カンボジア、プノンペンで深刻に考えている3人組が2組いる中…
日本から、この時期にどう見ても場違いな集団が現れた。
かつて、『黒の騎士団』で『ゼロ』に近い位置におり、シュナイゼルの言葉一つで『ゼロ』を裏切った者たち…
今ではすっかり『英雄』的存在となり、現在の自分の立ち位置に戸惑いを覚える者、誇りに思う者、後悔する者…様々ではあるが…
それ故に、この騒ぎの中カンボジアへ渡ってきた者達の心中も様々だ。
「ねぇ…玉城…なんでまたこの時期にカンボジアなの?」
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と言う言葉に、胸騒ぎがしてもし、その単語がなければ絶対について来なかったであろうカレンが今回の旅行の幹事である玉城に尋ねた。
「まぁ…最初は何となくだったんだけどよぉ…あの…『ルルーシュ皇帝』の亡霊が出るんだろ?ちょっと興味があるじゃねぇか…」
不謹慎極まりない発言だと、カレンは怒りをあらわにするが…
藤堂がそれを宥める様にカレンの殴りかかりそうな手を止めた。
「しかし…現在のカンボジアは非常に危険な状態だ…。こんな時によく渡航許可が出たな…」
「あら…ノーチェックでしたけど…」
藤堂の疑問に双葉が答えた。
現在双葉は政府に関わっていないし、ニュースで見る程度の事しか知らない。
しかし、藤堂やカレンはとりあえず、世界情勢を見守ってきた。
と言うのも…現在、世界の秩序の為に中心になって動いているのは『ゼロ』だけだ。
今はなんとか抑えているが…いずれ、彼一人では抑えきれなくなるかもしれない…
そんな思いからだ。
現在の『ゼロ』の正体、そして、その彼の事をよく知る二人はルルーシュが残してくれた世界と、『ゼロ』が守ろうとしている世界…彼らも一緒に守りたいと考えていたからだ。
今は…何もできないが、いつか、自分たちの力を必要としてくれた時に…少しでも役に立てるようにと…
そんな風に考えていた藤堂とカレンは…双葉の言葉に愕然としてしまった。
「世界中で大騒ぎになっているじゃないの!なんで扇さん…首相のくせにそんなのんきに構えているのよ!」
日本語だから日本人以外には通じない事をいい事にカレンが怒鳴り散らす。
そして、世界情勢に少しは関心を持ってきた者達は…カレンの意見に同意した。
「では…我々は、そんな厳戒態勢の中…入国を許可された…と言う事なのか?」
流石に呆れ果てた千葉がそう尋ねる。
そして…周囲はその疑問に対して沈黙を返す事しか出来ない。
多分…それが、今この場での一番的確な返事だと…心の中で思う。
「で…この中でクメール語が解る人…いるの?」
「……」
沈黙が答えとなる。
「じゃあ、玉城!通訳さんは?」
「もう、約束の時間から30分も経っているんだけどよぉ…来ねぇんだよ…」
このとき…この場にいた、カレン、藤堂、双葉、千葉、南、杉山、日向、水無瀬…全員同じ事を思っていた。
―――こいつ発案の旅行は…二度と参加しない…
そうは思っていても、来てしまったのだから、何とかするしかないのだが…
「ま…まぁ、何とかなるさ…」
殆ど説得力のない玉城の言葉に…彼を取り巻く空気は非常に冷たい。
そんな中、その空気を破ったのは…カレンだった。
「とりあえず、玉城を責めたところで、事態は好転しないわよね…。とにかく、今夜泊まる宿には…何とかたどり着きたいわよね…」
「でも…海外のタクシーって、地理に不案内な外国人だと解ると、恐ろしく遠まわりして法外な値段を執られるって言いますよね…。まして、現在のカンボジアって、混乱状態で治安も良くないですし…」
カレンの言葉に、続く言葉は…
こんなとき…カレンはルルーシュの判断力、行動力が欲しいと考えてしまう。
今更な事だと解ってはいても…自分が裏切り者であると解ってはいても…
大体、今回も『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』という、その言葉につられてカンボジアに渡って来たのだから…
―――ルルーシュと話せるなら…亡霊でもゾンビでもいい…。ルルーシュと話して…話を聞いて…そして…謝りたい…
カレンの中ではそれだけだった。
そうは考えていても、実際目の前にある問題は…
あまりに現実的で…こんな悩みを抱えている自分達が色んな意味で『ルルーシュ』に会う資格などない…と思えて来てしまう。
とりあえず、カレンは自分のバッグの中からカンボジアの旅行用ガイドを取りだした。
「玉城…今夜のホテルって…なんて言うホテル?」
カレンがぱらぱらとガイドブックを開きながら玉城に尋ねた。
―――ルルーシュと同じ事は出来ないけれど…自分のできる事をしよう…
落ち込んでいても仕方ないという思いからの行動だ。
「えっと…Rホテル…プノンペン市内にある…」
「解った…このガイドブックに載っているといいんだけど…」
この中では最年少のカレンではあるが…
こう云うところは…『ゼロ』の親衛隊隊長であったと…流石だと…藤堂は心の中で思う。
自分たちは『ゼロ』を『ブリタニアの皇子』だと云う事、そして、戦争の本質を鑑みる事をせずに排斥した。
その事を…あれから数年が経った今でも藤堂は思い出すと後悔の念がこみ上げる。
しかし、カレンも恐らくは…否、カレンが『黒の騎士団』の中で一番、あの『ゼロ』の排斥劇を悲しんでいたのだと思うのだが…
そして…今もきっと悲しんでいるのだろうが…それでも、カレンはその『後悔』を抱えながらも、『ゼロ』と共にいた時間を無駄にはしていない…そんな風に思う。
「なんだ…空港から多分、それほど遠くないわ…行きましょ…」
そう云って、旅行用の大きなカートを引っ張りながらカレンが歩きだした。
ライと言う、ルルーシュ皇帝時代、ジェレミアの直属の部下であったという男の家で世話になる事になった、ルルーシュとアーニャではあったが…
この数日間、敗血症と見られる患者の数の増え方に驚いていた。
確かに、ジェレミアの屋敷で調べた時にもそう言った兆候が見られていた事は事実であるが…
「これは…」
「はい…チェイバルマン国王時代からの高官…特に、トロモ機関に深くかかわった者達が『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』に胸を貫かれた事を連想させる殺害のされ方をしているのと同時に広まっているのです…。この、敗血症に関しては本当に無差別に感染し、そして、死に至っているのです…」
ライの調べた資料をルルーシュに手渡す。
「しかし…確かに、敗血症に似ているが…あまりに感染してから死亡するまでの時間が短すぎないか?いくらなんでも…」
「はい…病院で抗生剤を使っても全くと言っていいほど効果がないのです。感染した者は…ほぼ確実に死んでいきます…」
「これ…どうして、日によってこんなに病院へ駆け込む人の数が違うの?」
「感染している時間が集中しているからだと思います。恐らく、現在解っているところで、仮にその病原体が細菌とした時、潜伏期間が3〜10時間程度です。これも、自然の細菌類の潜伏期間としては短すぎます。人の手で創られたものであれば…恐ろしい兵器です。ただ…カンボジアの人々は完全に『ルルーシュ皇帝の呪い』と信じているので、その可能性を考えている人は殆どいません…」
ライの説明と、手渡された資料を見て、ルルーシュ自身、『確かに…ルルーシュ皇帝の呪い…と思いたくなるのは解る…』と思ってしまう。
実際に、こんな事は、科学技術の進んだ国ではオカルト番組のネタにはなっても、ここまで国を揺るがすほどの騒ぎにはならない。
シュナイゼルがこの国に何故、トロモ機関を置いたのか…
確かに、そう言った類の知識を持つ者の少ない国で開発していた方が、悪目立ちはしないだろう。
しかも、カンボジアは熱帯雨林気候…
ジャングルの奥深くにこうした施設を作っておけば、それこそ、何をしているのか解らないし、あの頃であれば、『ルルーシュ皇帝を討つ為!』と言う大義名分があれば、国の代表は右も左もなく協力してくれた。
一般市民にはそう云った科学技術に関する知識が乏しいから、外から見たところで、さして怪しむ事もなかっただろう。
これは、シュナイゼルの巧妙な計算の下に、ここにトロモ機関を置いたのだと思う。
しかし、王家の家系図とその関係を調べてみると…
これまた、いろいろ複雑なようだ。
「チェイバルマン国王はシュナイゼルに協力し、トロモ機関への保護、手厚い庇護を約束し、その約束を果たしている…。それ故に、『ルルーシュ皇帝』が『ゼロ』に討たれた後は、『ゼロ』の次に国民の支持を集めているな…。シュナイゼルも巧妙に国民の意識を誘導していたとは思うが…」
「でも、チェイバルマン国王の弟…トロモ機関に対しては…あまりいい感情…持ってない…。国王と対立して…国王が死ぬまで将軍職を更迭されてる…」
資料を読みながら、事の整理を始めた。
実際に、絶対君主制を執る国にとって、後継者争いは様々な形で行われる。
謀略、暗殺、裏切り…挙げればきりがない。
ブリタニアでもそうだった。
ルルーシュの父、シャルル=ジ=ブリタニアも、皇位争いで双子の兄であるV.V.以外はすべて兄弟を殺している。
ルルーシュが皇帝となる時にも、『ギアス』がなければ、『ゼロ・レクイエム』のやり方も変わっていたかも知れない。
ルルーシュ自身、そんなもの欲しいとも思わなかったが…権力と言う魔力に魅了されると、何をしてでも欲しいと思うものらしい。
「アラン様、現在、チェイバルマン国王の弟君スールヤヴァルマン殿下は、軍の将軍と言う肩書は持っておりますが…現在のトリブバーナディティ国王陛下に対しては、表向きの忠誠だけ…と言う噂が常に付きまとっていますし、陛下自身、叔父君を…恐らく信用していません。ですから、現在はお互いにけん制し合っている状態です。現在の国王になってから軍に復帰していますが…それは完全な名ばかりです。しかし、スールヤヴァルマン殿下がこのまま、国王の手の内で飼い殺しになるとも思えません…」
「どこの国でも…王位、皇位に対する執着の強い連中はいるって事だな…。つまり…これは人為的な『呪い』と考えるべきだと云う事か…」
「私個人の考えでは…そう推察いたしますが…お二人は…どう思われますか?」
ライの言葉に…二人とも現在のところは同意するしかない。
しかし…ルルーシュの中で何か引っかかるものがあった。
理屈ではない…ルルーシュも言葉では説明できない何かが…心の中で引っ掛かっているのだが…
多分、これは、アーニャに話しても、ライに話しても理解できるものではない…そんな風に思う…
―――これは…この、何か引っかかるものは…一体何なんだ?
多分…この事件は人為的なものであり、『呪い』の類ではない。
実際に、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と呼ばれて入るが、ルルーシュはここにいる。
誰かがこの騒ぎを利用している事は解るが…
―――まさか…これは…。関係が…あるのか…?
カンボジアに訪れてから、ずっと王宮に滞在しているナナリーたちではあったが…
調べても肝心な部分が解らないし、他国の王宮の書庫を勝手にあさる訳にもいかない。
何より、『ゼロ』の仮面を被るスザクは出来る事がなくなっていた。
―――まるで…『ゼロ』の動きを封じられているみたいだ…
ナナリーとシュナイゼルがこの王宮に滞在している以上、『ゼロ』が二人から離れる訳にもいかない。
現在のブリタニアの世界への影響力、そして、姿勢に反目する国がない訳ではない。
やはり、民族が違えば、価値観も習慣も、そして、理念も違う。
一言に『優しい世界』と言っても、民族によって『優しい』と言う言葉の意味が微妙に違っているのだ。
ナナリーにとって『優しい世界』であっても、世界が共通してその世界が『優しい世界』と評価する訳じゃない。
ルルーシュが残したのは…ナナリーにとっての『優しい世界』…。
その体制では困るという国家、組織があってもおかしくはない。
そして、そう言った存在を許容して、明日へつなげる…それが、当初、ナナリーが望んだ世界であり、ナナリーの為にルルーシュが残した世界だ。
「このままでは拉致があきません…。一体どうしたら…」
ナナリーが何もできず、動けずにいる現在の己の立場に歯噛みする。
「今のところは…待つしかない…。ナナリー…政治とは、行動力も必要だが、忍耐も必要なのだよ…。まぁ、ルルーシュはその忍耐が十分であったとはとても言えなかったとは思うけれどね…。あんなに急がなくてはならなかった理由が…今でも私には解らないのだが…」
シュナイゼルの言葉に…スザクは少し胸が痛んだ。
ルルーシュがあんな形で『ゼロ・レクイエム』を施さなくてはならなかったのは…スザクの望みを叶える為でもあったから…
後悔はしていないが、それでも、あんな形で果たした事で心に深い傷を負った者がいる…その事に胸が痛んだ。
「とにかく…会ってみたいものだね…ルルーシュの亡霊に…」
シュナイゼルの言葉にナナリーも頷いた。
「そうですね…。本当にお兄様の亡霊だったら…お話したい事がたくさんあります…。偽物であったなら…やっぱり、お話を伺わなくてはなりませんね…」
ルルーシュが生きている事を知っているスザクだけは確信している。
この、カンボジアでの『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』は…誰かが作り上げたものであると…
ただ…何か、言葉では言い表せない…何かが…引っかかっている事を…この時、敢えて無視した…
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