ライに案内された入り口から、スザクは中へと入っていく。
下へと降りて行く階段が続いており…恐らく、普通の人間なら灯りを取らなくては前に進む事の出来ないだろう。
スザクが何の灯りもなく前へと進んでいけるのはブリタニアの軍人としての経験と元々持っている身体能力と…そして、C.C.から継承した『コード』のお陰だろう。
確かに暗いが、しかし…何かの研究をしているだけあって、階段に障害物もなければ、きれいに掃除されているようだ。
まるで、特派のトレーラーの中のように…
「埃などを取り込まないためか…?」
何かの研究所らしいことはわかる。
そして、状況を見れば、あの、疫病の行減退を研究している施設と考えるのが自然だ。
しかし、ウィルスや細菌の類で…ここまで埃やちりを嫌うものだろうか?
基本的にそういったものの研究は無菌庫などでそれらが保存され、部屋そのものが滅菌状態になっているはずだ。
「これは…コンピュータなどの機器を研究している施設みたいだ…」
スザクがそう呟いた。
ここは…スザクだったからこの程度の思考だったかもしれない。
ルルーシュならもう少し先読みができたかもしれないが…
結果的には、ここで何かに気づこうが、この先にあるものを見てすべてを知ろうが同じことになるのだが…
スザクはその施設内の通路を進んでいく。
相当長い廊下を歩いていく。
ルルーシュが皇帝だった頃…完全に破壊されたはずの施設ではあったが…結局、地下部分までは完全に破壊しきれなかったのだろう…
ところどころ、修復個所があるのがわかる。
この様子は…破壊されて、そのあと…残された空間に施設を造ったような…そんな感じを受ける。
誰が…何のために…?
ひょっとして、『ゼロ・レクイエム』の直後から…想定していたことなのだろうか…
そんな風に思えてくる。
そして…どれほど歩いただろうか…薄明かりの漏れた部屋が見つかる。
そっと…その中を覗いてみると…
確か…『黒の騎士団』の中でナイトメアの開発に携わっていたという…男たちがいた。
何かの研究のアシスタントでもしているのか…
コンピュータから流れてくるデータと顕微鏡のようなものを覗きながら作業をしている。
そして…彼らが何かを話しているのが、スザクの耳に入ってきた。
それが…何であるのか…その場に立ってスザクは内容を聞いてみることにした。
スザクの心の中には、施設に入ってここまで、確かに暗い廊下が続いていたが…ここまで人のけはいがしていなかったことは気になるが…
罠であろうが、何であろうが…ここまで来て跡に引くわけにはいかない。
スザクはそっと中の音に気持ちを傾ける…
中にいるのは…彼ら二人だけらしい。
『なぁ…これ…このまま完成したら…』
『ああ…どんな利用をされるんだろうな…?なんだか…プロットタイプも使われて…ラクシャータさんが相当研究を急いでいたらしいが…』
『それに…あのプロットタイプも街中でばら撒かれたらしい…思考の特定はできないが、時間指定はできているらしい…』
『じゃあ…あれもいずれ…』
『さぁな…しかし、こんなことが世界にばれたら…』
『それを踏まえてのプランなんだろ…おれたちを脅迫しているあの男は…何をするつもりなんだろうな…』
中から聞こえてくる会話…
恐らく…ここの研究員…
しかし…
―――脅迫?思考の特定?時間指定?プロットタイプ?
聞いていてもよく解らず…スザクはそのまま耳をすませる。
少しずつ…見えてきそうな、カンボジアでの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の正体…
『そういえば…今、カンボジアにブリタニアのナナリー代表とシュナイゼル閣下が来ているんだろ?あと…『ゼロ』も…』
『そうらしいな…きっと…このままじゃ…』
スザクはその一言にピクリと反応する。
この、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎ…確かに人為的なものを感じていた。
しかし…それは…
『チェイバルマン国王が生きていたときから…なんだか、王宮ってあやしい感じがあったらしいしな…』
『ああ…チェイバルマン国王があれ程トロモ機関に対して尽力していて…『絶対君主制』でカンボジアの国民をまとめてきたっていうのに…国王の側近と弟が『立憲君主制』を唱えていたらしいし…』
『それに、チェイバルマン国王の死後に王位を継いだトリブバーナディティ国王は『絶対君主制』を唱えているが…チェイバルマン国王とは違った形だって言うし…』
『ああ…だから、トリブバーナディティ国王の周囲にはチェイバルマン国王の側近だった者がいないんだよな…。あの…プリヤ・トンとかいう側近がずっとそばについてるが…』
『ブリタニアの皇子や皇女とその騎士という感じではないよな…』
『それでも…腕が立つって言う話だし…。噂ではあの、ブリタニア軍にいた枢木スザクとあんまり変わらないくらいの身体能力があるんじゃないかっていう話だぜ?』
『あの人間離れしたような奴が…この世にまだいたとはな…』
中から漏れてくる話声…
恐らく、この部屋には監視カメラがないことが証明されている。
見張りが付いている様子もない。
こんな閉鎖的な中でも、中から外の情報を得ているようだ。
―――ここは一体…何を目的とした施設なんだ?
スザクはそんなことを考えつつ、その身に持ってきていた『ゼロ』の装束を取り出し、その身に纏う。
ここで、枢木スザクが出てきてしまっては話が面倒なことになる。
そして…その扉を開く…
「だ…だれだ?」
会話中だった二人がその扉の音に気付き、『ゼロ』の姿をしたスザクの方を見た。
「ゼ…ゼロ…!?」
『君たちはいったいなぜ…こんなところにいる?』
スザクは『ゼロ』として彼らに問いかける。
彼らはもともと『黒の騎士団』のナイトメアの整備をしていた人間だ。
ルルーシュから『ゼロ』を継承するときにすべての資料は目を通していた。
だから…大体のメンバーの顔くらいはわかる。
「えっと…その…」
何か言いにくそうに男たちは言葉を紡ぐのを躊躇っている。
恐らく、彼らはここから出ていく事が出来ずにいたのだろう。
何かに縛られて…
「俺たち…ある紛争地域で医療班の手伝いをしていたんだ…。そこで…カンボジアからの使者とかいう奴が来て…そのままここに連れてこられて…」
「俺たちは何も解らないままここに来たんだ…。ただ…後になって知ったことだが…俺たちはラクシャータさんをここに連れて来る為のエサだったんだ…」
『ラクシャータ…?』
『ゼロ』は彼らに対して鸚鵡返しに聞き返す。
「ああ…ラクシャータさんの科学技術で作って欲しいものがある…とか言っていた…。脅されてここに来たのはラクシャータさんの方だ…。俺たちがあの時…のこのこカンボジアになんて来なければ…ラクシャータさんが…あんなものを作る必要もなかったし、カンボジアのあの、疫病騒ぎだってなかった…」
―――やはり人為的なものだった…
『しかし…先ほど…プロットタイプとか…。それに、どんなウィルスや細菌を使った?生きていても死んでいても患者からは何も発見されていない…』
一番気にかかっていて、一番不思議だったあの病気の原因と、結末…
「当たり前だ…あれは、医学的なもので作られているわけじゃない…」
『なに?』
『ゼロ』の声色が変わったことが分かる。
確かにそんなことを言われて不思議に思わず、平然としていられる方がどうかしている。
―――医学的なものではない?どういう意味だ?
「あれは…ナノマシンだ…。ラクシャータさんが開発した…というより、させられた…大量破壊兵器だ…。目に見えないから…傍目には新種のウィルスか細菌にやられて病死したという風に見えるが…」
この言葉にただ…信じられないと思うしかないのだが…しかし…確かに言われてみればつじつまは合ってくる。
病院へいって検査をしてもなにも検出されることもなく、そして、抗生物質も効かない。
ウィルスや細菌にしてはあまりに短い潜伏期間…
俄かには信じられないが…それでも…
『ゼロ』は何も言えずに…ただ…彼らの方を見ている。
「ゼロ…頼む…ラクシャータさんを助けてくれ…。このままじゃ…ラクシャータさん…あのナノマシンシステムを完成させてしまう…」
「ラクシャータさんだってそんなことを望んでいるわけじゃないんだ…。俺たちを取引材料にされているだけなんだ…」
彼らの顔を見ていると…あながちウソを言っているようにも思えない。
それに…ここまでの話…ナノマシンシステムということだけを拾い上げていけば、現実に起きていることとつじつまが合ってくる。
『では…最終的にはそのナノマシンシステム…どうなると完成となるのだ?』
「相手の思考を読み取り…そして、こちらがそのナノマシンを操って、こちらの都合のいい場所と時間に発動すると…全身から血を噴き出す事が出来れば…」
彼らの言葉に驚愕するしかなかった。
カンボジアではこんな目に見えない破壊兵器を開発していた。
恐らく、ナノマシンシステムの実験をしていたと思われる。
そして…先王の弑逆とトロモ機関に深くかかわってきた者たちの暗殺事件も重なって…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』という名のもとに実験を繰り返してきていた…ということになる。
『では…国王暗殺の件は?』
「あれは…あの事実を利用されているだけだ…。あれに便乗して、このナノマシンシステムの実験を行っているにすぎない…」
とすると…自国民を使っての破壊兵器実験をしていたということになる。
国民が『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』という言葉を発していることを利用して…
『国王暗殺とこの、疫病の黒幕は違う者であると…そういうことか?』
「俺たちは詳しいことは解らない。ただ…そう考えた方が…辻褄が合うんだ…。実際に、俺たちにはこの、ナノマシンシステムの事件に関してはそれなりに情報を貰える。それは…幾つのマシンをばら撒いて、何人がどんな形で死んだか…というデータが取れるからな…。今のところ、まだ、潜伏期間に誤差があるだろ?」
『ああ…確かに…見せてもらった死亡者リストの事件の経緯を見ているとバラバラだな…』
「あれは…まだ、こちらで潜伏期間を指定できていないという証拠だ。ひとりを殺すだけなら別にそんなものは必要ない。ただ…目的の人間を複数いっぺんに殺すためにはそいつのいる場所や時間を考えながら出なければ暗殺の意味をなさないこともある…」
『なるほど…では…まだ、研究段階…ということか…。もう一つ聞きたい…お前たちをここに連れてきたのは…誰だ?』
「それは……」
一方、カンボジアの王宮では東の離宮にはルルーシュが…南の離宮にはナナリーたちが軟禁されているのだが…
この広大なカンボジアの王宮は、離宮同士も相当離れており、互いが接触することはない。
ただ…ルルーシュが外を眺めているときにやけに、兵士の数が多いと感じた。
スザクをトロモ機関へと向かわせたのだから…確かに何かの形でアクションはあるとは思っていたが…。
ルルーシュに宛がわれた東の離宮は非常に広い。
恐らく、王族が住んでいたものだと簡単に推察できる。
カンボジアの王室もなかなか複雑なことになっているようで、現在、トリブバーナディティ国王と先王弟であるスールヤヴァルマン以外の王族は基本的に存在しない。
離れた血筋でいけば、貴族の中には存在するが、子の王宮で暮らせるという立場の者はこの二人だけだ。
それというのも、トリブバーナディティ国王が王位争いの時…すべての王位継承権を持つ王族を王族の籍から引き離したのだ。
彼はテロで母を失っている。
そして、自分自身も何度も命を狙われているのだ。
それゆえに…王位争いを恐れた。
第一皇子で、第一位王位継承者であったにもかかわらず、父の后たちは、自分の子供に王位を継がせようとするあまり、様々な手段を打ってきていた。
そして、正妃である母は殺された。
テロという形で…わが子に王位をと望む后の手によって…
いまさら過去をとやかく言うつもりはない。
母が亡くなった時…トリブバーナディティ国王は決めていたのだから…
全てを国王になるべく捧げると…そして…カンボジアという国がどこの国にも侵略されることのない強さが欲しかった。
それは…自国民を守るためでもあり、自身を守るためでもあった。
幼いころ母を失ったルルーシュとの決定的な違いはそこだろう。
正妃の息子であり、第一位王位継承者という肩書が…彼の幼いころを作り上げ、今に至っている。
ルルーシュは幼いころに皇帝である父に捨てられ、自分とナナリーの生きる場所を守るために反旗を翻そうと決心した。
自国を持てる力の限り守ろうとする王子と自分たちを捨てた帝国を壊そうとした皇子…
少しずつルルーシュの中でこの事件の全貌が見え始めて来る。
だからこそ…スザクをトロモ機関へ行かせた。
危険が伴う事も解っていながら…
神の悪戯で、幸い、カレンが王宮にいれば…いざとなったとき、きっと力になる…そう考える。
ただ…やはり、この世界…ルルーシュの計算通りには動いてはくれない。
これは『コード』を継承する前からだ。
この事件は…ルルーシュノ知らないところで…刻々と変化をし始めている。
そして…ルルーシュはまだ、ナナリーたちが子の王宮で軟禁状態になっている事を知らない…
これがルルーシュノ決定したことによるものだと知っていれば、ルルーシュはこの方法を取らずにいただろうか?
あの頃…だれも信用できなかった頃のように…
歯車は回り始めている。
彼らの運命を握っているものはいったい誰なのか…
そして…そのものの目的とは…
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