心の在処2


 シュナイゼルはルルーシュの事をよく知る。
そして、ルルーシュもシュナイゼルの事をよく知るだけに、ルルーシュとしては非常に扱いにくい。
大体、『黒の騎士団』に対する恨みや憎しみなど、ルルーシュ自身は持ち合わせてはいなかったし、確かにコマとして扱ってきたのは自分でも認めるところだ。
コマなら…使えなくなった時点でルルーシュにとっては、興味がなくなるものだ。
「ルルーシュ…先ほど聞いて貰ったように、君の親友である枢木スザク君は私のナイトオブワンになる…。他の、父上のラウンズ達もこれで、私の元へと集ってくるだろう…」
スザクが自ら『皇帝暗殺』を命じろと進言した事にも驚いたが、その裏で損な取引をしていたとは思わなかった。
それに、例え、公衆の面前で約束したところで、シュナイゼルがそのままその約束を守る事は稀だ。
自分に利のある取引しかしない…。
ルルーシュの目の前でフレイヤを放ち、ナナリーを殺したスザクに対して、今更親友などと思わないし、スザクもルルーシュの親友と言われては気分を害するに違いない。
「スザクを利用して俺に何かを命じると云うのであれば、それは無駄ですよ…。あいつにとって俺は友達ではなく主を殺した憎むべき仇…そして、俺にとってもあいつはナナリーを殺した憎むべき仇…。今の俺達はただの契約のみで繋がっているのですから…」
「それなら結構…私も君があまりに枢木卿に執着するものだから…つい妬いてしまってね…。まぁ、私のナイトオブワンに任命したのも…彼が君に近づかないように見張る為…とでも言っておこうかな…」
どこまで本気でどこまで戯れなのか…本当に解りにくい男であるとルルーシュは思う。
「君には、日本を返した後の後始末をお願いしようと思っているんだよ…。ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアとしてでも、『ゼロ』としてでも構わないからね…それは…」
恐らく全てを解っていての言葉だと解るだけに腹が立ってくる。
「世界は俺が『ゼロ』だったという事を知らないんですよ…。俺は…ちゃんとルルーシュ=ヴィ=ブリタニアとして討ちましょう…。そして、スザクに日本を返してやります…」
ルルーシュのそんな言葉にシュナイゼルはやや怒りを露わにする。
普通なら決して気づく事のない程度の表情の変化だった。
ルルーシュはそんなシュナイゼルの表情の変化を見極める事が出来ずに言葉をつづけようとした。
「とりあえず、作戦を考えますから…どこか、俺の部屋…」
そこまで云いかけた時、シュナイゼルは立ち上がり、ソファに腰掛けているルルーシュを冷たい瞳…でも悲しそうな瞳でルルーシュを見下ろしていた。
「あ…異母兄上?」

 流石にルルーシュもシュナイゼルの変化に気がついて、シュナイゼルの顔を見上げた。
そして、ルルーシュの声には故意的に気付かず、ルルーシュの身体を抱き上げた。
「あ…異母兄上…!」
流石にルルーシュも損な行動に出ると思わず、声が大きくなる。
しかし、シュナイゼルは黙ったまま執務室を出て、私室へとルルーシュを運んでいく。
アヴァロンの中だ。
こんな姿を誰かに見られるなど…耐えられなかった。
「下ろしてください!異母兄上…自分で歩けますから…」
自分で零したその言葉で…まだ、母、マリアンヌが存命だった頃を思い出す。
よく、シュナイゼルの住まう離宮へ遊びに行っていた。
シュナイゼルがルルーシュにチェスを教えてくれたのだ。
シュナイゼルとのチェスは殆どがルルーシュの負け…
時々、シュナイゼルがわざと手を抜いてルルーシュに勝ちを譲ってくれたが…その度にルルーシュは泣きながらシュナイゼルに怒っていた。
負けず嫌いのルルーシュがそうやってシュナイゼルに怒った後は必ず、シュナイゼルがルルーシュを抱きかかえてアリエスの離宮まで送って行っていた…
その行為に…何の意味があったのかは知らないが…
「見た目に違わず軽いな…。あの頃も軽かったが…」
ルルーシュの言葉を完全に無視した言葉をシュナイゼルが返す。
シュナイゼルにそう云われると、何だかバカにされているような気がしてルルーシュの頭にかっと血が上る。
「ほっといて下さい!それより…下ろして下さい!俺は『ゼロ』の衣装を着ているんです!こんなところを誰かに見咎められたら…」
流石にこの年になってまで…異母兄に抱きあげられて運ばれているというのは、ルルーシュのプライドを傷つけているのだろう。
別にシュナイゼルもルルーシュのプライドを傷つけたい訳ではないのだが…ただ、ルルーシュのプライドを傷つけるような事をした時の異母弟の顔がシュナイゼルは何よりも好きだった…それだけの事だ。
「大丈夫だ…。カノンは事情を知っているし、ロイドはランスロットと蜃気楼を見ている…。後は私も基本的には人を近づけない性質でね…」
「そんな事を言っているんじゃありません!別にここから逃げ出そうと思ったところで逃げられないでしょう!蜃気楼はあなたの配下の者の手に渡っているし、どうせすでに離陸しているアヴァロンからどうやって逃げだせるんですか!」
ルルーシュが普通の凡人であれば『なるほど』と納得もできるが、相手はルルーシュだ…。
シュナイゼルもルルーシュの実力や能力をよく解っている。
だからこそ、手放したくないし、手放さない為の細心の注意を払う。
「別に君が逃げ出すとは思ってはいないよ…。ただ…童心に戻りたいと思っただけなのだけれどね…」
シュナイゼルはルルーシュを運びながらそんな風に言って微笑んだ。

 そして、ルルーシュが逃げ出す余裕もないままシュナイゼルの私室へと到着した。
「シャワーでも浴びてくるといい…。あの、『斑鳩』での出来事以来、そのままの格好だったのだろう?潔癖症な君が耐えられるものでもないだろうから…」
そう云いながらクローゼットの中からバスタオルとバスローブを渡してやる。
「……」
ルルーシュは差し出されたものをそのまま黙って受け取り、指差されたバスルームへと足を運んだ。
「ゆっくり疲れを取っておいで…ルルーシュ…」
シュナイゼルの顔を見ないでバスルームへと足を運ぶ。
あの頃と変わらない…異母兄としての顔を…今のルルーシュに見せている。
そうして、ルルーシュがバスルームへと入って行き、シャワーの音が聞こえ始めると、シュナイゼルはやっとほっと息をついて、ソファに腰掛ける。
「昔はもっと、素直な子だったのにね…」
そう呟きながら、バスルームへとつながっている扉を見て、悲しそうに…でも、すぐに気味の悪い笑みを見せた。
やがて、ルルーシュはさっぱりしたようにバスローブを着て、バスタオルを首にかけた状態で出てきた。
「ありがとう…ございました…」
恐らく、ここへ来て初めて、ルルーシュはシュナイゼルに対して反抗的な光の失せた瞳を向けた。
しかし、相変わらず言葉は少ないし、以前の様な笑顔を見せてくれる事はない。
「少しは落ち着いたようだね…ルルーシュ…」
「確かに『斑鳩』での一件以来、こんな落ち着いた状態になった事はありませんでしたから…」
多少のいやみを込めてルルーシュはそう口にして見るが、その程度の言葉でシュナイゼルが揺らぐ筈もない事は解っている。
「そうかい?なら、私も少しシャワーを浴びて来る事にしよう…」
そう云ってシュナイゼルが立ち上がりさっさとバスルームへと入って行った。
ルルーシュとしては、シュナイゼルがどうしてそこまでルルーシュに拘るのかが解らない。
コーネリアなら、ユーフェミアの仇であるルルーシュに対して執念を持つのは当たり前だ。
それなら納得もできるし、『ゼロ』として彼女を捕らえていたのだ…
彼女にとってこの上ない屈辱を与えているのだから、『殺す』為の執念は持っているだろう事は解る。
しかし、シュナイゼルにしてみれば、『黒の騎士団』を失った今、今の段階でのルルーシュに興味を示すのは正直、不思議と言える。
今なら、シュナイゼルの目的を果たすのに誰の邪魔も入らないと云うのに…

 考え事をしている内にシュナイゼルが戻ってきた。
「異母兄上…明日…神楽耶が『斑鳩』に到着するのでしょう?」
ルルーシュの第一声はそんな話であった事にシュナイゼルは力が抜けてしまう。
どうにも、兄弟の感動の再会…と云うのは味わえないらしい…
「ルルーシュ…今そんな話を…」
「今だからするのでしょう?異母兄上は俺に命じたのですよ?日本を再びブリタニアの手中に収め、スザクへと渡すようにと…」
どこか飛躍している部分はあるが…
確かにシュナイゼルはそれが『ゼロ』としての義務と云ったのだ。
どの道、『黒の騎士団』に残されているメンバーでまともに政治を行えるものは神楽耶くらいだ。
そして、今の『黒の騎士団』は、完全にシュナイゼルに操られている状態であって、シュナイゼルにやらせたら、それこそ、日本そのものが完膚なきまで叩きのめされる。
それこそ、向こう100年は立ち上がれない程に…
恐らく、その時の中心に立つのは、『黒の騎士団』であり、そして、その為の旗頭は皇神楽耶となるだろう。
今、『黒の騎士団』がルルーシュが率いるブリタニア軍を相手にまともな戦いなど出来る筈がない。
確かに黎星刻や藤堂鏡志郎と云った武人たちはいるが…物量が違い過ぎる。
カレンに至っては本当に前線で誰かが指揮を執ってやらなくては戦力にはならない。
腕は確かだが、それを操るものが必要なのだ。
「ルルーシュ…私は悲しいよ…。せっかく再会できたというのに…。おまけに君はあの、皇帝の責務を放棄していた父上をこの世界から追い出してくれた…。この先は君の言うとおり、私が皇帝になるのだから…そこまで心配する事はないと思うが?」
「あなたが皇帝となるから心配な部分もあるのですよ…。俺に『黒の騎士団』を討たせるなど…趣味の悪い…。尤も、あなたに潰されていたら、仮にも俺の下で動いてくれていたコマ達が木端微塵に砕かれてしまいますからね…。恐らく、彼らが生き地獄を見るような形で…」
相変わらずの反抗的なルルーシュの態度にシュナイゼルはため息をつきながら…呟いた…。
「君はいつまでも反抗的だね…。『黒の騎士団』よりも…まずは君に云う事を聞かせなくてはいけないね…」
シュナイゼルは不敵な笑みをルルーシュへと向ける。
これまでの柔和なシュナイゼルではない…そう思うと、ルルーシュの背中から冷たい汗が流れていく。
「少し…しつけが必要かな…」

 言うが早いか、ルルーシュを抱き上げて、寝室へと入って行き、乱暴にルルーシュの身体をベッドの上に放り出す。
「っく…」
放り出された衝撃でルルーシュは小さくうめき声をあげる。
身体を起こそうとした時、シュナイゼルの覆いかぶさってきた身体によって、その動きが止められる。
そして、ルルーシュの唇に無理やり自分の下を押し込むような口付けをする。
「ん!?ん…っふ…う…」
突然のシュナイゼルの行為にルルーシュは目を見開く。
そして、息苦しい状態でシュナイゼルの身体を押しのけようとするが、シュナイゼル自身はびくともしない。
そして、何事もないようにルルーシュのバスローブの腰ひもを解いて、その腰ひもでルルーシュの両手首を結わえ、片手で、その両手を抑え込んだ。
ルルーシュが暴れるたびにバスローブはルルーシュの身体をさらけ出すように肌蹴て行く。 長い口付けからやっと解放されるが…手の戒めはそのままで、思うように身動きがとれない。
「異母兄上…一体何の真似です!」
「さっきも言っただろう?君にはしつけが必要なのだよ…。私の言う事をもっとちゃんと聞いてくれないとね…」
シュナイゼルの言葉にルルーシュがカッとなって大声で怒鳴り散らす。
「俺があなたの言う事全てを聞かなくてはならない理由はどこにもない!」
「そうだね…だから、私に君を縛りつける鎖が必要なのだよ…」
そう云いながら、ルルーシュの手首をおさえたまま、ベッドサイドのチェストから小さな小瓶を取り出し、その中身をシュナイゼルが一口口に含み、再びルルーシュに口付ける。
シュナイゼルの口から何かが流されてくるのが解る。
「!」
これが何であるのかは解らない…
でも、これを飲みこんだら…まずい…そんな風に思う。
しかし、シュナイゼルの方も確実に飲み込ませようとして決してルルーシュの唇から自分のそれを放そうとしない…。
やがて、耐えきれなくなり、その液体をルルーシュは飲み込んだ。
ルルーシュがこくりとその液体を飲み込んだ事を確認すると、シュナイゼルはルルーシュの身体から離れた。
―――一体…何を…
ルルーシュがその状態を把握できない状態の時にシュナイゼルはルルーシュの手首を結わえているバスローブの腰ひもにさらにロープを結わえつけて、左右のベッドの天蓋の左右の柱に括りつけた。
「な…何を!」
シュナイゼルの行動にルルーシュは怪訝そうな表情を見せるが、シュナイゼルは相変わらず嫌な微笑みを湛えたままだ。
そして…どの程度時間が経っただろうか…
恐らくそれほど時間は経っていないだろう。
「!!」
ルルーシュが自分の身体の変化に気づいたのを察知してシュナイゼルが悪魔の頬笑みをルルーシュへと向ける。
「ルルーシュ…私に反抗してばかりいる…お仕置きだよ…」
そう云って、シュナイゼルは寝室から出て行く。
「ま…待て…これは…」
―――熱い…身体が…あの液体は…
シュナイゼルは寝室の扉を閉める。
そして、それと同時に中からルルーシュの叫び声が聞こえてくる。
「そうか…ルルーシュにはまだ、あの薬は早過ぎたかな…」
全く反省している様子もなく、ルルーシュのその叫び声を心地いいと感じながらシュナイゼルは棚にあるブランデーとグラスを取り出し、そのブランデーの味を楽しんでいた。


『心の在処』へ戻る 『心の在処3』へ進む
『request』へ戻る 『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾