束の間に過ぎる夢…07


 ルルーシュが戻ってこない…
翌朝になって、アーニャが王宮内の女官たちに聞いて回っていたが…
ルルーシュの居場所は一切知らされていないのか、誰かの命令によって隠されているのか…
確かに、ルルーシュの場合、放っておいても彼を欲しがる人間は老若男女問わず、様々な形でルルーシュに対して誘いをかけてくる。
これは、『コード』を継承する前からだと思われる。
アッシュフォード学園でも確かに…無駄にもてていたような記憶がある。
普段、表情の乏しい彼女ではあったが、この時ばかりは焦りの表情を見せていた。
「ルルーシュ…」
恐らく誰にも聞こえない程度の声で…その名を呼んだ。
現状ではどうにもならないと判断して、ルルーシュから渡されていた通信機でジェレミアに連絡を取ることにする。
この通信機は、ルルーシュが作ったもので、決して、発信元、着信先は解らないようになっている。
これも、『コード』と『ゼロ』の秘密を守る為にルルーシュが施したものだ。
『アーニャか…?何だ?』
多少雑音の混じっているジェレミアの声を聞いて、アーニャが事の次第を説明し始める。
これまでにも、こんな形での潜入捜査をしてきた事はあった。
ルルーシュの自分に対する防衛本能があまりに希薄なので、よく、ジェレミアにも、時々帰って来るスザクにも怒られている。
『そうか…では、ライに調べさせよう…。あいつなら、多分、その辺りの事も調べられる筈だ…』
ジェレミアの声にアーニャは『うん』とだけ返す。
そして…
「あと…ナナリー様とシュナイゼル閣下、『ゼロ』も今…王宮にいる…」
『枢木が?しかも、ナナリー様とシュナイゼル様までとは…この時期に…なんで…?』
「解らない…でも…カンボジアの国王…凄くルルーシュに興味…持ってた…」
その一言にジャレミアが小型スピーカーの向こうで『うむむ…』と唸っているのが聞こえた。
確かに、この時期にこのメンツが、この騒ぎの中、カンボジアに集結していると云う事実…
そして…アーニャは更に続けた。
「あと…王宮じゃないけど…カレンたちが来てた…プノンペンで迷子になってた…」
その言葉にスピーカーの向こうで『ガタッ』という音が聞こえた。
多分、ルルーシュが彼女たちを見つけた時と同じ心境なのだろう…
『日本…また、ブリタニアに支配されるべきなのかも知れぬな…』
アーニャはジェレミアのその言葉に何故か知らないが、『確かのそうかも…』と思ってしまった。
アーニャ自身、ルルーシュやジェレミアほど政治に対して明るい訳ではない。
ただ、現在のカンボジアが『平時』ではない事くらいは解る。
「とにかく…アーニャは…ルルーシュ探す。だから、王宮に残る。『ゼロ』に会ったら、この事…話していい?」
一応、ジェレミアに尋ねてみる。
『現在の状況把握が出来ていない事には…動きがとれぬな…。とりあえず、私からも通信を入れるが…アーニャが会ったら…その時に解っている事を伝えてくれ…』
「了解…」
アーニャはそこまで云って通信を切った。

 一方、昨夜の国王のもてなしの席に現れた踊り子たちの話題になっている、カンボジアの王宮内のある一室…。
「あの方…ひょっとして、今噂の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の正体でしょうか?」
ナナリーの目から見ても、どうしたって、ルルーシュにしか見えなかったあの踊り子…。
そして、過去にあのようなカッコをしていたという記録を目にしている元神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル=エル=ブリタニアと当時、神聖ブリタニア帝国のナイトオブセブンであった、枢木スザクは何とも言えないと云う表情だ。
スザクはあの踊り子がルルーシュである事を知っているが…それでも、ここでばらす訳にもいかない。
現在、『ゼロ』の仮面を被っている状態で、声を出すことを禁じている。
これは…『ゼロ』個人が政治にかかわらない為の処置だ。
『ゼロ』として、個人的な会話を交わす事を禁じている。
どんな些細な事であっても、『ゼロ』の影響力は絶大であるから…
だから、息を突く事も出来ない状況であると知りながら…スザクは決して『ゼロ』の仮面を被っている時、必要な演説の時以外に声を出す事はない。
そして、その演説も全て、ルルーシュの考えた原稿を読んでいる。
ルルーシュの演説は人の心を打つ。
だからこそ、『黒の騎士団』として現れた時、当時、『イレヴン』と呼ばれていた日本人たちが絶賛した。
喝采を送った。
スザクにはまねできない芸当だと思う。
だから、スザクはその、彼らが『ゼロ』として存在する上でのルールを遵守している。
「確かに…ルルーシュそっくりだったね…。まるで…生まれ変わって我々の前に現れたかのようだ…」
「本当に…もし…本当にあの方が…お兄様であったのなら…お兄様の霊が…憑依している方であったなら…お会いして、きちんとお話したいです…」
ナナリーの…恐らく、心の中の悲痛な願いだろう。
あのとき…ナナリーもルルーシュも…きちんと話をする事が出来なかった。
あんな形での再会でなければ…二人は手を取り合って、世界を変えていく事も出来たかも知れない…。
スザクは今のナナリーを見て、そして、そのナナリーのいる世界を守ろうとして、こんな無茶をしているルルーシュを見て…そんな風に思えて来てしまう。
この中であの踊り子の正体を正確に知っているのは…『ゼロ』の仮面をかぶったスザクだけだ。
どちらにせよ…この二人を無事にこの国から出国させて、ブリタニアに帰国させるのは骨の折れる話になりそうだ…

 とりあえず、アーニャは自分に対して案内された王宮内の部屋へと戻る。
王宮と言うのは、どこの国のものであっても、無駄に広い…。
もっとも、海外などからの来賓が来るような場所だ…
あまり狭い作りで、さっさと内部がダダ漏れになってしまうようでも困る話ではあるが… 「そう云えば…カレンたち…」
旅行だったらしいが…彼らはきっと、まだプノンペン市内にいる筈だ。
会ってから1週間ほど経って入るが…現在の状況で、まだ、出国などは出来ていないだろうと考えられる。
朝のニュースを見て、やっと、日本政府も問題と見て、カンボジアへの渡航規制などは検討され始めている。
そして、現在は、空港でどのようなチェックをすればいいのか…カンボジア国内に日本の研究員たちが入ってきて、どのような状況であるのか…カンボジアからの帰国者に対しての対応をどうするべきなのかを調べているという事らしい。
そして、それらの事が解るまで、現在、カンボジア国内にいる邦人はそのままカンボジア国内での待機を余儀なくされているのだ。
「やること遅すぎ…でも…多少…助かったかも…」
そう云いながら、アーニャは再会した時に交換しておいたカレンの携帯の番号をプッシュしていた。
『もしもし?アーニャ?』
向こうもちゃんとアドレスにセーブしておいてくれたらしく、ちゃんとすぐに出てくれた。
「カレン…まだプノンペン?」
『そう…扇さんってば…私達が返る前にそんな事しなくてもいいのに…』
「カレンたちがこの国には入れたこと自体…問題…」
うっかりアーニャは本音を漏らしてしまう。
しかし、カレン自身もそれはある意味同感なのか…その言葉には苦笑を返してきた。
『まぁ…確かにね…』
「カレン…アランの事…気づいている?」
一応確認だけしておく。
もし知らないと言われてしまえば次の作戦を考えなくてはならない。
『まぁ…解るけど…』
「なら…少し…手伝って…」
『???』
顔は見えていないが…カレンの頭の中にクエスチョンマークが飛び交っているのがよく解る。
確かに…いきなり電話がかかってきて、何も言わずに『手伝って』と言われてもどう返していいか解らないのは当たり前で…
「ナナリー様…今、カンボジアの王宮にいる…。シュナイゼル閣下、『ゼロ』と一緒に…」
『え?』
ニュース報道は基本的になされていない。
現在のカンボジアの騒ぎの中であまりおおっぴらにブリタニアの代表二人が『ゼロ』を引き連れて、カンボジアの王宮にいるなんて事を公言する事は出来ない。
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の噂があれば、彼らが動くのも当然だが…だが、『ルルーシュ皇帝』の名前は現在、あまりに大きすぎるのだ。
だから、各国政府には公然の秘密…の様な形が取られており、一般の市民がその情報を得られるのはネットでそう言った類の情報を引き出す事が得意な連中以外、知られていないのだ。

 アーニャの言葉にカレンも驚くしか出来ないが…
―――扇さんは知っているの?この事…
自然にわき上がってくる疑問だった。
これまで、カンボジアへの日本人の渡航に規制がかかっていなかった。
流石にこれを見越してカレンたちがカンボジアに入れるようにした…と言うような安直な考えには及ばないが…(大体、そんな指名を受けているのなら、誰か一人でも、その事で動いている筈だし、カレンにその事を伝えていないのは異常だ。)
「多分…今回の伝染病の話も…自然発生じゃなくて…人為的なもの…。R.R.はそう云ってた…」
『R.R.?』
「アランの今のホントの名前…」
『あ…そう…。確かに本名で呼ぶのはまずいわね…。で、自然発生じゃないなら…』
「人為的に何かが創られている…。だから…力貸して…。もし、ナナリー様とシュナイゼル閣下に何かあったら…」
そんな風に言われれば…
元々カンボジアはシュナイゼルがトロモ機関を置いて懇意にしていた。
そして、先代の王、チェイバルマンもそのトロモ機関に対しては手厚く保護して、尽力していた。
その結果、『ルルーシュ皇帝』を討つために尽力した王として絶大な国民の支持を集めたという。
しかし…最近になって、『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』にその胸を貫かれた時の事を連想させるような形で何者かに殺された。
そして…先代の王の側近の中でも、トロモ機関に近しいと思われる高官も…同じような殺され方をしている。
カレンが知る、情報の中で色々と整理してみると…
やはり…色んな意味で出来過ぎている。
それに、ルルーシュが残そうとしていた世界は…『独裁』を是としていない筈だ。
それなのに…このカンボジアは今でも『絶対君主制』と言う形をとっている。
確かに、国の事情でその体制を執っていると思われる。
しかし…ダモクレスに協力したカンボジアで、ナナリーの掲げている『民主主義』とは別の方向へと歩んでもおかしくはない…
それに…トロモ機関があったという事は…それだけの設備が…未だカンボジアに残っているという事になる…。

 カレンは少ない情報の中、現在、カンボジアに彼ら3人がいても良いという判断を下せない。
そして…ルルーシュはその事を察知して…危険を承知でカンボジアに入り込んでいるのだろうと…判断した。
『解った…アーニャ…。私は何をすればいい?』
「ちょっと聞いたら、ナナリー様…明日、街の視察に出るって…。病気の事とかもあるから…と言う事らしいけど…」
『え?今のこの状況で大丈夫なの?』
「あの病気…色々特徴あるって…R.R.が云ってた…。だから…『ゼロ』からナナリー様に伝えられる…。いつなら…街に出ても大丈夫か…」 『え?そうなの?そこまで解っていて、病気の事は何もわからないんだ…』
「R.R.…別に、その事の研究員じゃないから…100%その通りだとは云えないとは云ってた…だから…より…確実な…と言う事だって…言ってた…」
アーニャは自分の頭の中でルルーシュが行っていた事を反芻している。
ルルーシュ自身、ナナリーがカンボジアにいると云う事で、必死になって資料を集めていた。
そして、あまりに資料の少ない、未知の病気の中から、ここまで推察していたのだ。
『つまり…そのとき…ナナリーと出会えるようにして…一緒に行けって事?』
「これは…アーニャの判断…。R.R.は何も言ってない…。でも、多分、この方がいい…」
アーニャもかつては年若いながら、皇帝のナイトオブラウンズを務めていたのだ。
ルルーシュなしでもこの程度の事は考えられる。
流石にルルーシュと同じレベル…と言う訳にはいかないが、頭より先に身体の動いてしまうスザクよりはマシだ。
それに…ナナリーの傍にいるシュナイゼルも…現在は情報不足の状態だ。
だとするなら、ルルーシュが戻ってこない今、彼女が動く…そう判断したのだ。
『解ったわ…。せっかくこうして、みんなで海外旅行もできるようになっているのに…それを壊されちゃたまらないわね…』
カレンの一言を聞いてほっとする。
「誰を連れてきてもいいけど…必ず…ナナリー様を守って…」
アーニャはその時にはナイトオブシックスとしての顔になっていた。
これは…ルルーシュが望む世界の為…
そう思いながら…
『解ったわ…アーニャ…。私にとっての『ゼロ』は彼だけよ…。彼が連れてきたあなたの言う事なら…私は従うわ…』
カレンはアーニャに対してそう、はっきりと告げた。
そして、アーニャは普段ならほとんど口にする事のない言葉をカレンに贈ったのだ…
「ありがとう…。必ず…R.R.は私が助け出すから…。カレンは…ナナリー様をお願い…」


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