束の間に過ぎる夢…05


 ルルーシュとしては、不本意極まりない連中と会ってしまった事にため息をつくしかなかった。
カレンには恐らく、正体がばれている。
もっとも、カレン自身は、『ルルーシュ皇帝』が生きている事が、世に知られれば、どうなるかを熟知しているだろうし、仮に、ルルーシュを殺しに来たとしても、既に死ねない身体だ。
他の連中は(藤堂はよく解らないが)とりあえず、『アラン=スペンサー』と名乗った時点でその言葉を信じてくれたようだ。
ルルーシュは心の中で
―――扇は一体何をやっている!?
怒りを通り越して、呆れ果てていた。
彼らはもう、『黒の騎士団』ではないし、日本政府の要人や、要人付きの秘書官や護衛でもない。
一般市民なのだ。
とすると、このカンボジアに他にも多くの日本が入り込んでいる事になる。
「ねぇ、アーニャ…今は何をしているんだ?」
「ジェレミアと…オレンジ作ってる…」
かつては敵同士だったとは云え、『ルルーシュ皇帝』を討つ戦いでは彼らは共に闘った仲間であった。
それ故に、お互い、こうして笑って話せる間柄となったらしい。
「あいつ…農業なんかやってるんだ…。しかもオレンジって…」
彼らにとっては既に過去の話になっているらしい。
ジェレミアの話も笑い話のネタになっている。
こうしたあっさりとした性格は、確かにこう云う殺伐とした時代…必要なのかも知れないと思う。
しかし、かなり危険な事でもある。
ルルーシュはただ、黙って成り行きを見守って、なるべく声を出さないように努力した。
ところが…ルルーシュのそんな思いは完全に裏切られる。
「ねぇ、アーニャさん、あなた、シュナイゼル閣下とカンボジアにいた事あるんでしょ?」
日向がアーニャに声をかけた。
「少しだけ…」
アーニャもこれだけしか言わないから、後々、いろいろ面倒な事になる事に気づいているのか、いないのか…
大体、今、ルルーシュが見つかったら、完全に、いい意味でも悪い意味でも『お尋ね者』だ。
「あのね…ここに行きたいんだけど…」
そう云って、日向がアーニャに店の名前の書かれたメモを見せて指差した。
どうやら、民族衣装を扱っているショップがあるらしい。
「ここ…アーニャ知らない…。アラン、解る?」
アーニャの言葉にルルーシュはつい眩暈を起こす。
今の自分たちの状況を解っての行動なのか、普通に天然ボケなのか…
しかし、ツッコミどころはそこではないのだ。
アーニャにメモを見せられて、とりあえず、現在位置とその場所の区画を確認して見る。
「そこの角を左に入って、4つ目の十字路を右に入って2件目の店だ…」
そう答えると、ルルーシュは背後から鋭い視線を感じる。
敢えて、振り返らない。
これで、カレンに確信を与えてしまったようなものだからだ…
ルルーシュは、仕方なく、覚悟を決めた。

 ショップに着くと、アーニャを巻き込んで、メンバーたちが店の中へと入って行くのを見送った。
そして…入口からちょっと離れた場所に…ルルーシュとカレンが残っていた。
「……」
サングラスをしているからルルーシュの表情は完全とは言えなくとも隠せている筈だ。
しかし、今回のイレギュラーで複雑な表情をしている事は恐らく、カレンには解っているだろう。
「アランさん…あなた…私のよぉ〜く知っている人にそっくりなんだけど…」
「……」
「その人ね…私が凄く尊敬していた人なの…。その人の命令だったら何だって正しいと思っていたわ…」
いきなり、何の話だ?と聞きたくなるような話を始める。
ルルーシュは黙ったまま…と言うか、ここで何か言うのは適切ではないという判断の下、黙ったまま、カレンを喋らせていた。
尤も、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』とやらで混乱しているカンボジアで『ルルーシュ皇帝』の名前を出したらどうなるかくらい解っている筈だ。
「……」
「でも…その人ね…ただ…妹が大切で、友達が大切で…。自分がどれほど周囲の人間に大切に思われているかなんて…少しも考えない人だった…」
カレンが少し切なそうな、それでも、懐かしそうにそんな話をする。
あれから、数年の月日が経っているのだ。
ルルーシュ自身の姿は変わらないが、カレンは…ルルーシュが知っている頃のカレンよりもずっと大人の姿になっている。
「……」
「私…バカだったから…その人を裏切ったの…。あれから…ずっとその事だけは…悔やんでいる…。私、いろんな罪を背負っているけれど…その罪を背負う事に対しての後悔はないし、当たり前だと思ってる…。でもね…その人を裏切ってしまった事だけは…ずっと…心に引っ掛かっていて…辛かった…」
解っていて…カレンは知らないふりをしている。
ルルーシュが皇帝となってアッシュフォード学園でカレンに対しての態度と同じように…
「だからね…その人に…謝りたくて…ここに来たの…」
ルルーシュの正面に立って、ルルーシュのサングラスを通して、ルルーシュの目を見て、そう、はっきり告げる。
その瞳には…怒りが宿っている訳でもなく、悲しみが宿っている訳でもなく…
ただ…毅然とした、大人の女性の顔が…そこにあった。
「で、謝れたのですか?」
一言だけ…ルルーシュはそう、尋ねた。
カレンは、薄く微笑んで、首を振った。
「ううん…。でも…あなたに…聞いて欲しかった…。ありがとう…聞いてくれて…」
カレンはそこまで云うと、何も言わなかった。
そして、ルルーシュも何も聞かなかった。

 やがて、店の中から今回のメンバーたちが出てきた。
旅先と言う事で、全員が浮かれモードなのだが…
アーニャはルルーシュに視線を送った。
恐らく、カレンと二人でいた事を気にしているのだろう。
ルルーシュは『大丈夫だ』と言う意味を込めてふっと笑って見せた。
一応、アーニャもルルーシュの護衛出来ていると云う自覚はあるらしい。
実際に、アーニャも今のカンボジアでルルーシュの姿が、ルルーシュの計算外に露出する事は、これから先、様々な意味で問題が起きて来る事は解っている。
アーニャは表情に出さないし、口数も少ないので、彼女の考えている事などは非常に解りにくいし、もし、アーニャの事をよく知らない者であれば、どこまで云っている事を理解できているのかよく解らないという反応を見せるだろう、
しかし、アーニャも確かにルルーシュの母、マリアンヌが乗り移っていたとはいえ、彼女自身も有能なのだ。
だから、彼女の自我のある時でも皇帝に認められる程の働きを見せていたのだ。
「玉城…あんた、何そんなに買ったのよ…」
玉城が山の様な荷物を持っている。
他のメンバーが荷物を持っていることから解るが、玉城の持っているのは、全て、玉城自身のものであろう事は予想がつく。
「いやぁ…扇たちにも…と思ってさ…」
「扇さんたちにって…そんなに?」
どう見ても多過ぎる。
「あと…せっかくカンボジアに来たんだし、ちょっと、店の模様替えでもしようと思ってな…」
どこまでも先を考えない奴だと思う。
ルルーシュ自身はこのメンバーがいつまでカンボジアにいるかは解らないが、少なくとも、簡単に入国できたとは云え、現状では、出国は結構大変だろうと思う。
現在の、原因不明の病気に関して、恐らく、空港で相当厳しくチェックされる筈だ。
もし、このメンバーの中で感染者が出て、一人でも命を落としたとなれば、その原因究明や、周囲の人間の艦船などが疑われ、足止めを食う事にもなるだろう。
その場合、荷物等の検査は厳重にされる。
そんなとき、こんなにたくさんの荷物があったら、それこそ大変である。
「この人…ホントに『黒の騎士団』だったの…?」
アーニャの素朴な疑問に…ルルーシュもカレンも大きくため息をつく事しか出来なかった…

 とりあえず、カレン以外のメンバーにばれた様子もなく、彼らと別れた。
「ねぇ…カレンに知られたみたい…」
「ああ…そうだな…。でも、俺がただ、こんなところに来ている訳じゃない事くらいは…解ってくれたみたいだからな…。あいつらは本当に、ただ観光に来ただけみたいだし…」
嫌な予感を抱えながらも、それでも、仮にも、『ゼロ』が率いていた『黒の騎士団』のメンバーだった者たちだ。
そう簡単に殺される事もないだろうが…
ただ…やはり、無差別に感染するあの病気については気にはなっていた。
「ルルーシュ…多分…あの病気…普通の病気じゃない…」
アーニャはストレートに近い言葉で指摘する。
確かに、誰が見ても、新種の病気だし、遺体を解剖しても病原菌の片鱗が一切見られないのは…
「そうだな…。人為的なものだが…あまりに怪奇的なものだから…確かに、『呪い』と言う言葉を使いたくなるだろうな…」
アーニャの言葉にルルーシュも同意する。
ただ…もし、人為的に作られたものであるとしたら…とんでもない兵器になる要素を持っている。
あんな形で無差別に人々を殺す武器であると云うのだ。
現在の形でも、戦争となった時にはそれこそ、敵となった国は壊滅状態に陥るだろう。 各主要都市にそれをばらまけば一発だ。
原因も解らず、そして、感染してから発症まで、そして、発症から死亡に至るまでの驚異的なスピードと、遺体に何も残さない病原体…
自然界にあるものであれば、何かの形で残る筈だ。
「未だに…戦いを望む奴らがいるのか…」
ルルーシュもスザクも…理不尽に殺されていく命を目の当たりにして、そして、自分たちも『戦争』という狂気の時代の中で多くの命を奪った。
彼らの場合、自分達が殺したと、目に見えていた分だけ、それを自らの罪として自らに『罰』を課した。
それが、彼らの『永遠の命』と言う形になっている。
人とは…『命』には『終わり』があり、『儚いもの』であるから、それを大事にする。
そして、それが自然の摂理であり、それが『人』であると言える。
彼らは…自らの『生』に終わりがない。
自らにとって大切な者が次々に自然の摂理の下に…この世から消えていく。
それを全て見送り、時代の流れの中で、彼らは永遠に自分の『罪』を問い続けるのだ。
終わりのない…『罪』に対する『罰』…
そして…その永遠に終わらない自らの命を…自分達が構築した『明日のある世界』の為に捧げる…彼らが『コード』を継承した時の決意だった。
二度と…大切な存在…尊い存在が…理不尽な形で命が奪われないように…
だが…『ゼロ・レクイエム』から、数年という時間が経って…人々の心から、世界中が戦争の渦に巻き込まれていた記憶を消し始めているかのように…自らの欲望のために…戦いを始めようとする輩がいる…
それだけは…良く解った。

 翌日、ルルーシュは不本意な恰好をして、王宮へと参内した。
「此度は…私たちの参内をお許し頂き…ありがたき幸せにございます…」
大きなパーティー用のホールに通され、アーニャが厳かに挨拶した。
そこにはナナリー、シュナイゼル、『ゼロ』の仮面をかぶったゼロもいる。
「そなたたちは、自らの舞を見せる相手を、そなたたちが選ぶという…。私は、そなたたちに選ばれたと思ってよろしいのか?」
ご機嫌の様子で、トリブバーナディティ国王が参内した旅芸人達に声をかけた。
「御意に御座います…。私たちも…トリブバーナディティ国王陛下の御前にて舞をまう事をお許し頂いた事…恐悦至極にございます…」
ルルーシュは下を向いたまま跪いている。
アーニャも跪いて挨拶をしている。
その二人の姿に…いち早く反応したのは…
ナナリー、シュナイゼルだった。
そして、『ゼロ』の仮面をかぶったスザクは『やっぱりか…』と言う思いを仮面で隠れているのをいい事にその気持ちを隠した表情を出す事が出来ずにいた。
基本的に殆ど話さない、仮面の下は絶対に誰にも見せない…その掟を感謝した方がいいと思ったのは初めてかも知れない。
そして、国王のその表情には…ルルーシュから醸し出されているただの度芸人とは思えないような高貴なオーラに酔いしれていた。
「では…我々の舞を…」
そう一言ルルーシュが口にした時、その場は一瞬ざわついたが…
王宮お抱えの楽師たちの音楽が始まると同時に、ルルーシュとアーニャの舞が始まった。
その舞が始まった途端、そのざわつきはあっという間に静まり、ホールに響くのは、楽師の奏でる音と、ルルーシュとアーニャの身体を飾っている黄金のアクセサリーの奏でる音だけとなった。
元々、ルルーシュは国王の周辺を探る為に入り込んでいる。
だから、確実に国王の寝所に入り込む必要があった。
勿論、秘密を聞き出せるのであれば、ルルーシュだろうが、アーニャだろうがどちらでも構わなかったが…どういう訳か、こう云う時に指名が来るのはルルーシュばかりなのだ。
それを承知していたので、そうでなくても、その美貌に踊り子としての妖艶な衣装…男女問わず、その舞に酔いしれていた。
そう…ルルーシュの仮面をつけたその顔を見た時に、驚愕していた…この国の高官とこの状況に顔を引きつらせているスザク以外は…
―――ルルーシュ…そう云う顔は…僕以外にしないでほしいんだけど…


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