ライに案内され、かなり奥まった場所に目立たないように作られた扉の前に来た。
先ほど見つけた、入口らしきところよりも、さらに解りにくいところだ。
恐らく、諜報機関のプロでも解りにくいと言える…。
「ライ…君はここをどうやって…?」
「私も何度かここに訪れた事があります。相当骨が折れましたが…。あのトラップを一度で全て避けきってここまで辿りつくとは流石です…。後、あの『ゼロ・レクイエム』に興味を持った者が今回のカンボジアの件に興味を持たない筈はありません。その中で使えそうなジャーナリストにトラップの突破の仕方を教えて、お互いに情報提供をしていたんです…」
その言葉にスザクは顔をしかめる。
ライはスザクが何を思ったのかを察してくすりと笑い、言葉を続けた。
「枢木卿…世の中にはそう云う存在も必要です。そして、それを生業にしている者もいる…。我々の様な諜報機関に精通している人間ならなおさらだ…。そして、軍などに属していない…本人の興味をそのまま生業にしている者もいる…。そこで命を落としても彼らにして見れば本望でしょう…。自分の追い求めている者を追いかけて…命を落とすのですから…」
ライは何のためらいもなくそんな事を云って退けた。
ルルーシュが『ゼロ』として存在していた頃…『ゼロ』のやっている事を理解出来ず、そして、何を考えているのか解らず…ただ…『ゼロ』の存在さえなくなればいいとそれだけを考えていた。
しかし、実際には違っていたように思える。
確かに、『ゼロ』がいなくなっていた1年間…エリア11はブリタニアの支配下の下、ブリタニア人にとってはある意味、平和だったかも知れないが、日本人はどうだっただろう?
『ブラックリベリオン』の結果でああなったとは云え、日本人は…『ゼロ』の存在を…求めていた…
あれもやり方の一つ…
欲する者を得る為の…
そして…ライの言っている事も…恐らく、彼らにとっては必要であり、彼ら自身の正義なのだ…
「まぁ、私の様に、ただの興味本位だけで命を落とすなんてまっぴらな人間にとっては理解出来ない行動ではありますが…それでも、そう云った人間はこの世に存在する。そして、私もある意味似たようなものです。ルルーシュ陛下の為に命をかけているのですから…。枢木卿…全ての人が『命が一番大事』だと思っている訳ではありませんよ?確かに命は大切ですが…全ての人間が…自分の為にその命を使っているのです…」
「…納得は…出来ないが…理解する努力はする…」
「無理に考える必要はありません。さぁ、あなたのすべき事をなさってください…。ルルーシュ陛下は必ず、アールストレイム卿が救い出してくれますから…」
そうライに促され、スザクはその扉の中へと入って行った…
その頃…カンボジアの王宮に残っていたルルーシュは…
スザクの気配がこの王宮から消えた事を察して、ほっと安堵の息を吐いた。
ナナリーとシュナイゼルの傍から『ゼロ』の存在が消えてしまうのは確かに痛いところだが…現在、あのトロモ機関に赴く事が出来るのは彼しかいないから…
それに…優先順位を考えれば、ナナリーたちを生贄とする為に連れて来たのであれば、ここ最近、謎の疫病による死者が出ていても、『ルルーシュ皇帝の亡霊』らしきものを見たものがいない。
だとするならば、まだ、ナナリーたちを生贄にする段階ではないという事…
ナナリーを生贄とするなら、当然ながら『ルルーシュ皇帝の亡霊』の存在が必要なのだから…
未だに離宮に軟禁状態にあるルルーシュだが…
国王の言っている事も、先王弟の言っている事も…解らない訳ではない…
ただ…彼らがカンボジアの国民の事を大切に思っているのは同じだというのに…
―――まるで…あの時のスザクと俺の様だ…
求めていたのは…ただ…安心して生きていける場所…
でも…お互いのやり方に相違があって…対立した。
あの時、ルルーシュとスザクがもっとせねばならなかった事があった。
同じものを求めていたのなら…
同じものを求めていながら…ルルーシュとスザクは敵対し、憎み合い、殺しあった。
そんな悲しい歴史を繰り返している…
結局、ルルーシュとスザクは…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と言う…『枢木スザク』と言う…その存在から離れた時に…やっと…共に手を取る事が許された。
ルルーシュが『コード』を継承したと解ったとき…ルルーシュは『ルルーシュ』として存在する事を許されなくなった。
そして…その運命を受け入れ、『ゼロ・レクイエム』を起こし、そして…今に至る…。
もし、C.C.がスザクに『コード』を渡すと…スザクがC.C.から『コード』を継承すると決めていなかったら…今はどうなっていたのだろうか…
そんな風に思う。
ルルーシュも、スザクも、『ゼロ・レクイエム』が成功した事によって、この世の存在ではなくなった。
ルルーシュも、スザクも…死んだ事になったのだ…
「確かに…死んだ筈の人間が…ここに存在する…。確かに亡霊だな…」
そんな事を、自嘲を漏らしながら呟く。
ただ、起きてしまった事をぐずぐずと考えていても仕方ない。
どの道、スザクをトロモ機関の施設跡地に向かわせたのだ。
「チェックメイトも…間もなくだ…」
そして…ナナリーの護衛役をカレンが申し出た事で…王宮内はちょっとした騒ぎになっていた。
それはそうだろう…
『ゼロ』は正式なカンボジアへ招かれた国賓だ。
その国賓が王宮から突然消えて、カレンが『ゼロ』の代わりにナナリーの護衛になると申し出たのだ。
しかも…『ゼロ』の命令を受けたと…
誰も証明できないが…しかし、紅月カレンが『黒の騎士団』のエースであり、『ゼロ』の親衛隊長であった事は周知の事実…。
ここであまり騒ぎたてるのも得策ではない…そう考えてくれると思っていたのだが…
そこに進み出て来たのは…先王弟であった、スールヤヴァルマン…現在のカンボジアの将軍だ。
「『ゼロ』の命令…?その『ゼロ』はどこへ行った?」
確かに尤もな質問だ。
ここはカンボジアの王宮…いきなり国賓が姿を消せば色々と勘繰りが生じるのは当たり前である。
それに、カンボジアの将軍は国を守ることが仕事だ。
いくら相手が『ゼロ』であるとはいえ、このような形で姿を消せば、スパイの疑いをかけられても仕方がない。
『ゼロ』は確かに無国籍であるが、常にナナリーの傍についているのだ。
いくら無国籍を主張したところでどうしてもブリタニアに肩入れをしていると判断されても文句は言えない。
実際に、『ゼロ』はナナリーの傍に常に控えている存在だ。
他の国にしてみれば、いくら『ルルーシュ皇帝』を討った英雄とは云え、あまりにその存在が偏り過ぎている事はいい気分ではないだろう。
相手が英雄であるが故に、これまで指摘される事はなかったが…
それでも、こんなにあからさまな行動に出てしまうとどうなるか…そのくらいの判断は容易につく。
「『ゼロ』は…『ルルーシュ皇帝』の亡霊を探しに行くと…」
カレンは国王と先王弟の前に跪いて答えた。
「何?」
国王も先王弟も眉間にしわが寄る。
そして、その様をシュナイゼルは見逃していなかった。
「『ゼロ』はカンボジアでのこの出来事に心を痛めています。そして…本当に『ルルーシュ皇帝』の呪いであるのであれば、直接手をかけた自分が出向くと…」
カレン自身、ルルーシュにも直接会っているし、『ゼロ』の正体も知っている。
そして…ナナリーを守りたいと『ゼロ』に申し出たのは彼女自身だ。
だからこそ…こんな局面でも臆する事なく…そう進言する…。
「では…『黒の騎士団』のメンバーだったあなた方に聞こう…。あなた方の中で『ゼロ』からそのような命令を受けた者は…もしくは彼女がそのような命令を受けたと知っている者はいるか?」
『ゼロ』とは…『黒の騎士団』を率いていたリーダーだ。
しかし、その存在が消えた今…彼らが『ゼロ』に従う理由はない筈だと…国王も先王弟も…そう考えていた。
それに…『ゼロ』の死亡が発表された時…色々な噂が流れていた事は彼らも知っている。
数年の時が経っているのだ…
そこに歩を進めたのは…藤堂だった。
「トリブバーナディティ国王…『ゼロ』は元々、極秘に作戦を考えるリーダーでした。我々は…自分に与えられた命令のみに従って動いていましたので…。『ゼロ』が紅月カレンにそのような命令を下した事は、我々も知るところではありません…」
藤堂がそこまで云うと、一旦言葉を切った。
カレンは跪いて下を向きながら…藤堂の次の言葉を待つ。
「しかし…ここにきて彼女がそのように申し出たという事は…我々に接触する余裕もなく…また、『ゼロ』は誰よりも彼女を信頼しておりました。ですから…彼女の言っている事にウソ偽りはないと心得ます…」
藤堂のその言葉に…国王も先王弟も納得するしかないようだった。
流石にここでは玉城たちも余計な事を云う訳にはいかないと黙っている。
ここまでのいきさつはよく解らないが…カレンがこんな形で跪き、藤堂もこんな進言をしている。
確かに『黒の騎士団』当時の彼らであったなら、事の把握を怠り、いらない事を言ったかも知れないが…
現在のカンボジアの状況を考えたとき…それはあまりに無責任すぎる…くらいは考える様になったらしい。
実際に、扇が首相になり、今回の事件など一切知らされていない日本人が、カンボジアの日本大使館で足止めを食っている様子をまざまざと見せつけられているのだ。
『百聞は一見にしかず…』とはよく言ったものだ。
確かに耳で聞いたどんな話よりも、自分の目で直接見たものの方がはるかにインパクトはあるし、現実味も、深刻さも解る。
「……解った…。『ゼロ』が、そなたにそう命じたのであればその言葉を信じよう…」
口を開いたのはトリブバーナディティ国王だった。
そして、それまでカレンに問いかけていたスールヤヴァルマンが国王である甥を見る。
「陛下…本当にこの言葉だけを信じてよろしいので?」
「このカンボジアでは…絶ないな国民の支持を集めた先王である父よりも、『ゼロ』に対する崇拝が強い…。彼女は『ゼロ』が最も信頼したという紅月カレン…。信じるに足ると思われるが?叔父上…」
「……ならば…よろしいのですが…」
この二人の考える未来が違っている事は…噂程度には知っている。
だが…こうして見ると、まるでお互いがけん制している様がよく解るし、お互いが裏で何をしているのかを知りつくしているような感じさえする。
「だが…このまま彼らに王宮の中を自由に動き回られるのも、このままブリタニアにおかえしするのも得策ではないな…」
トリブバーナディティ国王の言葉に跪いたままのカレンも、そして、国賓であるナナリーやシュナイゼルもぴくりと顔が反応した。
「それは…どういう意味でしょうか?」
最初にそう尋ねたのは…シュナイゼルだった。
ここまでずっと口数も少なく、目立たない様にしてきた彼ではあったが…
流石にこのような申し出をされてはブリタニアの宰相としても、色々と厄介だと思う。
それに…この国で『ルルーシュ皇帝の亡霊と呪い』についていろいろ調べ回っていたのは何も、ルルーシュだけではない。
シュナイゼルも、ルルーシュ達ほどとは云えなくとも、この王家の中で考える未来が二つある事は知っていたし、その中で表に出てきていない対立がある事も知っている。
「どういう意味…と申されましても…。我々としては、このような騒ぎのある状態で、もし、『ゼロ』が守っているナナリー代表に何かあったら困ります…。それに、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』のお話は何度も耳にされているでしょう?客観的に見て、『ゼロ』と『黒の騎士団』…そして、シュナイゼル閣下にナナリー代表…いずれも『ルルーシュ皇帝』に恨まれていると考えてもおかしくない御仁ばかりだ…」
その言葉にシュナイゼルと藤堂はぐっと歯を食いしばる。
そして、ナナリーとカレンもその言葉に対する憤りを隠せない。
「勿論…トロモ機関に尽力し、『フレイヤ』や『ダモクレス』の開発に尽力した我が国もその対象でしょう…。ですから…あなた方をお守りするためにも…ここは…私たちの指示に従って頂きましょうか…」
トリブバーナディティ国王がそこまで云うと、わらわらと兵士たちが入ってきて彼らを取り囲んだ。
「国王!これは…」
「私にとって…これはカンボジアを守るための戦いでもあるのです…。ただ一方的に押し付けられる価値観…その基礎を作り上げたのはあなた方だ…」
トリブバーナディティ国王の言葉に将軍であるスールヤヴァルマンが彼の隣に進み出て、小声でトリブバーナディティ国王に耳打ちする。
「そなたとは…ここまでは目的が同じだったが…これからは…」
その言葉にトリブバーナディティ国王はふっと笑って小声で返す。
「叔父上…ここからはどちらが彼を取り込むか…が勝負となりましょう…。大丈夫です…。勝負はフェアに行きましょう…。あなたは好きな時に彼と話せばいい…。私も私の好きなようにさせて頂きますゆえ…」
「結局…相容れぬか…」
そこまで小声での会話をすると、将軍であるスールヤヴァルマンが彼らを囲む兵士たちに指示を出す。
「彼らを…南の離宮へ…。絶対に誰一人そこから出してはならぬ!そして、彼らの世話役と国王と私以外の人間が南の離宮に立ち入る事は許さぬ!守れぬ者は極刑とする!」
その言葉を言い終えると…兵士たちはそこにいる全員を連れて…南の離宮へと向かって行った。
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾