下が連れて来られた『黒の騎士団』の皆さんがちょうど…この王宮の中にある離宮へとご案内させて頂いた…」
スールヤヴァルマンの言葉に…ルルーシュが驚きの顔を見せる。
段々と見えて来る今回の事件…
「そして、国王陛下と私が協力関係にあるのもここまでだ…。お互い、描く未来が違えているのだ…ある意味仕方のない事だとは解っていても…気が重いものだな…」
言葉と裏腹な彼の口調と表情に…ルルーシュは目を見開いた。
そんなルルーシュの表情の変化を気にも留める事なく…相変わらずの口調でスールヤヴァルマンが言葉を続ける。
「私は…この事件を終息させ…新たなカンボジアを…そして、世界の流れに自らの意思を捻じ曲げられる事のない国を作りたい…」
「なら…やればいい…。なぜ…そこに『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』が必要となってくる?」
ルルーシュはやっとの思いでその言葉を紡ぐ。
今、何を犠牲にしても守ろうとした最愛の妹が…危機に晒されているのだ。
しかも、『ルルーシュ皇帝』の名を使われて…
このまま、そんな形でこの事件が終息したのなら…世界は再び、混沌の闇へと舞い戻る事になる。
あの時…ナナリーや扇が支持されたのは、『悪逆皇帝ルルーシュ』に立ち向かったからだ。
そして…英雄『ゼロ』の手によって…救い出され、世界が新たな道を歩み始めた…
だからこそ…
「現在の世界は…民主主義ではない…。あなたのかけた、強い暗示によって…人は考える事をしなくなった…。考える必要がない…全ての過ち、悪を『ルルーシュ皇帝』に押し付ければいいのだからな…」

 目の前のスールヤヴァルマンの言葉に…ルルーシュは何も言い返せない。
そう…今の世界に…『ルルーシュ皇帝は間違っていなかった』と言える自由はない。
『ルルーシュ皇帝=悪』という思想でなければ、今の世界は生きていく事が出来ない。
そして、それに便乗し…政治家までが、自分の国をきちんと治められないのはあの戦いで疲弊した所為だと…そう叫ぶのだ。
あの戦いから…もう数年が経っている。
もうじき、10年になろうというところだ…
そこまで来て自分の無能さを棚に上げている政治家も、立ち行かなくなっている経済を嘆く財界の人間も…そろそろ『ルルーシュ皇帝』の責任にするには無理があるだろうというところだ。
それでも、民衆たちの中に強く残ってしまった『悪逆皇帝』の名が…今もなおそれを許している。
「だから…私が世界の目を覚ます!その為にはあなたが世界の生贄となったように…生贄が必要という事だ…」
そこまで言うとスールヤヴァルマンがにやりと笑う。
その笑いが…何を意味しているのか、理解できないルルーシュではない。
「貴様!ナナリーを…」
ルルーシュがスールヤヴァルマンに掴み掛る。
「ふっ…流石はルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇帝陛下だ…」
「そんな事をしてみろ!俺がこの手でお前を殺す!」
怒りを隠せないルルーシュが我を忘れて掴み掛っているが…スールヤヴァルマンは武人…。
男として華奢であり、あんな踊り子の姿をしても違和感のないルルーシュとでは体術も体力も違う。
それは…『コード』を継承しても変わらない事実…
目の前の男の襟首をつかんだその手は…逆にその男によって拘束される…
「そういう目をした男に許しを乞われる…これ以上にない贅沢品だよ…」
ギリギリのところまで顔を近づけられ…そう口にされる。
ルルーシュが目を見開くと同時にその武人の唇によって、ルルーシュの唇がふさがれた。

 相手は現役の軍人…
先王の弟と言っても、相当年が離れているらしく、まだ、年齢的には若い。
先王の弟と言うよりも、現国王の兄と言った方がむしろ納得できるほどに…
「っ…んん…っく…」
いくら手に力を入れても振りほどく事も出来ず、腰を抱え込まれた状態で身動きもとれない。
そして…ルルーシュは自分の口腔内に入り込んできた相手の舌を力いっぱい噛みついた。
「…っ…」
ルルーシュの自由を奪っているその目の前の男はその痛みで一瞬顔をしかめる。
一旦、ルルーシュを開放する形になるが、まるで追いかけて来るような様子もない。
ただ…その場で声を殺して笑っている。
「あなたは頭がいいのにバカなのだな…。こんな中途半端な事をしたところで、自分が痛い目を見るだけだという事くらい…解るでしょう?」
そう言いながら、再びルルーシュの両手首を取り、背中でひとまとめにした状態で、ベッドの上へとうつぶせの状態にする。
「貴様…一体何を…」
「なに…祭りの後始末は私が付けるのでね…その前に、少しくらい楽しんでも構わないでしょう?別に、あなたはただの旅芸人だ…。こうした王宮ではよくある話…」
スールヤヴァルマンの言葉にぐっと唇をかむ。
確かに、ルルーシュの正体が何であれ、ここでのルルーシュの存在は『旅芸人』であることに変わりはない。
そして、こうした王宮や戦場の基地などでは、そこに住まう王や、戦場を取り仕切っている将軍が一夜限りの伽として気に入ったものを寝所に侍らせることはよくある話だ。
それが、敵国に潜入したスパイだとしても…否、敵国のスパイであれば、こうした寝所で情報を得るのはままある話だ。
しかし…ルルーシュとしてはそんなことまで考えていなかった…
そういう意味ではルルーシュのミスだ。
否…アーニャを自由に動ける状態にしておいたことは正解だったというべきか…
「…この変態!」
最後まで抵抗を試みるが…
「軍人とは…悲しい生きものでして…戦闘で張り詰めた緊張状態の中…こうした行為でその緊張をほぐし、眠りにつくのですよ…。しかし…必ず女がいるとは限らない…その時には…手近にいる男と…という事も…まぁ、ままある話でしてね…」
いらない説明ばかりを並べたてられる。
現在の絶望的な状況の中…
それでも必死にもがくが…
『ギアス』があれば…この場でこの男を後先考えずに殺していたかもしれない…
しかし…今のルルーシュに…『ギアス』はない…
ぐっと目をつむったその先に…ルルーシュが見たものは…
―――スザク!


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