アーニャは王宮を抜け出し、プノンペンの郊外に居を構えているライの元へと走った。
先ほど拾った…データチップ…
その形を見た時に驚いた。
あのチップは、市販のパソコンや、各国の中枢で使われているコンピュータでも読みだす事が出来ない形態となっている。
と云うのも、トロモ機関で『フレイヤ』の開発用に作られていたものだからだ。
ルルーシュがいれば何とかデータを読み出す事が出来たかも知れないが、そのルルーシュは今、状況から言って、王宮内の誰か…一番可能性が高く、確実に実行できるのは国王であるトリブバーナディティ国王であるが…に捕らえられて身動きが取れない状態にある事は察しがつく。
多分、ルルーシュ自身、王宮に乗り込むと決めた段階でこの事も計算に入れていたとは思っているが…
ただ…通信手段が全て手元からなくなってしまうことまで想定していたかどうかを考えると…アーニャの頭の中では微妙に『?』がついてしまう。
だから…アーニャには今、二つの使命がある。
一つはルルーシュを見つけ出し、助け出す事…
そして、もう一つは…何故、トロモ機関で使われていたデータチップがカンボジアの王宮内で見つかったのか…
トロモ機関の施設が今、どうなっているのかは解らないが、あの時の戦いで、戦いの最中では恐らく、ルルーシュはその施設を破壊する事は出来ていなかっただろう。
そして、皇帝として、世界中に憎しみを植え付けていた時…トロモ機関の施設の破壊はそれなりにしていた筈だ。
二度と、『フレイヤ』を創られないようにする為に…
ただ…その時どれほど完全に破壊したのかは解らない。
現代のコンピュータシステムの中で、そのシステムに組み込まれたデータを完全消去するだけの技術は…今持ってないと言える。
ただ…施設を破壊してしまえば…かなりの部分は抑える事が出来る。
恐らく、ルルーシュはトロモ機関の施設内にいた人間全てを捕らえている筈だ。
そして…当時、まだ、使う事の出来た『絶対遵守のギアス』で彼らの記憶から『フレイヤ』についての記憶を消し去っている筈だ。
確か、数年前にそんな事を聞いた事があった。
ルルーシュから直接聞かされたわけじゃなくて、ルルーシュがジェレミアのあのオレンジ畑に身を寄せて数ヶ月ほどが経ち、スザクと『ゼロ』の行動に関しての話し合いをしていた時、扉の外からそんな話を耳にした…それだけなのだが…
でも、『ゼロ』の話をしている時にルルーシュがそんな重要な事に関してウソを言う筈もないし、スザクとて、『ゼロ』として動くのに、『フレイヤ』の事に関してはかなりの心配をしていた。
確かに、アヴァロンとダモクレスとの戦いで、二人は『フレイヤ』を止めたが…どちらか一人では止める事は出来ないし、今、あれだけの事が出来るナイトメアはこの世界に存在していないのだ。
ともすると、再び『フレイヤ』を製造された場合、その作った人間はそのままシュナイゼルの作ろうとしていた世界と同じ世界を作り上げ、恐らく、シュナイゼルよりも遥かにタチの悪い独裁者となったに違いない。
王宮はプノンペンのほぼ中心にあり、そこから全力でアーニャは走って、ライの住居にたどり着いた。
―――ドンドンドン…
アーニャはその家の扉を力いっぱい叩いた。
程なくしてその扉が開き、ライが出てきた。
「アーニャさん?」
息を切らせているアーニャを見てライが驚いた顔を見せる。
「はぁはぁ…ごめん…アラン…多分捕まっちゃった…」
このような状況でも、重要機密に関しての心遣いは出来るのは、流石に元ナイトオブラウンズと云うところか…
そんなアーニャの姿を見て、ライはすぐに家の中にアーニャを招き入れた。
そして、リビングのソファにかけさせて、ミネラルウォーターを手渡した。
アーニャは受け取ったミネラルウォーターをくいっと、半分ほど一気に飲み干した。
彼女の息が整ってきた頃にライが声をかけた。
「どうか…されましたか?アラン様が捕まったとは…」
「ライ…アランの事…どこまで知っている?」
ルルーシュが…もし、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と同一人物として捕らえられたのであれば、彼にも知って貰っておいた方がいい…。
ルルーシュの存在の意味を知らないまま、彼の救出を求めるのは酷と言える。
それに、今、ルルーシュがいるのは王宮だ。
守りも鉄壁…そんな中、アーニャがこれほど必死に彼を救い出そうとする理由を当然、知りたがるだろうし、アーニャがこれほど必死になっていれば、ルルーシュが具体的に解らないまでも、相当な重要人物であると…バカでなければ察しがつく。
変に勘繰られないようにするには、とっととバラして、行動を執り易くしたい。
「一通りの事は…ジェレミア卿から…。ホントに、メンツが揃ってしまいましたね…」
その一言でアーニャはライがどこまで知っているかを理解する。
「そう…なら好都合…。これ…見てくれる?」
そう云って、ポケットの中から例のデータチップを見せた。
「これは…トロモ機関の…?」
ライはアーニャの手にあるものを見て、あっさりとそう答えた。
「ライ…これ…知ってるの?」
「はい…私はあの、『ゼロ・レクイエム』より以前からここに派遣されていました。皇帝陛下もトロモ機関に関しては目を光らせていましたから…」
ライも少しずつ自分についてのカミングアウトをし始めていると、アーニャは察知する。
このデータチップの存在を知っているのなら確かにこの先の話はしやすいと言える。
「読める?」
「流石にそれは無理です…。一般に売られているパソコンしか私は扱えませんので…」
ライの言葉に多少の落胆を見せるが…それはそれで仕方ないとアーニャは再び話を続けていく。
「これ…さっきまで私がいた王宮の廊下に落ちてた…」
アーニャの一言にライは驚きを隠さなかった。
確かにこんなものが王宮内…しかも、『ゼロ・レクイエム』から数年経って未だにトロモ機関の施設が生きているという事になるのだ。
「私は…アヴァロンとダモクレスの戦いの後、トロモ機関の施設を破壊するという使命がありました。皇帝陛下直々のご命令で…」
「そう…。でも、アーニャがこれを持っているのがその証…。トロモ機関の施設…多分、まだ…どこかで稼働している…」
恐らく…大規模な施設だったので、完全に破壊し尽くす事が出来ていなかった…そう考えるしかない。
それに…トロモ機関とは…どうやってあれだけの人間をそろえたのか…とか、あれだけ大規模な施設を(基本的には)周囲に悟られる事なく作り上げ、稼働させていたシュナイゼルと云う男はどんな魔法を使ったのか…とか…様々な疑問などが頭を過っていく。
しかし、今はそんな事を気にしている場合ではなく、シュナイゼルがトロモ機関から手を引いた後、ルルーシュの皇帝時代に破壊された筈の施設になっていたと言うのに、結局、破壊しきれていなかったという現実を踏まえて、様々な可能性を考える必要があるのだ。
「こんなデータチップが存在しているのですから…システムもきちんと生きているのでしょうね…。『フレイヤ』のデータはかなり細分化され、全てを把握していたのは、インヴォークのチーフであるニーナ=アインシュタインだけだったようですが…」
「じゃあ…ニーナ以外はもう…『フレイヤ』を作れない?」
「まぁ、あの時、その場にあった、データは全て破壊しています。それに、研究員の殆どは捕らえてブリタニア本国へと連行されています。その中でデータチップを持ちだしたものがいたとしても…『フレイヤ』に関する資料のごく一部しか入っていなかったそうです…」
「今、施設と必要なものを集めて『フレイヤ』を作れるのは…ニーナだけ?」
「そう考えるのが妥当ですが…現在のこの世界であれだけのものを作る研究施設が出来れば、ひどく目立つ事になります。トロモ機関だって、あんな混乱の時代であったからこそ、人目を忍んだ形で存在出来た訳ですから…」
確かに…ライの言っている事はその通りだ。
『フレイヤ』とは、兵器だ。
あんな、大規模な破壊兵器を作る施設を作るともなれば、世界の動きは『軍事力を使わない解決方法を執る』という流れになっているさなか、そんな大規模施設を作ったりしたら、確実に世界から警戒される事になる。
確かに、各国、ばれない程度に軍事力を蓄えているようだが、今は表だって軍事力を持っていると公言出来るような雰囲気ではないし、それがばれた時には軍事力を失う負よりも現在の国際社会の中での自国の立場に向けられる負の方がはるかに大きい。
どこの国も専守防衛として軍事力を持っている事は公然の秘密、暗黙の了解となっているが、あの、混乱期に比べると遥かに規模は小さい。
故に、あれだけの大量破壊兵器を作れるような軍事施設が出来れば、悪目立ちする事この上ないのだ。
少しずつ見えてくるパズルのピース…
本当はルルーシュがいれば、このパズルのピースをつなげる事はもっと簡単に出来る筈なのだ。
「ただ…最近…あのトロモ機関の施設のあった場所に…人の出入りが確認されています…」
ライはパソコンのあるデータをアーニャに見せた。
すると…画面にはその施設跡に入っていく人物が数人、移っている画像が映し出されていた。
「これ…ここに…人がいる…?」
「私も昨日になってこれを入手したんですよ…。ある、ジャーナリストが…あの戦争の爪痕を追っているらしく…。その中に面白いものがあると言われて…その情報を買ったのですが…」
「人が…いる…。トロモ機関の跡地に…」
「ただ…中のシステムそのものはほぼ破壊し尽くしました。正副予備…3つのシステムが構築されていましたが…」
「でも、一部…生き残っていたか…あの、機関に詳しい人間が…そのシステムを作りなおしたのかも…」
「後者の方が考えやすいですね…。実際に、あの疫病が蔓延する少し前あたりに故チェイバルマン国王の側近やトロモ機関に深く関わった高官たちが暗殺されているのですから…」
「つまり…システム回復されてから…この騒ぎを起こした…?」
「そう考えるのが自然ですね…。これで…この『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』が人為的に作られた騒ぎである事ははっきりしましたね…」
まだ、誰が糸を引いているのか解らないし、その糸を引いている者の目的も良く解らない。
『絶対君主制』を支持する者の仕業であったとしても、『立憲君主制』を支持する者の仕業であったにしても、この騒ぎの鎮静化を治めたものが次の最高権力を握る事になる。
恐らく、カンボジア国民にとって、今回の騒ぎは『ルルーシュ皇帝』が世界の覇権を握ったという事よりも身近な事であり、現在置かれているこの国の状況の方がはるかに重要な事だ。
大体、カンボジアだけに限らず、あの時の『ルルーシュ皇帝』の独裁に関して騒ぎ立てていたのは、基本的には各国の権力者たちで、マスコミがそれに追随し、一般人たちも少し政治に興味のある者たちはマスコミの言葉に踊らされていた…そんな状況だったように見える。
今のカンボジアを見ればそうだ。
何が正義で何が悪なのか…そんなものは誰にも解らないのに…マスコミが『ルルーシュ皇帝』の悪辣な行為を取りあげて、わざとらしく『正義』と連呼して、『ルルーシュ皇帝』を『悪逆皇帝』として装飾して行った部分は…今になってみれば否めない部分がある。
そして…それがまた…利用されようとしているのだ…
アーニャはすくっと立ち上がる。
「ライ…この事をジェレミアに伝えて…。アーニャは…王宮に戻る…」
「お一人で…大丈夫ですか?」
「一人の方が動きやすい…。必要なら、ジェレミア通して、連絡する…」
「イエス、マイ・ロード…」
ライのその言葉にアーニャが驚いた顔を見せた。
「あ、すみません…。私は…ブリタニア軍に入ったお陰で…生きる事が出来ましたし、ジェレミア卿には大変感謝しているので…。今でも、私はジェレミア卿の配下であり、ブリタニアの軍人としての心構えは忘れていないつもりです…」
ライの言葉に…アーニャは少し嬉しくなったのと、切ない思いが心を支配していた。
「ルルーシュもスザクも…本当は…そんなもの必要ない世界…欲しかったのに…」
「これは私が勝手にやっている事です…。それに…私は、ルルーシュ皇帝陛下にお仕え出来た事…誇りに思っています…。そして、再びご尊顔を拝する事が出来た事も…幸せに思っております…」
この言葉にもアーニャは驚いた。
そして、少し寂しい気もした。
ルルーシュとスザクを理解できているのは…ジェレミアとアーニャだけ…
そう思っていた部分があったからだ。
しかし…あれだけの騒ぎの後もこうして…ルルーシュを理解し、彼の望みを叶えようと忠誠を示す者がいた。
本当は喜ばしい事の筈なのに…アーニャは少し寂しかった。
「なら…また、トロモ機関について、調べてくれる?アーニャの知っているトロモ機関じゃないだろうから…」
「承知いたしました。多分…先ほどの写真には映っていませんでしたが、地下への入口がある筈です…。多分…その中であの施設は稼働しています…」
「そう…。乗り込まなくていい…。解る範囲で、出来る範囲で調べて…。『ゼロ』は…たった一人の命も消える事…嫌い…」
「イエス、マイ・ロード…」
今日…と云うより、あれ以来聞く事のなかったその言葉…。
まだ…ルルーシュとスザクが欲した世界には程遠いと思い知る。
「じゃあ…いく…。後、病気にならないよう…気をつけて…」
「承知いたしました…。アーニャ様も…どうかご無事で…」
ライはそう云ってアーニャを玄関から見送った。
アーニャはライに振り替える事なく走りだした。
ルルーシュは今…トリブバーナディティ国王に捕らえられているのだ。
利用される前に救い出さなければならないから…
―――ルルーシュ…アーニャが解った事…持っていくから…
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