皇子の我儘 1


 ルルーシュ皇子は枢木卿が守るべき皇子である。
この皇子様…普段は、帝国宰相である第二皇子のシュナイゼル皇子にも覚えがめでたい程有能な皇子様なのだが…
だが…年若いうちからそんな風に有能な皇子様をやっていて…ストレスがたまらない筈もなく…
そんな時はいつも枢木卿に我儘を云っている。
普段はちょっと幼い気もする様な我儘程度なのだが…
例えば、王宮を抜け出して城下を探検しようだとか…ルルーシュ皇子の異母姉君であるコーネリア皇女に剣術で勝つ為に勝てるようになるまで特訓しろ(←無茶言うな!)だとか…その程度なら…まぁ、ルルーシュ皇子が納得するまで付き合ってやればいいのだが…
しかし…枢木卿も人間だ。
出来る事と出来ない事がある。
ある時…
ルルーシュ皇子は枢木卿におかしな…と云うか、無茶振りな要求を突き付けてきた。
自慢ではないが、枢木卿…ルルーシュ皇子に『体力バカ』と言われるだけあって、非常に身体が丈夫だ。
毎年のインフルエンザの予防接種もルルーシュ皇子にがたがた言われるから受けているが…基本的にそんなものに頼らなくても風邪ひとつひく事はない。
昨年のルルーシュ皇子の誕生日など…ルルーシュ皇子本人が風邪をひいてしまって、お祝いどころじゃなかったくらいだ。
それでも、枢木卿は風邪はひかないし、体調を崩したところを見た事も一度もない。
ルルーシュ皇子と一緒にルルーシュ皇子の公務には必ず付いて回っているし…
確かに頭を使う仕事の場合は、ルルーシュ皇子が頑張るのだが、体力勝負の場合は枢木卿が頑張っているのだ。
そんな枢木卿にルルーシュ皇子が付きつけた要求とは…
まぁ、シュナイゼル皇子直属の特別派遣嚮導技術部のロイド辺りに頼めば出来ない事もないだろうが…ルルーシュ直属の部署じゃないから頼む事も出来ない。(黙ってやればシュナイゼル皇子にばれる事はないだろうし、ばれたとしても特に怒られる事でもないと思われる)
ルルーシュ皇子の母君マリアンヌ皇妃に相談してみても…彼女がどれだけ枢木卿をしごいてもルルーシュ皇子が望む程の結果は得られなかった。(一体何をしたいんだ?)
ルルーシュ皇子は、普段ならその頭脳で前線では大人たちの度肝を抜いているが…こうして、自分の為に使おうとすると…どうもうまくいかないらしい…
考えてもダメなら…
なら、枢木卿に直接お願いしてしまえばいい…
最終的にはそういう結論に至ったのだ…
「スザク…病気になれ!」

 ルルーシュ皇子のその一言に…枢木卿は…
何と答えていいのか解らず…
と云うか、ここで、何か答える事が本当に正しいのかが良く解らない。
「は?ルルーシュ…自分で云っている言葉の意味…ちゃんと解っているのか?」
枢木卿はルルーシュ皇子のおでこに掌を当てながらそう尋ねる。
「う〜〜〜ん…熱はなさそうだけど…。何か悪いものでも拾い食いした?」
枢木卿はいたって真面目にルルーシュ皇子にそんな事を尋ねている。
ルルーシュ皇子は枢木卿のそんな態度に大層怒りを覚えたらしく、ルルーシュ皇子の額に当たっている枢木卿の掌を払いのける。
「スザク!僕をバカにしているのか!?僕はいたって健康だし、拾い食いなんて事していないのは四六時中僕と一緒にいるお前が良く知っているだろうが!」
ルルーシュ皇子が枢木卿に怒鳴り散らしているが…
しかし、普通に考えれば、枢木卿の対応はいたって自然だし、不思議はない。
公務の時には非常にその優秀明晰な頭脳を発揮するのだが…
一旦公務から離れてしまうと…どこか数本、きれちゃっている様にも見える…
と云うか、こんな事を言われたらそう思ってしまっても仕方ないだろう。
「あのさぁ…いきなり病気になれ…って云われても…。多分…ジェレミア卿も今の俺と同じ反応すると思うぞ…。と云うか、ジェレミア卿なら…その場で大泣きすると思うけど…」
枢木卿が呆れ顔でルルーシュ皇子にそんな風に言うが…
大体、そんな命令を下して、その命令を素直に聞いたところで、ルルーシュ皇子が何をしたいのか、よく解らない…
否、全然解らない…
そもそも、ルルーシュ皇子は枢木卿を『体力バカ』と呼んでいるくらいなのだから、命令されてそう簡単に病気になる事など出来る筈もない…
と云うか、普通の人だっていきなりこんな事を言われても困ってしまうだろう。
「僕はスザクだから頼んでいるんだ…。ジェレミアに云ったら…泣くと云うよりも、全力で氷水の風呂に入って翌日には高熱を出してくれるだろうな…。でも、ジェレミアは母上の部下だ…。僕の身勝手でそんな真似をさせられないからな…」
なんだか…尤もそうな事を云っておきながら、中身を分析するとめちゃくちゃである。
そんなルルーシュ皇子にツッコミを入れるべきかどうか…
正直悩んでしまう。
ここで、ご機嫌を損ねると色々あとが面倒だし…
しかし、ルルーシュ皇子の表情を見ていると本当に至って大真面目に云っているように見える。
流石にルルーシュ皇子の騎士をやっていれば、その程度の事は察しがつく。
枢木卿が一生懸命普段はあんまり使う事のない頭をフル回転していると…
「僕は…スザクの…看病をしてみたいんだ…」
と…ルルーシュ皇子が小さな声でそんな事を漏らした。
「へ?」
ルルーシュ皇子のその一言に…枢木卿も…ただ、ひらがな一文字しか出て来なかった。
とりあえず、もう一度、ルルーシュ皇子の小さな声で漏らした、(多分)ルルーシュ皇子の本音と思われる言葉を自分の頭の中で分析し始める。

 とりあえず、ここで、ルルーシュ皇子の一言だけで分析するのは不可能と云う結論に至るまで約3分… ウルトマンがその姿で地球にいられる時間…
一般的なカップラーメンが熱湯を入れて、美味しく食べられる頃合いになる時間…
その3分と云う時間…長いのか短いのか…今のところよく解らない…
と云うよりもそれどころじゃない…
「だって…スザクは…僕の誕生日の時…僕の看病をしてくれた…。でも…スザクは…風邪も引かないし、けがをしたって、入院したり、僕がスザクの面倒を見なくちゃならないって云うほどひどい状態になった事ないし…。それに…僕…」
ルルーシュ皇子の段々小さくなっていく声に…
枢木卿はちょっとかわいいと思ってしまったのだが…
しかし…
その感想はすぐに撤回したくなった…
「ほら…『バカは風邪引かない』って云うけど、『夏風邪はバカが引く』って云うだろ?だから…今は夏だし…スザクに頼めば…出来るかなって…」
その一言に、ぷっちんと切れてしまいそうになるが…
しかし、ルルーシュ皇子は枢木卿の守るべき皇子様だし、枢木卿はルルーシュ皇子の専任騎士で、主の事を守らなくてはならないのだ…
心身共に…
身体の方は守っていると思う…。
戦場でも身をタテにしてルルーシュ皇子を守っているし、平和な時に、食の細いルルーシュ皇子が食べたくないと云っても確実に食べさせている。
そして、読書に熱中して夜更かしをしようとすると、無理矢理でも寝かしつけている…
一体どこの保父さんだ?と聞かれそうなくらい甲斐甲斐しくルルーシュ皇子の傍にいて、ルルーシュ皇子を守っていると思っているのだが…
しかし…
ルルーシュ皇子にもストレスがあったらしい…
どこで、何を見聞きしてそんな事をしたいと云い始めたのかは知らないが…
それでも、真剣な目で…しかも恥ずかしそうに枢木卿にそんな事をぶっちゃけている(と云っては失礼かもしれないが…内容がこれでは『ぶっちゃけている』でももはや構わない)
確かに…内容がこれでなければ…枢木卿にとっては『萌え♪』要素たっぷりなルルーシュ皇子なのだが…
流石に、いきなり『病気になれ!』と云う命令に…素直に『イエス、ユア・ハイネス』と答えられるのは…多分、ルルーシュ皇子の教育係を任されているジェレミア卿と、コーネリア皇女の騎士であるギルバート=GP=ギルフォード卿くらいだろう…
否、ギルフォード卿の場合は、『私が風邪を引いて熱を出したとしても…姫様の為にこの身を持って姫様をお守り致す!』とか云って、看病させてくれるような状況にはなるまい…
そもそも、ルルーシュ皇子ではないのだから、コーネリア皇女がそんな無茶振りな命令を出すとも思えない…(まぁ、仮の話だから)

 枢木卿は大きくため息を吐いて、ルルーシュ皇子の両肩に自分の両手を乗せる。
「ごめん…ルルーシュ…。俺、夏風邪も引いた事ないんだ…。それに…俺が熱でも出したら誰がルルーシュを守るんだよ…」
普段よりも幼い雰囲気を醸し出しているルルーシュ皇子に枢木卿がちょっと困ったように…でも、バカな弟に色々諭す兄の気分でそんな事を云う。
枢木卿とルルーシュ皇子は、同じ歳であるが、枢木卿の方が5ヶ月程誕生日が速いのだ。
だから、『弟を諭すお兄ちゃん…でもいいよな…』と、枢木卿自身、ちょっと苦しいというか、無理があるというか…適当な言い訳を自分でしている。
「え?スザクは…熱を出したり、寝込んだりしたこと…ないのか…?」
ちょっとだけ悲しそうな顔をしているルルーシュ皇子を見て枢木卿はちょっぴりドキッとしてしまう。
しかし…ここで無茶振りをしているのはルルーシュ皇子の方である。
この可愛さに負けて氷水の風呂に一晩中浸かる事なんてできない…
まして、これまで風邪ひとつひいた事がなかった枢木卿が一晩氷水につけておいたところで病気になるかどうかは微妙なところだ…
「まぁ…俺の記憶の中で誰かに看病して貰った記憶って…ないんだよ…。だから…ルルーシュ…ごめん…」
とりあえず、ルルーシュ皇子が残念そうな顔をしているので枢木卿もちょっと謝っておく。
こうした表情も可愛いのだが…
その裏に隠れている悪魔のような無茶振りに付きあわされてたまるか…と云う部分は否めない。
そもそも、ルルーシュ皇子が枢木卿よりも寝込んじゃうことが多いのは、確かに若いながらにも大きな責務を負っている事もあるが…
普段の食の細さも絶対に起因している。
そして、自分が何かに夢中になると睡眠も食事もそっちのけになってしまうところだって絶対に原因になっているに違いないのだ。
「そうか…ごめん…スザク…。ひょっとしたら…そうやってスザクが具合悪くなれば…少しはスザクが身体を休める事が出来るし…僕と一緒の時間…僕に甘えても…誰にも怒られないかと思っただけなんだ…」
しゅんとなってルルーシュ皇子がここまで考えてきた事の真相を話している。
そんなルルーシュ皇子を見ていて…枢木卿自身、心臓が飛び出そうなほどドキッとしてしまう。
ちょっとだけ、子供っぽくなって、ちょっとだけ泣きそうになっていて、ちょっとだけ顔を赤らめていて…
そんなルルーシュ皇子の顔を見る事が出来るのは、ルルーシュ皇子の専任騎士の特権だと…枢木卿は思っている。
「有難う…ルルーシュ…。でも俺は大丈夫だから…。今度…二人で休みをもらえたら…また、離宮に行こうな…(オフラインの『素直な気持ち』を参照)」
そう云いながら…枢木卿はルルーシュ皇子の細い身体をぎゅっと抱きしめた。

 で、翌日… 枢木卿は軍の訓練で野戦訓練をしているのだが…
いつもとちょっとだけ様子が違う…。
実際の戦闘のシミュレーションとして行われる訓練だから…
気を抜けば怪我をする事は承知しているのだが…
しかし…枢木卿の他にもターゲットがいる筈なのに…
敵軍に扮した訓練生たちの枢木卿への攻撃は凄まじいのだ。
「っく…どうして…俺ばかり…」
最初の内はそんな事を口にする余裕があったが…
しかし、時間が経ち、体力の消耗が激しくなるにつれて、枢木卿への攻撃も激しくなっている。
勿論、他の訓練生たちがいるのだから、全て枢木卿に集中している訳ではないのだが…
どう、甘く見積もっても、敵軍に扮している訓練生の1割以上が枢木卿に割かれている気がする。
殺す気がない事は解る。
ただ…怪我をさせる気満々な攻撃が続いている。
そんな激しい訓練の中で身体中に切り傷やら擦り傷が無数にできた。
―――また…ルルーシュに手当てをして貰えるかな…
などと考えてみてはいるが…
しかし、訓練後半になってくると、そんな事を考える事すら出来なくなる。
そして…訓練用の司令室には…
「う〜ん…さすがスザクだな…」
モニタを見ながらそんな事を呟いている某第11皇子…
つまり、枢木卿の仕えるべき皇子様だ。
「あ…あの…殿下…。これでは…他の訓練生たちの訓練には…」
「まだ、スザクが入院して自分で身動きとれない程の怪我をしていないじゃないか…。僕は…スザクの看病をしたいんだよ…」
おろおろする訓練生たちの指導教官が遠慮がちに訴える。
しかし、そんな教官等目もくれずにルルーシュ皇子がモニタに目をやる。
「次…第三部隊は枢木スザクの背後に回り、半分が周囲にいる訓練生たちを攻撃…残りで枢木スザクを一斉攻撃…」
モニタを見ながらルルーシュ皇子がマイクに向かって命令している。
つまり、枢木卿の敵側に当たる訓練生たちの指揮官をルルーシュ皇子がやっていて、何としても枢木卿の看病をしたいルルーシュ皇子が必死になって枢木卿を攻撃しているのだ。
しかし、おろおろしながらも、指導教官が枢木卿の運動能力に目を丸くする。
あれだけの攻撃をくらって未だに擦り傷や切り傷程度のけがしかしていないのだ。
そして、ルルーシュ皇子には決して言えないが…
―――皇子殿下の騎士になんて…なんて勿体ない…。前線で先頭切らせた方が絶対に役に立つ人材だと云うのに…
と思っているのはこの教官以下、今回のこの枢木スザクの凄まじい戦いぶりを見ていた者たちが思っていたのだった…

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