束の間に過ぎる夢…13


 ルルーシュが振り返った時…そこに立っていたのは…故チェイバルマン国王の弟で、現在はトリブバーナディティ国王の叔父として将軍職に復帰したスールヤヴァルマンであった。
故チェイバルマン国王と比べられる事も多く、その武勲の評価は高いが、兄王に対する異様な劣等感を抱いていたと聞く。
そして、兄王が『フレイヤ』開発に尽力すると云い出した時、彼だけが正面を切ってその事を反対した。
当時、ブリタニア帝国の傘の下にいたこのカンボジア…
そして、第二皇子であったシュナイゼル=エル=ブリタニアへの協力によって、このカンボジア王家は生き残る事が出来た。
恐らく…スールヤヴァルマン自身、シュナイゼルに対して何か危機感の様な者を抱いていたのだろう。
しかし、兄王ほど人望がある訳でも、政治や外交手腕がある訳でもない。
確かに、武勲を重ねて将軍と云う立場を得た彼ではあったが、彼に足りない政治力や外交力の所為か、兄王に対して妙な劣等感を抱いていた。
そして、その劣等感は兄王も感じ取っていた。
それ故に、そのひがみからの発言であると決めつけられてしまったのだ。
スールヤヴァルマンの進言もむなしく、トロモ機関の施設を故チェイバルマン国王はシュナイゼルの要請をそのまま飲む形で建設した。
その後のその施設の維持費、研究員の生活の保障、実験場など…トロモ機関に対してかけた国家予算は莫大なものとなっていた。
結果的に『ルルーシュ皇帝』が『悪逆皇帝』としての振る舞いで世界を震撼させたから現在、故チェイバルマン国王のやったことは正しかったとされるし、絶対君主制のこの国において、国王のやっている事、使われている国家予算など、きちんと報告されている訳もなく、とりあえず、国民生活にかかった負担が全て『ルルーシュ皇帝』に押し付けられたおかげで少なくとも、カンボジア王家のへの批難は殆どない。
と言うか、絶対君主制であるのだから、何かの形で不満を抱いていても国に対しての不満を一般の国民が漏らす事はないのだ。
それ故に…こうした形で『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』は利用し易い。
『絶対君主制』を守ろうとする立場にとっても、『立憲君主制』を作り上げようとする立場にとっても…
いずれにせよ…『立憲君主制』を立ち上げた時点で、国民が全幅に支持を寄せいてた故チェイバルマン国王のしてきた事は全て暴露される事になる。
『立憲君主制』を立ち上げようとする側がそれを利用しない筈はないし、『立憲君主制』であるのだから、王家は残さなくてはいけないので、変に国民感情を王家に対して怒りへと向ける訳にはいかない。
それでも…隠そうと思って隠しきれるものではない。
データは存在し、このコンピュータで記録を作っている世界で、それだけ大規模な施設の痕跡を全て消し去る事は出来ないのだ。

 ルルーシュのいる部屋に…黙ったままスールヤヴァルマンが入ってきた。
「何か…ご用でしょうか?」
ルルーシュの目の前まで歩いてその男は軍人らしいその節くれだったその手でルルーシュの細い顎を持ち上げた。
「ふっ…流石に美形だ…。写真や映像で見るよりもずっと綺麗な顔をしているな…」
彼のその言葉にルルーシュはこの男もルルーシュの秘密を知るものだと悟る。
そして、その男の深い闇の瞳を睨みつけた。
「何の…お話でしょうか?私がここに来たのは…此度が初めてですが…」
相手の目的が解らないので、敢えて、腹の探り合いの様相を見せるように答える。
「それに…あのパレードの時と…まったく変わらない姿形…『ナーガ』の継承者…」
完全にルルーシュの言葉を無視した状態のその男に…苛立ちを隠せなくなるが…ここで冷静さを失う訳にはいかない。
故チェイバルマン国王の弟と言う割には随分年若いように見える。
トリブバーナディティ国王の兄と言っても、あまり違和感がないように見える。
「兄上がご存命なら…そなたを所望しただろうな…。否、現国王の好みにも沿っているか…。親子は気にいるものがよく似る…。趣向だけでなく、物の見方、価値観、性格、政治姿勢…ホントによく似るものだ…」
全くかみ合わない会話…
と云うよりもただ一方的に相手が喋っている状態だ。
「何を仰りたいのです?スールヤヴァルマン殿下…」
ルルーシュは流石にいらだちを隠しきれずに、彼の手を払いのけて言い放った。
そのルルーシュの態度にスールヤヴァルマンがくつくつと笑いだす。
「あなたは…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇帝であるのでしょう?ならば、私などに礼を払う必要はない…。それに、私もあなたに礼を払う気はない…」
そう云いながら、ルルーシュの部屋に備え付けられているテーブルセットのソファにドカッと腰掛ける。
「私も甥の事は言えない…。あなたと話をしてみたかった…。恐らく、この世界に存在する国家元首や国王、全てが個人的にあなたとお話ししたいと考えている事でしょう…。たった2ヶ月で世界を敵に回せるような…そんな稀代の皇帝と…」
「……」
「そちらにかけては頂けぬかな?呼び名は…あなたの望む呼び方で呼ばせて頂く…」
ルルーシュは今の腹立ちを隠そうとはしない。
しかし、ここで逆らってみたところで、何が出来る訳でもない。
それに、この男も…あの、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を引き起こしている容疑者の一人だ。
話しを聞いていれば…何かを掴めるかもしれない…

 ルルーシュは軽く息を吐いてスールヤヴァルマンの目の前に腰かけた。
「私は…アラン=スペンサーです…。それ以外に名前はありません…」
腰かけたと同時にスールヤヴァルマンの目を見ながらそう答える。
ここで、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』として話してはいけないのだ。
現在の世界…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』が『悪逆皇帝』としての名前でしか呼ばれてはいけないのだ。
もし、ルルーシュ達のやろうとした事に…そして、その真相と結果が世界に知られれば…間違いなくまた、混沌と戦争の時代に逆戻りしてしまう。
「では…アラン…君の意見を聞きたい…。今のカンボジア…世界を旅している『旅芸人』として見たとき…君はどう思う?」
嫌な質問だ…ルルーシュは素直に思う。
ストレートな言葉…恐らく、ウソを見抜けない程の馬鹿ではない筈…
故チェイバルマン国王とは意見の相違で将軍職を更迭されているが…息子のトリブバーナディティ国王になってから呼び戻されているのだ。
「平和…という概念がどういった基準のものかは…私には解り兼ねますが…私が感じた感想でよろしいので?」
「勿論…君自身の正直な感想を聞きたい…。私たちは今、この国から出る事が出来ない。確かに、情報だけは入って来る。様々な情報媒体を通じて…。しかし…自分の目で確かめなくては解らぬ事も多い…。ずっと武人として身を立ててきた者の悪い習性なのかもしれぬが…」
「いえ…立派な心掛けだと思います。真実を知らなければ…戦いにも勝てませんし、政治も…必要なものが見えなくなりますから…」
このような話し方や、物腰…そして、自分の理念を持ち、何故、兄王に対して劣等感を抱いていたのかがルルーシュにとっては不思議だった。
ルルーシュ自身、異母兄であるシュナイゼルに対してのコンプレックスはあったが…それは確かに実力の差があると目の前に突きつけられてきた。
最終的にはシュナイゼル自身を理解したからこそ…あの時の戦いでも勝てたのだ。
そうでなければ、あの場でシュナイゼルに捕らえられていたのはルルーシュの方だった。
しかし…故チェイバルマン国王が国民からの支持の厚い国王であった事は知っているが、それは、どう見ても、ルルーシュが『悪逆皇帝』として、名を馳せたからに見える。
シュナイゼルのトロモ機関に対する全面協力に関しては…いくら『絶対君主制』の王であったとしても…あまりに無謀で無茶な政策だったように見える。
『ダモクレス』と『フレイヤ』の開発…ロイドたちを招いた時にそれに関する情報を得ていた。
どう考えても、あの時のカンボジアやシュナイゼルの支配に置かれていた組織、国々の財力、権力を合わせても相当なものだ。
あの場でシュナイゼルが『ダモクレス』から脱出しようとした時に…トロモ機関自体に『ダモクレス』を作るだけの力はなかった筈だ。
そのとき…カンボジア自体…ひどく疲弊していた筈…
恐らく…目の前にいるスールヤヴァルマンは…その事を知っているのだ。

 しばらくの沈黙…
ルルーシュ自身、少しずつパズルのピースが見つかり出し、少しずつ組み立てている段階に入っていると判断する。
「私が現在の世界を見た…と言っても、所詮は『旅芸人』です。見えるものしか見えません。ただ…その中で争いが勃発している国もあるし、戦争が終わり、復興が成って国民が笑顔で暮らしている国もあります。『ルルーシュ皇帝』は…独裁者としてどこの国でも『悪逆皇帝』としての地位が揺らぐ事はないのです。現在の争いにしろ、復興し笑顔を見せる国も…『ルルーシュ皇帝』の独裁から成っているもの…ですから…」
なるべく言葉を選ぶが…どうしても、政治に携わった者の色を拭い去る事は出来ていない。
ルルーシュの言葉にスールヤヴァルマンがふっと笑った。
「確かにその通りだ…。国の復興がうまくいっているのは…『ルルーシュ皇帝』を一方的に『悪』として断罪していない国だ。EUや数少なかった独立国家…そして、超合衆国の中でも発言力のなかった小さな国々…。逆に、『ルルーシュ皇帝』が綺麗にインフラ整備を施した国々はどうだ?日本がそれの代表だろう…。『ルルーシュ皇帝』に対して全ての責任を押し付けた結果があれだ…。ブリタニアもナナリー代表とシュナイゼル宰相、そして、『ゼロ』の存在でやっと、ギリギリのところで『平和』らしきものを維持している…」
「……」
ルルーシュはスールヤヴァルマンの言葉に…ぐっと言葉を飲み込んだ。
結局、ルルーシュ自身が『ルルーシュ皇帝=悪』という大義名分を大きく掲げ過ぎたおかげで、ルルーシュのお膳立ての下に勝利者となり、勝利者の中心にいればいる程、彼らは彼ら自身の責任放棄をした。
その結果、この、混乱状況のカンボジアに一般人を渡航させ、彼らの動きが緩慢だったお陰に帰国できない者たちが続出している。
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と云う…オカルトなネーミングはされているものの…少し考えれば…状況を知ればどう見ても人為的な事件である。
しかも、暗殺された者達は…故チェイバルマン国王を含め、全てが対ルルーシュ皇帝として、トロモ機関に深く関わった者たちだ。
この状況を見て、日本からカンボジアへの渡航を許していた扇要に対してはもはや感じるのは怒りだ。
日本国首相…扇要は『ルルーシュ皇帝』に対して刃を向けた『黒の騎士団』の副指令だ。
そして、日本とは、『黒の騎士団』が誕生した地でもある。
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』というネーミングがついている時点で、『黒の騎士団』に深く関わっていた日本人が安全にカンボジアへとこうして、無事に帰国できると思っていたのだろうか?
そんなネーミングをつけられている時点で、その糸を引いているのが何者かは知らないが、どの道、『ルルーシュ皇帝』の恨みを買っている自覚を日本人は持たなければならなかった。
実際に恨んでいるかどうかは聞かれれば、ルルーシュ自身は『No』と答えるだろう。
しかし、それを利用している者達はそんな事は関係ないのだ。

 どうにもこの国には厄介な連中が多いらしい。
爪を隠した鷹が随分いる。
ルルーシュの素直な感想だ。
「アラン…否、この言葉だけは…『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』として聞いて頂きたい…。そして、答えて欲しい…。あなたは…今のこんな世界を望んで、あのような茶番劇をしたのか?」
スールヤヴァルマンの言葉にルルーシュは目を見開く。
「今の世界は…民主主義などない!まして、独裁で治められている訳でもない…。現在国際会議での大国と称する国の為政者たちは…自分たちの罪を認める事なく、自分たちの罪の清算をする訳でもなく…何か、不都合があるとすべてあなたの所為にして前に進もうとしない…。そして、暗黙の言論統制…。『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』とその騎士『枢木スザク』の偉業を認めている者がいないとでもお思いか?それを唱えた者達が…どのような末路を辿らされているのか…あなたはご存じか?私はあえて言う…。私は『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と『枢木スザク』の偉業に対し、心から尊敬すると…。しかし、今、その言葉を口にすれば…一般人であれば、『悪逆皇帝の手先』として…抹殺される…」
その現実を知らない訳ではなかった。
中には植民エリアの解放によって、『ルルーシュ皇帝』に対して感謝の意を表明した国だってあった。
「あなたは…『彼』の『悪逆行為』を称賛されるのか?」
「それは…見る者によって評価が違う。それを一方通行で見る事しか許さぬ…否、一方通行でしか見えないようにせねば国を保てない大国のふがいなさに私は腹立ちを抑えられぬ…」
「……」
確かに…ナナリーが代表となっているブリタニアでも…『ルルーシュ皇帝』を『悪』とみなさなければ、国は何の罰も与える事はないが、民衆同士でそれを断罪する。
日本に渡ると、法律で定められてもいないが、『ルルーシュ皇帝』を『悪』と見なせない発言をした場合には逮捕される。
日本は扇が首相になってから、国民のデモ行進が絶えないと聞く…
「だからこそ…私は…」
スールヤヴァルマンはそこまで云うと言葉を飲み込んだ。
そして、ルルーシュはその姿を見逃さない。
―――少しずつ…絡まった糸が解けかけているな…。トリブバーナディティ国王…スールヤヴァルマン殿下…いろいろ複雑に動いてくれている…


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