カレンにとって…見覚えのある…あの衣装…
目の部分は仮面で隠れているが…
―――と言うか…ルルーシュ…あんなものまだ取っておいたの?
最初の素直な感想はそれだった。
確かに…あの衣装は中華連邦の部隊長を見事なまでに陥落させた。
嫌がっていた割には、ルルーシュの『ギアス』の事もあり、自分が出向いていかなくては話にならない事はよく解っていたルルーシュは…
―――そう云えば…恐ろしく嫌そうな顔をしていたわね…それに…大陸一の美女と言って、誰も一言も文句言わなかったし…
今回もまた、女装したルルーシュを見る事が出来るとは…と素直に思う。
確かに…あの中性的な外見は老若男女問わずに惹かれていくだろうし、魅了されるだろう。
アッシュフォード学園で男女逆転祭りをやった時には、本当に性別を間違えて生まれてきたとさえ思った。
―――それにしても…『ゼロ』…あいつは、ルルーシュがここに潜入していた事…知っていたのかしら…。
そう思いながら『ゼロ』の方へと目をやると…流石に仮面を被っているから表情を伺う事は出来ないが…
それでも、それほど驚いている様子もなさそうだ。
現在の『ゼロ』の中身を知っているから、判断できる。
―――って事は…ルルーシュがここにいる事…知っていた?って言うより、ルルーシュが『R.R.』とやらになって生きている事も承知しているって事よね?まったく…ルルーシュも苦労性よね…
呆れながらも、その優雅な『踊り子』の立ち居振る舞いを見ながら、懐かしさを感じていた。
この世界から名前を消した筈の彼が…今もなお…こんな形で世界を見守り続けなくては…と言うよりも、こんな形で守り続けなくてはならないという現実に…カレンは自分たちのふがいなさを感じる。
でも…彼らが、『ルルーシュ=ランペルージ』として、『枢木スザク』として存在していた時には…カレンの知る限りではずっと…敵同士だった。
確かに、ルルーシュが皇帝となった時には…二人は手を取り合っていたが…あの二人が…進んで行こうとした未来…そして、目の前で見せつけられたその結末を見た時には…あの二人が手を組んだ事に対して喜んでやる事が出来なかった。
ルルーシュは…『ゼロ』でいる時にも…ずっと…『枢木スザク』の存在を求めていた。
多分…あれは…『コマ』としてではなく…ともに同じものを目指す…仲間として…
本当は、スザクだって、あんな形でルルーシュを討つなんて事をしたくはなかっただろう事は…容易に想像できる。
―――でも…今、やっとあんたたちは…同じものを目指して…共に歩いているのね…。お互い…離れ離れになっていても…多分…気持ちは一つ…になっているのよね…
感慨深げにカレンはそんな事を考えていると…ルルーシュとアーニャの舞が始まった。
その舞に…恐らく、そう言った優美な芸能に対しての興味のないと思われる、玉城、杉山、南の3人さえも、二人の舞に…ただ呆然と見惚れていた。
ルルーシュの動きが優雅なのは元々皇族であったし、『ゼロ』である時も、その優雅さを隠しきれるものではなく…常にその動きは洗練されていたと思う。
こうした舞を目の前にすると…それを隠す必要のない場所なので、あの時よりもさらに光輝いているように見えた。
アーニャも…どこでそんな動きを身につけたのかは知らないが…その動きは…ルルーシュの輝きを引き立てる為に出しゃばる事なく…しかし、その存在を無視できる状態でもなく…その舞に光を与えている。
彼らが入ってくるまで、ざわついていたホールが…彼らに音を与える楽師たちの奏でる音と、彼らの身につけているアクセサリーの軽い金属音以外の音がすべて消える。
瞬きをする事さえ許されない様な…否、許したくない様な…そんな異世界に吸い込まれたかのようだ。
カレンの周囲の人間たちもそうだ。
老若男女問わず…彼らの舞に酔いしれている状態だ。
確かに…こんな優美な舞を見せられて、雑音を立てられる者はそういないだろう。
あの玉城たちですら魅入っているのだ。
ルルーシュが…わざわざこんな、馬鹿馬鹿しいとも言えるような事をしているか…と尋ねるまでもない…。
現在のカンボジアの異変に際し、『ゼロ』一人では解決できないとの判断だろう。
あれから数年の月日が経っているとは云え、彼らがその顔を世間に出すのは危険な事だ。
まして、カンボジアでは『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』などと言う騒ぎになっている。
否、そんな騒ぎになっているからルルーシュは自ら乗り込んで来たのだろう。
ルルーシュ自身、思っている筈だ。
『ルルーシュ皇帝』に対する府の感情を持っている事は構わないが、世間のそう云った感情を利用して、『ルルーシュ皇帝』の名を使わせてはならない…と…
少しずつ…カレンの頭の中で、現在、カンボジアの王宮に集められたメンツを見てみると…それこそ…誰がこんな事を企んだのかは解らないが…
―――見事なまでにメンツが揃っているわね…。多分…これを企んだ人間の目的は…
『ゼロ』の傍で戦ってきた事もあり、状況判断は、『ゼロ』と出会うよりも的確になったと思う。
そして…現在、カレンが下した判断…
―――このままでは…恐らく…ルルーシュ以外は全員死ぬ…
先日、国王の前で舞った舞とは違う舞…
こうして披露される踊りや舞が、同じものでない事はままある話だ。
この王宮に『ゼロ』がいる事が解っている。
なら…何とか、自分のメッセージを伝えたい…
そう思ったとき…できる事は…
そう思って、ルルーシュは急遽、演目を変えたのだ。
『ゼロ』に…スザクに…メッセージを送る為に…
彼なら絶対に気づく…ルルーシュの信頼だ…
そう考えて、アーニャに急遽、演目を変える事を伝える。
そして、楽師たちにも、無理を承知で変更を伝えた。
それでも、カンボジアの民族音楽を使うので、それほど怪訝に思われる事もなく、事は済んだ。
そして…舞の終盤にかかり…ルルーシュは被っているベールをそっと外した。
そのベールにそっと口づけるようなしぐさを見せ、そのベールを『ゼロ』に向けて投げる。
周囲がその場面で一瞬ざわめいた。
『ゼロ』がそのベールを受け取ると、仮面越しに『ゼロ』に向かって、その妖艶な笑みを見せ、そして、舞が終わる。
ルルーシュのそのしぐさに『ゼロ』ははっとしたように、ベールの中を探ると…思ったとおり、何かが入っていた。
それは…小さなメモで…それを誰にも気づかれぬようにそっと、自分の手袋の中に隠した。
そして…その後は、そのベールを受け取った事への羨望の眼差しが『ゼロ』へと向けられている事に気付く。
『ゼロ』の仮面の下では…スザクが苦笑する。
―――まったく…僕と二人きりの時にはあんな色っぽい顔…してくれないくせに…。使う時は好きなように使ってくれるな…
しかし…ああ言った形でメッセージを寄越したという事は…ルルーシュ自身、何かを掴んだのだろうという事は容易に判断できる。
そして…先ほどから、周囲の羨望の眼差しよりも強い視線を送ってきているカレンの存在…
彼女は『ゼロ』の正体を知る数少ない人間の一人だし、そして…あの様子だとあの『踊り子』がルルーシュである事も気づいている事だろう。
多分、先ほどからの彼女の『ゼロ』へ向けられている視線はそれを意味している。
そして…アーニャの存在を見て驚かなかったところを見ると、二人が一緒に行動している事も気づいていると判断できる。
出来る事なら…きちんと話をして見たいところだが…
だが、今回、何故、彼らが日本にいるのか…と言うのは、今更ながらぐもんの様に思えてきた。
単純に…日本政府の対応の遅さだ…
この時期に、カンボジアに滞在している外国人など、基本的には今回の事件を懸念して調査団を送り込んでいる国の調査機関の人間か、ナナリーたちの様な国賓扱いされる国の代表くらいだ。
一般の観光客が…この、訳が解らない…しかも、感染したら確実に死に至り、その病原体すらまだ分析、発見されていないような疫病が蔓延しているこの国に普通に出入国を許している国は…そうない筈だ。
ブリタニアだって、恐らく、ナナリー、シュナイゼルのツートップが現在、このカンボジアにいるという事は、相当の懸念がある筈だ。
そして、そこには…『ゼロ』も同行している…。
今のところ、ナナリーにもシュナイゼルにもその病気が感染した様子はない。
尤も、ここで、この二人に病気に感染させて、死に至らしめたら、カンボジアにとっても大きな打撃になるのは必至なのだが…
現在のこの状況を見ると…ナナリーもシュナイゼルも、『黒の騎士団』も、そして、『ゼロ』も、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を収める為に利用されるだろう事くらいは想像できる。
そして…ルルーシュも…
実際に、ルルーシュがこの王宮内のどこかに軟禁状態にいる事は解っている。
アーニャは自由に動けているようだから、今のところ、その事について嗅ぎ回っていても相手にとって何ともないと言えるのか…それとも、様々な勢力がけん制し合っているのか…
そんなところだろう…。
彼らは現在、存在しない筈の人間としてここに潜り込んでいる。
いざとなれば、どうとでも始末をつける事が出来るのだ。
彼らが、偽名を使い、偽造のパスポートで入国している事は、恐らく、国王他、他の子の陰謀に絡んでいる者たちは百も承知なのだろう。
そして、ルルーシュとアーニャに彼らのやろうとしている事がばれても…何の問題もない…そう判断していると予想が出来る。
となると、ルルーシュと『ゼロ』につながりがある事は…知られていないと判断していいだろう。
尤も、ただ、気に入ったという理由だけで、『旅芸人』を王宮に滞在させるというのもおかしな話だ。
あれから一体何日が経っている?
そう考えたとき…少なくとも、国王は、ルルーシュの正体に気づいている…。
そして、利用するためにここに留め置いている…。
ただ…ルルーシュだって『コード』を継承しており、普通の人間ではないのだ。
ここから抜け出そうと思えば抜け出せるし、そんなものがなくても、ルルーシュの知略なら、必要となれば、この王宮を抜け出す事は可能だ。
大体、発信機も通信機も取り上げられている状態でこんな場所にまだいるというのは…ルルーシュ自身にまだ、ここに何か目的があると考えるのが自然である。
スザクは…まだ、ルルーシュから渡されたメッセージを読んではいないが…それでも…そう判断する。
そして…あの眼は…
―――まったく…今度は何をする気なんだか…
驚かされる晩さん会を終え、『ゼロ』が与えられている部屋へと向かう。
そして…後ろから…
「ゼロ…」
声をかけられた。
カレンだった。
「……」
スザクは振り返るが一切声を出さない。
どこで誰が見ているのか解ったものではないから…
「あの…お願いがあるんです…」
ただ一方的に喋るカレン…。
カレン自身、現在の状況が危険な事は承知しているようだ。
流石、ルルーシュを常に傍で守ってきた『黒の騎士団』のエースだと思う。
あれから、何年も経っているから…随分、彼女自身、大人の女性へと変身したと思う。
『コード』を継承し、老化の止まった自分たちと違って…彼女は『人間』として存在しているのだと、改めて実感させられる。
「私にも…ナナリー代表を…守らせて下さい…」
カレンのその言葉には、流石に驚くが…
仮面で隠れているからその表情を伺う事は出来ない。
この件に関して…彼女を関わらせていいのか…
「ある人に…頼まれたんです…。『ゼロ』一人で、どうにもならない時には…彼女を守ってほしい…と…」
少し、デフォルメを加えた…アーニャとの約束…。
ただ…アーニャは…ルルーシュとともに行動している。
カレンにとっての『ゼロ』は彼だけだ。
そして、現在、誰よりも彼の傍にいる彼女の頼みなら…恐らく、彼もそう望んでいると…そう判断する。
「今の私では…あまり力になれないかも知れませんが…でも…」
カレンのその必死な表情は…恐らく、首を横に振ってもついてくるに違いない。
それに、ルルーシュから渡された先ほどのメッセージも気になる。
恐らく…ルルーシュが出来ない事を…『ゼロ』に託したのだ…。
それが解っているから…
あまり考える時間がない…。
今は…軍にいた頃の…そして、『ゼロ』と言う存在になってから培われた直感を信じるしかない。
今、ルルーシュは自分で王宮を出る事は出来ない。
だとすると…あのメッセージの中身は…恐らく…『ゼロ』がナナリーの傍を離れることにもなるかもしれないのだ…
「一つ…約束して欲しい…」
久しぶりに変声機を通しての…『ゼロ』としての…言葉…
「絶対に…自分の身を最優先とする事…」
短く紡がれる言葉…
ナナリーの事も気になるが…彼女自身に何かあったら恐らく、ルルーシュが許さないだろう。
自分たち以外…誰にも犠牲を払わせたくない…そう思って、あんな手法を取ったルルーシュの想いはそこにある。
ナナリーは当然守らなくてはいけないが…
もし、ナナリーを守る為にカレンが何かあった時には、ルルーシュだけでなく、ナナリーも自分を責める事になる。
『ゼロ』の一言に…カレンの顔が泣きそうにくしゃくしゃになりながら嬉しそうに笑顔を見せる。
「ありがとうございます!今の言葉…肝に銘じます…」
そう云って、踵を返し、走り去っていくカレンをその背中が見えなくなるまで、『ゼロ』は見送っていた…
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