約束の時間となり、ルルーシュとスザクはシュナイゼルの供として『斑鳩』へと乗り込んで行った。
そして、ルルーシュの目の前には…自分を裏切り、ロロを死へと追いやった者達と、超合衆国の代表にして、日本の代表である皇神楽耶と合衆国中華の代表代理として黎星刻がその場に立っていた。
恐らく、彼らにも『ゼロ』の正体については伝えられていたのだろう。
その場にいた、『超合衆国』及び『黒の騎士団』の関係者たちがルルーシュの姿を見るなり驚愕の色を隠せない表情を見せた。
「ルルーシュ…」
「生きていやがったのか…」
直接仮面を脱いだ『ゼロ』を見た者達はその姿を見て負の感情を露わにしている。
そして、神楽耶と星刻はシュナイゼルの隣に『ゼロ』の正体であったルルーシュが並んでいる事に…ただ…恐ろしさを感じているような表情を見せている。
ここで、ただ単にルルーシュに対して負の感情をぶつけるだけの者達は既にシュナイゼルの敵どころか、シュナイゼルの周囲を固めている者達の誰にとっても脅威ではなくなった。
そして、シュナイゼルとルルーシュが共にいる事の意味を理解した者達に対しては、少々哀れだと思った。
もし、あの場に彼らがいたのなら…おそらくこのような結果は生まれる事はなかったのだから…
「これは、これは、この度は我がブリタニアとの会談を受け入れて下さり、ありがとうございました。会談に入る前に、一つ、ご報告せねばならない事があります…」
シュナイゼルは相変わらず腹の中は探らせないと云った表情で話を切り出した。
シュナイゼルの左右後ろに控えていたルルーシュもスザクも表情を変えない。
「この度、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアが崩御しました。そこで、皇帝の席を空席にしておくわけにもいかないので、私が、暫定的な皇帝として即位する事となりました…」
シュナイゼルのその一言に、会談場所は騒然となる。
いきなりあの、シャルル皇帝が崩御したとの報せに驚かない訳にもいかない。
まだ、マスコミにも発表されていないのだ。
その場にいた者達は同席していたディートハルトの方を見るが、流石にこの事はディートハルトも把握しておらず、ただ、首を横に振るだけだった。
「それは…まことですか?」
最初に口を開いたのは、流石に一国を背負って立つために生まれてきた姫君と言えるだろう。
合衆国日本代表である皇神楽耶だった。
「はい…。詳細は申し上げる訳には参りませんが…。そこで、『超合衆国』の各国代表の皆さんと『黒の騎士団』幹部の皆さんにご紹介したい者がいるのです…」
シュナイゼルがそこまで云うと、ルルーシュが一歩前に進み出た。
「この者は、我が異母弟にして、先帝の第11皇子…つまり私の異母弟にあたります、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。我が治世の下で神聖ブリタニア帝国の宰相に任命いたしました。」
シュナイゼルがそこまで云うと、ルルーシュは感情を見せない顔で自己紹介を始める。
「初めまして…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアです。以後、お見知り置きを…」
そこまで云うと元の位置に戻った。
そして、シュナイゼルはスザクの紹介も始める。
「この者は、あなた方も良くご存じだと思われるが…今は亡き先帝の第3皇女ユーフェミア=リ=ブリタニアの騎士にして、先帝のナイトオブセブンであった枢木スザクです。我が治世の下で神聖ブリタニア帝国のナイトオブワンに任命いたしました。」
「枢木スザクです。自分の事は皆さんもご存じだとは思いますが…これからも宜しくお願い致します。」
ここにいる『超合衆国』及び『黒の騎士団』関係者の中で、現在の自分たちの脅威を正確に把握していたのは…皇神楽耶…ただ一人だろう。
そんな神楽耶を見てシュナイゼルはくすりと笑う。
そう、異母弟の価値を知らずに、ただ、感情に流され、満場一致で『ゼロ』を一方的に追い出した事の意味をこの中では神楽耶しか解っていない…
そして、それは…彼らの敗北を意味している。
この光景は、下手なクラウンを見るよりも滑稽で、面白いものだと思う。
「では、会談を始めましょうか…」
シュナイゼルがそう告げると、その場にいた全員が席に着いた。
そして、そこでシュナイゼルは『日本返還』の経緯を事細かに話し始める。
こんなときばかり、ウソは全くなく、おまけに『ゼロ』を引き渡すから日本を還せと云う扇の申し出の話まで告げたのだ。
そんな事をしたら…一気に『超合衆国』としては『黒の騎士団』に対して疑念を持つ事は無理のない事で…
そして、扇は『ゼロ』の正体を掴んで報告した事で男爵位を得たヴィレッタ=ヌゥから情報を得ているとの事まで話してしまう。
―――異母兄上…何故そこまで…
ルルーシュはまだ、シュナイゼルが表に出さぬ怒りの大きさに気づいていなかった。
「シュナイゼル!この場でそんなことまで話す必要はあるのか!」
当然と云えば当然だが…一人吊るし上げを食らった扇が声を荒げて抗議する。
しかし、シュナイゼルは眉一つ動かさずに言葉を紡ぎ出した。
「必要だと思いまして…何故、私が日本返還を受諾したかを…。そして、その一部始終を日本代表である皇神楽耶姫が知らないのはおかしい事ではないですか?責任者とは…責任を取るのが務め…。それに…あなた方は私に『ゼロ』…否、もうルルーシュでいいでしょう…。彼を引き渡すと云う約束を反故にしているのですよ?これ以上の譲歩を求められましても…」
シュナイゼルの尤もな言葉に扇もぐっと声を詰まらせる。
そして、シュナイゼルは扇を睨みつけながらさらに言葉を続けた。
「私は…ルルーシュの身柄を引き渡して欲しいとは云ったが、死体を引き渡して欲しいとは一言も言ってはおりません。なのに…あなた方は私の目の前でルルーシュを殺そうとした…」
この言葉には、あの場にいた者たち…そして、当の本人であるルルーシュさえも驚く。
「しかし…あの時、ルルーシュに銃を向けていても…お前は止めなかった…」
「威嚇射撃をするのかと思ったのですが…まさか…殺す気でいたとは思いませんでしたので…。私は言った筈です…ルルーシュは…最も愛した異母弟であると…」
シュナイゼルの怒りは本物であるだろうが…ルルーシュは心の中で思う。
―――それは…こいつらに言わせれば詐欺行為です…異母兄上…
しかし、これでシュナイゼルのこれからの方針がはっきり解ったような気がした。
そして…ルルーシュに討たせるのは…ここにいる『黒の騎士団』だけなのだと…
「では、余興はこの程度にしておきましょうか…。これが『超合衆国』と、我が神聖ブリタニア帝国との間に結ぶ条約の誓約書となります。調印して頂けますか?」
ここで、神楽耶が調印に同意しなければそのまま戦争状態に陥る。
神楽耶も星刻も『ゼロ』を失い、シュナイゼルに齎されたあの時の『斑鳩』での出来事…不思議とウソではないと感じてしまう。
そして…今の『黒の騎士団』を信用に足る組織とはとても思う訳にはいかなかった。
また、シュナイゼル、ルルーシュ、スザクの3人を敵に回して、戦えるほど、今の『黒の騎士団』に戦力がないという事はよく解る。
これまで、『ゼロ』は少ない戦力でもきちんとした戦闘としてきた。
それは、『ゼロ』の戦術があったからに他ならない。
今、『斑鳩』に残る『黒の騎士団』のメンバーでそれだけの働きを出来る者など…いる訳がない。
星刻は確かに戦術にも戦略にも長けているが…『黒の騎士団』に参加してまだ日が浅い。
『ゼロ』程の求心力は…到底望めない。
神楽耶は…震える手で、差し出された誓約書に、署名、捺印をする。
星刻以外の『黒の騎士団』幹部たちがどこまで理解できているか解らないが…こんな不平等条約…破らせる為に作られたものだと…そして…とんでもない強大な敵を生んでしまった事に気がついていない幹部たちに対して、この場で罵倒したいくらいだった。
会談が終わり、アヴァロンの廊下でルルーシュがシュナイゼルに声をかけた。
「異母兄上…あれは…破ってくれと云っているような条約じゃないですか…」
「ルルーシュ…君は解っているのだろう?条約とは破らせる為に結ぶものだ…。そう…条約を作った側が…それを差し出した相手に破らせる為に…ね…。それに、彼らは喜んでいたのだから良かったじゃないか…」
シュナイゼルの言葉にただ、ため息をつくしかなかった。
ある意味、あまりに見た目に解りにくい分、先帝の方がまだマシと言える。
「スザク…すぐに戦争が始まる…。準備をしておけよ…」
やれやれと云った表情でスザクに告げる。
スザク自身、条約の内容を知っているだけに…あそこまで喜んでいる姿を見るといっそ神楽耶が気の毒になって来るし、あんな連中を纏め上げてきたルルーシュの手腕に驚愕する。
「シュナイゼル陛下…いつ、戴冠式を…?」
「そうだね…とりあえず、『超合衆国』との条約も正式に結べたことだし…このまま一度本国へ帰ろう。その時にまず、オデュッセウス異母兄上をはじめとする皇族、貴族に報告しなくてはね…」
「で…異母兄上の即位に反対する勢力に対しては?数はそれほど多くはないでしょうが、皆無ではないでしょう?」
愚問と云えば、愚問な質問だが…
そんなルルーシュにシュナイゼルはつい、頭を撫でてしまう。
ルルーシュはこの上なく機嫌が悪くなるのだが…
「大丈夫…。とりあえず、父上のラウンズ達が私の元へと集まってきている。君と私、そして、ナイトオブワンになった枢木卿に父上のラウンズ達を従えているのだ。少なくとも、ブリタニア国内では負ける事はあるまい…」
異母兄のこの言い方…先ほどの会談で出てこなくて良かったとその場に控えていた二人は心底思う。
特にルルーシュなどは、『黒の騎士団』の幹部たちの性格をよく知るだけに、下手をすると、あの場で戦争になっていたかも知れないのだ。
「では、本国に到着するまで、俺は作戦を考えます。どの道…『超合衆国』はともかく、『黒の騎士団』が黙っているとも思えませんから…」
「そうだね…ルルーシュ…。彼らの事は君に任せるよ…」
シュナイゼルはにこりと笑ってルルーシュに任せると云った。
そして、通るか解らなかったが、一応ルルーシュは頼んでみる事にした。
「異母兄上…『黒の騎士団』を叩く際、スザクをお借りできませんか?どの道、俺には自分の軍はありませんし…。それに、スザクがナイトオブワンになって望む場所は…異母兄上もご存知なのでしょう?」
ルルーシュの言葉にシュナイゼルは黙って笑顔を向けて是の答えを返す。
「ありがとうございます…」
ルルーシュはただ…その一言を言って、そこでシュナイゼルと別れた。
本国に戻り、シュナイゼルが次の皇帝に即位すると発表すると…確かに驚きの声は上がったが、さしたる反対の声など聞かれる事もなかった。
実際に、先代の頃から、次期皇帝の座に一番近い皇子と言われていたのだ。
ただ、即位の件に関してはさしたる問題はなかったが、宰相に死んだ筈の皇子…ナイトオブワンにナンバーズ…
その事に関しては様々な声が聞かれた。
二人ともそれは当たり前の事だと解っていたし、その事でシュナイゼルの手を煩わせるつもりもなかった。
周囲のうるさいというのなら、黙らせればいい…それだけの事…
皇族や貴族の特権に胡坐をかいていた連中に何を言われても痛くもかゆくもない…実際にはそんなところだ。
そして、第一皇子であったオデュッセウス自身が、帝位に関してあまりに無関心過ぎた。
オデュッセウスを支持していた貴族たちはオデュッセウスを担いで実際には自分達が権力の掌握をしようと企んでいた様だが、結局のところ、先読みの甘さとシュナイゼルに死んだ筈の『閃光のマリアンヌ』の皇子がシュナイゼルの元へ来たという…。
『閃光のマリアンヌ』…王宮内では様々な感情を向けられていた。
ただ…彼女の実力は…誰もが認めるところであった。
そして、その皇子がブリタニアの王宮にいたのは9歳までではあったが、シュナイゼルが目をかけていたと云う話はあまりに有名だった。
シュナイゼルは人を見る目があり、そして、自分にとって使えない人間には興味を示さない。
そんな中でも第11皇子であるルルーシュ=ヴィ=ブリタニアは、第一のお気に入りであった事は周知の事実だった。
故に、その皇子が日本へ送られ、そして死んだとの報に胸を撫で下ろした皇子、皇女、貴族は少なくなかった。
そして、ブリタニアに…シュナイゼルの元へ戻ってきたと云う報に…戦々恐々とする者も少なくなかった。
シュナイゼルの発表の後、その翌日には戴冠式が行われた。
それら全てが終わり、様々な感情が彼らに向けられている事が解る。
「ルルーシュ…君が生きていた事にびくびくしている者達が多くて…私も楽しかったが…君はどうだった?」
相変わらず趣味の悪い質問をしてくるものだと思うが…
「別に何も…。俺もスザクも、ブリタニアの王宮ではノイズでしかないですからね…」
「おや、また枢木卿の話かい?妬けてしまうね…」
どこまでも悪趣味だと思う。
「俺としては、この王宮で頼れるのはスザクと…最近姿を見せなくなったC.C.だけですからね…。そのくらいは大目に見て下さいよ…」
自嘲気味な言葉をただ…返すと…シュナイゼルとスザクが正反対の反応を見せるのだった…
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