ルルーシュはアヴァロンを中心とした艦隊を率いて、自らが中華連邦と交渉して、日本人たちの為に借り受けた蓬莱島へと進軍した。
迷いがあったとしても…決して表に出してはならない…自分の大切に思う者たちの為には…
そして、スザクとの約束を守る為に…
「全ての…情を捨て…否、全てを捨てて…目的を果たす…。最後の…」
誰に云っている訳でもない…
自分に言い聞かせる言葉…
自分に残されているものは…呪われた能力である『ギアス』と自分の身一つだけ…
だからこそ…惜しむ必要はない…
そんな事を考えていると…ルルーシュの専用通信チャンネルから管制官の声が聞こえた。
『宰相閣下…ただいま…皇帝陛下がこのアヴァロンに到着したようですが…』
慌てたような声で報告している。
ルルーシュにしても驚くべき報告だが…
「皇帝陛下が?一体何をしに…否、来賓室へお通ししろ…」
ルルーシュは短い言葉で管制官に命じた。
何を考えているか本当の良く解らない相手だと思う。
ルルーシュは仕方なく来賓室へと足を向ける。
来賓室へ入ると既にくつろいだ様子でシュナイゼルがソファにかけていた。
「やぁ…ルルーシュ…本格的に始まりそうだね…」
シュナイゼルは出されている紅茶には目もくれずにルルーシュが入って来るとそう告げた。
「あの条約では…仕方ない事でしょう…。俺も人の事は言えませんが、貴方ほどバカであろうと有能であろうと無差別的な挑発はしませんよ…」
シュナイゼルの一見穏やかそうな笑みの下の素顔を知っているだけにルルーシュはそんな風に言ってしまう。
どの道、この戦闘はルルーシュの計画の為の第一歩に過ぎない。
そして、シュナイゼルはきっと、シュナイゼル自身に批難の目が来る事を絶対に避ける事は解っている。
だから、シュナイゼルがこのアヴァロンに乗り込んできたとしても問題はない…ルルーシュはそんな事を考えていた。
「ルルーシュ…私は確かに目的の為には非情な手段もとる…必要とあらば、女子供、非戦闘員関係なく射殺命令を出す事だって厭わない…」
シュナイゼルが突然ルルーシュにそんな話をし始める。
ルルーシュは『何の話だ?』と云う表情を見せる。
シュナイゼルはそれでも謎かけの様にルルーシュに語りかける。
「しかし…私はその戦闘での全ての憎しみを私一人で抱え込んだ事はないよ?戦争をしている…だから非常にならねばならない事もある。だが…その責は一人が抱え込んだところで…決して平和的解決に向かう事はない…。寧ろ、責を背負う者たちの苦しみともなるのだよ…」
シュナイゼルのその一言に…ルルーシュはややびくっと背を震わせるが平静を装う。
「異母兄上…俺がそんなお人好しに見えますか?全ての憎しみを受け止めるなど…俺みたいな平凡な人間にできる芸当ではありませんよ…」
ルルーシュはふっと笑いながらシュナイゼルに答えてやった。
そんなルルーシュを見て…シュナイゼルは何故か…悲しそうな視線をルルーシュに向けた。
やがて、戦闘空域に入ってきた。
蓬莱島から100kmほど離れた海上で、両軍が睨み合っている。
『黒の騎士団』側の帰還は『斑鳩』…予想通りと言える。
中央に紅蓮、左翼に神虎、右翼に斬月と云う布陣となっていた。
これも予想通りと言える。
星刻が前線に出ているのであれば、総指揮官を務めるのはあまりに無謀な話と言えるが、恐らくは扇要だろう…
他に弾はない。
「スザクが中央、コーネリア異母姉上は右翼、ジェレミアは左翼の布陣で進撃!」
ルルーシュが各隊の隊長にそう命じる。
本当はコーネリアなどは気持ちのいい話ではない事くらいは解っているが…それでも今は、『黒の騎士団』を徹底的に叩き潰して貰わなくてはならないのだ。
それに…これからルルーシュがやろうとしている『ゼロ・レクイエム』は恐らく…コーネリアにとっても仇打ちになる筈だから…
戦闘に入ってしまうと…確かに個人的なポテンシャルは高かったが…それを操る指揮官がどうにもならない。
別に、強力な戦闘力を持つ相手だって、多勢に無勢では限界がある。
カレンのロイドとセシルが改良を加えたと云う新型の紅蓮もこちらでデータを握っているのであれば、勝つ方法はいくらでもある。
神虎も斬月もデータはルルーシュの頭の中に入っていた。
だから、戦闘前にはコーネリアとジェレミアには彼らのナイトメアフレームの持つウィークポイント、戦闘の上でのポイントを全てデータ化して渡しておいた。
彼らであればそのデータで何とでも出来る。
そして、お互いに率いている軍のナイトメア達は彼らの指揮の下、『黒の騎士団』の量産型ナイトメアと戦闘を繰り広げているが…
所詮は、テロリストと、正規軍である。
総指揮官の『ゼロ』の喪失は…『黒の騎士団』にとっては、かじ取りをする者を失ったと同義である事を…今更ながら思い知らされる事になる。
そして、『黒の騎士団』の旗艦である『斑鳩』のブリッジは…混乱を極めている状態であった。
少なくとも、傍目で見ても、一方的な戦況だ。
「まさか…本気で勝つ気で条約を反故にしてきたのではないだろうな…」
ルルーシュの呆れた様な一言を…シュナイゼルは聞き逃さなかった。
「ふっ…どうやら君が起こしてきた奇跡は自分たちで起こした奇跡であると勘違いしたようだね…彼らは…」
くすくすと笑うシュナイゼルに対して、ルルーシュは自分の作り上げてきた『黒の騎士団』とは、こんなものだったのかと…ただ…大きくため息をつくしか出来なかった。
確かに…一方的に…降伏、投降さえも許さない非情な作戦を立てているのだから、これはこれで楽な話なのだが…
一方、『斑鳩』のブリッジは既に指揮官と呼べる者がいなくなっていた。
確かに、総指揮である扇は戦況を見ているのだが…次々に変わっていく情勢を頭の中に入れる事も出来ずにただ…呆然とする事しか出来なかった。
「斬月、千葉機大破…帰艦します!」
もはやオペレーター達の報告も聞こえているのかさえ解らない。
それに、オペレーター達に入ってくる情報も、撃墜されたとか、ナイトメアが大破して帰艦するとか…そんな報告しか入ってこない。
指揮官の利用するコンピュータには次々に破損したナイトメアや大破して帰還せざるを得なくなったナイトメアのデータがひっきりなしに入って来る。
それこそ、ビデオの倍速でデータが流れて行っているようだ。
「こ…こんな…バカな…」
『おい!扇!このままでは全滅するぞ!『ゼロ』がいない今、お前が総指揮官なんだぞ!解っているのか!』
星刻の声に扇はびくっと身体を震わせるが…現状把握も出来ていない今、扇は何も答える事など出来ない。
『扇さん!現在の全体の様子はどうなっているの?私はランスロットの相手で精一杯よ!』
『私もあのサザーランド・ジークとか言うフォート・レスで精一杯だ!大体、戦場の全体像も把握できずに総指揮官などやっているのか!』
各総隊長達が扇に対して指示を仰いでいたが…全くと云っていいほど何も出来ていない状態にだんだん、彼らも苛立ちを隠せなくなってきている。
大体、前線で戦っている者達は、命のやり取りをしていて、極限の緊張状態だ。
その緊張状態を何とか宥めるのも総指揮官の役目だ。
頭に血が上った状態でベストな状態での戦闘など出来る筈がない。
『藤堂、紅月、私は『斑鳩』へ移る!こちらの隊は洪に任せるが、相手はあのコーネリアだ…。無茶な頼みとは思うが…フォローを頼む…』
本当に無茶な頼みだと藤堂もカレンも思う。
自分たちが戦っている相手もそんな、他人の心配をしながらできる相手ではないのだ。
『出来るだけの事はしよう…』
藤堂がそう答えると、星刻は『済まない』とだけ言い残して、その戦列を離れた。
その機を、コーネリアが逃す筈もなく…相手の崩れた左翼に総攻撃をかける。
洪も、相当な奮戦をしたが…相手はコーネリアだ。
そして、星刻の駆る神虎と五分の戦いをしていた…否、相手の総指揮官がしっかりしている分、確実に押されていた事は…先頭に立たずとも良く解っていた。
そして…洪自身…覚悟を決めた。
星刻がブリッジに入って来ると、中はパニック状態だった。
総指揮官のパソコンに送られてくる自軍の損害状況は…次々にデータが送られてきており、信じられない速さで流れて行っている。
「扇!この状況の中…一体何をしていた!」
星刻は怒りを露わにして扇に掴みかかる。
『黒の騎士団』の中での地位は確かに扇の方が上ではあるのだが…こんな戦場でそんな事を云っていられるような状況ではない。
「これなら…『ゼロ』の『コマ』として戦っていた時の方が人間らしく死ねるな…」
ぼそっと星刻が怒りを込めて呟いた。
「星刻様…申し訳ありません…」
ずっとブリッジで『黒の騎士団』の中での地位の違いを楯に取られて何も言えずにきた香凛が申し訳なさそうに星刻に頭を下げる。
「今はそんな暇はない…。とにかく陣形を整える!こうなってしまっては…あの『ゼロ』が相手では立て直せる自信は私にもないがな…」
この上ない本音を吐き出しながら、星刻がデータを見ながら状況判断をしていく。
こんな事は、前線に立つ者の仕事ではなく、このブリッジで全体を見守れる位置にいる者の仕事だ。
そして…これまで送られてきていたデータを見て星刻は愕然とする。
―――この状態では…『ゼロ』であっても勝てる見込みがない…
ぎりっと奥歯を噛み締め、力いっぱい握った拳を震わせる。
その様子に気がついた香凛が星刻に近づいていく。
「申し訳ありません…私の力が及ばず…」
香凛がただ…ひたすら謝る中…扇は呆然としたままである。
―――所詮は…テロリストか…
星刻はこの場で扇を見放した。
このままでは、本当に全滅の憂き目を見る事だろう。
『黒の騎士団』の艦隊の竜胆には、『超合衆国』の神楽耶もそして、星刻が誰よりも守らなくてはならない天子が乗艦しているのだ。
「香凛…お前は竜胆へ行け…。何としても神楽耶様と…天子様をお守りするんだ…。神楽耶様を失ったら…『超合衆国』に未来はない…」
香凛の耳元で星刻は小声で命じた。
「星刻様は?」
「このまま『旗艦』が落ちたらそれこそ『黒の騎士団』の敗北だ…。それ相応の犠牲を伴う事になるが…何としても『斑鳩』を守らねばならない…」
「承知いたしました…。この命に代えても、お二人はこの周香凛がお守りいたします…」
「とりあえず、扇と懇意にしていたあの連中に見つかると面倒だ…。急いでいけ…」
「はっ…」
小声での二人のやり取りに…このブリッジにいる誰も気づかれなかったのは…『黒の騎士団』にとって幸運であったのか、不運であったのか…
アヴァロンの中で戦況を見守っていたルルーシュは星刻が『斑鳩』へと戻ってくれた事に安堵する。
少なくとも、扇が指揮権を握っていたのではこちらが意図しなくても戦闘ではなく、虐殺になってしまいかねなかった。
―――なんで…俺はそんな事で安堵する?俺は…悪逆非道な行為で世界に名を馳せなければならないと云うのに…
そんな事を考えながらルルーシュは表情に出す事なく自嘲する。
「ルルーシュ…もう勝敗は決まったようだね…」
シュナイゼルも優れた戦略家だ。
現在の情勢を高みの見物と云う形で眺めているのだが、ルルーシュの施した細かい戦略を一つ一つ分析している。
「いえ…『黒の騎士団』の人間を残らず消します…。一人でも残っていれば…再びこうして立ち上がってきますから…」
ルルーシュは顔色一つ変えずにそう返事する。
確かに『ブラックリベリオン』の1年後の復活劇はルルーシュが成したものであるが、今回の挙兵は『ゼロ』のいない『黒の騎士団』の判断によりなされたものだ。
「ルルーシュ…君のいない『黒の騎士団』ではこれだけのダメージを受けていれば…再び立ち上がるだけの気力など残らないだろう?」
「そう云った大国の思い上がりが、足元をすくわれる元となるのですよ…。異母兄上ならご存知の事と思っていましたが?」
「確かにね…。このアヴァロンには私も乗っている…。これでは世界中の批難の目が私に向けられてしまうね…」
まるでそんな事など気にしないと云った表情で『困ったね』などと云ってのけている。
「指揮を執ったのは俺です…。だから、異母兄上は別に関係ないでしょう?こうった汚れ役が…宰相の役目ですから…」
ルルーシュは相変わらず表情を変える事なくそう告げる。
「あと少しで勝利宣言が出来ます。その時は異母兄上ではなく、俺が宣言します…。よろしいですね?」
有無は言わせないと云うルルーシュの表情にシュナイゼルも多少驚きもしたようだが…それでも、ルルーシュの好きにさせればいいと思っているシュナイゼルはにこりと笑って頷いた。
「ただし…ルルーシュ…。君の考えている事がよく解ってきた気がするよ…。それ以上、君の企みを押し進めていくようなら…私にも考えはあるよ…」
仮面をかぶった者同士の…それでも、何となく相手に考えている事の解る…そして、お互いに切ない思いを抱えた状態での会話が続いている。
「俺の企み?何のことです?」
「惚ける気かい?まぁ…それならそれでいい…。私は私で君を手放したりはしないからね…」
シュナイゼルがルルーシュに向けている瞳は…愛する者を慈しむ…そんな瞳だった。
―――異母兄上…やめて下さい…。俺は…もう…
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