結局、戦闘開始から半日足らずで戦闘は終わった。
『斑鳩』と『竜胆』の2艦を除いて、全て、ブリタニア軍によって撃ち落されている。
ルルーシュは非情である事に徹底した。
恐らく、前線に立っていたブリタニア軍の軍人でさえ、ここまでやる必要があったのかと思うほどであった。
ある部隊が白旗を上げてもすべて無視した。
目的は、旗艦である『斑鳩』と『ゼロ』に代わって旗頭となった皇神楽耶の乗った『竜胆』だけであった。
常に最前線で戦い続けてきたコーネリアでさえ…否、最前線の戦いを知り、戦場であろうと最低限のルールがある事を知っているコーネリアもその非情さに顔色を変えていた。
『ブリタニア全軍、各艦に帰還する』
『斑鳩』と『竜胆』を完全に制圧し、支配権を奪った上でその報告が入った。
その報告を聞いて、シュナイゼルが立ちあがった。
「さぁ…そろそろ我々の仕事だね…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュが怪訝な表情を見せる。
「異母兄上…一体何を…この後の処理は俺が…」
そこまでルルーシュが告げるとシュナイゼルはルルーシュの鳩尾に拳を入れた。
「あ…異母兄上…?」
ルルーシュはその一言を紡ぐのが精いっぱいでそのままシュナイゼルの腕の中に倒れ込んだ。
そして、シュナイゼルが自分の腕の中で気を失っているルルーシュにそっと語りかけた。
「云っただろう?私はもう…君を手放すつもりはないよ…。私から君を奪おうとする者は…これまでずっと共に闘ってきたコーネリアでも、私のナイトオブワンになった枢木スザクでも…決して許さない…」
そう云いながら、私室のベッドへとルルーシュを運んでそっと寝かせた。
そして、その部屋から出てくると、いつ、そこへ来たのか解らないが、シュナイゼルの側近であるカノンが立っていた。
「まったく…異母兄弟で意地の張り合いをして…。困ったものですね…」
「コーネリアや枢木の考えている事は解る…。ただ…何の事情も知らずにただ、全てをルルーシュに押し付けるなんて…私には許せなかった…それだけだ…」
シュナイゼルはルルーシュ以外に向ける事のない視線を…その扉に向けた。
そして、カノンの方に向き直ると、それは、本来の冷静沈着で、何を考えているか解らない表情となっていた。
「カノン…恐らく、ルルーシュは枢木と…ユフィの汚名を雪ぐ為に自分の命を差し出す約束でもしているのだろう…。恐らく…ルルーシュを絶対の『悪の存在』として、世界に知らしめてから…。必要以上に凄惨な戦場を作り上げたのもその為だ…」
シュナイゼルの言葉にややカノンは驚いた表情を見せるが…それでも、シュナイゼルが何を放そうとしているのかを察してその場に控えている。
「あの二人から…ルルーシュを守って欲しい…。私が表に出て行けば、ルルーシュも今回は枢木との約束を諦めるだろう…。ただ…この一回で諦めるとはとても思えない…」
「確かに…そうですね…」
シュナイゼルの言葉にカノンは躊躇いなく同意した。
「だから…私の目の届かぬところでまた、ルルーシュは私から離れて行ってしまうかもしれない…。だから…カノンもやっと取り戻したルルーシュが私の手から逃げて行かぬよう…捕まえていて欲しい…」
めったに聞く事のないシュナイゼルの言葉にカノンは跪いて答えた。
「イエス、ユア・マジェスティ…」
アヴァロンの廊下を歩いていると、凱旋してきたスザクとコーネリアと出会った。
「やぁ…みんな、よくやってくれたね…」
シュナイゼルが上機嫌で二人に声をかける。
「私が即位してすぐにこのような事になってしまって申し訳なかったね…。しかし、君たちのお陰で『超合衆国』もこれ以上ブリタニアに対して牙をむく事もないだろう…」
シュナイゼルの姿を見てすぐに跪いた二人にそう声をかけた。
スザクはともかく、コーネリアは今回の戦闘に関して疑念を抱えているであろう事はよく解る。
「そう云えば…ジェレミア=ゴッドバルトは?」
シュナイゼルがさりげなく話をそらした。
その質問に答えたのはスザクだった。
「現在、先代の皇帝陛下のナイトオブワンであった、ヴァルトシュタイン卿と共に『斑鳩』『竜胆』の確保をしております。間もなく、幹部たちをこのアヴァロンへ連行する事になるかと…」
「そうか…。確かに、相手のトップと話し合いを行わなくては戦後処理は出来ないからね…。できるだけ急いで会談が出来る様に準備をしてくれるかな?色々疲れているところ申し訳ないが…」
「御意…」
そう答えてスザクはその場から離れて行って、戦場となった場所の後処理へと向かった。
そして、シュナイゼルはその場に残ったコーネリアに視線を向ける。
「異母兄上…」
「コーネリア…君らしくもない…。ここでは私は皇帝だ…」
コーネリアの呼び方に注意する。
コーネリアはユーフェミアが相手であっても、その立場を弁えさせ、『姉上』などと読んだ日には部下の前でも叱り飛ばしていた筈なのだ。
「申し訳ありません…皇帝陛下…」
コーネリアが慌てて訂正する。
そして、シュナイゼルは何か色々と云いたそうなコーネリアにこう告げる。
「いろいろ、云いたい事がありそうだね…。私の執務室へ行こうか…」
「その際には…宰相閣下も同席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
自分の立場や身分を十分に弁えているコーネリアは自分の妹を殺したルルーシュにも…目の前にいないとは云え礼を払った呼び方をした。
「ルルーシュは今、熱を出してしまってね…。戦闘の作戦に関しては私でも答えられるが…それではダメかい?」
やんわりとコーネリアに対して釘を刺している。
そして、その事を…コーネリア自身も解っていた。
コーネリアには、そこから無理やりルルーシュを引きずり出すだけの権限はなかった。
シュナイゼルにしても、ルルーシュにしても今のコーネリアよりもずっと高い地位に立っている事を…コーネリアは十分に承知していたからだ。
その頃…『斑鳩』と『竜胆』では生き残った『黒の騎士団』のメンバーたちが続々と捕らえられていた。
「ちくしょぉー…お前、『黒の騎士団』の味方じゃなかったのかよ!」
ジェレミアの姿を見つけるなり玉城がそんなセリフを吐いた。
ジェレミアはそんな言葉にふっと笑って、それでもせめてもの情けだと答えてやった。
「私が仕えるのは敬愛するマリアンヌ様のご子息であるルルーシュ様のみ…。貴様らがルルーシュ様を裏切った時点でお前たちは私の敵だ…」
『ゼロ』排斥の場に立ち会った者たちがその台詞に何も答えられなくなる。
そして、どうやってついてきたか解らないが、ロイドも『斑鳩』に乗り込んで来ていた。
「いろいろ面白そうだから…来ちゃったぁ…♪」
「ロイドさん!」
あまりにふざけたロイドの態度にセシルが注意するがその程度の事で行動を改めるような輩ではない。
「アスプルンド…ここにあるメカはお前の好きにしていいそうだ…ルルーシュ様からお許しを頂いている…」
ジェレミアの言葉にロイドがぱぁぁっと顔を綻ばせた。
ちょうどそんな間抜けな顔をしている時にラクシャータがブリタニアの兵士に連れられてこの場に入ってきた。
「プリン伯爵…」
「ラクシャータ…こんな形で君と再会するなんてねぇ…。君も…ルルーシュ様を裏切ったのかい?大体…君にルルーシュ様をそこまで憎む理由なんてあったとは僕には思えないんだけどねぇ…」
ロイドの言葉にラクシャータは何も答えなかった…。
否、答える事が出来なかったというべきか…
「大体…何度も命を救われているくせに、『ブリタニアの皇子』と云うだけで裏切ったと皇帝陛下からお聞きしているが?そんな輩がルルーシュ様に勝てる筈もないだろう…」
代わりにジェレミアが横からそう、口をはさんだ。
それは…ラクシャータへの言葉ではなく、シュナイゼルの言葉をせめて、きちんと理解してさえいればここまで惨めな事にはならなかったであろう、裏切り者たちへ向けられた言葉だった。
「貴殿が…この『斑鳩』の総指揮官を務めていたのだな?」
ジェレミアが星刻に向かってそう、声をかけた。
星刻も否定する気もないようでその言葉を認めた。
「ああ…私が『斑鳩』の指揮を執っていた、黎星刻だ…」
星刻があっさりと認めたおかげでブリタニアから責任追及された時には総指揮官と名乗った星刻に全ての矛先が向けられる事になる。
「し…星刻…」
こんなときばかり、扇は申し訳なさそうな顔を見せるが…そんなもの、事がここに至ってしまっては、何の役にも立ちはしない。
「扇…そんな顔をしなくても…幹部は全員死刑になる覚悟はしておいた方がいいぞ…。仮にも、お前は今、『黒の騎士団』の中では『ゼロ』が不在なのだから…お前がトップだ…そして…これまで奇跡を起こしてお前たちの命を救ってきた『ゼロ』はお前達が排除したのだからな…」
らしくもなく、皮肉めいた事を口にしてしまう星刻だったが…そんな自分に自嘲してしまう。
少なくとも…星刻には『ゼロ』に対して恩があった。
『ゼロ』に云えば、100万人の日本人を受け入れてくれたという事でフィフティ・フィフティだと云うかも知れないが…
星刻にとっては…私利私欲の為に国を売ろうとした大宦官たちを排除し、天子に自由を与えてくれた『ゼロ』に対しては返しても返しきれない程の恩があると感じていた。
『黒の騎士団』のメンバーと思われる者は全て捕らえられた。
しかし、シュナイゼルの考えていたよりも捕虜の数が少なかったのは…ルルーシュが徹底して降伏も投降も認めなかったからだろう。
ブリタニア軍に損害もそれなりにはあった。
戦争をしているのだから、それは至極当然で…ルルーシュはその被害状況を完璧に把握していた。
そして、指揮官を欠いていた『黒の騎士団』の犠牲者は…ブリタニア軍の10倍以上に上るとも言えるかもしれない。
少なくとも、蓬莱島上空でこのような戦闘を繰り広げていたらそこに暮らす100万人の民間人も半分以上は死んでいたに違いない。
そして、トップ会談として、『黒の騎士団』の責任者とも言える者達がシュナイゼルの用意した会談場所へと連れてこられた。
そして、ブリタニアからは皇帝であるシュナイゼル、そのナイトオブワンである枢木スザク、前線で指揮を執っていたコーネリアとジェレミアが顔を並べていた。
「ご無沙汰しております…シュナイゼル陛下…」
神楽耶が厳かに挨拶の言葉を述べた。
現在の立場を考えた場合、シュナイゼルが勝者で神楽耶は敗者の側にいるのだ。
「そうですね…。こんな形での再会は望んではいなかったのですが…」
笑顔でウソをつくこの男に、神楽耶は更に表情を硬くする。
「そう云えば…シュナイゼル陛下の宰相閣下がこの場にはおられないようですが…」
実質、『黒の騎士団』は『ゼロ』に敗北したのだから…神楽耶としてはルルーシュとの対面を望むのは当然で…
「ああ…申し訳ない…。あの子はちょっと体調を崩してしまってね…。相当ショックだったらしい…。自ら作り上げた組織があそこまで脆弱であった事が…」
いかにも怒りを煽るようなセリフだ。
『黒の騎士団』のトップとしてそこに顔を並べている扇はただ…歯を食い縛って、拳を強く握っている。
星刻はそう云われても仕方ないと…ただ、苦悩の表情を見せる。
「シュナイゼル陛下…お尋ねしたい事があります…」
「なんでしょう?」
神楽耶は精一杯この場で気丈に振舞う。
その神楽耶にシュナイゼルはにこりと笑って返す。
「戦闘中…『黒の騎士団』の団員が降伏信号を出しても、投降の意思を見せても一切受け付けられなかったのは何故ですか?それらの合図を出した者達にそれ以上の戦闘の意思はなかった筈です!」
神楽耶は怒りを込めてシュナイゼルに詰め寄っているが、シュナイゼルはまるで暖簾に腕押しの様な表情だ。
「先にこちらが提示して、そちらも了承のサインを下さった条約を破られたの『超合衆国』です。あの婚姻の話がきちんと成就されていればこのような戦闘にはならなかったと私は思っているのですが?それに…『黒の騎士団』とは…敵将の言葉一つで自分達のリーダーを排除する様な組織ですからね…。その降伏信号を鵜呑みにはできないと思ってしまうのは御察し頂きたい…」
シュナイゼルは穏やかな微笑みを浮かべたまま答える。
負けたのは『超合衆国』側であり、多くの戦闘員を死なせたのは総指揮官の責任でもあるのだ。
「それに…『黒の騎士団』の幹部の方々との誓約はこちらは果たしていますし…キチンと日本をお返ししたでしょう?」
確かに…それは本当であるが…この場にいる全員がシュナイゼルの恐ろしさを改めて知る。
「とりあえず…これからの捕らえた捕虜の処遇をこちらでも決めさせて頂きます。終戦と云う事ですので、きちんと調印を行い、国際軍事裁判を開き、責任の所在をはっきりさせたいと思っています…。よろしいですね?」
有無を言わせないと云うシュナイゼルの表情に…ただ…ぞっとするしかなかった。
ルルーシュが目を覚ますと…ベッドの傍らにはシュナイゼルがいた。
「…異母兄上……」
「ルルーシュ…全てが…終わったよ…」
シュナイゼルのその言葉にルルーシュがガバッと起き上がる。
いきなり起き上がってルルーシュは軽くめまいを起こす。
「ああ、ダメだよ…急に起きたりしたら…。カノンに頼んで、全てが終わるまで君には眠って貰っていたのだからね…」
めまいでふらつく頭を必死に働かせて震える声でシュナイゼルに尋ねる。
「何故です…?俺は…」
「云っただろう?二度と君を手放すつもりはない…と…。だから、君の邪魔をした…それだけだよ…」
「何故…あなたは…」
「私からルルーシュを奪おうとする者は…たとえ君であっても許さない…」
そう云うとルルーシュの顔を両手で包み込むように上向かせる。
その、至高の紫水晶から…涙が零れ落ちて行く…
「どうして…あなたと云う人は…。俺は…俺は…」
もはや言葉にならないのか…ルルーシュの顔を上向かせているその右腕にしがみついた。
その華奢な身体は…ただ震えていて…
「ユフィの事は…君だけの所為じゃない…。あの時…日本へ君が送られるときに止められなかった私にも責はある。ただ…彼女を甘やかし続けて、いきなりエリア11と云う危険な地域で副総督に任じたコーネリアにも責はある。あの会場でユフィを止めるべきであった枢木にも責はある。監視カメラの映像を見たよ…。君は…必死で彼女を止めようとしていた…。君だけが…彼女を止めようとしていた…」
シュナイゼルの言葉に…ルルーシュはただ、首を横に振り続ける。
そんなルルーシュの髪をシュナイゼルの手が優しく撫でている。
「私だけでは…君の生きる理由にはならないかな…。じゃあ…これならどうかな?」
そう云ってシュナイゼルは指を鳴らす。
そして…扉が開き…そこにいたのは…
「ナ…ナナリー…?」
「お兄様…お兄様の声…」
目の前にはあの時、フレイヤに飲み込まれた筈の最愛の妹がカノンに車いすを進められて存在していた。
「ルルーシュ…もう、一人で責を背負う必要はない…。それに…君には守るべき存在がいる…。ならば…ユフィの為に命を落とす事など…ないのではないのかい?それに、そんな事をしたら…きっと私がユフィに怒られてしまうよ…。さぁ…ナナリーのところへ行っておあげ…」
シュナイゼルに促され、ベッドから降りてナナリーの元へと歩いていく。
そして、兄妹がただ黙って抱きあっている。
「カノン…ちゃんとタイミングを計っていてくれてありがとう…。本当に君は優秀だ…」
「陛下はよろしいのですか?あんなに独り占めされたがっていたのに…」
「それは今だけだよ…。もう、私の傍から放してなどやらないさ…」
シュナイゼルは目を細めながらその一言を紡いだ。
―――これで…もう、一人で全てを背負おうなどと思ったりはしないね…
「あと…枢木卿とコーネリア皇女殿下はどうされますか?このままルルーシュ様を放っておくとも思えませんが…」
「その時には皇帝の権力でも何でも使うさ…。なに、父上の事を考えれば可愛いものだろう?」
カノンは『恐ろしい方だ…』と笑った。
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