束の間に過ぎる夢…04


 カンボジアの各地で敗血症に似た症状を訴え、驚異的な速さで命を落としていく者が今もなお、増えている。
ラクシャータはその現実と、会う事すら許されない人質に取られた仲間を見捨てる事が出来ず、かと言って、救い出す事も出来ずに、ただ…彼女の作ったナノマシンがばら撒かれた様子をモニタで見ている。
本来、政敵などの暗殺に利用する…と言う事だった。
大体、『ルルーシュ皇帝』がこの世から去って、絶対君主制を敷いているこの国にも疑問を感じるが…
それでも、『ルルーシュ皇帝』が残したのは…人々が自らの意思で『明日』を選び、作り出す世界…
この国に暮らす人々がそれで幸せだと感じているのなら、彼女自身、何も言うつもりはないし、何も思うところはない。
しかし…この間、あの男に云われた一言は、今でも胸に刺さっている。
『世界に『正義』は一つだけではない…』
確かにその通りだと思う。
あの時、『黒の騎士団』が『ゼロ』を排斥した時だって…彼らの正義を信じての行動だったのだろう…(そう思わなくてはやっていられないと云うのも事実だが)
シュナイゼルだって、彼の『正義』を貫く為に『フレイヤ』を作ったのだろう。
そして…『ルルーシュ皇帝』も…自らの正義と望む世界の為に…殉じた…
「正義…か…」
現在の実験データが流れて来るパソコンの液晶と、現在の彼女の作ったナノマシンの犠牲となっている人々の報道がされているニュースのモニタを見比べる。
誰もが違う価値観を持ち、違う感情を持ち、違う感性を持つからこそ、『人』はこれほどまでに繁栄出来たのだと思う。
その裏側で、こうして自我を持つ生き物は自らの欲望のために、同じ『人』を貶め、殺していく…
今、こうして行っている研究が終わったら…恐らくラクシャータは…口封じのために殺される。
今のところ、ラクシャータの頭の中に、特定の人間を識別して、そのナノマシンでその相手を殺す事は…とりあえず可能となっているが…
しかし…それが完成したとなれば…
「『ルルーシュ皇帝』が『悪逆皇帝』だって言うなら…あたしはなんだろうね…。自分の為に研究をし続けてきた…。やりたい事だけをやってきた…。だけど…今は…」
多分…初めて誰かに助けを求めている…そんな風に思う。
しかし…今のラクシャータには『ゼロ』に対してそんな事を望める訳がない。
それに、ラクシャータにとって、『ゼロ』はたった一人だ。
「あいつ…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』なんて作り上げて…どうしたいんだ…」
苦悩の色が消えないまま…大きくため息をついて、再びパソコンの画面へと目を向けて、彼女の手はキーボードを叩き始めた。

 ルルーシュは今、『アラン=スペンサー』として、ライと呼ばれる男の家にアーニャと共に身をよせていた。
ジェレミアの直属の部下だったというが…これほど優秀な男であったなら、確実にルルーシュが皇帝の時でも彼の目にとまった筈だ。
「アラン様…」
背中から呼ばれ、振り返る。
すると、手には大きな荷物があった。
「ジェレミア卿から、荷物です…。これをあなたに渡せば解る…との事ですが…」
その一言でルルーシュは顔を引きつらせる。
最初は普通に宮殿に入り込めればいいと考えていたが…
ただ、相手に近づくには…恐らく、こうした方法が手っ取り早い。
全ての身分証明書が偽造なのだ。
仮にも、国王の身辺を調べるのだ。
王宮に入り込むのだって、相当なセキュリティがかかっているし、身分証明などに関してもうるさい事になっている。
まして、カンボジアの現状を考えた時、王宮の出入りも相当厳しい。
そんな中でも旅芸人などに関しては意外と入り易いのだ。
それに、現在の国王、トリブバーナディティ国王は、その手の娯楽を好むと云う話だ。
国王の好みに合えば、そのまま寝所にもつれこむという。
アーニャにそんな事をさせる訳にはいかないので、ルルーシュが踊り子に扮して入りこむのだが…
寝所に連れ込まれたところで、大人しく手篭めにされるつもりは毛頭ない。
古今東西、敵将を調べる時の常套手段だ。
その手段がどこまで通じるかは解らないが…
ただ…問題なのは、ナナリーたちは現在カンボジアの国賓だ。
恐らく、彼らが滞在中に入り込んでしまうと確実に、彼らの目に晒される事になる。
―――何か…うまく顔を隠せるといいんだが…
尤も、完全に顔を隠してしまっても困る。
ルルーシュとしては、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』とやらの正体を知りたい。
王宮でそれらしい姿が晒される事になれば、何らかの形で裏で糸引く者がアクションを起こす筈だ。
それに、ルルーシュのその姿を見た時の、周囲の反応によって、この事件の黒幕が絞れてくるはずだ。
「ルルーシュ…本当に国王に顔…見せるの?」
アーニャは感情の乏しい表情で尋ねる。
どうやら心配しているようだ。
「まぁ…はっきり解るようにはしないさ…。ライに頼んで、踊り子が付けられるような仮面を探して貰っている。完全に隠してしまっては意味はないから…多少、『ルルーシュ皇帝』かも知れないと思わせる程度に顔の解る…」
「でも…スザクとナナリー様いる…。あんなカッコすればスザク、後できっとすごく怒る。ナナリー様…ルルーシュって解らなくても、疑って探そうとする…」
アーニャの云う事は尤もだと思うが…
「スザクに関しては滅多に帰って来る事もないから心配はいらない。ナナリーは…もう俺の手から離れて…そんな個人的感情で国を危険に陥れるような事はしない…」
ルルーシュの言葉は…心配するな…と言う気持ちと、自分の手から離れてしまった最愛の妹への寂しさの入り混じった様な…そんな風に聞こえた。

 ルルーシュはパソコンを巧みに操作して、旅芸人として、王宮へ入り込める様に準備を整えた。
そして、完全に準備が整え、決行が明日に迫った。
「アラン様…ずっと籠りきりだったでしょう?少し、外の空気を吸ってきてはいかがです?」
そう提案したのはライだった。
確かに、様々なシミュレーションを考えて、ずっと籠りきりでパソコンの前に座っていたのだ。
ジェレミアが見ていたら、涙を流しながら説教したに違いない。
「ああ…そうだな…。明日は色々やらなくてはならないからな…少し、身体を動かしてくるよ…」
「アーニャもいく…」
常にルルーシュの護衛として着いてくる。
確かに、何かあった時、死なない身体になっているとはいえ、誰もいない状態で歩きまわるのは、今の世界にとってもルルーシュにとっても危険な事だ。
まして、『ルルーシュ皇帝』が世の中から消えても、相変わらず、あちこちで紛争が起きているし、スザク自身、『ゼロ』として動き回っていて、電話で話す事はあっても、実際に会ったのは多分、1年くらい前だ。
お互い、『コード』を継承して、ルルーシュもスザクも、この世から消えている存在ではあるが、実際に消えたのは名前であって、その存在そのものはこうして、実在してるのだ。
だからこそ、事情を知る者が傍にいる必要があるのだ。
テロ活動をしているグループに捕らえられ、利用されたら、世界は再び混乱状態に陥るのだ。
ルルーシュ自身、『ルルーシュ皇帝』の名前の大きさを知っている。
カンボジアで活動している、今の騒ぎの黒幕たちも、それを十分理解してこうして利用しているのだろう。
『ゼロ・レクイエム』から、数年の月日が経っている。
『ルルーシュ皇帝』が万人の目の前で『ゼロ』の刃に貫かれた後、世界の全ての人々が『ゼロ』を受け入れた訳じゃなくて、また、世界の全てが『ルルーシュ皇帝』を悪としていた訳じゃなかった。
これも民主主義の一つと言えるのだろうか…
シュナイゼルや『黒の騎士団』が『ルルーシュ皇帝』を悪として、ルルーシュ自身も『戦争』と言う形で多くの人々の命を奪った。
それをストレートに受け止めた人々が多かったから、『ルルーシュ皇帝』は悪逆皇帝となりえたのだ。
もし、現在、反体制勢力として存在してる反『ゼロ』派達の数が多ければ、『ゼロ』が悪逆皇帝となっていたの違いない。
「ルルーシュ…準備出来た…」

 アーニャがそう声をかけて、二人は街へと出かけて行った。
不老不死となったルルーシュはともかく、アーニャは現在のあの、カンボジア全体を恐怖に陥れている病原体に感染すれば、確実に死ぬ。
潜伏期間の短さ、潜伏期間が過ぎた後の驚異的な発病と致死時間の短さ、そして、仮に生きている内に病院へ運ばれても、抗生剤が一切効かない未知の病原体だ。
そんな事を色々考えていると…
「あ…あなた…アーニャでしょ?」
後ろから声をかけられる。
その声にアーニャは素直に振り返るが…
「あ…『黒の騎士団』の…」
その一言にルルーシュは顔を引きつらせる。
この期に及んで、こいつらに見つかったとなると非常にめんどくさい事になる。
と言うか、死ぬ事はなくとも、ルルーシュが存命だと知られれば、こいつらの事なのでろくな事がない事くらいは解る。
「あら…久しぶりね…。アーニャ…隣の人は?」
ルルーシュの事だ。
「アラン…私の友達…」
アーニャもアーニャで何を考えているかが解らず、このイレギュラーに対してどう対処していいか解らない。
ただ、誰もアーニャがアランだと紹介したこの男がルルーシュであるとばれないでほしいと願う。
一応、帽子とサングラスは必須だ。
それに、カレン以外、ルルーシュが『ゼロ』の衣装と『皇帝』の衣装の姿以外は見た事がない筈だ。
今は、現地の人間が普段着として着ている服装だ。
とりあえず、ルルーシュは帽子をやや深めに被り直して彼らの方を向いた。
「初めまして…アラン=スペンサーです…」
この状況で逃げ出す訳にもいかず…
短く自己紹介する。
すると、どうやらカレン以外のメンバーは普通に自己紹介してくる。
―――こいつら…こんな厳戒態勢の国に何をしに来たんだ…
ルルーシュの素直な感想を胸に収めながら既に知っている人物たちの自己紹介を聞いている。
そして最後にカレンが自己紹介する。
「初めまして…紅月カレンです。今度…あなたのお話を聞かせて頂けるかしら?」
カレンの言葉にルルーシュは他のメンバーとは違う意味で反応した。
他のメンバーのリアクションは…
「おい!カレン…カンボジアへ来てナンパかよ…」
この玉城のセリフを筆頭とした…驚きの中にあるから買う意味の言葉だった。
そんな外野の反応は、ルルーシュにとってはどうでもいい事だった。
ただ…カレンの一言に…
―――ばれた…
その一言が頭を過った。

 ルルーシュがパソコンを使いこなして、王宮に入り込む準備が済んだ頃、国賓として王宮に滞在していたナナリーたちに旅芸人がやってくるとの話が伝わった。
その話を聞いて、『ゼロ』の仮面の下でスザクが微妙に顔を歪ませた。
―――こんな急に…もしかして…ルルーシュ…?アーニャが一緒にいた筈…。こんなところに乗り込んでくるって言うのか?
思いつく可能性を並べてみるが…スザクが特派にいた頃からルルーシュの考えている事はよく解らなかった。
そして、『ルルーシュ皇帝』の『ナイトオブゼロ』になっても、彼の突拍子もない作戦を立ててくれた。
スザクの意志など完全無視した…自分勝手で横暴な…
「この時期に…旅芸人…ですか…」
「この国の国王は…この時期に何を考えているのだか…」
ナナリーとシュナイゼルの呆れた言葉…
確かに…何も知らなければそう思っても仕方ないだろう。
―――絶対に…ルルーシュだ…。
噂で聞いた事がある。
と言うか、C.C.から聞かされた。
中華連邦を攻略するとき…とんでもないカッコをして、部隊長を籠絡したと…
相手は、ルルーシュが男だと知っても寝所に連れ込もうとしていたと聞いた。
―――冷静になれ…僕…。僕は今、『ゼロ』なんだ…
スザクは仮面の下でとにかく、自分の感情と煩悩に振り回されながら、必死に自分を抑えている。
「でも…その旅芸人さんも、現在のカンボジアの情勢を知らずに来ていらっしゃる訳でもないでしょう?」
ナナリーの一言にシュナイゼルもスザクもはっとさせられる。
そう、今回のナナリーたちのカンボジアへの訪問も、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の話を聞いて、どういう事なのかを調べる為だ。
「そうだね…確かにカンボジアと陸続きの国であれば…現在のこの状態は憂いを抱かざるを得ないね…」
確かに可能性としては、0ではないのだ。
しかし、スザクは確信している。
今回の度芸人として王宮に乗り込んでくるのは…
それにしても、こんな騒ぎの中、一体何を考えているのかと…素直に考えてしまう。
今の段階でこの二人にその事を放す訳にはいかない。
大体、この二人はルルーシュが生きている事を知らない。
『ギアス』の事は知っていても、『コード』の事を知らないのだ。
―――まったく…ホントに自分で動かないと気が済まないんだな…。
仮面の下でため息をつく。
そして…恐らく、護衛についているであろうアーニャに祈りの様な思いを抱く。
―――頼むから…ルルーシュを人目に曝して混乱を巻き起こさないでくれ…。今、この国で『ルルーシュ』と同じ顔の者が現れたら…危険な儀式が始まる…
スザクは…様々な懸念を胸に、決意を新たにした。


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