心の在処6


 神楽耶がブリタニアに対して、『超合衆国』の意志として、神楽耶のブリタニアへの降嫁を拒否するとの返答をした。
それが、ブリタニアから正式に受諾されたとの返答が来て、いよいよ緊張状態が深まる。
どちらを選んでも、『超合衆国』とブリタニアとの間に溝が出来る事は確実だった。
平和条約と云う正式な申し出と調印がなされた後で、その為の証としての婚姻…
相手も馬鹿ではないから、どちらを選んでもいばらの道を歩む事になる。
「扇要…あなたは何故…『ゼロ』様を…あのような形で排斥したのです!この婚姻を拒否したら…あの条約を破棄したも同義…。覚悟はおありなのでしょうね…」
神楽耶はその時からの総責任者である扇にそう声をかける。
神楽耶のブリタニアへの降嫁に関しては様々な意見で話し合いがなされた。
『超合衆国』は一つの国家ではない。
複数の国が、自国の利益のために集まった…国家の連合体であり、その国々が一蓮托生で手を結んでいる訳ではない。
「……しかし…ブリタニアの皇子をリーダーに掲げるなど…」
「ブリタニアの皇子では裏切り者なのですか…。実際に目で見たものよりも、頂いたものよりも、あなたは敵将の言葉だけで『ゼロ』様を敵と決めつけるのですか?それに…あなたは軍人と云う立場を知らない、ただのテロリストですしね…。軍人と云うのは国を守る為のコマです…。それをルルーシュ様があなた方を『コマ』と呼んだくらいで裏切り者などと…良く仰った事…。恥を知りなさい!裏切り者と云うのであれば、あなたの囲っているヴィレッタ=ヌゥは、あなたを殺そうとしたではありませんか…。『ゼロ』様はあなたの命を何度もお救いになっていると云うのに…」
周囲のいた人間たちも、神楽耶の一言にぐうの音も出ない。
そして、第三者的に見つめているラクシャータなどはこれからの経緯を見守るかのように静観している。
「ここではっきりして頂きましょうか…。『黒の騎士団』は『超合衆国』の軍として戦う気はあるのですか?ないのですか?」
神楽耶の強い言葉にその場はさらにしんと静まり返る。
「……」
誰も答えられぬと判断するとさらに神楽耶は言葉を続けた。
「では、質問を変えましょう…。『超合衆国』を守る為のコマになる覚悟のある者はいますか?その者だけ、この『斑鳩』に残りなさい!その覚悟もなく、自分の仲間が殺されたら、その指揮官に対して全ての責任を押し付けるような無責任な輩は必要ありません!」
そう云って、神楽耶はその場を出て行った。
ここにいる…『黒の騎士団』として、戦おうと考える者たちだけは…神楽耶の心中を慮ってぐっと拳を握る。
そして、『ゼロ』を裏切り者としか見る事の出来ない者たちは、今の神楽耶の言葉を理解する事が出来ず、今の理不尽な扱いに不満の色を隠せない。
そう…『黒の騎士団』は『ゼロ』を失う事で、戦うどころか、自分たちに進むべき道さえも見失っていたのだ…

 一方、ブリタニアにいるシュナイゼル達の方はと云えば…予想通りの展開と…着々と『黒の騎士団』との戦闘になる事を見越しての準備がなされていた。
「ルルーシュ…本当に…討つのか?君が…彼らを…」
「……」
ルルーシュはその言葉に返事をせずにパソコン画面を睨みつけていた。
恐らく、この状況だと、そんなにルルーシュが頭を悩ませるような作戦を施さなくても、『黒の騎士団』に勝ち目はない…
そう…ただ、ブリタニア軍が『黒の騎士団』及び『超合衆国』を崩壊させるだけなら…
スザクはルルーシュが何に悩んでいるのかは大体見当がついていた。
恐らく…スザクの望む形での日本をスザクに渡してやる事…
しかし、現在の状況では、現在の日本の要である皇神楽耶は『超合衆国』の代表であり、『日本国』の代表でもある。
戦争ともなれば、確実に、責任者として…軍事裁判にかけられることになる。
敗戦国のトップが軍事裁判にかけられた場合…殆ど戦勝国側に作り上げられた台本の舞台の上で死刑が宣告される。
『ブラックリベリオン』の時だって、彼女はディートハルト達の機転で中華連邦に逃れていたが、あの時、藤堂たちの様に捕まっていたら、桐原泰三同様、死罪を言い渡され、さっさと執行されていただろう。
「ルルーシュ…僕は、ユフィの仇を討つ為に…そして、ユフィの汚名をすすぐ為にここにいる…。僕はもう、日本を裏切っているんだ…。だから…君がどんな作戦を立てようと君に指示に従う…。君との約束を…果たすまでは…」
スザクは静かにそう告げて、執務室から出て行く。
『黒の騎士団』…確かに『ゼロ』の正体を知り、恐らく、ギアス嚮団壊滅の報も誰かから聞いたのかも知れない…。
その辺りの情報統制はCの世界にいた為にルルーシュ自身、出来てはいなかった。
ナナリーを守る為の『黒の騎士団』であったなら、あの虐殺劇の情報漏洩は好ましいとは云えないが…それでも、知られてしまったのでは、致し方ない事で、その事実を受け止めるしかない。
『ギアス』の事を知らない者たちにとっては…あれは本当に女子供関係なく撃ち殺した…ただの無差別殺人だ…
今更そんな事を考えていても仕方ない。
それに…今のルルーシュには果たさなくてはならない約束がある…
「約束…か…。そうだな…俺は…今、その為に生きているんだったな…」
自嘲気味にそう呟いて、パソコンを操作する手を動かし始める。

 『斑鳩』内はすっかり混乱状態となった。
これまで、『ゼロ』なしに戦った事のない連中が殆どだ。
暫定的に中華連邦の黎星刻が総指揮を執ってはいるが…トップが交代した時には組織内は混乱する。
まして、これまで、『ゼロ』以外のリーダーを戴いた事がなく、他のリーダーのやり方を知らない者がすぐに、そのリーダーのやり方に合わせて行ける程『黒の騎士団』のメンバーで戦争と云うものの本質を知っている者が少ない。
それは…恐らく、軍人ではなく、テロリストの域を出ていないからだろう…。
「藤堂将軍…この状態では…『黒の騎士団』はあの、『ゼロ』様を相手に戦う事など…できません…」
ブリッジを出て、私室へ向かう廊下で藤堂に神楽耶は暗い顔で語りかける。
藤堂自身もそれが解っているだけに何も答える事が出来ない。
現在の状況を理解出来ていない連中だけが意気揚々とブリタニアと戦う準備をしている。
他の者たちも戦闘準備を整えているが…表情がまるで違う…
『ゼロ』の正体を知らされていない者たちも、これまで、『ゼロ』がいたから勝てたという思いはあるので、こんな時にリーダーの交代、そして、『斑鳩』の指揮官が扇であるという事、そして…現在の『斑鳩』の不協和音…
メンバーたちは自分に指揮をしている指揮官たちをきちんと理解していた。
確かに戦い全体の指揮を星刻が執れば、それなりの戦いは出来るだろう。
しかし、この『斑鳩』は確実に…ブリタニア軍に落とされる…そんな事を考えていた。
そして、それは、あながち間違いではない…そんな確信すらあった。
それは…艦内の雰囲気もそうだし、神楽耶や藤堂の表情からも解る。
そして、平和条約と云いながら、『超合衆国』は神楽耶のブリタニアへの降嫁を是としなかった。
副指令である扇は『ゼロ』が『斑鳩』からいなくなった後、『俺達は日本を取り戻した!』と歓喜に騒いでいたが…
副指令と以前から懇意の仲である玉城、杉山、南も満足そうに喜んでいたが…
言葉だけ見れば…『斑鳩』の乗組員の殆どが喜ぶであろう一言だったのだが…
ただ、シュナイゼルとの会談でどんな話をされたのか解らないが、それでも、そこに出席していた筈の神楽耶の表情は暗いまま、あれだけ『日本を取り戻した!』と騒いでいた扇もなんだか、奥歯に何かが挟まっているような状態だ。
「まだ…戦争になるって…決まった訳でもない筈なのですが…でも…あのシュナイゼルがこのまま放って置いてくれるとも思えません…」
「確かに…調印して舌の根も乾かぬうちにこちらから条約を破っているのですから…」
この二人の中にも、戦争と云う荒波へと飛び込んでいく覚悟を決めていた。

 偵察部隊から送られてくる資料を読みながら廊下を歩いているルルーシュが…今日…一体何回目の溜息か…と思う、大きなため息を吐いた。
「ルルーシュ…」
「お前…今までどこにいた…」
背後から気配もなく、ルルーシュに声をかけた人物…彼女を人物と云っていいかと云う疑問もあるが…そこにはC.C.が立っていた。
「まぁ、一応お前の事が見えるところにはいたよ…。スザクとの約束を守る前に、お前のヘタレ癖が出るような問題を突きつけられているな…。だから、お前は優し過ぎると云ったんだ…」
「うるさい!用がないなら俺の前から消え失せろ…。どうせ、俺は…お前との契約は果たせないんだ…」
本当に機嫌の悪そうな声を彼女に吐き出してやるとすぐに早足で歩きだす。
「お前…やはり、お前を裏切った連中にも情を移していたのか…。まぁ、『ゼロ・レクイエム』のプランはぶち壊されている状態だしな…」
「あの方法を使わなくても、きちんとスザクとの約束は守る…。お前との約束も…」
相変わらず彼女に顔を見せる事はないが…きっと…また辛そうな顔をしているに違いない事は契約者となってから何度もこう云った状況を見てきたC.C.には解った。
大体、この状況で、スザクとの約束を果たされてしまったら彼女との約束を守れるわけがないと思うが…
「まぁ…ユフィの『虐殺皇女』の名を雪ぐにはちょうどいいかも知れないな…。奴らは…俺を殺そうとした…『裏切り者』だからな…」
ルルーシュのこの言葉に彼女はくすりと笑う。
―――本当に…こう云う時には本心の解り易い奴だ…
彼女はルルーシュの30倍は生きている。
だからこそ、隠している本心を読みだす事も、隠している本心を引きずり出す事も出来る。
「なら…お前はしっかりと『残忍』な人間に徹するんだな…。中途半端な『優しさ』は…周囲にとって迷惑でしかないぞ…」
「何故…そこで『優しさ』なんて言葉が…」
ルルーシュが怪訝な顔をしてC.C.に問いかける。
「ふっ…まだ、精神が童貞ボーヤなお前に解らんだろうが…。『悪逆』な行為を施すのであれば、徹底的にやれ…。誰にも悟られるな…。誰かに悟られたら…それを悟った者は、死ぬまで苦しむ…」
C.C.の言葉にルルーシュはキッと睨むが、それでも…多分彼女の言っている事は正しいと思う。
「俺が…そんなヘマをしてたまるか…」
その一言を残し、再び自分の行くべき、今は仕えるべき主の元へと歩いて行った。

 それから1ヶ月後…ルルーシュとスザクはアヴァロンでカンボジアのシュナイゼルの作ったトロモ機関に来ていた。
流石に広い中華連邦と接している国境付近では小さな戦闘が何度も繰り返されているらしい。
いくら、トップが平和条約を結んだところで、末端部分での平和条約はそれとは別のものだ。
民族の問題、過去から続くしがらみなど…複雑な要因が彼らの戦火の火種となっている。
ここに国家の正規軍が介入してくると、それこそそれが火種となって国家間の戦争に発展するのだ。
だから、その小さな戦闘に関しては細かい情報を得るようにはしているが、決して軍事介入はしない。
その辺りは『超合衆国』もきちんと理解しているらしく、決してそこに『黒の騎士団』を投入して来る事はない。
「本当は…奴らがのこのこ出て来てくれると話は助かるのだが…」
ルルーシュの言葉にスザクが驚いた顔を見せる。
ついこの間まで、『黒の騎士団』との戦闘の事を考え、悩んでいた人間の言葉とも思えないようなセリフだ。
「ルルーシュ…君…」
「なんだ?スザク…きちんとした口実が出来るとありがたいと思うのは…戦争に携わる者としては至極当然だろう?シュナイゼル異母兄上の挑発にも乗らないところは…流石は星刻と神楽耶だな…」
酷薄な笑みを浮かべているルルーシュにスザクはぞっとした。
一体何があったのかと勘繰りたくなるが…それでも、それを知ったところで、何が出来る訳でもない話だ。
二人は『ゼロ・レクイエム』と云う契約の下、共にいるだけなのだ。
―――そうでなくてはいけないのに…そうであった筈なのに…
スザクは自分でも信じられない思いに戸惑いを覚える。
「スザク…俺達は今、神聖ブリタニア帝国の宰相とナイトオブワンなんだ…。安心しろ…異母兄上はこの戦いが終わったらお前に日本を譲渡してくれると約束してくれているからな…」
冷静で…静かで…迷いのないように聞こえるその声…
でも、スザクは何か違うと思うが…それでもそれが何であるのか解らず…ただ、黙って聞いているしか出来なかった。
そんなとき、艦内全部にスクランブルのサイレンが鳴り響いた。
「どうした?」
スザクが自分のインカムマイクに向かって尋ねた。
そして、通信の向こうの相手と会話を交わし、インカムを切った。
「ルルーシュ…ついに彼らが動いた…」
「そうか…では、このアヴァロンを中心にブリタニア軍艦隊は蓬莱島へと向かう…。敵は全て殲滅!降伏も認めない!」
ルルーシュのその命令に…スザクは先ほどよりも驚いた顔を見せる。
「ほ…本気か?」
「何を驚く…。『ゼロ・レクイエム』は遂行する…。最終目的は変わっていない。ただ、場所と立場が違っているだけだ…。お前の望みでもあるのだろう?それは…」
ルルーシュは厳しい表情を見せて、スザクに叱責する。
大切な者を…全て失ったルルーシュの…今、ここにいるたった一つの理由…
―――そう…俺は…今…


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