翌日…早朝…誰もがまだ眠りの中にいる時間…スザクはルルーシュに指示された通りにトロモ機関へと向かう。
流石に『ゼロ』の恰好で出ていく訳にもいかず…大きなバッグを抱えて、ラフな格好でサングラスをかけて、帽子を被りそっと…王宮から出ていく…。
スザクが本来持っている運動能力と、ブリタニア軍に在籍していた頃の経験があってこそなせる技だろう。
その後ろ姿を見つめている…あれから数年が経ち、既に少女から女性へと変わったカレンの姿があった。
彼女も…これから…自分たちに…ナナリーたちに…そして…ルルーシュたちに…何が待ち受けているのかは…良く解らない…。
ただ…『ゼロ』がナナリーを守るという責務を今は二の次になってしまっても…やらなければならない事がある…
それだけは解る。
あのとき…『ゼロ』を引き留め、願い出て良かったと…今は素直に思う。
まだ薄暗い空を見て…未だにあの二人に守られている世界を思うと…切なくなるし、自分の非力さ、残された者達の愚かさに怒りすら感じてしまいそうになる。
それでも…今は出来る事がある…
アーニャに託された…
『ゼロ』にも、願い出て認めて貰えた…
だからこそ…再び、『黒の騎士団』の『紅月カレン』に戻ることを決めた。
―――でも…あれがルルーシュなら…絶対に許してはくれなかったでしょうね…。絶対に巻き込みたくないって…
そう思うとくすりと笑ってしまう。
あの時、『アラン=スペンサー』と名乗っていた。
あれから…彼の時間は止まっているらしい…
正確には…彼の肉体の時間が…
そして…ルルーシュと共に姿を消したC.C.…
何も言わないのは…巻き込みたくないから…
でも…知ってしまった時点で、巻き込まれたと同じ事…
なら…とことんまで付き合ってやりたい…
紅月カレンとはそう云う少女だったのだ…
そして…今も…
あの時から…カレンの心の中で色々と渦巻いていたが…様々な思いの中で彼女は生きている。
だからこそ…
そして…人が活動を始める時間になった時…カレンはナナリーの前に進み出た。
「紅月カレン…『ゼロ』の命により、ただ今から神聖ブリタニア帝国代表、ナナリー=ヴィ=ブリタニア様の護衛をさせて頂きます…」
ナナリーもシュナイゼルも驚いた顔をするが…状況が状況だけに中身は解らないが、『ゼロ』にとって、やらねばならない事が出来たと…すぐに理解する。
「よろしく頼みます…カレンさん…」
「『ゼロ』の命と言うのであれば…あなたを信じよう…。よろしく…」
ナナリーとシュナイゼルの言葉に、カレンは再び頭を下げた。
そして…トロモ機関へと向かったスザクは…その施設を取り巻く熱帯雨林の真ん中にい同様、物資搬送用に造られたやや広い未舗装の道路を見て違和感を覚える。
ルルーシュが施設の破壊を命じて…数年が経つ。
あの施設がなければここは元の熱帯雨林に戻る筈だ。
確かに、道幅はきっと、あの頃より狭くなっており、シダ植物などが生えてきているが…
しかし…それにしても、『フレイヤ』や『ダモクレス』程の大規模な者を作っている訳でもないのだから、恐らく、物資搬入をするにしてもこの程度の広さがあれば十分だ。
そして、道路として残っている部分は…今もなお、人が通り、利用している事を示している。
地図の上では、この先にはトロモ機関の施設跡しかない筈なのに…
スザクは、やはりこの先に何かあると考える。
現在、カンボジアではトロモ機関の施設跡には一般人の立ち入りは禁止になっているし、元々、カンボジアでも国家機密に近い事柄だった。
それ故に、施設が稼働していた頃からそれほど一般市民に知られている施設ではなかった。
「この道…しっかり使われているじゃないか…。確かに、一般人にはわかりにくいだろうが…それでも、調べようと思えば確実に見つかる場所だ…」
スザクはそんな事を考えつつ、奥へと進んでいく。
きっと、施設が稼働しているとすれば、侵入者を殺すつもりであろうトラップがいくつも隠れているだろう。
『コード』を継承しているスザクにとって…そして、彼のいまだ健在の運動能力があれば、たいていの事は何とかなる。
―――まぁ、人選は多分、間違っていないな…
歩いている時に放たれてくる銃弾をよけながらそんな事を思う…。
きっと、熱帯雨林を切り拓いたあの、道に不審者が立ち入ったと認識すると、恐らく、そのトラップ達が襲い掛かってくるしかけだろう。
ただ…これがどういうシステムになっているかが解らない以上、スザクではこれらを止める事は無理だ。
「なら…避けて通るまで…」
そう云うつもりで、突き進んでいるが…恐らく、これだけのトラップを仕掛けた方も相当なものだと思う。
それら全てを把握しているとしたなら…それはそれで恐ろしい頭脳の持ち主だとも思うが…。
ただ…元々軍人だったスザクにして見れば…まして、名誉ブリタニア人であった時にはブリタニア人兵士を守る為の盾となり、トラップを探す役目さえも担っていたのだ。
その命を曝しながら…
そんな過酷な軍人時代もあったスザクにとっては、この程度のトラップなら何でもないのだが…
しかし…数が半端ではない。
トロモ機関の施設を今使っている関係者でも、一つ間違えればこの無数のトラップの餌食となる事になるのだろう。
そこまでして、何をしているのか…気になるのは当たり前の事で…
ジェレミアからの通信では王家の中でも二派にはっきり分かれていると聞いた。
しかし、『絶対君主』を支持するにしても、『立憲君主』を支持するにしても、確かに『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』のこの事件は利用価値があるというものだ。
『絶対君主制』を支持する者がこの事件を収めれば、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』からカンボジアを救った英雄となり…
『立憲君主制』を支持する者がこの事件を収めれば、『ルルーシュ皇帝』の怒りを鎮めた英雄となる。
どの道、現在王宮に滞在しているナナリーや『黒の騎士団』だった者たちはその為に利用される為のコマだと考えるべきだろう。
そして、『ゼロ』であるスザクも…
ルルーシュまで捕らえられて動けない状態となっているのは…この事件の中核を固める為か…
しかし…何かが引っ掛かる…。
この事件とは別に…トリブバーナディティ国王の傍につき従っている…あの無口な男…
普通の人間を見ている様な気がしない…
これまで、表立った所に出て来る事もなく、ただ、黙ってトリブバーナディティ国王の傍につき従って、控えている。
これは…スザクの野生の直感と言うよりも…『コード』を継承したからこそ感じる者のように思える。
そして…未だに姿を見せない…もう一人の『立憲君主制』を支持するという、故チェイバルマン国王の側近…
名前すらも聞かされていない…。
ただ…そう云う存在がいると…そう聞かされているだけだ。
誰かに尋ねようと思っても、誰もが口を開かない。
まるで…誰かに口止めされている様な…
無理矢理聞きだす方法は知っているが、そんな事をして、騒ぎが大きくなる方が厄介だ。
今のところ、『立憲君主制』を支持する一派の代表者の様に名前をあげられているのは先王弟である…スールヤヴァルマン…
彼も、国を憂いてそうしているのだろうが…
恐らく…今回の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎは、トリブバーナディティ国王、スールヤヴァルマンが関わっている…。
ここまで起きている表向きの事件を一つと考えるのは間違っている気がしてきた。
恐らく、故チェイバルマンの弑逆事件やトロモ機関に深く関わったとされる高官たちの暗殺事件と…カンボジアどころか、世界中を震撼させている謎の疫病事件…別の者が別々の目的で糸を引いている気がして来ている。
そして、どちらがどちらの事件を引き起こしているかは解らないが…恐らく、この二つの事件の先にたどり着くのは…
そこまで見えてくると…スザクも自分たちの起こした『ゼロ・レクイエム』の残したものの大きさを…それが、いいものであれ、悪いものであれ…自分達が『世界の明日』の為に施したものである筈なのに…
それが…人々の心に…届かなかったのかと…無力さを実感せざるを得ない。
やがて、トロモ機関の施設の跡地であろう場所にたどり着く。
確かにルルーシュが命じたとおり、そこは完全な廃墟で、その周りには熱帯雨林特有の植物たちが生い茂っている。
どうやら、ここまで辿りついてしまうとトラップはなくなるらしい…
それにしても…ここを嗅ぎつけて、何か調べようとする輩もいた筈だというのに…あれだけのトラップがありながら、人に攻撃された痕跡が一つもなかった。
元々、『フレイヤ』や『ダモクレス』を開発した施設だというのに…
あの時の戦いに興味を持つジャーナリストは星の数ほどいるに違いない。
それなのに…誰かが入り込んでトラップにかかったという痕跡が一つもなかった。
世間では、未だに『ゼロ・レクイエム』の少し前からの軌跡を追い続けている学者やジャーナリストは多いというのに…
そう言った人物たちがこの施設に目をつけない訳がない。
ルルーシュが皇帝だった頃にはここには一切立ち入り禁止になっていたが…ルルーシュ皇帝がこの世から消えた後は、そんな決まりは既になきに等しい。
そして、それについて言及する者もいなかったから、それこそ、衛星写真を見れば、こんな場所はすぐに見つかる。
かなり広大な施設だ。
「これだけの施設を…完全に破壊する…確かに、戦いの中でなくても骨の折れる作業だっただろうな…」
周囲を歩きながらスザクはそんな事を呟いた。
そして、この施設があったであろう場所の周辺をゆっくりと歩いていくと…
少しだけ草の生え方の違う場所を見つける。
そこに入って行くと…
「入口…?」
パッと見では入口とは解らないかも知れない…
そして、そこから続いている場所は…一体…
―――ガサッ…
後ろから人の気配がする。
「誰だ!?」
スザクは振り返って、その、存在を探す…。
すると…そこから人が出てきた。
「枢木…スザク卿ですね…」
そう声をかけられるとスザクは更に警戒する。
しかし、声をかけた人物は至って落ち着いている。
「私の名前はライと言います。ジェレミア卿の命で、このカンボジアで諜報活動をしております…。そして…この度は…ルルーシュ様やアールストレイム卿に、寝泊まりする場所の提供をしていたのですが…」
そう云いながら、かつて、ルルーシュが皇帝だった頃に全ての兵士に配っていたブリタニア軍のブリタニア軍人である事を証明するバッジを見せる。
それは、ルルーシュの代でのみ配られたもので、『ギアス』をかけられた者たちは殆ど生き残ってはいないし、ジェレミアが全部回収している筈だ。
スザクはそれを見て、そして、ライに顔を向ける。
「君は…ジェレミア卿から命を受けたと言ったが…」
「はい…ルルーシュ陛下の『ギアス』にはかかっておりません…。ジェレミア卿の配下の中で何人か、自分の意思でルルーシュ陛下にお仕えすると決めた者達は…ジェレミア卿の直属として…例外の存在となっておりました…。そして、今も、私はジェレミア卿に…いえ、ルルーシュ陛下に忠誠を誓うものであり続けております…」
そう云いながら、スザクの前に跪いた。
「ルルーシュに…忠誠を…?まさか…ルルーシュがそんな事…」
スザクは驚愕しながらそう紡ぐが、跪いている相手がウソを言っているようにも見えない。
「何も…ルルーシュ陛下をお慕いしているのは、ジェレミア卿や枢木卿だけではありません…。この地球上には多くの人々がいます。確かにあのとき…多くの人々はルルーシュ陛下に対して憎しみを向けていましたが…全ての人々がそうだった訳ではありません…」
「なら…君は…」
「はい…全てを承知でルルーシュ陛下のお力になりたいと…そう願っています。そして…ルルーシュ陛下の望まれる世界の為に…貴方様にお伝えしようと思った事があります…」
「伝えたい事?」
相変わらずスザクは半信半疑のようだが…
それでも、目の前に跪いている男は…
それに…あれだけのトラップを潜り抜けてきた手練だ。
「はい…この施設の入り口はここではありません…。私の調べたところ…この地下に巨大な研究施設があるようです。そして…そこで…恐らく…」
「あの疫病の原因たる病原菌の研究がなされている…」
「はい…とにかく…中に入られるのでしょう?」
「しかし…君が入れば…命を落とすかも知れない…。君は…ただの人間だろう?僕やルルーシュと違って…」
「はい、『コード』を持っている訳ではありませんから…。それに、ここで死ぬわけにいかないので、入口までの案内だけしか出来ませんが…」
「そうか…否、それだけでも助かる…。案内…して貰えるかな…?」
「イエス、マイ・ロード…」
スザクが…久しぶりに聞くその言葉…
この男のブリタニアへの…否、ルルーシュへの忠誠からくるものなのだろうか…
そう考えてしまう。
しかし、今はそんな事を詮索している時ではない。
ライが立ちあがり、スザクを案内すべく、数歩先を歩いていく。
そして…スザクもその後をついていった…
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