束の間に過ぎる夢…12


 ナナリーがプノンペン市街を視察していた時…ちょうどカレンもアーニャから支持された通り、プノンペンのメインストリートの辺りをうろうろしていた。
相手はブリタニアの代表…
元は『黒の騎士団』のエースだったと言っても、今は一般の日本人だ。
公人として存在している訳でもないから、そう簡単にナナリーと接触なんてできるのだろうか…などと云う疑問も生まれてきているが…
アーニャは
『多分…大丈夫…。今のプノンペンの…カンボジアの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎの中であれば…『紅月カレン』である事を伝えれば…多分、変な意味で歓迎される…』
などと、いかにも怪しげな返事を寄越して来たのだが…
でも、そんな言葉を使うと言うのは、ナナリーにしても、今の『ゼロ』にしても…そして、あの時、アーニャと一緒にいた『彼』もあまり喜ばしくない状態にいる事くらいは解る。
元々、カレンは『ゼロ』の親衛隊隊長だったのだ。
素手で戦った時、スザク程ではなくても、それ相応の対処は出来るし、『ゼロ』がナナリーの傍にいるのであれば、確実に力になる事は出来る…そんな風に判断している。
「おい!カレン…一体何を探してんだよ…」
後ろから声をかけられる。
こんな時に、この土地で日本語で話しかけてくる相手に心当たりは一つしかない。
「……玉城…なんであんたが着いて来てんのよ…」
半分呆れて、半分はこんなやるに尾行されている事に気付かなかった自分のふがいなさとブランクの長さにため息が出る。
「俺だけじゃねぇよ…。ほら…」
と、玉城が自分の背中を指差すと…
「み…みんな…着いて来ちゃったの?!」
カレンとしては驚くしかないし、この事態にどうしたらいいか、頭の中がパニック状態になる。
確かにここにいるのも『黒の騎士団』のメンバーだが…あんな物騒な話を聞かされた後では、みんな纏めてナナリーと接触させる訳にはいかない。
「紅月…お前の様子がおかしいと聞いてな…」
そうカレンに伝えたのは千葉だった。
そして、彼女にそう伝えたであろう双葉に目をやると…双葉は小さく『ごめんなさい…』と肩をすくめながらばつの悪そうな表情をカレンへ向けた。
ある意味、優秀な人間だと思った。
流石は『斑鳩』で管制を担当しており、状況把握をする事に長けている女性だと思う。
それにしても…こんな時にそんなに鋭く気づく必要はないだろう…と、心の中で舌打ちしてしまう。
こいつらに全てを話したら、カンボジアが混乱状態になる前に、こいつらが混乱状態に陥る…。
少なくとも、玉城、南、杉山辺りの『ゼロ』に対して、異様な怒りと憎しみを持っていた連中に知れたらきっと…ろくな事にならない。
―――なんで、こいつらだけでも置いて来てくれなかったんですか…藤堂さん…
カレン…心の叫びであった。

 日本から来た『元・黒の騎士団』御一行様が往来で揉めているとき…
「カレンさん?それに…『黒の騎士団』のみなさん…」
そう声をかけて来たのは…ナナリーだった。
カレン自身、この事態に『最悪だ…』と、つい、『ルルーシュ』の口調を真似してしまいそうな口調で頭の中でそんなセリフが過って行った。
「ああ…ナナリー代表…」
ナナリーの姿を見ていち早くナナリーに声をかけたのは…ここは…いい度胸をしていると言うべきか…図々しいと言うべきか…
恐らく、この場面をルルーシュが見ていたら怒髪天を衝いているような光景だったかも知れない…。
玉城がまるで、昔からの知り合いの様な顔をして声をかけたのだ。
「玉城…ここにルルーシュがいなくてよかったわね…」
カレンは口の中でぼそりと呟いた。
幼少の頃しか知らないが、ルルーシュが妹であるナナリーの事をどれほど大切にしていたかを知る藤堂も心の中でカレンに同意してしまう。
しかし、ナナリーはそんな玉城に対しても、アッシュフォード学園にいた頃の様なふわっとした笑顔を見せた。
「ご無沙汰しております…カレンさん…『黒の騎士団』のみなさん…。お元気でしたか?」
ナナリーのやわらかな言葉は…今も健在だ。
今や、世界の経済や平和維持の中枢を担っている大国の代表となった者の顔をは思えない程、それは優しく、穏やかな顔だ。
このようなご時世だ。
頭の痛い事も多いだろうし、これほどまでに自然と、こんなに穏やかで優しい表情を見せられるというのは…ナナリーの周囲の者たち…『ゼロ』やシュナイゼルをはじめとするルルーシュが残したシステムに組み込まれた人々…によって、うまく機能している事が窺える。
そして…数日前に…アーニャと一緒にいた…少年…
カレンは、その正体を知った。
―――今でもあんたは…ナナリーを守り続けているのね…
カレンは、以前、『ゼロ』の正体を知ってからのルルーシュと共に過ごした時間を思い出していた。
そして…ナナリーがあの、『フレイヤ』に飲み込まれたと思っていた時のルルーシュの姿…
あれから幾年も経ったと言うのに…
―――成長のない奴…
そんな風に思えて来てしまうが…それでもそんな変わらない『彼』を思うと…少し嬉しかった。
ナナリーのこの穏やかな表情を崩さずにいられるのは…恐らくナナリー自身は『彼』がこの世界に存在している事を知らないのだろうが…『彼』のお陰なのだと思える。
ナナリー自身、自分の誰よりも大切な兄が残した世界を守ろうとする為に…そして、『彼』は、自分たちが残した世界の不完全な部分を補う為に…互いを支え合っているのだと…カレンはそう思う…。
―――ホント…ルルーシュの事好きになってはみたものの…ナナリーやスザクには…勝てなかったのね…やっぱり…
『黒の騎士団』で誰よりも『ゼロ』に近い存在もC.C.だった。
そう考えると…
―――結局…私って、ルルーシュの一番にも、『ゼロ』の一番にもなれなかった…って事なのね…

 確か…いつだかC.C.が云っていた…。
『あいつは…最も大切な女を巻き込まない…』
今になってその言葉が…嬉しい様な…悔しい様な…そんな些細な言葉でも縋りたい様な…そんな気持ちになっていた。
そして…だからこそ悔やまれた…
―――あのとき…なんで私は着いて行かなかったの?あの中で…誰よりも『彼』の事を知っていて…C.C.があんな状態だったって事を…知っていた筈なのに…。『彼』は…いつも優しいウソをつくって…知っていた筈なのに…
何年も前の…幼い恋心を思い出すと…何となく切なくなる…
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
「ね、ナナリー…ブリタニアから来ているんでしょ?」
「ええ…。カンボジア内での騒ぎがここまでひどくなる前でした。私達が飛行機に乗っている時にこの騒ぎを知りまして…今はブリタニアからカンボジアへの渡航は規制がかかっているんです…。カレンさんたちは?」
「日本は…扇さんがボケボケしていたのか…ノーチェックで入って来たの…。しかも数日前…。とりあえず、日本でも規制がかかっちゃって…私たちは身動きとれなくなっちゃったの…」
カレンは『ホント、日本政府しっかりしてよね…』と呟きながら説明した。
「まぁ…そうでしたか…。カンボジアにある日本大使館には?」
ナナリーがカレンの説明に心配そうに尋ねた。
「それは…私から連絡している。現在、カンボジアの日本大使館には、突然の渡航規制で帰れなくなった日本人たちが溢れていて…。私たちはとりあえず、日本政府が提示したホテルに滞在しているのだが…」
ずっと黙っていた藤堂が、愚痴を我慢しきれなくなったのか…そう伝えた。
「まぁ…それは大変ですね…」
ナナリーが心配そうに彼らを見遣るが、ナナリーもここでは国賓であり、彼らの事を何とかできる立場でもない。
彼らは日本人で、ナナリーはブリタニアの代表であるのだから…
昔の肩書だけで特別扱い出来るような立場ではないのだ。
「ま、俺達としては…こんな騒ぎを知らなかったからな…。でも、ホテルの衛星放送のニュースで見たら、世界中…大騒ぎになっていたのにはびっくりだよ…」
南の言葉に…ナナリーとしても言葉が出て来なくなる。
こんな状況で…日本は大丈夫なのか…と…
ナナリーは確かにブリタニアの代表であるが、幼少期から少女時代の7年間を日本で過ごしているのだ。
そこには…多くの思い出がある筈だ…。
そして…日本は…愛する兄、ルルーシュと別れた場所でもあった…
だからこそ…ナナリーにとっては彼女の中では、本国を守らなくてはならないという使命とは別に、日本には…きちんと一人で立って、歩いて欲しいと願っている。
いくら、軍事力で問題を解決しない世の中になったからと言ったって、そんな風に国の屋台骨がぼろぼろでは…一人で立って歩いていくなどと…出来る筈がない…

 ナナリーの心配そうな表情を見て、日向が、そっと声をかけた。
「そう云えば…ナナリー代表にとって日本は大切な場所の一つでしたね…。あの戦いの後…こんな形になってしまって…本当に申し訳ないです…」
そう云って、ナナリーに頭を下げる。
彼女らも…政治的に難しい話はよく解らないにしても…それでも、カンボジアへ来た事で、現在の日本の体たらくを目の当たりにして…申し訳ないと思ってしまう。
それはナナリーに対してだけでなく…この世界を…『明日のある世界』を何とか残そうとした者たちすべてに対する懺悔でもあったのかも知れない。
あの時には確かに敵であった、ルルーシュ皇帝や枢木スザク…扇たちがこぞって排除した『ゼロ』…
やり方は違っていたかも知れない。
その先の望むものも違っていたかも知れない…
しかし…本当は『黒の騎士団』と彼らは…同じ場所へ向かっていたのだと…そう思えるから…
「いえ…私こそ…ずっと日本で暮らし、日本の地にたくさんの思い出や恩義を抱きながら…何もできない事を…許して下さい…」
ナナリーにとって…日本は特別なのだ。
兄がナナリーと二人きりで過酷な中を生き抜いた地…
スザクと云う兄にとって初めての友達…
そして…ナナリーにとって初恋であるスザクの故郷…
ルルーシュが『ゼロ』として、『黒の騎士団』を立ち上げた事は…世界的にも衝撃を与えた。
確かに…『ゼロ』のやり方に反発していた事もあった。
その『ゼロ』がルルーシュであったと知った時には…悲しみと、憎しみが渦巻いた…。
しかし…今になってみれば解る…
政治を行う上で…まして、今以上の混迷を深めていた時代に…綺麗事だけで政治は出来ないし、あの時、彼らの求めたものを手に入れる事も出来なかった。
―――お兄様…
『ゼロ』の正体も知っているし…あの時の旅芸人の踊り子…
ナナリーの中には一つの答えが浮かんでいたが…それでも、それを確認してはいけない事であり、あの時の姿は…あれから年をとっていないことを意味している。
だとすると…ナナリーは知ってはいけない事…ナナリーはそう思い、恐らく、全ての秘密を知る『ゼロ』にも、一度も尋ねる事はなかったし、何かを察したであろう、シュナイゼルにもその話をしなかった。
もし、その事を話題に乗せてしまったら…きっと…世界のこれまでの努力も…そして、その世界の努力を報われるようにするべく頑張っている者達がいるのに、その頑張りさえも…全否定し、全てを壊す事になってしまうから…
だから…ナナリーはあえて口を噤んでいるのだ。

 やがて、それなりの時間が経ってきたのだろう…。
傍に控えていたポーターがナナリーに声をかけた。
「代表…」
その声にナナリーがはっとして振り返る。
「あ、申し訳ありません…」
そう謝ると、ポーターが少々困ったような表情を見せるが、ナナリーが謝罪するのを制止した。
「どうやら、積もる話があるようですので…SPの一人が王宮に連絡を取ったそうです。そうしたら…こちらにおられるのが『黒の騎士団』であった皆様であるのなら…王宮にお招きしても良いとの言葉を賜りました…」
ポーターのその言葉に一同が驚く。
確かに、この国は『ルルーシュ皇帝』を討った『ゼロ』に対する絶対的な支持はあるし、故チェイバルマン国王も『ルルーシュ皇帝』を討つ為にトロモ機関への援助を惜しまなかった事で支持を集めていたのだ…。
最近では多少…情勢は変わってきてるようだが…それでも、『ゼロ』に対する絶対的な支持と『黒の騎士団』に対する好意的な感情は健在だ。
「え?いいんですか?」
「はい…トリブバーナディティ国王も…皆さんからいろいろお話を伺いたいそうです…」
ポーターの言葉に…『黒の騎士団』だった者達の表情は二分した。
言葉を素直に受け止めて、王宮に招かれると言う事を喜ぶ者…
そして…その言葉の裏を勘繰る者…
―――確かに…ナナリーを守るという点では…その方がやり易いか…
カレンはそう思いなおして、一度、ナナリーの方を見た。
「あ…あの…国王陛下がそのようにおっしゃられるなら私は構いませんが…。それに私は客人です。国王の判断を覆す事はできません…」
ナナリーの言葉に藤堂は、多少不安を抱きながらもそのポーターに対してこう伝える。
「我々は…現在のこの国の情勢を踏まえての判断で、帰れずにいるだけなのだ…。ホテルも日本政府から指示されたホテルに宿泊しているし、帰国命令が出れば、即刻帰国せねばならないが?」
藤堂の言葉にポーターはにこりと笑った。
「その辺りの配慮はしておりますし、現在、日本大使館にも連絡をとっているそうです。とりあえず、お荷物に関しては、王宮の者が取りに行きますので…一緒に来て頂けますか?」
そこまで云われて、断ってしまうと…下手すると国際問題になる。
扇に判断を委ねたところであの男に適切な判断を下せるとは思えない。
仕方なく、藤堂が返事をした。
「了解した…。では…我々が帰国するまで…の間…よろしく…」
表情は晴れないが…そう返事する。
ポーターはにこりと笑った。
いつの間にか、ナナリーに着いていたSP達に囲まれる形になっている。
―――どうやら…『黒の騎士団』も…この国の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の為の生贄にされるのかも知れないな…


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