カンボジアでの騒ぎを聞き、ルルーシュはスザクと場別行動で、内情を探る事にした。
しかし、インターネットで普通に閲覧できる情報はテレビのニュースと変わらないし、様々な形で機密情報のあるところをハッキングして見ても…この、『ルルーシュ皇帝の亡霊と呪い』の騒ぎに関わっている者の名前が一切出てこない。
「つまり…こうしたデジタル情報媒体を使わない連中か…それとも…使う必要がない連中か…」
尤も、前者であったとしても、これだけの騒ぎだ。
防犯カメラには当然の様にその姿が残る筈だし、それに、武器を使用している。
調べてみると、『ゼロ・レクイエム』の時、スザクがルルーシュに対して使ったMVSと同じものが使われている。
そんな目立つものを使えば、何かしらの情報端末に記録が残る。
そして、完全に『ゼロ・レクイエム』の『ルルーシュ皇帝殺害』を意識しているように見える。
「アーニャ…俺もカンボジアへ行く…。付き合わないか?」
返って来る答えは決まっているが…一応、質問と言う形を取った。
「スザク…ナナリー様と一緒に行った…。ルルーシュ…動いて平気?」
アーニャも現在のルルーシュの立場、スザクの立場を弁えているからそう云った心配もするし、何より、この少女よりも忠義第一のルルーシュの奴隷の様なお目付け役の方がうるさい。
「俺の亡霊が暴れ回っているらしいからな…。それに…ナナリーもシュナイゼルも俺が生きている事を知らない…。だとすると、あの二人が無茶をしようとしてスザクが止め切れる筈もないからな…」
確かに…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』などと言う噂を世界中にばらまかれており、それに便乗して、国家の不満分子たち…特に『ルルーシュ皇帝』を敵としてきた『超合衆国』に名前を連ねていた国でその『呪い』を利用し始めている者もいる。
「それに…この事件…俺を貶めるもの…ではなく、現在の世界のあり方に対しての抗議…なのかも知れないからな…。まぁ、本物の『ルルーシュ皇帝の亡霊』が姿を見せれば、裏で糸を引いている連中も『ルルーシュ皇帝』の名前を使う事が出来なくなる…」
確かに…本物の『ルルーシュ皇帝』が出てくれば現在の『ルルーシュ皇帝の亡霊と呪い』は偽物となり、世間を騒がせて得をする人間の仕業と言う事になるが…
しかし、ここで『ルルーシュ皇帝』がのこのこ出て行ったら、『ルルーシュ皇帝の亡霊と呪い』よりもさらに大きな騒ぎになる。
「ルルーシュ…人前に出るの?」
微妙に呆れの込められた声…
しかし、ルルーシュはそんな事を気にもせずに答えてやった。
「『ルルーシュ皇帝』の『亡霊』が…な…」
「亡霊?」
「ああ…別に俺が人前に出る必要はない。ただ…毎晩のように俺がどこかに出没して、消えていれば『亡霊』の噂が二つになる…。『コード』を継承すると神出鬼没になるんだよ…」
確かに…C.C.がスザクに『コード』を渡す前…彼女ほど神出鬼没な奴は見た事なかったが…『コード』を継承するとその肉体が人間ではなくなるのだ。
故に…幽霊や亡霊の様な存在ともなれるのだ。
「とりあえず、俺とアーニャの偽造パスポートを作ったから…準備しろ…」
そう云って、ルルーシュ自身も出かける準備を始めた。
その頃、カンボジアでは…相も変わらず『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』の騒ぎの只中にいた。
ナナリーも、シュナイゼルも、そして、『ゼロ』の仮面を被っているスザクもその真相を探るが…どうしてもそのしっぽを掴む事が出来ずにいた。
人の手によるものであれば、きっと何らかの痕跡が残る筈なのだ。
まして、調べでは刺殺された高官たちの死体を調べたら、その胸の傷はMVSで貫かれたものだと解った。
特殊な加工が施されている為、司法解剖の勉強をしている者であれば、一発でその違いに気がつく。
恐らくは…『ゼロ・レクイエム』を連想させて『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』に信憑性を持たせるためだろうが…
しかし…
「あんな特殊な武器で殺害しているのだから…すぐに証拠や痕跡がたどれると思ったのだが…」
シュナイゼルがあごに手を当てながら呟く。
「それに…確かに敗血症での死亡者が多く出ているようですが…これは、不衛生なスラム街だけの問題ではなく、インフラ整備の整ったところでも蔓延しているようです…。しかも…患者の発生の仕方が…何だか…不自然ですし…」
資料を読みながらナナリーもそんな風に呟く。
本当はブリタニアの中枢に立っている二人がこんな形でこの問題に関与するべきではない事は解っていたが…
これ以上、『ルルーシュ皇帝』の名前を使えばテロ活動をする上でプラスに働くと思われても困るし、彼らの矜持として、『ルルーシュ』がやろうとしていた事を知るだけに、許せない者があった。
「確かに…敗血症の発症と病院へ運ばれた患者の数を比べてみると…凄い山並みのグラフが出来ているね…。これも…ルルーシュの呪いとして扱われている案件だね?」
「はい…どう見ても…人為的に見えるのですが…」
物証などを並べる事が出来ないが、それでも状況がそう云う風に物語っている。
「ナナリー…この世界で一番恐ろしいのは…『悪魔』でも『亡霊』でもないよ…。この世界に生きる人間にとって、一番恐ろしい敵は…『人』だよ…」
ナナリーに言い聞かせるようにシュナイゼルが告げる。
「シュナイゼル異母兄さま?」
「ルルーシュはその事をよく知っていた…。その身にも染みていた…。だから…ルルーシュは『人』でありながら、『悪魔』の仮面を被ったのだよ…。この世界に生きる人間で…その事に気づいているのは…本当に少ないんだよ…」
その言葉に…ナナリーも『ゼロ』も、この事件の裏にいるのは、『ルルーシュ皇帝の亡霊』ではなく、『人』であると…確信する。
―――とある、カンボジアにある研究施設
一人の…褐色の肌をした東洋人の女性が様々なメディアを通して送られてくる、カンボジアの惨状を見つめている。
「なんで…あたしがこんな事…」
『黒の騎士団』にいた時、様々な研究をしていた。
『黒の騎士団』に入る前から、様々な研究をしてきた。
『黒の騎士団』での研究は…色んな意味で楽しかったし、価値もあったと思う。
あんな形で『ゼロ』を失わなければ…世界が平穏になったとしても、『ゼロ』の下で研究を続けていきたいとさえ思っていた。
そして、現在、この世界に存在する『ゼロ』の行方を探していた。
あの時の…『ゼロ』の事を知りたかったから…
そして、『ゼロ』が現れるであろう紛争地域に駆け付けては、医療班に加えて貰って人の命を救う立場に立ってきた。
そんな中…カンボジアからの使者が彼女の古くからの同士である、ユスクとソンティが捕らえられた。
理不尽である事は解っていた。
そして…彼女の医療技術とメカの技術を使ってあるものを作ってほしいと依頼された。
正確には彼らを人質に、依頼された。
簡単に、解り易く言えば…脅迫だ。
「チャウラー博士…」
後ろの入口が静かに開き、彼女に声をかけてきた。
彼女は忌々しげにその人物の顔を睨みつけた。
「だいぶ…性能が高くなっていますけれど…これでは無差別に殺してしまいますね…。できる事なら…特定の人物に…と言う形でお願いしているのですが…」
「そんな事…簡単に出来る訳がないだろ!それに、あんた…まだ、プロットタイプを持ち出して…あんな真似を…」
ぎゅっと拳を握りしめ、怒りを抑えられない表情で目の前にいる男に怒鳴りつける。
「はい…『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』として利用するには、少々、不特定多数過ぎましたね…。もう少し、急いで頂けませんか?折角、ナナリー=ヴィ=ブリタニア様、シュナイゼル=エル=ブリタニア様…それに、『ゼロ』までお出ましになっているのですから…」
男の口から飛び出したその名前に彼女はさらに怒りの色を濃くする。
「あんた…『ゼロ』まで殺す気かい?」
「『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』から、この国を解放するためですよ…。今…この国は彼の呪いによって、混乱状態が続いている…」
悪びれる事もなくその男はそう言い放った。
彼女自身、『ゼロ』の正体を知っているし、あの、『ゼロ・レクイエム』の時には中身が入れ替わっていた事も知っている。
「何故…『ゼロ』を…」
「あなたが知らなくてもいい事ですよ…。あなたは、あなたのお仲間の命を救う事だけを考えて下さればいい…。まぁ、ひとつ言える事は…世界に『正義』は一つだけではない…そう云う事ですよ…」
「これは…あんたの正義だって言うのかい?罪もない一般市民まで巻き添えにして…」
「これも…必要な犠牲です…」
そんな事をさらっと云って退けたこの男に対して殺意に近いような怒りを感じる。
『ゼロ』も犠牲を厭うリーダーではなかった。
必要とあらば非戦闘員も犠牲にしてきた。
しかし…この男の様に『正義のため』と薄笑いを浮かべながら犠牲は当たり前だと云い放ってはいなかった。
少なくとも…表向きにはそう云った態度をとっていたかも知れないが…彼は…その犠牲に対する『罪』を全て自分が背負う為のウソをついていた…そう思う。
ただ…彼女がその事に気づいたのは…『ゼロ』が『ルルーシュ皇帝』の心臓を貫いた後…ではあったが…
「とにかく…あなたは仲間を裏切りたくはないのでしょう?殺したくはないのでしょう?なら…」
自分の器の小ささを思い知らされる一言…
そう…彼女は目の前の自分の仲間の為に、多くの命を犠牲にしている。
『黒の騎士団』の連中は『ゼロ』を裏切り者扱いしていた。
多くの犠牲を出したと…『ゼロ』に助けられた事実を忘れたかのような言葉を吐いていた…
―――これじゃあ…あたしも…扇たちの事は言えないね…
自分の頭の中で自嘲しながらそう考える。
あの時…彼女は扇たちほど『ゼロ』に対して、彼が裏切り者であるという認識はなかった。
自分たちがしているのは戦争だ。
犠牲はあって当たり前…兵士は常に指揮官のコマとして働くのが義務…
そんな覚悟もない連中が甘いのだと思っていた。
ただ…斑鳩には…『ゼロ』が取り戻してくれた…『紅蓮』と『カレン』がいた…
だから…『ゼロ』の置き土産を…無駄に出来なかったから…
だから…彼女は、扇たちに対して賛同の意は持たなかったが、命を懸けて『ゼロ』が残してくれたものを…彼女はきちんと受け取りたかった…
だから残った…
しかし、今は…自分の感情の為に…多くの犠牲を出している。
「あたしがここにいて、研究を続けているんだ…。あいつらに何かしたら…許さないからね…」
その一言だけ、目の前の男にぶつけて、その男を追い出した。
研究を続けるから…とだけ告げて…
その頃…ルルーシュとアーニャがプノンペン国際空港に降り立った。
とりあえず、目立たないようにしておけば、カンボジアならルルーシュだと云う事はばれにくい。
『ゼロ・レクイエム』から、数年の時が経っている。
日本やブリタニアのペンドラゴンならともかく、世界的には、日常の方が忙しくて、『ルルーシュ皇帝』の真の姿など…構っている余裕はなかった。
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』などと騒いでいるこの地とて、偽造パスポートと帽子にサングラス程度で普通に通り抜けられるのだから…
「ルル…じゃなくて、アラン…これから…どうするの?」
「とりあえず、しばらく滞在できるようにジェレミアの手の者がこちらのステイ先を準備してくれているらしいが…」
ルルーシュがカンボジアへ行くと云い出した時…当然の様に反対したジェレミアだが…最近では、ルルーシュが言い出して、一度だってルルーシュが引いた事がないので…ジェレミアの方が、自分の顔の広さを使って色々手回ししてくれるようになった。(と言うか、ルルーシュ皇帝時代にジェレミア直属の部下を世界中にばらまいていた)
「ルルーシュの事…知ってるの?」
「否…。一応、ジェレミアの直属の部下だったらしいから…俺の顔を知っているかも知れないが、アラン=スペンサーとして接してくれ…」
「解った…」
ルルーシュとアーニャがそんな会話をしていると、後ろから声をかけられた。
「アラン=スペンサー様…ですね?」
振り返ると、そこにはルルーシュよりもやや背の高い、恐らく、年齢はルルーシュと同じくらいの男が立っていた。
「ジェレミア=ゴッドバルト様より、仰せつかっています…。私は、ライと申します…」
そう云って、その男はルルーシュとアーニャに対して深々と頭を下げた。
流石にこんな形で頭を下げられてしまうと、人目に着く。
「あ…頭を下げなくてもいい…。こちらが…世話になるのだから…。よろしく…ライ…」
ルルーシュはそう云って、ライに右手を差し出した。
そして、ライはルルーシュの右手を握り返す。
その様子を見て、アーニャも前に進み出た。
「私、アーニャ=アールストレイム…。アランの護衛…」
「よろしくお願いします…アールストレイム卿…」
ライがこれまた恭しく挨拶すると、アーニャも右手を差し出した。
「アーニャでいい…。もう、皇帝の騎士じゃない…」
アーニャの一言にライはにこりと笑った。
「解りました…。宜しくお願いします…アーニャ嬢…」
こうして、ルルーシュとアーニャがカンボジアで動く為の準備ができた。
「では、我が家に案内します…。詳しい話は…それから…」
「ああ、よろしく頼む…」
そう云って、3人は連れ立って歩きだした。
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