様々な問題の中、ブリタニアの代表であるナナリー=ヴィ=ブリタニアと『ゼロ』が出ていくという事に関しては、カンボジアの事務官の中でも様々な懸念を抱かれた。
確かに…あれから数年の月日が経っているとは云え、現在のカンボジアは(本当は巧みな人為的なものであるが)現代の科学技術を持ってしても、解析、分析の難しい事態に陥っているのだ。
などが山積みの状態で現在のプノンペン市街の視察に、現在のブリタニアの代表が出かけていくのだ。
「ナナリー…本当に君と、カンボジア国王に選抜されたSPとポーターだけで行く気かい?」
シュナイゼルが出かける準備を万端にしていたナナリーに尋ねた。
「はい…。それに…陰からとは云え、『ゼロ』もついて来て下さいますから…」
『ゼロ』の存在は、その姿で出歩くのは公の場でなければ目立って仕方がない。
だから、『ゼロ』は陰から見守る役として…そして、万一の時のナナリーの護衛の切り札として出ていくことになっている。
現在のプノンペンはあの、謎の疫病のお陰で人通りは殆どない。
ただ…国としても首都が完全にマヒした状態でいる訳にもいかないので、少ない手がかりから、一日のうち、比較的安全である時間がある事をある学者が見つけ出し、その時間だけは人の波が出来上がる。
逆に言えば、その時間にしか人々は街の中を歩く事が出来ない。
この度の疫病の蔓延により、プノンペンを離れる者も多かったが、貧しい者たちは、ここに残らなければならず…また、プノンペンが首都と云う事で、国の根幹にかかわる者たちはこの町を離れる事が出来なかった。
それ故に、現在この国を震撼させているこの状況に何とか対応していこうと思うのだが、敗血症の様な症状を起こして死亡した者の死体を病理解剖しても、敗血症の病原菌は一切出てこない。
それどころか、一体何が原因で死んだのかが解らない。
世界中から細菌学のエキスパートに依頼し、様々なサンプルを送り、分析を依頼しているが、今のところ、何が原因となっているか突き止めた学者はまだ出てきていない。
その所為もあってか…カンボジア国内には『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』などと云う形で国民たちに恐怖を植え付けているのだ。
ただ…やはり、リアリストな人間はどこにでもいるもので…その病気が発病した者達の足取りや、病気が発病する一週間前(中には一ヶ月前から)のその者の行動を調べている者もいた。
その中で導き出された…この病気に感染する法則…
まず、夜、誰もが寝静まった時には感染、発病しているという形跡がない。
また、その症状が出た者達は、一日の中である時間にある場所に身を置いていたという事。
その時間に、その場所にいて、大体長くて半日ほど、短ければ数時間で発病して死に至っている事…。
それ故に、空気感染があるかどうかが定かではないが、今のところ、その死亡者と接しただけの人間からの発病者、死亡者が出ていない事…。
それらの状況を分析して、プノンペンに暮らす住民たちの生活が回る様に、その時間だけは、一般市民の外出も許可された。
この病気に関して、今のところ解っている事はそれだけだ。
敗血症の様な症状は出ているが、敗血症とは別ものだ。
抗生物質は一切効かないし、血液凝固剤を使っても出血が止まる事がない。
それに敗血症の原因菌とされるセラチア菌などの病原菌は一切検出されない。
それは、生きたまま病院に運び込まれたものでも、既に息を引き取っているものでも同じだった。
それらの病原菌の存在どころか、そこに存在していたという痕跡すら見つからないのだ。
そこで…医師たちはこれが、敗血症ではないと判断するのだ。
すると…一体何なのか…
聞かれても、未知の病原菌としか言いようがなかった。
このような形でいきなり蔓延し、しかも、今のところ何であるのか、どんな検査をして見ても、解剖をして見ても何のデータも取れていないのだ。
恐らくは未知の細菌…もしくはウィルス…
世界の科学者たちはそう考えるが…。
ただ、この状況を『人為的に作られたもの』と考える者たちは、もう少し広い視野でものを見ていた。
まだ確証はないが…
ただ、血液を医学的に検査して見ても何も出てこない…。
つまり、これは生物学的に考えても駄目であると考えるのだ。
世界中にサンプルを送って、細菌学、ウィルス学に精通している科学者に分析、解析を依頼していると言うのに、ここまでその研究で何かを見つけ出したものは皆無だ。
となると、生物学だけで考えるには無理がある…と云う事になるのだが…。
―――ロイドやラクシャータなら…このテの話は解るかもしれないが…
良く解らない離宮に監禁されて以来、時間だけしかないので、それまでルルーシュが得る事の出来たデータを纏めてみた。
すると、そう云った結論に至っているのだが…。
ロイドは今、ブリタニアでナイトメアの起動システムを利用した様々な研究に携わっていると聞いた事があった。
しかし…ラクシャータは『ルルーシュ皇帝抹殺』の後、コーネリアの手により解放されて…行方知れずだ。
医療サイバネティクスを持つラクシャータなら、このような症状が出るマシンや、何かの形で痕跡を残さずに、生物学としてではなく、化学やメカニックの技術で蔓延させる方法の原理も解るかもしれない…
そう思ったとき…
―――何故…その事にもっと早く気付かなかった…。ここには、トロモ機関があった…。その後に残された施設…何かの形で利用されている可能性もある…
ルルーシュがそこまで思いが至った時…背後の扉が開いた…
「誰だ?」
不遜に尋ねるが、返事がない。
振り返ると…
「あなたは…」
一方、カンボジアの研究機関が算出した外出しても大丈夫と判断された時刻になり、ナナリーがカンボジア国王の命により彼女を守る為のSPと案内役のポーターたちと共に王宮を取り巻いている城下町に来ていた。
流石に、一日の中で外出できる時間が限られているだけあって、この時間は大きな通りにも人や車でごった返していた。
「やはり…あの騒ぎでこの時間にしか外出できないから…こうして人々が集まってくるのですね…。しかし…一点集中的に人が集まっては事故などが起きませんか?」
ナナリーは街の様子を見ながらポーターに尋ねる。
「その辺りは、国王陛下も随分気にかけられておりました。ですから、地区ごとに外出できる日が決まっているのです。外出を完全禁止から現在の形に切り替わる時に、そう云った通達がされ、今は地区ごとの代表者を通して、外出できる日の書かれたカレンダーが配られているのです…」
「そうですか…となると…一般の市民の皆さんの生活も不便ですね…」
ナナリーはゆっくり移動する車いすから今見える街を見つめる。>
確かに、ものを売りに来ている男女も、生活に必要な物を求めて様々な露店を見て回っている者たち…家族分担しているのか、中には小さな子供までも目的の店を探している。
「この露店も…毎日変わるのですか?」
「基本的には変わりません。こうした、生活必需品を売る露店に関しては、必ず政府の出先機関で申請し、一週間に一度、健康診断を受けるという条件とこの非常時ですので、出店の為の手続き料などを支払って貰っていますが…」
「え?」
「露店であれ、店舗であれ、基本的には営業の許可証を必要とします。それはブリタニアも同じでしょう?あそこに並ぶ露天商たちも普段から、この道路を管轄しているところへそう云った許可証を貰う為に手数料を支払っています。現在はその許可証を出す機関が自治体や個人地主ではなく、国に移譲しているのです。この状況ですから、国としても、黙っている訳にも行きませんから…」
「ああ…なるほど…」
『絶対君主制』だからこそ、王の判断一つでこうした事が実行できる。
国王が有能であった場合、確かに、『立憲君主制』として、王としての権限をはく奪するよりも、『絶対君主制』として、その王の手腕を十分に発揮して貰った方が国民は幸せかもしれない。
実際に、ナナリーが鶴の一声でブリタニアのペンドラゴンでそんな事をしたら、確実に暴動が起きる。>
まず、国の議会にかけ、内容を吟味し、必要なところは変更し…そう言った煩わしく、そして、ある意味緊急時には無駄に時間のかかる処置を施すよりも遥かに機能的だ。
しかし、それは国王が確実にその国を愛し、その国のために尽力出来、その国を支える能力が備わっている場合にのみ言える事だ。
ルルーシュならそれくらいの事は出来たかも知れないが、ナナリーではまず無理だ…彼女はそう思う。
ルルーシュは『ゼロ』として『黒の騎士団』を作り上げ、『超合衆国』と云う連合体を組織した。
元々の能力もあっただろうし、必要故に実戦でもそれを施してきているからだ。
しかし…ナナリーは…
あれから、ずっと政治に携わってきているが…あの時、シュナイゼルが死んでいたら、ナナリーと『ゼロ』だけでブリタニアがまとまる訳がないと思った。
確かに、『ゼロ』は『ルルーシュ皇帝』を討ち、全世界の支持を集め、今では英雄だ。
しかし…その存在故に『ゼロ』は決して政治に介入してこない。
いつも、助言を請うのはシュナイゼルだ。
今回もシュナイゼルに同行して貰ったのは…いろんな可能性があった時の対処を考えられるのはシュナイゼルだったからだ。
ただ一人の象徴的な英雄の存在で世界が平和になるのなら、とっくの昔に戦争なんてなくなっていた筈だ。
「あと…そうやって外出制限をかけてから…あの、謎の病気の発病者はどうなりました?」
「以前ほどは…。ただ…全く皆無になった訳でもなさそうですが…」
「そうですか…」
とにかく、わけのわからない病気であり、かかれば待つのは、すぐ目の前の黄泉への扉…
「それに…また最近…故チェイバルマン国王のご側近方が謎の死を遂げられるようになりましたから…」
「え?でも…ニュースでも新聞でも…」
「そんな情報を流してしまったら、また国内のパニックをいたずらに煽る事になります。これが最善であるかどうかは解りませんが…現在の混乱状態の中、そんな事を発表したら確実に国は傾くほどのダメージを受ける事になります…」
ポーターの言う通りだ。
この国の人々は『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を恐れているのだ。
それなのに、同じような殺され方をしているものが今もなお、出続けているともなれば、混乱しない方がおかしい。
今だって、チェイバルマン国王の死から始まったこの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎの渦中なのだ。
今、一般市民を脅かしているあの病気も、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』が要因となっていると考えている者もいるのだ。
周囲を見ていると…久しぶりに会った知人と談笑している者や、現状について『困りますよね…』とお互いに云い合っている者たち…
彼らが望んでいるのは…こんな形での制限のない、こうした日常的な風景だ。
―――お兄様が…生前の恨みで呪いに来るのであれば…多分…この私です…。こんな、無関係な人々を巻き込んだりはしません…
カンボジアの治安の不安定化と国民の情緒不安定状態…。
国王自身、頑張って入るようなのだが、なにせ、根本的な事が何も解っていない。
解っていないから、それを避ける術を必死になって探して、今できるのはこれが精一杯なのであろう。
カンボジア自体はそれほど広い国土を持つ訳じゃない。
ブリタニアなら、あれだけの国土を誇るのだ。
本人は望まないかも知れないが、回避する術はある。
しかし、カンボジアはそこまで広くはない。
そして、首都であるプノンペンに全国民の2割近い人口が集まっているのだ。
それだけの数が地方地域に出て行ったところで、国内難民を作りだす事になりかねない。
「あの…病院も機能出来ていないようですが…もしもの時は…?」
「今のところは、各居住地区に医師を巡回させています。また、例の病気の場合には、王宮内のある離宮に専門…と言っても、これまでに一番あの病気の患者に接しているだけの事なのですが…病院が割の施設として開放しています…」
「確かにすばらしい事ですが…これだけの混乱状況の中…無差別に王宮に人を招き入れるなんて…」
「だから…王宮内で暮らす者たちは武術のたしなみも要求されます。執事であれ、メイドであれ、下働きであれ…」
「そんな…」
「この国では珍しい事ではありません。常に中華連邦などと云う巨大な国にこの地を奪われるかも知れないというそんな不安の中を生きていたのですから…。これまでの王家ではそれがごく当たり前ですしね…。恐らく、ナナリー様がお子様でいらした頃にはブリタニアでもそうだったのではありませんか?」
言われてみればその通りだ。
今でこそ、そんな事を要求しなくてもいいが…
「ブリタニアの場合、王宮は鉄壁だそうですしね…。ルルーシュ皇帝は…貴方様の兄君は、ご自身の母君を自分の住まう離宮で殺されたと聞きます…」
「…はい…」
「だから、ブリタニアの現在の王宮の使用人は、全て、軍人であった者たちである…と聞き及んでいますが…?ルルーシュ皇帝が作り上げたシステムの下で…」
ナナリーはポーターの言葉に涙が出そうになる。
そう…いきなりナナリーが代表になったって、そう簡単にあの巨大帝国がまとまる筈もなく…どれほど志を高くしていても、殺されては意味がない。
だからこそ、ルルーシュはそう云ったシステムを作り上げていてくれたのだと思う。
「はい…。その通りです…。私の兄は…本当に不器用な方でしたから…」
かつては敵対した兄妹であったが…兄の死後も彼女とその兄の絆は断ち切れる事なく…否、さらに強くなっている…ポーターはナナリーと話しながらそんな風に思っていた…
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