スザクは先ほど、ルルーシュから受け取ったメモを手袋の中から出す。
本当に小さいものだ。
恐らく、ルルーシュとスザクの絶対的信頼関係があるからこそ、気づく…そんな感じだ。
そして…中を見ると…
万が一、誰かに見られてもすぐには解読できないように…現在では学者も存在を忘れている様な…古代のブリタニア文字が書かれている。
スザク自身、この文字を何も見ずに何とか解るようになったのはつい最近の事だ。
『ゼロ・レクイエム』の後、ルルーシュとの連絡方法は多岐に渡った。
これも…その中の一つだ。
そして…中を見ると…
『トロモ機関へ行け…』
その一言だけが書いてあった。
小さな文字だし、書いていあるのが古代のブリタニア文字だ。
学者の中でも読める者は少ない。
―――トロモ機関…?
確か、ルルーシュが皇帝だった時に、トロモ機関の関係施設は全て破壊された筈だ。
それに、データチップを持っていた、ルルーシュの元へと連れて来られたトロモ機関の研究員、関係者たちは全て、ルルーシュの『ギアス』によって、『フレイヤ』に関する記憶を消したのだ。
そして、データチップも相当特殊なもので、ルルーシュも苦戦していたが、何とか中身を読んではみたものの、『フレイヤ』に関するデータはそれこそ1枚の新聞紙を全て1mm角に切って分けたかのごとく、データが細分化されていて、そのチップを読んでも恐らく、『フレイヤ』に関しては何も解らない状態だった。
恐らく、あの時点で、あのデータチップをそろえるのは不可能だったに違いない。
そして…『フレイヤ』の全てを知る人間はニーナ…ただ一人であった。
それ故に世界中からつけ狙われる事となった訳だが…
あの時、ルルーシュが彼女を確保しておいて本当に良かったと思ったくらいだ。
世界中、あれほど躍起になってニーナを探し、追い求めていたのは、あのデータチップを手に入れた国やテロ集団達が何とか、それが『フレイヤ』に関わるものだとは知ったものの、そのデータチップを読み出す為の機器が何もないのだ。
どこの国の中枢機関のコンピュータでも読めない状態だったため、結局、開発者を探すしかなかったのだ。
大体、あの時点で、あんなわずかな時間であのデータの中身を知ったルルーシュの技量を尊敬するほどだ。
今のところ、あのデータチップを読めるコンピュータハードを開発できた国は今のところ一つもない。
シュナイゼル自身、長い時間をかけて作り上げた新しいシステムの様だった。
―――しかし…この王宮の中で…トロモ機関に関わる何かを見つけたのか…
スザクはそう考えながら、一応跡地になっている筈のトロモ機関の施設に関して、地図を開いた。
確かに…熱帯雨林に囲まれ、解りにくい場所にある事は確かだが…
現在衛星写真で見れば、恐らく、その部分だけ緑が違う色になっているだろう。
少しずつ、木々が回復し始めていても、それまでずっとその地に根を張ってきた木々と、施設を破壊した後、改めて目を出した木々では当然ながら色が変わってくる。
そして、地図を眺めながら思った。
―――この寺院は…確か…チェイバルマン国王が殺されていたとされる…寺院だ…。トロモ機関からこんなに近い場所にあったのか…
良く見ると、トロモ機関の周囲は広い熱帯雨林が広がっているが、当然、人が歩けるよう、物資を運べるよう、街中程の綺麗な道路ではないが、移動用、物品搬入用の未舗装ではあるが、それなりに幅を取ってある道が一本ある。
その道路が熱帯雨林へと入っていくすぐ傍に…チェイバルマン国王の遺体が見つかったとされる寺院が存在していた。
これを偶然と考えるほど…スザクの頭も使えない訳ではない。
実際に、ブリタニア軍に入って、様々な作戦行動に参加し、『ゼロ』を捕らえた功績としてであってもナイトオブラウンズとして戦場ではその全体像を把握する役目を担ってきたのだ。
ルルーシュほどの采配を振るう事は流石に無理な話だが、それでもこのくらいは不自然であると気がつく。
トロモ機関はルルーシュが皇帝となっていた時に破壊せよとの命令は遂行されていた。
そして、ルルーシュの元へ送られてきたその様子を映し出した画像や映像では確かに…施設は破壊されつくしていた。
ただ…気になる事があると云えば…
あの時…トロモ機関の施設内にいた人間全てを捕らえた訳ではなかったし、追跡しきれなかったものがいた事も事実だ。
ただ…シュナイゼルに対してルルーシュが『ゼロに仕えよ』との『ギアス』をかけていた。
だから、ある意味、安心していた部分は否めないのだ。
スザクはトロモ機関に籍を置いていた人間を把握できている訳ではなかった。
ルルーシュも、末端の末端の人間まで把握していたかと言えば解らないだろう。
ここはカンボジアだ。
シュナイゼル直属の研究員たちをメインとして構成されているとはいえ、様々な雑用などを行う人間はひょっとしたら現地の人間を使っていたかも知れない。
だとすると…その中で…
ただの可能性の問題…
ルルーシュもそう思うから、ナナリーの事があるというのに、スザクにトロモ機関の跡地へ赴かせようとしているのだろう。
ここに来て、先ほどのカレンの申し出がありがたいと思えてくる。
「とにかく…行ってみるか…」
そう云いながら、スザクはトロモ機関へ向かう為の道筋を模索し始めた。
そして、宴が終わり、ルルーシュは王宮に詰めている兵たちに連れられて…これまでと同じようにあの、離宮で過ごす事になるらしい。
とりあえず、スザクに対してメッセージは送った。
だから…後は…スザクが動き、あの場にカレンたちがいたとなると、必ずカレンは『ゼロ』に接触を図る事になるだろう。
それに…アーニャはスザクと連絡を取る事が出来る。
現段階でのお膳立ては整った。
スザクが何かを掴むまでは、下手にルルーシュはここを動かない方が得策だ。
と言うより、スザクの邪魔になりかねない。
ルルーシュがあのベールを放った意味を…あの国王や、スールヤヴァルマンが気付かない筈もなく…
あの場ではどうする事も出来ないだろうが、後で、色々警戒される事になる。
ただ…それは、『ゼロ』が行動を起こしている間、ルルーシュがここを動かず、これまでと変わらぬ生活を送っていれば、彼らは、ルルーシュがどこまで掴んでいるのかを知る事はない。
確かに、あの二人の言葉には一理ある。
理解も出来るし、賛同できる部分もある。
ただ…あんな無差別的に人を殺めるやり方は…それまで、多くの人の命をその手にかけてきたルルーシュが…否、これまで、自分の望むものの為に、多くの人の命をその手にかけてきたからこそ思える…
ただ…普通に…平凡に生きる人々の命を軽く考えすぎてはならない…と…。
為政者として、その罪を背負わねばならぬ事がある事はよく知っている。
ただ…あんな形で、未知の病気を蔓延させ、無差別に人を殺す…
人為的なものであると解っている。
あれが、もっと実用的に利用できるようになれば…宣戦布告を行う事なく、戦争を始める事もなく、目障りな組織、国を壊滅させる事が出来るのだ。
目に見えない分、『ダモクレス』や『フレイヤ』よりたちが悪い…。
それこそ…人の命を奪うという前提で…戦術的にも戦略的にも利用されたら、恐らく、シャルル皇帝がその国力で世界を支配しようとした時よりもさらに大きな悲劇を生みだす事になる。
目に見えない兵器…
もし、それが、世界に対して、牽制をする事なく、利用されるような事にでもなったら…それこそ、人々にしてみれば、理由なき虐殺になる。
しかも、死んでいく人々は…それが、誰かの陰謀によって放たれた兵器だと知らずに…
「そんな事…あっていい筈はない…。大量破壊兵器を保持する理由はたった一つ…。相手にそれを撃たせない事だ…。戦略兵器でなくてはならない筈なのに…」
ルルーシュは口の中でそんな事を呟く。
ぎりっと奥歯を噛み締め、自分の『悪逆皇帝』としての存在が…こんな形で負の遺産を残していた事を思い知る。
確かに…あの時は世界の憎しみがルルーシュに向いていた筈だった。
そして、その憎しみの対象が消える事で、人々は穏やかな気持ちを取り戻す事が出来ると…そう信じていた…
それなのに…
―――ふっ…人間の本性に失望したか?
また…脳に直接語りかけてくるような…あの時の声だった。
姿が見えない…。
そして、それが誰であるかも解らない。
しかし…常にルルーシュを観察しているようだ。
「これが…人間の本性だと?」
―――そうだ…。人は欲を持つ。欲を持つこと自体は悪いことではないと思うが…過ぎたる欲は争いを生む…
「しかし…国王も、先王の王弟も、彼らの正義のために動いている…。確かに戦略方法は間違っているかも知れないが…」
―――奴らとて、最初は世界の流れに乗って、そなたがこの世から消えた事を喜んでいたではないか…
「あのとき…俺の死を悼むようなそぶりを見せたらそれこそ…世界から批難の目に晒される。それだけならまだしも…過ぎた恐怖を覚えた者達が現れでもしたら…」
―――そう…結局どれだけ綺麗事を並べたところで…人とは決して一つにはなれん…。そなたは『世界の明日』を望んだな?どういう形の『明日』と言う具体的な形を示さずに…
「それを選ぶのは…その場にいる人間で…俺じゃない…」
―――その結果がこれだ…。そなたのやっている事は矛盾しているのではないか?そなたに施されたこの、『明日のある世界』で、彼らが望んだ形の『明日』を進んでいる…
謎の声がそこまで云うと、言っている事は確かにその声の行っている事は正しい。
ルルーシュが残したのは、『世界の明日』と言う、抽象的なものだ。
その先を選ぶ事、その後の責任は残された者達の肩にかかって来るというリスクを…考えていなかったのかも知れない。
―――そなたがそこまで責任を持たなければならないのか?人間とはこうして、時代を築いてきたのだ…。多くの血を流し、矛盾を抱え、それでも…彼らの望む『いつか』と言う…あまりに不確定な未来のために…
「しかし…あの時は確かに世界の憎しみは俺に向いていた!そして…」
―――そなたの巧妙な暗示によって植え付けられ暗示…だったという事だ…。本当にそう考えているのなら…そなたの存在が消えて、たった数年でこれほどの騒ぎが起きるものか…
その言葉にルルーシュはぐっと唇をかむ。
確かに…世界に対して、『世界の明日』を残しはした。
だが…彼らは…ルルーシュとスザクの望んだ『明日』を…再び争いの只中に叩き込んだ事は…認めざるを得ない事実だ。
目に見えている事実なのだから…
ぐっと拳を握り締めるが…言われている事は確かに正しい…。
あの時、『ゼロ・レクイエム』の為に、ルルーシュは世界に対して無理矢理世界の憎しみを自分へと向けさせたのだ。
それが暗示と言われてしまえば確かにその通りだ。
そして…人の数だけあの時の見方があり、それぞれ、違う思いを抱いている事をこのカンボジアに来て改めて知った。
「なら…その結果の責任は俺にもあるという事…。ならば…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の存在がウソである事を示す事が…最善の策だ…」
―――確かにその通りだがな…しかし、これを利用する輩は何も、このカンボジアの王族だけではないぞ?世界中に散らばっている…。それを一つ一つ潰していくつもりか?
「別にそんな事をしなくても、このカンボジアでの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を派手に…それこそ世界を震撼させるほど派手に葬り去ればいいだけの話…」
―――ほぅ?そなたは先ほど、あの二人の王族の正義と言う言葉を使ったな?理解もできると…。その者たちを葬り去るつもりか?その意志と共に…
「別に…殺す必要はない…。『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』さえ消えればいい…。これまでのあの病気が人為的なものであり、呪いでないと証明すればいい…。それに、先王の死に関しても…真犯人を捕まえればそれで終わる話だ…」
―――ふっ…やはりまだ若いな…。そんな事公表したら、カンボジアの国そのものが世界中から吊るし上げに遭う事くらい…解らぬそなたではあるまいに…
「……」
その言葉にルルーシュはただ…歯噛みする事しか出来なくなる。
―――やはりそなたは面白い…。そなたは決して言い訳せぬ人間だったな…。そして、過ぎた事は捨て置く人間…
「何が云いたい?」
―――そなたを裏切った者をそなたの伴侶とし、そして、そなたを裏切った者たちへの怒りすら感じない…。そして…この世界に対してもこれほどの執着を持つ…。やはり…あの、そなたを粛清しようとした妹の存在か?
その言葉にルルーシュはかっと頭に血が上る。
「貴様に何が解る!ただ、上から傍観しているだけの存在に…。ああ…俺は世界に対して執着を持っている…。こんな存在になってからも、今の世界を嫌だと思っている…。しかし…それの何が悪い!?」
―――そなたは既に…人間であって、人間ではない存在…。だからこそ…これからそなたがどう変化していくのか…それともその気高い意志を持ち続けるのか…興味のあるところだ…
ルルーシュの感情を逆なでする事を楽しむかのようにその声は話して、そして…その存在がルルーシュには感じなくなった。
どんどん、遠慮のなくなっていった…あの声…
恐らくルルーシュが『コード』を継承しているから聞こえてくる声だ。
―――スザクも…この声を聞いているのだろうか…?
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