束の間に過ぎる夢…09


 結局…『ゼロ』の仮面をかぶったままでは出来る事も少なく…途方に暮れていた時…ジェレミアから、専用通信に連絡が入った。
「どうしました?」
周囲を確認しながらスザクがその通信をつないだ。
どこに目があるかも解らないので、基本的には与えられた来賓室の化粧室などでしか、そう云った通信を取る事が出来ない。
そう云った通信機器のチェックに厳しい軍関係施設などもスルーできる様にルルーシュが作った特別性だ。
『貴殿…今はカンボジアの王宮内か?』
ジェレミアがスザクにもう一つ持たされている発信機の位置を確認しながらスザクに尋ねた。
『ゼロ』としての活動をしている場合、何が起きるか解らない。
事と次第によっては発信機と本人の居場所が違っている事もある。
今の…ルルーシュの様に…
「はい…。今は自分に与えられた来賓室の中ですが…」
ジェレミアはそれがスザク本人の声であると、確認が終わると、ほっと息をついたのが聞こえる。
彼らのやっている事は、それほどまでに機密性の高いものであり、現場に出た時には危険を伴う。
もし、彼らが何者かに拘束されて、入れ替わりでもした場合、世界は再び混乱の渦に巻き込まれる危険性もあるのだ。
スザク自身、それは十分に自覚していた。
だから、こうした、いつもジェレミアから来る通信のくどい程のチェックも受け入れているのだ。
『そうか…では、ルルーシュ様とアーニャが王宮に入り込んだ事は知っているな?』
「自分も…彼らを探していたのですが…この姿では行動が制限されてしまっていまして…」
『ゼロ』と云う存在は、今となっては世界で一番目立つ存在だ。
テロ活動の時など、『ゼロ』の姿を模して活動をしている輩もいるほどだ。
ただ…『ゼロ』の衣装は基本的に凄くスレンダーなつくりをしている。
並みの男ではその体系でばれてしまう事が殆どで…テレビや実物で見た事のある人間であれば、あのインパクトのある姿を忘れる筈もなく…
大抵は、その偽物に騙されるのは、テレビでも、実物でもその姿を見た事のない、辺境地域であったり、貧困地域であったりするところに暮らす人間である事が殆どだ。
尤も、そう云った地域に対しては洗脳を施しやすいから狙い目とばかりに偽物が出没する事もあるのだが…そう云った連中に本物の『ゼロ』が持つ、こうした危機を奪取される事は非常に危険な事である。
そして、それは、いまだに混乱続く世界に、さらなる混乱を招くことにもなるのだ。
それが解っているからこそ…ジェレミアもスザクも、念には念を入れて、確認をしているのだ。
これまで、こうした機器が他の第三者に奪取された事は一度もないのだが…

 ジェレミアの様子がおかしいとスザクは即座に様々な可能性を思い浮かべる。
表の『ゼロ』と云う存在になってから身につけた習慣である。
流石にルルーシュほどの数多くのパターンを一瞬にして思い浮かべる事は出来ないが…それでも、普通の人間よりも遥かに鋭いところをついた可能性を考えだす事は出来る。
その辺りは流石に元軍人であり、最前線で戦っていた者と言えよう。
『ルルーシュ様が…カンボジアの王宮内で行方不明になっている…』
その言葉にスザク自身、顔を歪める。
ルルーシュは『ゼロ』がこの世界に存在していく為のキーパーソンであり、そして、今スザクが『ゼロ』としていられるのもルルーシュがいるからだ。
そうでなければ…『ゼロ』はただ…飾りとしての存在でしかなかった。
ルルーシュもスザクも…もはや人前に顔を曝せない身なのだが…この世界には…まだ、『世界の明日』を望んだ少年たちの存在が必要だった。
だからこそ、ルルーシュは『コード』を継承した後、苦しみながら、陰から世界を支える存在となることを決めた。
スザクは、『コード』を継承する事を決め、『ゼロ』として、世界を見守り、『ゼロ』と云う存在の大きさを維持する事を決めた。
二人は、二人で『ゼロ』と言う一つの存在となっていた。
『ゼロ・レクイエム』から幾年もの年月が経っている。
彼らの知る存在たちは、その時間に応じてその姿を変えて行ったが…二人は、『ゼロ』と云う存在として…その姿を変える事が許されなくなっている。
「ルルーシュが…?確かに…数日前の晩餐で…ルルーシュの姿を見ていますが…」
『まったく…あの方はいつも私の言う事など聞きもしないで出て行ってしまうから…。だから、アーニャをつけたのだが…。アーニャの話ではカンボジアのトリブバーナディティ国王はルルーシュ様をお気に召したらしい…』
スザクは、第三者的にみれば、納得もできるが…スザクとしては、心の中に真っ黒な感情が渦巻いている。
確かに…あの姿を見せられて、堕ちない人間の方が珍しい…そんな風にさえ思うが…
「では…やはり、国王がルルーシュを?」
『可能性の問題だが…そう考えるのが妥当だな…。それに、今のカンボジアの騒ぎで貴殿を含め、ナナリー様、シュナイゼル閣下をカンボジアに招くというのは…少し話が出来過ぎているという事も言っていたそうだ…』
「それは…確かに自分も感じていましたが…。そこに、彼が飛び込んで来てしまった…と云う訳ですね…。まったく、何でも一人で動き過ぎだ…」
『確かに…ルルーシュ様自身、よく、『キングが動かなければ誰もついてこない』と云う事を言っていたらしいからな…。とにかく…貴殿は、ナナリー様を頼む…。今、アーニャがルルーシュ様を探している…』

 横道にそれかかったその話を少々無理があるとは云え、ジェレミアが戻した。
「そうですか…。彼の通信機と発信機は?」
『恐らく…没収されているだろう…。二つとも、同じ一点から動かない。衛星写真で照らし合わせると…王宮の中でも恐らく一部の人間し立ち入る事の出来ない場所に置いてあるようだ…』
モニタを見てもそこから動いていない事をジェレミアが説明する。
「ただ…あのままルルーシュを野放しにするというのは考えられませんね…。トリブバーナディティ国王の目的は…」
『最終目的は現在、カンボジアを巣食っている『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を排除して、国民の平穏を取り戻す事だろう…。表向きには…』
「表向き?」
『ああ…いろいろ調べてみたのだが…カンボジアの王宮内では二派に分かれているらしい…。これまで通り、『絶対君主制』を維持し、トリブバーナディティ国王を盛りたてて行こうという一派と、故チェイバルマン国王の側近の中に『立憲君主制』を主張する者がいたらしい…。その考えに賛同する一派と…』
「結局…王室の権力争いから端を発している…と云う事ですか…。確かに、トリブバーナディティ国王は悪い王ではないと思いますが…現在の世界情勢を鑑みたとき…国際社会では立場的に辛いものがあるかもしれませんね…」
『あの、『ゼロ・レクイエム』を変に曲解している国もあるからそれは仕方ないな…。ルルーシュ様自身、そう云った話も、全て『話し合いのテーブル』で解決できればいいとお考えだったからな…。そんな事は…ただの人間ではとてもできぬ芸当ではあるが…』
「それでも…僕たちは信じたんです…。だから…今もこうして、二人で『ゼロ』をやっているのですから…」
『貴殿らは…本当にその事をずっと、強く信じているのだな…。世界を知れば知るほど…それが果てなく遠いものであると思い知らされるというのに…』
「僕たちは、二人とも負けず嫌いですからね…。そんな現実に屈したくないんですよ…。多分…ナナリーも…」
『まぁ、その若さゆえの思いにかける事にしよう…。とにかく…ナナリー様を頼む…。アーニャも通信機を持っている。だから、必要な情報は貴殿にも流すように言ってはあるから…』
「ありがとうございます…。色々とご心配おかけします…」
『心配などしておらぬ…。ただ…留守番の身でも、何かをしたい…そう思っているだけだ…』
そこまで云うと、ジェレミアは通信を切った。
スザクもその言葉を聞き終えて、通信を切る。

 現状のカンボジアは…表向きには平和に見えていても、ふたを開けてみれば、様々な問題を抱えており、人工的な疫病を蔓延させたり、故チェイバルマン国王の側近だった者たちも、あの『ゼロ・レクイエム』を思い起こさせる形で殺したりしている。 チェイバルマン国王自体、あの殺され方は、明らかに『ゼロ・レクイエム』を意識したものだ。
まさか、この事件にかかわっている者たちの誰かが、この事態を引き起こして、ナナリー、ルルーシュ、『ゼロ』をおびき寄せたのか…
それとも、各自の目的の下、それぞれ違う相手をおびき寄せて、全員が集まってしまったのか…
現状を考えると、ルルーシュに関しては、賭けの部分が強い事は否めないが、何かを起こす為に、3人を集めた…そう考えるのが妥当だ。
カンボジアでの故チェイバルマン国王の支持はまだ根強い。
シュナイゼルがこの国にトロモ機関を置き、表向きには『ルルーシュ皇帝を討つ!』というスローガンで『フレイヤ』を開発していたのだ。
そして…その『フレイヤ』では『ルルーシュ皇帝』を討つ事は出来なかったが…『ゼロ』がそれを成し遂げてくれた。
だから、この事件が起きる前はカンボジアでは『ゼロ』に対する支持も非常に高かった。
世界を我がものとして、君臨した『ルルーシュ皇帝』に対するある意味偏った嫌悪は恐らく、シュナイゼルがトロモ機関を作ろうとしている段階で植え付けられたものであろう。
しかし、今ではそのシュナイゼルも生まれ変わったナナリーを中心としたブリタニアの下での宰相となっている。
その所為もあるのか、カンボジア国民の支持は完全にシュナイゼルからカンボジアの国王へとシフトされていた。
ひょっとして…その事実が今のカンボジア王家の中での対立を生みだしているのかも知れないと思った。
王弟であるスールヤヴァルマンは『フレイヤ』開発に反対し、故チェイバルマン国王から、その将軍職を罷免されている。 そして、今回、故チェイバルマン国王の側近であった者たちの中に『立憲君主制』を唱えている者がいるとの情報…。
現在のカンボジア…『立憲君主制』として、国王を象徴的なものとする事を望んでいるのだろうか…
それを思うと、スザクとしては、疑問符をつけざるを得ない部分がぬぐえない。

 故チェイバルマン国王の国民からの支持は非常に高かった。
そして、彼の崩御後、その後を継いで国王に即位したトリブバーナディティ国王も、国民からの支持は高いようだ。
見た目、凡庸に見えるが…恐らく芯にはしっかりとしたビジョンを描いて執政を行っているのだろうと思う。
ただ…国民からの支持の厚かった国王の子供がそのままの支持率を保てるわけがないし、親が優秀であればある程、子供は親以上の評価を得る為には親よりも多くの努力をして、親よりも立派な功績を上げなければ認めては貰えない。
人と云う生き物は、最初に見た大きなものを過大評価する生き物だ。
その次に見たものがそれと同じくらいであると、先にみたそれよりも評価が下がる。
これは、人間の心理の中でどうしても、最初に輝いて見えたものと同じものを見せられても、並べてみれば同じものであると解っていても、別々に見ると、先にみたものの方が輝いて見えるのだという。
それでも、まだ即位して間もないトリブバーナディティ国王であるが、彼の国民に対する目は…決して、過小評価されていいものではないと思われる。
こんな騒ぎの中即位した彼の努力はいかばかりか知れない。
あのような暗殺劇の中、即位しているのだ。
様々な憶測であらぬ噂が流れる事もあるし、その噂が、大きくなり、何が本当で何がウソなのか…そのうち誰も判別付かなくなってしまう状況が生まれる事もある。 そう言った騒動の渦中での国王即位…
ここまで、これほどまで、国内に動乱が起きてもおかしくない状況下で、反乱が起きていないのは、あの、謎の疫病だ。
あんな騒ぎを起こして得する者…
そして、即位を目的に国王を殺して、その座を奪い取る…
単純な図式だけ見せられれば、トリブバーナディティ国王を疑う者は少なからずいる。
これが、『立憲君主制』の国であったなら、マスコミをはじめ、国民はきっと大きく騒ぎたてる事だろう。
ただ…あまりに解り易い図式が出来上がってしまうと、帰って他の可能性を疑ってしまう。
実際に内部事情を見ると、どう見ても、容疑者が何人かいると言った図式が生まれてくるのだ。
―――ルルーシュ…君は…どう考える…?
ルルーシュは恐らく、トリブバーナディティ国王の手の内にいる。
それは…何の確証もない。
一応、状況証拠らしきものはあるのだが…
それはそれで、決定的なものではない…。
ただ…アーニャが今もなお、王宮にいられる立場であるとしたなら、ルルーシュはまだこの王宮にいるだろう。
誰かの何かの目的のために…
―――どうか…無事でいてくれ…。明日のナナリーの市街の視察…恐らく取りやめには出来ない…。なら…僕が必ず守って見せる…


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