束の間に過ぎる夢…14


 無事、プノンペンの視察を終えたナナリーがカレンをはじめとする元『黒の騎士団』のメンバーたちを引き連れて宮殿に帰ってきた。
『ゼロ』ノ仮面を被っているスザクはこの状況をどうするべきかを考えるが…どうしたらいいかなど…正直さっぱり解らない。
ついてきたカレンも、藤堂も、これからが厄介な事だと…内心様々な思いを巡らせている。
そして、あまり状況把握が出来ていない人物たちの意見は二つに分かれている。
一方は、王宮と云う、一般人なら決して入る事の許されない場所に立ち入る事が出来ると浮かれている者…
一方は、何だかよく解らないが、何かが起きるという予感を抱いて、その何かが何であるのかは解らないが、それでも、単純に浮かれていい事態ではないと考える者…
どの道、理解していても、いなくても、カンボジアを震撼させている『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と云う、カンボジアの情勢不安の中に巻き込まれている事だけは事実である。
そして…彼らを出迎えたのは…国王であるトリブバーナディティ国王だった。
「これは、ナナリー代表…視察の方はいかがでしたか?」
「はい…このような状況で…住民の皆さんが外出規制をかけられている中、混乱が起きるでもなく…皆さんの生活を維持されている国王陛下の統制に関心致しました…」
「それはそれは…。とにかく、市民たちの生活を維持して行かなくてはなりませんし、しかし、あの、原因不明、正体不明の疫病に対しての恐怖もある…。出来るだけ、プノンペンを離れる事が第一だとは思うのですが…」
「それが出来ない方々も多い状況では…確かにこれが精一杯ですね…」
カレンたちの前で交わされているその会話…
何となく違和感を覚えるのだが…それでも、ナナリーの表情は変わる事はないし、国王も穏やかに話している。
―――まぁ…二人とも一国の代表であり、統治者だものね…。それに…ナナリーも、あんなに大人しそうな顔をしていたって、ルルーシュの妹だし…
二人の会話を見ながらのカレンの感想だった。
カンボジアの現状もさることながら…この時期にあの体たらく状態な日本政府も心配になって来る。
今のところ…『ゼロ』とナナリーが必死になって日本を守ってくれているだろう事は解る。
しかし、彼らが出来る事は外交面でのフォローだけだ。
彼らの中で日本に対する思い入れが強い事は知っている。
しかし、現状での外交的なフォローもナナリーの過去を知った一部の国からは『私情を挟んでの外交はやめて頂きたい!』との声が上がっている。
ブリタニアは相変わらず世界に対して大きな影響力を持つ国だ。
だからこそ…他の国々の目も厳しくなる。
―――まったく…全てを『ゼロ』に押し付けてきたツケね…いっそ、もう一度、ブリタニアに占領されれば今なら、日本人が日本を治めるよりも遥かにマシじゃないかしら…

 やがて、ナナリーとトリブバーナディティ国王のやり取りが終わって、国王の目が藤堂やカレンたちへと向けられる。
「あなた方が…あの…ルルーシュ皇帝を討った…『黒の騎士団』の方々ですね…?」 その一言にカレンと藤堂が顔をしかめる。
千葉や日向、双葉は困ったような表情を見せる。
そして…玉城、杉山、南は誇らしげな顔をして国王に対して胸を張る。
「おぅ…俺達があの『悪逆皇帝』と戦った『黒の騎士団』だよ!」
玉城の言葉に…普段は決して損な表情を見せないナナリーが誰にも気づかれない程度にではあったが、玉城に対して怒りを向けた。
「玉城!やめないか…」
そこで、調子に乗って要らない事を言い出しかねなかった玉城を制したのは藤堂だった。
少なくとも、公の場ではどうであれ、ナナリーとルルーシュは固い絆で結ばれた兄妹であった事を…藤堂は知っている。
カレンや『ゼロ』の仮面をかぶったスザクも良く知っていた。
ナナリーを目の前にして、このような言葉を何の為に国王が放ったのかは定かではない。
それに悪乗りするのは、この先、彼らがこの王宮に招かれたという時点であまり好ましくはない。
それに…一国の国王や国家の代表の前で、自国の品性を下げるような発言は好ましくない。
仮にも、一般人であるとはいえ、彼らは公人であるカンボジアの国王に招かれてこの王宮に来ている。
ここで、日本人の品性を疑われる事になれば、そうでなくとも、現在の日本政府への国際的な視線は冷ややかなものだ。
いくら、幼少の頃、日本で暮らし、日本に対して様々な思いを抱いているナナリーだって、日本が自ら品性を下げ、評価を下げている状態では、私情をはさんで庇いだてする訳にはいかない…
藤堂の叱責に、玉城は一応黙りはするが…
「何だよ…ホントの事じゃねぇかよ…」
と言葉を放った。
流石にカレンはこの場で玉城をぶん殴りたい気分だったが…ここには、カンボジアの国王とブリタニアの代表が顔をそろえているのだ。
あまりバカな真似をする訳にはいかないし、実際にこんなところでそんな事をしたら玉城と同じだ。
カレンは玉城の言葉を無視して、ナナリーの前まで行って頭を下げた。
「ごめんなさい…ナナリー代表…。私たちの連れが…あなたに対して大変失礼な発言を致しました…」
今のカレンにはこのくらいしか出来ないし、現在のカンボジアを垣間見た時、下手にブリタニアの心象を悪くするのは得策ではないのだ。
「いえ…気になさらないで下さい…。でも、お気づかい、ありがとう…」
カレンは日本人の代表として、ブリタニアの代表であるナナリーに頭を下げた。
これによって、この場はなんとか治まった。

 このやり取りを見ていたトリブバーナディティ国王は興味深そうに藤堂やカレンを見ていた。
そして、ルルーシュ皇帝の妹であるナナリーとカレンが懇意の仲である事を悟る。
「私こそ…失礼な物言いでしたね…。申し訳ありません…。この場の空気を乱したお詫びに…現在この王宮にとどまっている『旅芸人』の舞をご覧に入れよう…。ナナリー代表も、お気に召した…あの『旅芸人』たちですよ…」
トリブバーナディティ国王が含みのある笑みでナナリーを見て、そして、藤堂たちの方を見た。
「あの…旅芸人…」
ナナリーの声が僅かに震えていた。
トリブバーナディティ国王がナナリーに対して『あの旅芸人』と呼ぶ相手は…ナナリーの中で心当たりはあの二人しかいない…
―――アーニャさん…そして…お兄様…
ナナリーの変化に気づいたのは…『ゼロ』とカレンであった。
そして、トリブバーナディティ国王の言葉に『ゼロ』であるスザクは確信を持つ。
―――ルルーシュは…まだこの王宮にいる…
出来る事なら、何か騒ぎでも起きて、何とか、ルルーシュとアーニャをこの王宮から出したいと考えるが…
この状態では『ゼロ』として動くにも限界があるし…彼の頭の中で構築できる作戦では到底、この、あまり好ましくない状況から脱出するのは難しい…。
通信機も、発信機も今はルルーシュの手にはない。
恐らく、ルルーシュの身柄はどこかに隠されている。
そして、アーニャが捕らえられていないところを見ると、完全にルルーシュが目的であり、アーニャ自身が色々動き回っていても、国王にとっては痛くもかゆくもない…と云う事になる。
「では、あなた方を部屋へ案内させましょう…。突然の招待故…足りない者があるかも知れませんが…何かあったら、何でも、部屋付きの侍女たちにお申し付けください…」
トリブバーナディティ国王のその言葉に…反応したのは…藤堂とカレンと千葉…そして『ゼロ』だった。
彼らに密談させないための措置…
そして…その事実は…彼らが招かれたのは…確実に、今のカンボジアの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の為に…利用される事を意味している。
しかも…彼らに『協力を要請』する形ではなく、ほぼ『騙す』形での招待であり、彼らに対する説明が一切なされていない。
―――せめて…『ゼロ』であるスザクと話が出来れば…
そんな風にカレンは思い、『ゼロ』を見るが…
相手はあのスザクだ…。
ルルーシュほどの機転が回る訳もない。
「こまやかな心遣い…感謝いたします…」
今は…そう答えるしかなかった。

 『ゼロ』の仮面をかぶったまま、与えられた部屋に戻ると、スザクは仮面をつけたまま考え込む…。
―――ひょっとして…ジェレミア卿との会話を聞かれた?しかし…自分が話していた部分だけでは完全なる分析はできない筈…。それに、あの通信機はルルーシュの特製で…盗聴は一切できない筈…
これまでの出来事に頭を悩ます。
大体、あのタイミングで何故、カレンたちがナナリーと接触したのだろうか…
―――他の連中はどうだか知らないが、カレンに関しては…アーニャがナナリーを守ってほしいとでも云ったんだろうが…
こんなとき…ルルーシュにいて欲しいと思ってしまう…。
これまで、『ゼロ』としての活動で切羽詰まった時には必ず、ルルーシュに訴えれば、適切な答えをくれた。
ルルーシュがブレーンで、スザクが実行する…。
『ゼロ・レクイエム』でも…ルルーシュの綿密な計画があったからこそ、成り立ったのだ。
これまで…ルルーシュと手を組んで、ともに行動するようになってから、自分の頭で考えて、実行した覚えがない。
と云うよりも、『ルールを守る』という大義名分の下、全て、上からの命令のみで動いていたスザクにとって、これは最大の試練と言える。
ルルーシュやスザクは『コード』を継承しているから死ぬ事はない。
しかし…他の者達は刺されれば、撃たれれば死ぬ…。
恐らく、トリブバーナディティ国王が今回招いたナナリーやシュナイゼルを含めた王宮への客人は誰一人死なせてはならない…
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と言ったところで、そんなおとぎ話の様な理由をこじつけたところで立派な国際問題だし、今のご時世、そんな事を理由にされて『はい、そうですか…』と納得する様な者が為政者となっている国はないだろう。
しかし…この国では、その一言が、国を左右するほどの大きな影響力を持つ言葉だ…。
下手をすれば…その一言を巧みに使う事で…国民に暴動を起こさせる事さえ…
―――国民の…暴動…。『ルルーシュ皇帝』の名と…それに関連する道の事件と疫病…
そんな事を考えたとき…まだ一つ足りないと思いながらも…少しずつ点が線へと変わっていく気がした。
王宮内で分かれている国のあり方…政治のあり方…
そして…今現在もくすぶり続けている権力闘争…
そこまでは解るのだが…まだ、容疑者が完全に絞れない…。
手をこまねいている内に…恐らく…ここに集められた者たちは…

 カレンは案内された部屋の中で…一人もんもんと考え続ける。
口に出して言葉にする訳にはいかない。
国王は侍女と言ったが…恐らく…その侍女は監視だろう。
なんだか…世間的に見て『ルルーシュ皇帝』が恨んでいそうなメンツばかり揃っている気がした。
実際にルルーシュに尋ねれば『バカか…』と失笑されるだろうが…傍目には十分『ルルーシュ皇帝』の恨みを買っているメンツだ。
ルルーシュに敵対し、ダモクレスで『フレイヤ』を撃ちまくったナナリーとシュナイゼル、『超合衆国』から派遣された軍としてルルーシュ皇帝軍と戦った『黒の騎士団』、そして、あのパレードでルルーシュ皇帝の胸を貫いた『ゼロ』…
「なんか…ものすごいメンツ…揃っているんじゃないの?」
つい、そんな事を口にしてしまう。
多分、カンボジアの国民よりも『ルルーシュ皇帝』に祟られそうなメンツばかりだ。
そんな風に考えると…
しかし、ここは王宮であり、今のカンボジアは絶対君主制…
カレンたちが入国している事を把握するのは容易いし、やろうと思えば、このカンボジアに自分たちをおびき寄せる事だって出来る。
今回、玉城がカンボジアを旅行先に選んだ理由をそう云えば聞いていなかった…。
色々事情を鑑みたとき…それを玉城に尋ねるのが怖くなってくる。
―――ひょっとして…これって…殆ど脚本化されていた…って事?
確かに今の扇政権であれば、この程度の小細工は簡単に出来るかも知れない。
実際に、『黒の騎士団』とはまったく関係のない一般の日本人も今は、日本側から待機命令が出されていて帰国できない状況にあるのだ。
―――まさか…カンボジアにいる日本人…皆殺しにする気じゃ…ないわよね…
祟りを収める為に生贄を用意する…と云うのは、昔話ではよく聞く話だし、民族によっては、その生贄になる存在が人間でなくなっただけで、家畜などの動物を生贄にして儀式を行う民族はまだ現存している。
恐らく、今のカレンの中にある情報も、知識も相当足りない状態だが…ただ…現在、自分たちの置かれている状況が…あんまり芳しくない事だけは解る…。
今の『ゼロ』はそれまで『黒の騎士団』に対して奇跡を起こしてきた『ゼロ』ではない。
中身を知っているだけに…普段は信じてもいない神に祈ってしまう…。
―――ルルーシュ…アーニャはあんたを必ず助け出すって言っていた…。今…あんたはどこにいるの?ナナリーが危険な状態にあるって言うのに…あんたは今、何やってんのよ…


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