束の間に過ぎる夢…06


 アーニャにこんなところへ来させる訳にはいかない…
だから自分が…と思ってこうして、国王の命令に従い…国王の寝所に入り込んでいるルルーシュではあったが…
―――今現在…後悔の渦の中に叩き込まれた気分だ…
トリブバーナディティ国王は…噂に聞くような人物ではなかったのだ。
ルルーシュ自身、その可能性を考えなかった訳ではないが…
それでも、自分は死ぬ事はないし、『死』と言う門を潜り抜けて帰ってくれば、何か重大な情報が得られるかも知れない…
そして、その情報を分析して、表の『ゼロ』を演じているスザクへ流せば…
そんな風に考えていたが…
「そなた…アランと言ったな…。どうだ?君も一杯…」
そう云いながら、私室のソファにかけ、まだ、立ったままのルルーシュにそう声をかけて、ワインを勧める。
「いえ…お気づかい、ありがとうございます…」
『コード』を継承して、それなりに時間が経っているし、『コード』を継承した時点で人間の年齢などもはや関係ない。
ただ…それ程体質が変わる事はなく…元々アルコールは強い方ではなかった。
ここに入り込んだ理由は…現在の騒ぎ…この国王が知っているかどうかを見定める為だ。
「別に毒なんて入ってなどいない…。それに、これは、特別に取り寄せたワインだ…」
ルルーシュは国王のその表情を見て…
―――俺の目的に…気づいている…?
そんな思いがよぎった…
そして、同時にトリブバーナディティが大声で笑い始めた。
「フフフ…あははははは…君は優秀すぎるよ…。だから、君自身、必死に悟られぬように演技をしていた様だが…。本当に優秀な人間は…見ただけで解るものだよ…。そう…あの、ブリタニアの客人である…君の異母兄君の…様に…」
内心、びくっとなるが、決してそれを表に出さない。
「何を仰っておられるのか…解りませんが…」
「隠さなくてもいい…。我が国にもある伝説があるのだよ…。『ナーガ』と『ラージャ』と呼ばれる…不思議な存在が…」
ルルーシュはその言葉に眉を引き上げる。
その反応にトリブバーナディティがにやりと笑って見せた。
「本当にあったとはね…。私も伝説だと思っていたのだが…」
ルルーシュはこの国での呼び方など知らない。
大体、『コード』と『ギアス』と言う言葉の語源が解らないし、その能力を持った者は確かに全世界に存在してはいただろう。
しかし、まんまとトリブバーナディティの誘導尋問に乗せられた形となっている。
ルルーシュは自分の愚かさに、後悔の念を抱かずにはいられない。
これまで…決して自分の手の内を相手に読ませない作戦を立て、確実に実行して来たのだ。
「では…少しだけ…私の戯言にお付き合い頂けますか?第99代神聖ブリタニア帝国皇帝…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア陛下…」
その言葉にルルーシュはただ…目を見開くしかなかった。

 そんなルルーシュの様子を見て、楽しそうに笑いだしている、トリブバーナディティ…。
殺意も敵意も感じられない。
ただ…掌の上で転がされているような気分だ。
―――まるで…シュナイゼルのチェスの相手をしているときみたいだ…
そんな風に思って、その先の事を考えようとするが…
「まぁ、そこへかけては頂けませんか?ご安心を…私には男色の趣味はない…」
こんな、ルルーシュが何を考えているか解っているくせにわざわざ激昂させようとするような言葉に怒りを覚えずにはいられない。
「…失礼します…」
ルルーシュはしぶしぶその申し出に従った。
ここは、カンボジアの王宮内だ。
ルルーシュ一人なら、なんとでもするが…ここにはナナリーも、シュナイゼルも、『ゼロ』も、アーニャもいるのだ。
彼らが殺されたり傷つけられたりする訳にはいかない。
それに、アーニャは偽造バスポートだ。
捕まったら、後々面倒な事になって来る。
否、ただ面倒なだけならいいが、カンボジアがブリタニアに強制送還してくれればよいが、そうでなく、拘束と言う形を執ってしまうと…
この国は絶対君主制だ。
あからさまに世の流れに逆行しているようにも見える。
「で…わざわざ、私をこんなところまで誘い込んで…一体何のお話しですか?」
ルルーシュは話す時に、相手を見ながら言葉を選ぶ。
だから、こんな形で自分自身を変える事もあるが…
「否…一度あなたとお話をしてみたかった…。あなたは…あんな形で世界を『独裁』と言う言葉の魔法で操った…。しかし…あなたのやった事は…究極の『民主主義』だと…私は考えたのですよ…」
ルルーシュはこのトリブバーナディティを目の前にして…『こいつは凡庸な皇子なんかじゃない!』そう思って歯噛みする。
もっと、頭の悪い相手であれば、なんとでもやりようがある。
日本にいた時に覚えた言葉…
『バカとはさみは使いよう』
ルルーシュは、トリブバーナディティをそんな風に考えていた。
―――自ら火の中に飛び込んでしまったという事か…
「私のやった事は…あの時点では『独裁』です。これは、あの当時の人々の評価であり、価値観の中で見出した私に対する反抗の源…だったと思いますが?」
そう…ルルーシュは自らを『悪』として、世界を誘導した。
ルルーシュの中では、『誰もが、俺の施した茶番であると気付きもしない。人々がそう感じれば俺は『悪』だ…』と言う、そう云う考え方なのだ。
確かに、他人がどんなに不幸に見えていても、その当人が幸せだと感じていれば幸せなのだ。

 『悪』と言う言葉の概念も実は…そう云った要素が大きい。
それに、『善』と『悪』とは、人の数ほど基準がある。
基本的には、自分でものを考え、自分のやりたい事があり、目的のある者が、周囲を巻き込んで、『善』と『悪』を作り上げていくのだ。
ルルーシュが『ゼロ』となって、『正義の味方』として『黒の騎士団』を率いた時もそうだ。
抽象的な言葉であり、しかも、誰もが知っている言葉であれば、利用の仕方によっては、非常に使いやすい代物である。
「なら…『善』とは何か?『悪』とは何か?ただ単に、人の都合のいい方を『善』として、人の都合の悪い方が『悪』になる…。私の父も…『善』と信じたからこそ…あんな、恐ろしい大量破壊兵器の研究開発に尽力したのですよ?撃たれた側にとっては『悪』でしかありませんが…」
現在のカンボジアは…世界の主流に則って、『ルルーシュ皇帝』を『悪』とし、そして、その、『ルルーシュ皇帝』を討つための武器を作ることに尽力した先代王、チェイバルマンを今でも崇拝し、崇めている。
一方、日本国内には、そのフレイヤによって家族を、恋人を、殺された者達がたくさんいる。
一応、表向きには『話し合いで解決する』と言う風潮にはなっているが、逆にその風潮によって、自らの心の中に貯めこまされている感情を爆発させないように努力せねばならない人々がいる事も事実だ。
その怒りを抑えきれなくなった者達が、反乱を起こしている。
それは…帝都であるペンドラゴンにフレイヤを落とされたブリタニアも一緒だ。
「立場が違えば…正義と悪が…逆転する…」
ルルーシュがトリブバーナディティの言葉につい、そんな事を呟いてしまう。
「そう…。私としては…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』…複雑な思いで見ていますが…」
統治者とは思えない…そんな一言の様に聞こえる。
「あなたは…あなたの国で…あなたの民が…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と称されて、たくさん命を落としているのですよ?あれは…」
ルルーシュがそこまで云いかけると、トリブバーナディティは自嘲気味に笑ってそのルルーシュの言葉の続きを口にした。
「どう見ても…自然発生しているものじゃない…。父上の下で高官務めて行った者達の謎の死…。目に見える部分では十分に『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と言う事になりますが…この現代において『呪い』も『亡霊』も…まともに信じていると考える方が不自然でしょう?まして、この国にはシュナイゼル=エル=ブリタニアのトロモ機関があった国ですから…」

 トリブバーナディティの言葉には驚かされてばかりだった。
「国王…あなたはそこまで解っていて…」
「何故…あなたにそんな事を話すのかが…不思議かな?」
そんな事は聞かれるまでもない。
ここで不思議と思わないのなら、どう高く見積もっても、温室栽培の無能な貴族や皇族としか言いようがない。
「私は…幼い頃…母を亡くしているのです…。それから…私は『排除』される側の立場になりました…」
ルルーシュはこの国王の言葉に…言葉が出ない。
どこかで聞いた事ある話だ…
「その後…私は…まず自分の身を守ることが第一となりました…。私はこれでも第一王子…私が死ねば、この国は…」
このあたりは、ルルーシュは自分と違うと思った。 ルルーシュは生まれた時から、母の出自のお陰で『国』の未来を憂う必要がなかった。
とにかく、どうやって、自分たちが身を立て、生きていくか…
それも…母を亡くした後…その問題はルルーシュ一人の肩にのしかかる事になった。
父である皇帝に逆らい…日本へ送られた。
『殺される』前提で…
だから…ブリタニアの未来などに興味はなかった。
否、ブリタニアに対しては憎しみしかなかった。
「だから…私は力が欲しかった…。そして…排除されない為の偽装も必要だった…」
「能ある鷹は爪を隠す…と言う事ですか…。しかし…わざわざ隠していたつ目を、何故私に見せる気に?」
「今のカンボジアは…まだ、『民主化』するには…何も知らな過ぎる…。大体、あんな、オカルトネタを信じ込んでしまうような国民だ…。『民主化』と言う事が何であるのか…知らない者が多過ぎる…。この国はまだ…『民主化』できる状態じゃない…」
トリブバーナディティの言葉にルルーシュは驚きを隠せない。
噂を鵜呑みにしていた訳じゃないが…これほどまでとは…
ルルーシュとしては、様々な意味で誤算が生じている。
―――気をつけろ!スザク!シュナイゼル!この男は…
目の前にいる男の目の色に…ルルーシュは様々な可能性を考える。
その可能性にあるのは…ルルーシュとしては考えたくない可能性ばかりで…
ただ…目の前の国王と名乗る男にとって…ルルーシュの残そうとしていた『世界』は邪魔である…それだけは解る…。

 自分の中の様々な感情が隠し切れていないルルーシュを見て…トリブバーナディティがくすりと笑いながら、立ち上がり、ルルーシュの目の前まで歩み寄って来る。
ソファにかけたままのルルーシュは、目の前に立ち止まったトリブバーナディティを見上げる形となる。
「あなたは…『ナーガ』を…あなた方が『コード』と呼ぶ能力…否、存在と言うべきか…」
「トリブバーナディティ国王…とりあえず、腹の探り合いはよしましょう…。あなたがしたい事はなんですか?」
「私はただ…今の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を…何とかしたいんですよ…。私はこれでも王位継承権第一位でしたから…自国を守るために教育は全て施されていますし…。我が国の民を大切に思っているんですよ…」
ルルーシュはその国王の言葉は…確かにその通りだと思うが…
しかし…
「なら…なぜこの時期にナナリーを国に招いたりした?」
当然生まれてくる疑問だ。
ナナリーは今や、『ルルーシュ皇帝』の『独裁』から世界を守り切った女神と同義だ。
つまり、『ルルーシュ皇帝』を『悪』とする者たちにとっては、これ以上ないシンボルであり、存在…。
おまけに『ルルーシュ皇帝』を討った『ゼロ』が常に傍にいるのだ。
「現在の『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』は…本当に誰がやっている事なのか知りません…。しかし、利用できるものであるとは思っています。無知な国民に…いきなり『民主化』などと言う…無理難題を押し付ける事のないようにする…と言う意味では…」
トリブバーナディティの言葉にルルーシュは顔を青ざめる。
そして、その次に真っ赤にしてトリブバーナディティに掴みかかる。
「ナナリーに何かして見ろ!俺は…」
「どうするのです?現在のあなたは…その存在を誰にも表せぬ身…それに…あなたが世界に姿を現したら…また混沌の世界へと逆戻りしますよ?」
くすくすと笑いながらその一言を伝えて、自分の口と鼻を押さえながら何かスプレーみたいなもので何かの薬剤をひと吹き…ルルーシュに浴びせかけた。
「…な…何…を…」
そこまで云いかけたとき…ルルーシュはその場に倒れ込んだ。
そして、トリブバーナディティは指を鳴らす。
中に入って来たのは…彼の従者である背の高い、筋肉質の肉体を持った男だった。
「プリヤ・トン…彼を丁重におもてなししろ…。今は変にしゃしゃり出てこられても困るからな…」
「よろしいので?彼は…呪われた能力を…」
「お前まで何を言っている?もしその能力があったとて、『契約』がなされなければ何の害もない…それに…この男…鑑賞するにはなかなかのものじゃないか…。暫くは見ていて飽きないであろう?」
「承知いたしました…東の離宮へと運んでおきましょう…」
プリヤ・トンと呼ばれた男は動かないルルーシュを抱き上げて部屋を出て行った。
その後ろ姿を見て、トリブバーナディティはふっと笑いをこぼした。


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