ゼロが窓の外の気配に気づいて、ルルーシュをその部屋から連れ出した。
このあたりは、双子の生母であるマリアンヌの血を引き継いでいると言えるのだろうか…
それとも、ルルーシュを愛するが故であると云おうか…
脱衣室でルルーシュの服を脱がせていく。
ルルーシュが足に障害を持ち、歩けなくなったのは…子供の頃…7年前にこのアリエスの離宮を離れた後だった。
ブリタニアは…日本の宣戦布告し、日本に攻め込んできた。
その時…激しい戦闘の中で、ルルーシュはとっさに誰かを庇った。
そのときに、足に大けがをしてその後、歩く事の出来ない身体となった。
それ以来、身の回りの事は全てゼロがしている。
けっして、誰にもルルーシュに触れさせる事はなかった。
たった一人を除いては…
ただ…今の彼らにその、たった一人の記憶がない。
「なぁ、ゼロ…俺が足を怪我した時…もう一人…誰かがいた様な気がするんだけど…」
ふと、ルルーシュがそんな事を口にした。
ゼロがルルーシュの服を脱がせる手を止めて、不思議そうにルルーシュの顔を見た。
「私には…そんな存在は知らない…。夢でも見たんじゃないのか?」
ゼロは本当にそんな人物の事は知らない…そんな風に言っているが…ルルーシュの中には何となくもやもやしたものが残った。
「そう…なのかな…」
少し俯き加減でルルーシュがそう答えると、ルルーシュの服を丁寧に脱がせていたゼロの顔がいきなりルルーシュの前まで上がってきた。
「ルルーシュは…そんなに私を妬かせたいのか?ルルーシュが他の人間の事を考えるなんて…不愉快極まりないのだが?」
「そ…そんなんじゃ…」
ゼロの言葉にルルーシュが慌てたように否定する。
そんなルルーシュを見ながら、ゼロはルルーシュを抱えあげ、バスルームへと歩いていく。
そして、足が不自由なルルーシュの為においてある、ルルーシュがシャワーを浴びる時に使っている椅子にそっとおろす。
シャワーから、適温のお湯が出てくることを確認してから、ルルーシュに渡す。
「私も服を脱いで来るから…それで、身体を流しておくといい…」
そう言いながら、ゼロはくすくす笑いながら一旦バスルームから出て行く。
ルルーシュは、また、ゼロにからかわれたのだと悟り、顔を真っ赤にする。
「ゼロのバカ!」
頭からシャワーのお湯を被ってなんとか自分の頭を冷やす。
そして、ゼロがバスルームに足を踏み入れた途端に、入口の方へとシャワーを向ける。
「わっ…ルルーシュ…何をするんだ!」
「俺をからかった罰だ!」
一矢報いてやったというルルーシュの顔と、顔面にシャワーを浴びせられてぽたぽたと雫を落としながら何とも言えない表情をしているゼロ…
一瞬だけ間をおいて…二人はくすくすと笑いだした。
ゼロがルルーシュに近づき、スポンジにボディソープを落として泡だて始める。
「さぁ…身体を洗ってあげるから…」
そう云って、ルルーシュからシャワーを取り上げる。
ゼロの言葉にルルーシュが真っ赤になる。
「い…いいよ…。身体くらい…自分で洗うから…」
そうは言うものの、普段、車いすの上にいるルルーシュと、ルルーシュを守る為に常に無意識に自分の体を鍛えてしまっているゼロとでは、腕力の差は歴然で…
「おとなしくしていないと…縛り付けるぞ…」
本気ではないとは思うが…ゼロの低い声で言われてしまうとつい、俯いてしまう。
本当は恥ずかしくて仕方ないし、ゼロはやたらとルルーシュに触りたがる。
ゼロがルルーシュに対しては、絶対に酷い事はしないとは解っている。
だからこそ、こうした時も安心して身を預けている。
時々、何となく必要なさそうなところに触れてくるのは気になるが…
そして、その度にルルーシュの身体がぴくっと痙攣するかのように、自分の意思とは関係なく動いてしまう。
その度に見せるゼロの笑みは…綺麗だけど…ルルーシュは何となく見たいけれど、見ると怖い気がしていた。
ルルーシュと同じ色の瞳を持つのに…どうしてこんなにも違う色に見えるのだろうと考えるが…
その内にそんな事も考えられなくなる…
「…ん…」
ルルーシュの身体にスポンジを滑らせながらゼロはその唇にキスをする。
そのキスはすぐに離れるのだが…
「な…ゼロ…ふ…んぅ…」
ゼロの突然の行為に抗議しようとするがすぐに唇を塞がれる。
ゼロのキスに頭の中がふわふわしてきて…その上、先ほどから『身体を洗う』と云う名目でゼロの持ったスポンジが体中を這いまわっているのだ。
「や…やだ…ゼロ…」
ルルーシュがやっとの思いで、ゼロに訴えるが…ゼロはまた、くすりと笑う。
「身体を洗って、ちょっとキスをしただけじゃないか…」
「そのキスが余計…なんだ…」
ルルーシュが真っ赤になってゼロから顔を逸らしてそう漏らした。
そんなルルーシュに満足そうな笑みを見せるが…流石に結構な時間、湯船にも入らずに遊んでいただけあって…
「っくしゅ…」
先にバスルームにいたルルーシュがくしゃみをした。
「ごめん…ルルーシュ…流石にこの恰好じゃ寒いな…。すぐに流して、湯船に入ろう…」
そう云って、シャワーでルルーシュの身体に着いている泡を流してやる。
綺麗に泡が流れていくと…ルルーシュの白く細い裸体が露わになる。
「本当に…ルルーシュの肌は綺麗だな…。殆ど外にも出ないから、綺麗な白磁のままだ…」
「ゼロみたいに…少しくらい筋肉が欲しいよ…。俺…どうしても腕は使うから…腕にばっかり筋肉が付いちゃって…不恰好だろう?」
ルルーシュとしては、どうしても、一人でいる時には腕の力で何とかしなければならない場面が多い。
なら…腕の力だけでもゼロに敵うかと云うとそうでもない…
それ故に、ゼロに対してはコンプレックスがあるらしい…
「そんな事はない…。それに、そんな見た目を気にする奴ばかりなら好都合だ…」
ゼロがにやりと笑って見せる。
「なんでだよ…それじゃ…俺一人になるじゃないか…」
「そう…ルルーシュが一人きりになってしまうなら…私がずっとお前の傍にいられるだろう?シュナイゼルも父上も…そんな見栄えを気にするような方たちなら私としては好都合だ…」
実際にはそうはいかないからゼロとしても癪に障るのだが…
それでも、そんなゼロの思惑を知ってか知らずか、ルルーシュは湯船に浸かりながら、ゼロに笑いかけてこう言葉をかけた。
「ありがとう…ゼロ…」
一方…ナイトオブラウンズに任命されたスザクは…
その日はたまたま、ゼロはシュナイゼルに呼び出される日で、皇帝であるシャルルからアリエス宮の警護を任されていた。
―――これは…何の嫌がらせだろうか…
本気でそう思えてしまう。
あの日以来、笑う事がなくなった。
仕えるべき主を亡くし、親友だと思っていたゼロが『黒の騎士団』を率いていた『ゼロ』であり、主を殺したという事実、誰よりも守りたかったルルーシュは…今、スザクの手の届かないところにいる…。
それどころか、皇帝の『ギアス』によって、彼らの中にスザクの存在そのものが希薄な存在としてしか映っていない。
ナンバーズでありながら、ブリタニアの最高十二騎士に選ばれた。
傍から見れば、これほど羨むべき事実はないだろう…表向きには…
しかし、ナンバーズであるという事は、祖国を裏切ったとも評価される。
「確かに…僕は…裏切り者だ…。ゼロと…ルルーシュを…」
ラウンズになってから一度だけ、ゼロとルルーシュとすれ違った事があった。
その時の事を思い出すと…今でも心が締め付けられた。
皇帝は…記憶の書き換えを行ったという…
そして…ゼロとルルーシュの中に『枢木スザク』と云う人物は存在するが、彼らにとっての『枢木スザク』は…ナイトオブセブン…としての存在でしかなかった。
すれ違った時…ゼロとルルーシュは正反対の反応を示した。
ゼロは…自分の祖国さえ裏切る裏切り者を見るような目で…
ルルーシュは…そんな境遇に置かれたスザクを憐れむような目で…
スザクを見ていた…。
どちらの視線も…スザクにとっては、切ないもので…辛かった…。
―――あの時…自分は…どうしたらよかったのだろう…
今更それに答えが出たとしても、何も意味は成さないと…解っていながらも考えてしまう。
ユーフェミアの仇を討ちたかった…
それは本当だった…
しかし、結局は、ゼロとルルーシュは記憶を捻じ曲げられ、自分の手から離れて行ってしまった。
エリア11での『黒の騎士団』の残党もほとんど一掃したという報告も入ってきた。
「お前は…確か…」
考え事をしているさなか…後ろから声をかけられる。
昔から武道を嗜んでいたスザクが背後からの気配に気づかない程真剣に考え事をしていたらしい。
振り返ると…
「エリア11からきた、父上の騎士って言うのは…お前だろう?」
自分で車いすを操りながらスザクに話しかけてきた。
スザクは慌ててその人物の前まで駆け寄った。
「はっ…枢木スザクです…」
本当は…良く知る人物であるにもかかわらず、今では、こうして…自己紹介をしなくてはならない。
しかも、相手は皇子、自分は皇帝の騎士として…
「そんなに畏まる事はない…。俺はどうも、そう云うのが苦手で…。俺はルルーシュ…。ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアだ…」
笑顔を見られる事は嬉しいが…こんな自己紹介をされると何とも言い難い気持ちになる。
一緒にいた頃の笑顔を見せられると…余計に辛い…
そんな事を考えていて、顔に出てしまったらしい…
「枢木…お前は元々ナンバーズだから…色々言われてしまうのかも知れないが…俺は、別に気にしない…。ついこの間まで…俺もエリア11にいたんだ…。ブラックリベリオンの折り、ブリタニア軍に保護されて、ここに戻ってきたんだ…」
スザクの良く知っている事を…ルルーシュが笑顔で報告する。
本当なら、こんな風に笑顔で話してくれる筈もないのに…
「そ…そうでしたか…。それでは…あまりエリア11に関してはいい思い出はないのでは?」
恐る恐る尋ねてみるが…ルルーシュの表情は、それほど不愉快と云った感じは見られない。
ただ…少し複雑な表情にはなっているが…
「実は…その頃の話はあんまり覚えていないんだ…。おかしいだろ?7年も日本にいた筈なのに…」
ルルーシュの言葉に…スザクは何を思う…?
ルルーシュの無邪気さがスザクの胸に突き刺さる。
―――今のルルーシュは…僕の知っているルルーシュじゃない…
久しぶりに見たルルーシュの笑顔…
しかし…それは、記憶を書き換えられ、スザクの事を知らないから見せてくれるもので…スザクが愛したルルーシュとは違う…
そう思うと、ルルーシュの顔を見るのが辛くなり…一礼だけしてその場を立ち去った。
ルルーシュがそんなスザクの後ろ姿を見送っていると…背中の方から声をかけられる。
「ルルーシュ…」
後ろから声をかけられて、ルルーシュはびくっとする。
恐る恐る後ろを向くと…なんでこんなところにこんな人がいるんだか…と云う人物が立っていた。
「父上…なんでまた、アリエス宮に?」
半ば呆れたように声をかけてきて、気持ち悪い程のほくほく顔をしている父であるブリタニア皇帝を見た。
実際に、皇帝である父が離宮に足を運ぶ事などめったにない。
「ここに来る理由など…ゼロとお前に会う為に決まっておるわ…。ゼロはどこだ?」
溺愛されている自覚はブリタニアに戻ってきてから自覚するようになった。
帝位を狙う皇子やその母達からは睨まれる事は解っている。
ゼロとルルーシュの後見がシュナイゼルとなった事で表だって双子達を非難しにくくなっている事は確かで…
そして、ゼロ自身もシュナイゼルの下で色々と戦略などに関する話をして、役に立っているらしい。
「ゼロなら…今は、シュナイゼル異母兄上のところへ…。エリア11の騒動の後始末のためとか…何とか…」
「そうか…」
父であるシャルルが何かを考え込むような素振りをする。
その様子をルルーシュは黙って見ていたが…先ほどの新しく父の騎士となったイレヴンの事が気になる。
「あの…父上…」
何か考え事をしている最中のようではあったが、ルルーシュは父に疑問をぶつけた。
「なんだ?ルルーシュ…」
「あの…さっき、父上の新しい騎士に会いました。枢木と云う…イレヴンの…」
そのルルーシュの言葉にシャルルがぴくりと眉を動かす。
シャルルはゼロとルルーシュの記憶を書き換え、スザクにナイトオブラウンズの称号を与えた張本人…。
しかし、ルルーシュはその事実を知らない。
「あの者は…『黒の騎士団』の『ゼロ』を捕らえたのだ…。その功績によってわがラウンズとした…」
短い言葉で返され…そのまま何も言わない。
少し怖い気もしたが…シャルル自身はゼロもルルーシュも溺愛している。
だからこそその先を云えたのかも知れない…
「父上のラウンズだというのであれば…欲しいなどとは云いません…。ただ…時々、アリエス宮に呼んでもいいですか?もちろん、ラウンズとしての任務がない時に…」
ルルーシュの言葉にシャルルも一瞬驚く。
が、すぐに表情を戻し尋ねる。
「何故…そう思う…?」
相変わらず低い声で尋ねられるとびくりとする。
しかし、必要な事を云う限りにおいては、決して嫌な事を言われたからと云って無差別に罰するという事はない。
「俺と…同じくらいの年に見えたから…。それに…彼がイレヴンだからなのかも知れません。俺も…エリア11に暮らしていたから…誘拐されていたとは云え…」
その言葉につい黙り込んでしまうが…できる事なら近づけたくはないが…
「解った…任務のない時には寄越してやろう…」
その答えにルルーシュは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、珍しくシャルルが父親の顔となる。
「ありがとうございます…父上…」
ルルーシュの言葉にシャルルは苦笑してしまった。
―――あやつをこれの傍にやる気など…ないくせに…
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