ここは…カンボジアにある…古くから伝わる…寺院…
夜更けに…白装束を身に纏った…否、胸の部分に大きな血の跡を残している白装束の少年が目撃された。
「お…おい…あんた…その血は…」
たまたまそこを通りかかった、近所に暮らす老人が、その少年に声をかけた。
少年は振り向くが…頭から白い布を被っており…顔をうかがい知る事は出来ない…。
しかし…その白い布から覗いていた…夜の闇を思わせるような…美しい黒髪であった。
「……」
少年は老人に対して何も言わず、そのまま去って行った。
その少年が歩いてきたであろう方向を見ると…そこには寺院の建物が目に入る。
普段は…固く閉ざされた扉が…やや、開いていた。
老人は、吸い込まれるように…その扉へと近づいていく。
そして…その扉の向こうに見た者は…
「こ…国王…!」
胸を貫かれ、息絶えているチェイバルマン国王の姿だった。
暗くても…解る…。
貫かれた胸からは…大量の血が流れていた。
その貫かれていた場所は…そう…
今もなお、世界の憎しみの象徴とされる『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』が世界の英雄『ゼロ』に貫かれた場所と同じ…
老人はカタカタ震えながらその場に座り込んだ。
すると…異変に気がついた寺院の僧侶たちも駆け付けてくる。
「こ…これは…」
中には変わり果てた国王の姿と…その姿に怯えてカタカタ震えている老人が一人…
「ル…ルルーシュ皇帝の…呪いだ…」
集まってきた僧侶の誰かが口にした言葉…
その場を騒然とさせるには十分過ぎる一言…
この国には、ルルーシュ皇帝を倒すべくシュナイゼルの指示によって作られたトロモ機関があった。
トロモ機関では、ルルーシュ皇帝を討つべく『フレイヤ』を作っていたのだから…
そして、チェイバルマン国王も、そのトロモ機関を手厚く保護し、協力を惜しまなかった。
実際に、『ゼロ・レクイエム』と呼ばれた、『ゼロ』の革命の後、国王はカンボジア国内で絶対的な民衆の支持を集めた。
トロモ機関を所有していた事で、ルルーシュ皇帝が世界を支配していた時には、カンボジアは経済的に立ち行かなくなっていた。
それが…ルルーシュ皇帝の独裁によるものであるのか、トロモ機関への資金援助に対する者であるのかは…誰も議論していないが…
しかし、民衆の中ではあの、独裁者に対する『フレイヤ』を作り上げた機関を手厚く保護し、守り抜いた王として存在しているのだ。
否、していた…
ここで…こうして殺されるまでは…
チェイバルマン国王がルルーシュ皇帝と同じ場所を貫かれて絶命した事、そして、老人が目撃した真っ赤な血糊の付いた白装束を身に纏った漆黒の髪を持つ少年…
『ルルーシュ皇帝の呪い』と民衆を信じさせるには十分過ぎる国王暗殺劇であった…
その後も、これに似た事例が何件も報告される。
チェイバルマン国王の側近たちが次々に謎の死を遂げて行った。
殺された者は…とにかく、ルルーシュ皇帝に対して、強硬に異を唱え、中には憎しみさえ持っていたのではないかと云う過激な者もいた。
そして…そこに共通する目撃情報…
血糊の付いた白装束姿の黒髪の背の高い少年…
殺され方は、決まって、ルルーシュ皇帝が『ゼロ』に貫かれた場所を一刺しされて、大量の血液が流れている。
これだけ聞けば、確かに『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と云う物語が出来ても不思議ではない。
そして、そのニュースが垂れ流されている状態で、国民たちは不安に陥った。
それ故に、話には尾ひれがつき始め、ついには、不安に駆られた一部の猛進的な国民がトロモ機関に関わっていたとされる役人や企業の要人に対しても攻撃するようになった。
カンボジアの治安は『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』によって、今ではめちゃくちゃになった。
チェイバルマン国王も、今となっては『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』を呼びこんだ国王として、その名前は国民の不安を煽るものとなっていた。
大体、トロモ機関などと云う世界の最先端科学施設をその国に置いていたと云うのに、こうしたオカルトに対してここまで恐怖を感じるのもおかしな話だと思うが…
しかし、それを笑っていられない程、犠牲者が増えているのだ。
国民の不安の下、犠牲となった、トロモ機関と関係していた人間は、『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』が生み出した副産物だ。
本当に『呪い』となってしまう。
第三者から見れば、『科学的根拠もないのだから落ち着け!』と云いたくなる出来事だ。
そして…この事件を人の起こした事件として見ている者であれば、『裏で誰が糸を引いている?』と思う。
この騒ぎで一番得をする者であれば…当然の事だが…この状況を見ながら最高級のワイン片手にほくそ笑んでいる事だろう。
どちらにしろ、このままではカンボジア全体の治安は悪くなる一方で、民衆が暴徒と化した場合、それを抑えるだけの軍備はカンボジアにはない。
否、表向きには世界のどの国にもそんなものは存在しない。
『軍事力』を放棄して、『話し合いのテーブルに着く』と云う大義名分の下、どの国も『軍事力』を持っていないと云う事になっているのだ。
しかし、独立主権国家が『軍事力』を持たない丸腰で世界に存在できる訳などない。
いざと云う時の為に表向きには見えない状態で『軍事力』を保持している。
しかし、今の世界情勢、世界の思考を考えた時、国内の暴徒鎮圧であってもそれは国際的非難を浴びる元となる。
故に、国家は国民が暴徒と化しても、警察しか動かす事が出来ず、沈静化できる見込みがない。
このような状況の中…カンボジアで国王が殺され、その後、次々とトロモ機関に深くかかわった者達が『ルルーシュ皇帝』と同じ殺され方をして行ったのだ。
そして…彼らは言う…
『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』であると…
その情報は当然、すぐにブリタニアのナナリー、シュナイゼル、そして…『ゼロ』の元へも届けられる。
「お兄様の…呪い…?」
流石のナナリーも目を丸くする。
「これだけの科学の発展が見られる世の中で…ルルーシュの呪い…」
シュナイゼルの一言に周囲も黙り込んでしまう。
確かに、科学的根拠のないこのような話をそのまま鵜呑みにしていたら、国の代表など務まらないし、国政を司る事だって出来ない。
「……」
実際にチェイバルマン国王は崩御し、カンボジアで各国の代表者たちがその葬儀に参列する事を許されない。
確かに、そのような事件が繰り返されている中、世界の要人を呼び集める事なんてできない。
呪い云々はともかく、チェイバルマン国王が殺された…それだけは事実なのだ。
―――ルルーシュじゃない…。大体、ルルーシュは今、ジェレミア卿のところでひきこもり生活をしているんだからな…
『ゼロ』の仮面の下でスザクは思う。
どう考えても、人の手による殺人劇である事は確かだ。
その中で、ただ、ルルーシュの名前を使われているだけだろう事は簡単に予想がつく。
「お兄様は…そんな事は絶対にされないのに…」
ルルーシュがその息絶える直前に…ナナリーが見た…ルルーシュの記憶…
ルルーシュの思いを知るだけに…こんな形でルルーシュの名前を使われるのが…辛くてたまらなかったし、許せなかった。
「確かに…ルルーシュはそんなちゃちな事を考えはしないよ…。確かに、ルルーシュの残した世界…未だに彼の望んだ世界になっているとは言い難いが…」
シュナイゼルも確信しているかのように呟いた。
「とりあえず…この争議にはお二人ともカンボジアへ参られるのでしょう?では、お支度を…」
『ゼロ』が二人を促した。
どの道、こんなところで詮索していても仕方がない事だし、解らない事が増えるだけだ。
少なくとも、現在のブリタニアの代表であるナナリーの兄の名前が事件の名前に利用されているのだ。
放っておくわけにもいかないし、こんな形で『ルルーシュ皇帝』の名前を使われると、この先、様々な事件で利用される事にもなりかねないのだ。
「そうだね…。ルルーシュはもうこの世にいないし、科学的根拠も乏しいこんな妄想染みた事件…。カンボジアは元々トロモ機関を置いていた国だ…。ルルーシュの名前を使いやすかったのだろうね…。権力を狙う者としては…」
シュナイゼルのその一言にナナリーも『ゼロ』も表情が強張る。
確かに…カンボジアはトロモ機関を庇護していたチェイバルマン国王を強く支持していたのだ。
この事件が起きるまでは…
「ルルーシュの名前はこうした権力闘争やテロ活動には使いやすい…。世界の全てを敵に回したのだからね…。そして、コーネリアが最後に『魔王ルルーシュ』と呼んだ事も影響が大きいようだ…」
シュナイゼルの言葉で…現在のカンボジアがどのような状態であるのか…少しずつ解りかけてきた気がした。
ナナリー、シュナイゼル、『ゼロ』がブリタニアの政府専用機でカンボジアへ向かう中…またも新たな情報が入ってきた。
「まぁ…体中から血が噴き出すって…」
「多少デフォルメもあるだろうけれどね…。恐らく敗血症だ…。一体どんな衛生状態なんだ…カンボジアは…」
このニュースを見て、急遽、ブリタニアから抗生物質を運ぶようにも手配した。
恐らく、ブリタニアの代表が敗血症になる様な環境にいたと…国際的に発表されたら、カンボジアの国際的信用にもかかわる事になるのだ。
「疫病…異母兄さま…ブリタニア政府に通達してください。カンボジアへの渡航への注意勧告のレベルを2から4へ上げて欲しいと…。ブリタニア国内に敗血症を持ち込む訳には参りませんから…」
「ああ…解った。すぐに手配しよう。あとはカノンが何とかしてくれるよ…」
シュナイゼルはすぐに手配して、ブリタニア国民への通達を速やかに行った。
『ゼロ』は、この二人を見ていて…流石にルルーシュの兄妹だと思った。
昨夜、この状況を知って、ルルーシュに電話をかけたが…既に状況は把握済みだったらしい。
名前と、姿と、殺され方を利用されているのだ。
そんな情報が入れば気にならない訳もないだろう。
電話を切る際にこんな事を云っていた。
『アーニャと二人で俺もカンボジアに潜入する…』
スザクとしては非常に有難くない提案ではあったが…
それでも裏事情が複雑そうで…表向きにはシュナイゼルもルルーシュほどいろいろ出来る訳ではない。
ナナリーならなおさらだ。
アーニャも連れて行くと云っている辺りで、多少の成長はあると思うが…
『でも、どうやって?』
嫌な予感を抱えながら聞き返してみると…
『企業秘密だ…。まぁ、お前なら多分解ると思うが…。しかし…なんでまたあんなカッコせねばならん…』
いかにも不機嫌な答えだった。
―――あんなカッコ?また?
スザクは頭の中に疑問符を置いたまま電話を切ったのだが…確かに、カンボジアへ行く理由が同じなのだから、いずれ向こうで会う事になるだろうとは思うのだが…
色々な意味で不安がぬぐえないのはなぜなのだろうか…そんな風に思う。
―――まぁ、ルルーシュは言葉も問題ないし、アーニャが一緒なら…何とかなるか…
無理矢理自分にそう思いこませて、納得させたのだった。
いずれにしても、現在のカンボジアは、混乱の只中だ。
今、『ゼロ』がすべき事は…ブリタニアの代表として存在するナナリーとシュナイゼルの身の安全を確保する事だ。
少なくとも、ルルーシュとスザクが敗血症にかかる事はない。
アーニャだって、カンボジアにいた時期はあるのだ。
きちんと対処を施している。
―――なら…今自分にできる事は…
やがて、カンボジアに到着し、王宮へと招待される。
「ようこそおいで下さいました…ナナリー陛下…そして、シュナイゼル宰相閣下、『ゼロ』
…」
その声の主はチェイバルマン国王の王子で現在、チェイバルマン国王の崩御により戴冠式を間近に控えている、トリブバーナディティ第一王子であった。
「この度は、こちらからの申し入れを受諾頂き、感謝しております…。ナナリー=ヴィ=ブリタニアです…」
ナナリーがトリブバーナディティに対してそう挨拶し、頭を下げた。
「現在、父チェイバルマンが崩御し、続く、高官の暗殺事件に、疫病…それ故に、我が国は乱れに乱れております…。『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』などと…そんな噂まで立っており、恥ずかしい限りでございます。」
見た目は人の良さそうな…まるで、ベンドラゴンに『フレイヤ』を撃ち込んだ際に亡くなった、オデュッセウスの雰囲気にも似ているが…明らかに違う…とシュナイゼルは思う。
オデュッセウスは本当に人のいい、凡庸な人であったが、目の前にいるトリブバーナディティと云う王子は…『仮面を被る』事を知っている…そんな気がした。
「国民の一部が暴徒化しそうな勢いでして…しかし、軍事力を放棄しているという建前上、表向きに軍を出しての鎮静化は難しく…」
―――良く喋る男だ…
凡庸な見た目からは考えられない程良く喋っている。
隣に控えている、この王子の従者らしき人物を見る。
恐らく、この王子と共に生きてきた、絶対の信頼関係のある主従なのであろう事はよく解った。
「では、あなたは『ルルーシュ皇帝の呪いと亡霊』と云うのはどうお考えですか?」
「この世で一番怖いのは、『幽霊』でも『亡霊』でもありません。自分を狙っている人間です。ですから、疫病の蔓延も含めて、私はこれは人の手によるものと考えている…。だから、今回は『ゼロ』のおいでを願ったのですよ…」
流石に戴冠式を控えている王子だと云う評価は間違ってはいないだろう。
多分、ここにいる3人、同じ感想を持っただろう。
「トリブバーナディティ王子殿下…あなたの治世で…否、御父君の治世において、御父君を疎ましく思っていた人間がいると思うのですが…。これが…人の手によるものであると云うのなら…」
シュナイゼルがそう切り返す。
すると、トリブバーナディティは少し俯き加減にふっと笑いをこぼした。
「ええ、十中八九目星は着いているのです。ただ…証拠もないし、現在はその疫病で国内も荒れている状態ですので…」
「解りました…。兄ルルーシュの名前でこうしたテロ活動を許しておけば、これから先、どんな悪用をされるか解ったものではありません…」
そう云って、ナナリーとトリブバーナディティが握手を交わした。
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