心の在処5


 シュナイゼルの戴冠式には、『超合衆国』を代表して皇神楽耶と天子、そして、黎星刻が出席した。
『黒の騎士団』からは副指令である扇要と将軍である藤堂鏡志郎が出席した。
これは、ブリタニアからの正式な招待であり、条約の調印が終わったばかりで、彼らの中の思いは、さまざまだった。
これからのブリタニアの動きを憂いている者…
ただ、表向きの日本の独立に手放しで喜んでいる者…
そして、これからどうなっていくのか皆目見当のついていない者…
神楽耶が日本の代表としてシュナイゼルに祝辞を述べている。
恐らく、『超合衆国』内でも色々な言葉を浴びせかけられているだろう。
全ての真実を説明は出来なくとも、日本独立の経緯の説明をする責任は神楽耶にはあったからだ。
『超合衆国』に参加した国の中には、ブリタニアの植民エリアとなってしまい、他国へ亡命して、亡命政府として参加している国も多くあるのだ。
それが…第二次トウキョウ決戦の後、単なる停戦条約が結ばれただけで日本は独立しているのだ。
『超合衆国』に参加している国々から疑惑を持たれるのはある意味仕方ない。
『黒の騎士団』のメンバーが勝手にやったとは云っても、『黒の騎士団』の中で幹部を務めているのは、日本人ばかりだ。
彼らは『超合衆国』と契約を結んでいると云うのに、結果に至った経緯を知らされないのでは、あまりに出資者に対して無責任すぎる。
当然だが、その時の最高責任者であった副指令と将軍も呼ばれている。
そして、『超合衆国』の会議に参加した各国の代表たちは『黒の騎士団』から、『ゼロ』が消えた事により、その組織の存在意義…突き詰めていけば、『超合衆国』の存在意義すら疑い始めていた。
流石に、『ゼロ』の正体が現在のブリタニアの宰相になったとか、そうならざるを得なかった経緯など…話したら、確実に『超合衆国』は『黒の騎士団』から手を引くし、それどころか、『超合衆国』さえ崩壊する。
その場に立って、扇自身、やっと少しだけ、自分のした事の大きさを知ったが…『自分たちは出来る』と云う、妙な錯覚に陥り、尚且つ、私情を挟んでいる為に未だに『黒の騎士団』は『ブリタニア』と対等であると信じていた。
それを見ていて、神楽耶も星刻も呆れるばかり、流石に藤堂もいろいろ解っていたから進言はしていた様だが…所詮彼は武人であり、政治家ではない。
このときばかりは藤堂の美点である真っ直ぐな性格が災いして、逆に扇を怒らせ、癇癪を起させる結果となり、戴冠式には体面を保つために藤堂を出席させたが、実質、『黒の騎士団』の将軍と云う地位をはく奪していた。
そんな事は、いくら扇が姑息な真似をいたところで、シュナイゼルもルルーシュも察知しており…ここまで愚かな人間だったとは…と、扇要と云う人間を買い被り過ぎていたと…自分自身を叱責した。

 そして、戴冠式の後…『超合衆国』と『黒の騎士団』からの出席者をVIP専用の応接室へと通した。 そこには…当然のようにルルーシュとスザクも同席している。
この中では扇だけがルルーシュとスザクに対して負の感情を隠そうとしていない様子だ。
他のメンバーに関しては…『ゼロ』に関する全ての事情を話されたとは云え、いまだに信じられないと…でも、『死亡』と発表されたものの、彼が生きていた事に関しては、天に感謝したいところではあったが…
今は…微妙な外交関係の状態である『超合衆国』とブリタニアと云う…大きな壁が目に見えるようだ。
「さて…今回、お集まりいただいたのには当然、理由があるのです…。ルルーシュ…みなさんに説明を…」
シュナイゼルはそうルルーシュに命じるとその言葉に従ってその席を立ちあがった。
「条約文はお読みになられていると思うので…細かい部分は省略させて頂きます。
第5項目目にありました、『今後、両国間の良好な関係を保つために、近いうちに両国間での婚姻を結ぶ者とする』とありましたのは、覚えておいででしょうか?」
その言葉に、流石に扇も含めた全員がはっとする。
そんな彼らの心情などお構いなしにルルーシュは続ける。
「我が神聖ブリタニア帝国は、『超合衆国』からの代表の姫君を、シュナイゼル皇帝の正室にと望んでおります…。決して身分不相応な話ではないよう、こちらとしても精一杯考慮したつもりです…」
つまり…それは、『超合衆国』から、皇帝の正室に釣り合う姫を…ブリタニアへ送れ…と云う事だ。
愕然とその話を聞いているメンバーの中で一人だけ、安堵の息を吐いた者がいた。
そう…扇要だった。
「そうか…皇帝の正室のいすと云う事か…。なら…」
「扇!お前は少し黙っていろ!」
その怒りの声を上げたのは黎星刻であった。
中華連邦はかつて、ブリタニアとの同盟を図る為に天子を第一皇子の妻にと、差し出そうとしていた経緯がある。
それがどういう事であるか…星刻はよく解っていた。
「あなたは…この話にご不満でも?今回は皇子と云う身分はあるがその身分の保証のされない立場の人間との婚姻ではない…。正室ともなれば、こちらとしてもそれ相応の礼を払わせて頂くが?」
シュナイゼルはその悪魔の様な微笑みで相手を委縮させた。
条約に同意したのは、事実であるし、ここで条約を破ると云う事にでもなれば、また、戦争状態になりかねない。
―――やはり…あれは…こちらから破らせるための条約だったのですね…。こんな時…『ゼロ』様がいて下されば…
神楽耶は…ここまでの話で歯を食いしばる。

 そこで助け船を出したのは藤堂であった。
既に、扇から解任されていた身ではあったが、それでも、相手は藤堂の発言を『黒の騎士団』の将軍として見てくれるだろう。
その淡い希望に縋るしかなかった。
「ちょっと待って頂きたい!そちらが皇帝の正室の座を用意しているともなると、こちらは『超合衆国』代表である神楽耶さましかその配慮に叶う姫君はおりません…。ですが、神楽耶さまは『超合衆国』の代表であり、皇帝の御正室ともなれば、その代表を辞せねばなりません。それには、『超合衆国』決議の中で話し合いも必要となります…」
扇は藤堂に対して、『刺し出た真似をするな!』と云う視線を送るが、神楽耶も星刻もその藤堂の行動には感謝しない訳にはいかなかった。
「そうでしたね…。こちらとしても、ここにいる宰相やナイトオブワンとも十分に話し合った結果、そう云った事を決めたのですが…。最初は私としては、大事にしない為に、私の家臣の配偶者に…とも考えたのですが…この二人に『超合衆国』に対して失礼があってはならぬと怒られてしまいましてね…。いやぁ…お恥ずかしい話で…」
心にもない事をよく言うと…宰相とナイトオブワンは思ってしまう。
確かに、神楽耶を差し出せと云うからには、それ相応のいすを用意しろと云ったのは、ルルーシュだった。
シュナイゼルの目的が解っているだけに、本当にえげつない事をすると考えてしまう。
シュナイゼルとしては、『超合衆国』ひいては、『黒の騎士団』にサクラダイトの産出に大きく関わっている『皇コンツェルン』を彼らから引き離したかった…と云うのが本音だ。
そして、『皇コンツェルン』の代表である神楽耶を手に入れれば、サクラダイトに関する利権がブリタニアの手に入る。
流石に星刻や藤堂はその危機に気づいたようだが…『黒の騎士団』の現在の最高責任者である扇がここまで単純に引っ掛かるとなると、話は簡単である。
どちらにしろ、神楽耶の身の振り方一つで今は、この両国間の関係が変わって来る事を意味しているのだ。
シュナイゼルとしては、彼らがどんな判断を下そうと、『黒の騎士団』…そして、『超合衆国』は滅ぶ…そう云う選択をしたのだ。
―――ルルーシュが作り上げたものだ…どう頑張ったところで、彼らにルルーシュと同じ事など出来る筈はない…

 『超合衆国』及び、『黒の騎士団』にその話を持ち帰った彼らは…様々な反応を受けた。
『超合衆国』の中にも、『黒の騎士団』の中にも、この事の意味が解っている者と解っていない者とがいた。
ただ…『黒の騎士団』の中ではこの事の意味を解って、扇に抗議したのはカレン…ただ一人だった。
ラクシャータやディートハルトにもその意味が解っていたが…これまでの経緯を見て『馬の耳に念仏』と黙ってしまっていた。
ヴィレッタは…その事を理解していたが…『ゼロ』をこの『黒の騎士団』から排除されるきっかけの一端を担っていたと云う自覚がある為に、何も言えなかった。
そして…自分の惚れた男が、ただ、自分の好きな者に対してのみ、自分の味方をしてくれる者のみ、必要としているだけであって、それらを守ろうとする気概も実力も備わっていない事に愕然としていたのも事実だった。
「扇さん!条約の調印の時、立ち合っていたんですよね?その時、条約の内容をきちんと読まなかったんですか?」
『斑鳩』のブリッジではカレンが扇の胸倉を掴んで怒鳴りつけている。
「よ…読んださ…。それに、神楽耶さまがブリタニア皇帝の御正室だぞ?そんなに悪い事なのか?これで、ルルーシュや枢木の妻とか言われれば俺としても…」
扇の言葉にカレンは『この人はここまでバカだったのか…』と頭の中で嘆いていた。
「それがどういう意味か解っているんですか?皇コンツェルンは日本の企業ではなくなり、ブリタニアのものになるって事ですよ!?」
カレンの言葉に、扇自身、何となく自分の過ちに気付いては来たようだが…扇と仲のいい3人には、カレンの言葉があんまり理解できていないらしい…。
それに、扇を含めたこの4人は『ゼロ』とシュナイゼルとスザクが手を組んで、『黒の騎士団』の脅威となっている事に気づいていないらしい…
「それに…『ゼロ』がいなくなった今…ルルーシュとシュナイゼルとスザクを相手にどうやって戦うつもりですか!」
カレンの怒鳴り声はまだ続いている。
「俺達はこれまで奇跡を起こしてきた『黒の騎士団』だぞ…。それに…シュナイゼルは俺との約束を守ってくれた。日本を返してくれた…。もう、ブリタニアと戦争になる事はないだろう…」
その言葉に…流石にこれまで黙っていたラクシャータもため息をつくしか出来なかった。
『黒の騎士団』が何故『超合衆国』を必要としていたのか…どうやらこの副指令は全く理解していなかったらしい。

 今にも殴りかからんばかりのカレンをラクシャータは制止した。
「ラクシャータさん!放して下さい!なんで私に解る事が副指令である扇さんに解らないのよ!?」
ラクシャータが背中からカレンを羽交い締めにして制止している。
暫くして、カレンも落ち着きを取り戻してきた。
「放して下さい…ラクシャータさん…。もう、大丈夫ですから…」
そう云ってラクシャータの腕を振りほどいた。
「まぁ、カレンが怒るのも解るけどねぇ…」
「怒っているんじゃないんです…『ゼロ』がいなくなってから…『黒の騎士団』は滅茶苦茶よ…。これまで…誰のお陰でここまで来たと思っているんだか…ここには…それを理解している人が…誰もいない…」
カレンが下を向いて涙声で低く呟いた。
ラクシャータもカレンの言っている事も、現在『黒の騎士団』や『超合衆国』の置かれている状況が解るだけにため息をつくしか出来ない。
藤堂は感情的になった扇に将軍と云う地位から外され、千葉もそれに伴って部隊長の地位を返上している。
この時点でかなりの戦力の喪失があるのだ。
今の二人は一兵卒にすぎない立場であり、二人の専用機であったナイトメアは…それこそ操縦技術の必要な機体なので、その地位から離れてしまった二人が乗る事を許されず、かと云って他に乗りこなせる者がいないのだ。
「ラクシャータさん…すぐに戦争は始まります…。神楽耶さまがどちらの判断を下したとしても…。今の『超合衆国』にも『黒の騎士団』にも、シュナイゼルとルルーシュ相手にまともに外交出来る人なんていませんから…。だから…紅蓮の整備…しっかりお願いしますね…」
そう云ってカレンはブリッジを出て行った。
ラクシャータも煙管を手にさっさと紅蓮を収めている格納庫へと向かった。
「なんだよ…カレンの奴…ワケ分らねぇことばっかり言いやがって…。日本が返ってきたんだから…俺達…もう戦う必要なんてないんだろ?」
玉城の声に、誰も答える事が出来なかった。
管制に座っている少女たちも不安の色を隠せずにいた。
「私たち…これからどうなっちゃうんでしょうね…」
「あの噂…本当だったんですね…。扇副指令達がクーデターを起こしたって…」
「しっ…下手な事言うと…私たちみたいな下っ端じゃ、どんな処罰が待っているか解らないわ…」
少女たちのひそひそ話は耳に入ってきた。
しかし…彼女たちのひそひそ話が現在の『黒の騎士団』の姿なのだ…。
扇自身、様々な公の場に立たされ、自分の行動が間違っていた事には気づき始めていた。
しかし、何を間違えたのか…どう軌道修正すればいいのか…さっぱり解らない状態で…。
尤も…事がここに至ってしまっては…どうにもならない事は…何となく解っていた。

 そして…その1ヶ月後…『超合衆国』からブリタニアへの正式な返事がなされた。
答えは…『婚姻に関しては認める事が出来ない』との返答だった。
1ヶ月もかかったという事は…悩みに悩みぬいた末の決断だったであろうことは解った。
その返答にシュナイゼルは笑みを浮かべた。
「ルルーシュ、スザクくん、どうやら出番の様だ…。ルルーシュ…新たに構成された私のナイトオブラウンズを好きに使えばいい…。これまでの君の働きで、ラウンズの中で君を疎んじる者はいなくなったからね…」
シュナイゼルは嬉しそうにルルーシュに告げる。
「イエス、ユア・マジェスティ…」
ルルーシュはついに…来る時が来た…と…決意を固めて、そう返事をした。


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