軍の訓練中…ルルーシュ皇子の指揮の下…枢木卿は集中攻撃をくらっていたが…
しかし…ルルーシュ皇子は枢木卿の運動能力を見誤っていた…
実は、枢木卿…切り傷や擦り傷はわざと付けていたらしい…
ルルーシュ皇子に手当てをして貰おうと…
あの程度の攻撃であれば、無傷でかわす事も出来たのだが…
しかし…あんまり目立つとルルーシュ皇子の騎士であっても、色んな軍からお呼びがかかる事になりそうだったし、編の上官に目を付けられる事になりそうだったので、なるべく目立たないように…と思っていた。(あの時点で充分目立っている事に気づかないのが流石ルルーシュ皇子の騎士である)
それに…枢木卿の中ではこうも思っている。
『ルルーシュの騎士たる者…このくらい出来なくてどうするんだ!?』
と…。
まぁ、どっかの執事さんのパクリである事はスルーして頂くとして…
それでも、枢木卿の心の中ではルルーシュ皇子の騎士として恥ずかしくない程度の力は欲しいと思っていた。
ここまで出来る必要があるかどうかは…甚だ疑問が残るが…
それでも、ルルーシュ皇子が剣術だとか、武術に関してはあまり得意ではない。
頭がいいから作戦を考えたり、戦略を提案したりする事がルルーシュ皇子がシュナイゼル皇子の下で任務をこなす上での役割だ。
そんなポストについていると…当然ながら…命を狙われる事が多い。
まして、体力や運動能力に関しては…女の子である、コーネリア皇女の妹姫にして、ルルーシュ皇子の異母妹姫であるユーフェミア皇女にも負けてしまうのだから…
枢木卿はよく、ルルーシュ皇子の母君であるマリアンヌ皇妃の特訓(と云う名目の下のしごき)を受けているのだが…マリアンヌ皇妃は流石庶民の出でありながら騎士候にまで上り詰めた功績があるだけの事はある…。
彼女に子供が出来たからという事で、第一線を退いているが…このまま軍に戻ってもすぐに戦力になれそうなほどの実力の持ち主だ。
枢木卿をしごく上で色々と体力や体術を鍛え直さなくなってしまったから、マリアンヌ皇妃も日ごろ、それなりに努力はしているらしいが…
しかし、それでも、人間の最も充実した肉体を持つ年齢の枢木卿を相手に互角に戦える子持ちの女性など…探してもなかなか見つからないだろう…
恐らく、軍としてはマリアンヌ皇妃の引退は…非常に残念がられたに違いない…。
コーネリア皇女もマリアンヌ皇妃に対して尊敬の念を抱いているので…未だにアリエスの離宮に来るとマリアンヌ皇妃に教えを乞うているのだ。
枢木卿自身、そんな母親の下に生まれたルルーシュ皇子が何故にそこまで運動を苦手とするのか…疑問に思うが…
しかし、ルルーシュ皇子の遺伝子はマリアンヌ皇妃の遺伝子が半分、ブリタニアの皇帝陛下の遺伝子が半分だ…
―――つまり…運動能力に関しては皇帝陛下の遺伝子が表に出てきちゃったんだろうな…
ルルーシュ皇子の指揮の訓練生の軍と戦っていたとは気づきもせず…
ただ…今日は大変だったなぁ…くらいの状態で枢木卿がやっと終わった訓練から好意室へと向かい…シャワー室でシャワーを浴びていた。
身体中には切り傷やら擦り傷がいっぱいで…お湯が当たると結構痛い…
「いててて…」
そんな声を出しながら、枢木卿はシャワーで汗や土で汚れた身体を洗い流している。
隣のシャワーブースには…枢木卿と同じ部隊にいた訓練生がシャワーを浴びていた。
「あの…枢木卿…」
隣から声をかけられる。
「はい?」
その声に返事すると…その相手はなんとなく…身体を辛そうにしている。
「あの…枢木卿はルルーシュ殿下の専任騎士でしたよね?」
今更な事を訊かれて枢木卿は不思議そうな顔をする。(もちろん、シャワーブースにいるので尋ねてきた相手にはその表情を見る事が出来ないが…)
「はい…そうですが…。それが…何か…?」
意味も解らず答えるが…
その後に彼が尋ねてきた内容で…彼の質問の意味を知る事になる。
「ルルーシュ殿下と喧嘩でもされたんですか?最後のあの実戦シミュレーションの時の…相手の軍の指揮官…ルルーシュ殿下だったそうですけれど…」
「え?」
こいつもどこでそんな事を聞いてきたか知らないが…あの時の相手方の指揮官はルルーシュ皇子だった事に驚く。
しかも…明らかに枢木卿を集中攻撃していたフシがある…
しかし…
昨日…ルルーシュ皇子に『病気になれ!』などと云う無茶振りな命令をされた。
これも…何か関係があるのだろうか…
―――そう言えば…俺の看病したいとか云っていたな…
「今回…あからさまに自分たちの隊に攻撃が集中していたでしょう?いつもなら、ラスター教官はあんな攻撃の仕方をしないから…ちょっと気になって教官室へ行った時…ちらっと聞いちゃったんですけど…」
隣のシャワーブースから聞こえてくる声に…枢木卿は大きくため息をついた。
そして…ある意味お互い様なのだが…今回のルルーシュ皇子のやった事に関しては少々憤りを覚えない訳にいかない。
枢木卿だけが痛い目に遭う分にはまぁ…ある意味仕方ないが…
今回は完全に越権行為だ…。
訓練生に対して…そんな事をしてしまっては…そして、こんな形でばれてしまっては…
「あの…ルルー…じゃなくて、殿下は…最近、お疲れのようでしたので…。ちょっと采配を間違えてしまったのかと思われますが…」
苦しい云い訳だが…
これで納得してもらうしかない。
一応、軍の中の官位は枢木卿の方が上だし…と云うか、ルルーシュ皇子の騎士と云う事もあり、訓練生としてはあり得ないのだが…実は教官も、枢木卿に対しては礼を払う形になっている。
だから…尋ねてきた訓練生も…枢木卿の話を聞いて…
「そうですか…。だったらいいんですけど…。自分…こんなに身体中が傷だらけになった訓練…初めてですよ…」
「まぁ…前線だと、あれくらいの戦闘はありますけれど…」
フォローになっているかどうか全く解らない一言を置いて…枢木卿はシャワーブースを出て行った…
身支度をして、すぐにルルーシュ皇子の待つアリエスの離宮に向かう。
流石に…(現場ではあの程度の戦闘は結構当たり前だが)訓練生に対してあんな形で自分のやりたい事の為の越権行為は…
騎士として諌めなくてはならない…
解っていない訳でもないだろうが…
確かに…枢木卿も骨折くらいしてやればよかったのかもしれない…
負けず嫌いなルルーシュ皇子の事…最初はそんなつもりはなかったと思われる。
普通に枢木卿だけを狙った攻撃だったが…段々、枢木卿が頑張ってしまって…ルルーシュ皇子も頑張ってしまったのだろう…
枢木卿が変に頑張ってしまったおかげで、ルルーシュ皇子がその負けず嫌いな性格をフル回転させて…頑張ってしまい…
そして…他の訓練生たちに影響が出てしまった…
―――どうりで…教官たちが俺に対して妙な態度を取っていた訳だ…
そう思いながら、アリエスの離宮に戻ると…
「あら…お帰りなさい…枢木卿…」
「あ…マリアンヌ様…。あの…ルルーシュは…?」
最初に出迎えてくれたのはルルーシュ皇子の母君である、マリアンヌ皇妃だった…。
「ルルーシュなら…自室にこもって何か色々と考えているみたいだけど…。折角のお休みなのに…何をしているのかしら…」
マリアンヌ皇妃が頬に人差し指を当てながらそんな事を呟いている。
枢木卿は大体、今ルルーシュ皇子が何を考えているのかが解っている。
「あ…ルルーシュが休みなのに…自分は軍の訓練に出かけてばかりなので…退屈をしておられるんでしょう…。ストレスもたまっているみたいですし…」
枢木卿がそんな風にフォローすると…マリアンヌ皇妃がにっこりと笑って枢木卿にこう告げる。
「ごめんなさいね…あの子…我儘で…。でも…あなたがいてくれて本当によかったわ…。どうせ、後先考えずに自分のやりたい事をごり押しして…人に迷惑をかけちゃったんじゃないの?」
「え?」
枢木卿がマリアンヌ皇妃の言葉に目を丸くしていると、マリアンヌ皇妃がころころと笑いだした。
「母親って…面白いものね…。自分の子供の事だと…何でもわかっちゃうのよね…。あなたも大変かもしれないけれど…あの子の事…よろしくね…」
改まってマリアンヌ皇妃からこんな事を告げられてしまうと…なんて答えていいのか解らない。
どうやら…マリアンヌ皇妃はルルーシュ皇子が(具体的に何をしたかは解っていなくても)何かをして人様に迷惑をかけた事を察知していたのだろう。
そして…枢木卿のこの態度で確信を得てしまったらしい…
「申し訳ありません…マリアンヌ様…。自分の力が至らないばかりに…」
枢木卿が深々と頭を下げてマリアンヌに謝った。
「いいのよ…。まぁ、明日、私が出向いて、訓練生の教官たちには私から謝罪しておきます。あなたは…あの子にしっかりとお灸をすえてやって頂戴ね…」
そう言って…マリアンヌ皇妃は離宮の奥の…自室へと入って行った…
―――コンコン…
枢木卿がルルーシュ皇子の部屋の扉をノックする。
流石に…マリアンヌ皇妃にまであんな風に言われてしまうと…
大体、お灸をすえると云うのも…どうしたらいいのか解らない…。
でも、ルルーシュ皇子の騎士である以上…ルルーシュ皇子が間違った事をしたのであれば、専任騎士である枢木卿が諌めなくてはならないと…
そんな風に思う。
何も。主の云う事を全部聞く事が忠誠ではない。
間違った事をした時にはちゃんと諌めてやるのも…忠義の形だ…
『どうぞ…』
中から…ルルーシュ皇子の入室を許可する返事がある。
枢木卿は静かに扉をあける。
実際に、どうやって諌めるのがいいか…迷うところだ。
いくら騎士だと云ったって…枢木卿だってルルーシュ皇子と同じ歳だ。
ただ…今回のルルーシュ皇子のやった事が…越権行為であり…この先…ルルーシュ皇子の支配下に置かれるかもしれない訓練生たちの不安を煽った事に対しては…ちゃんと、指摘して、改めさせる必要があると…そう考える。
「ルルーシュ…」
いつもより低い声で枢木卿がルルーシュ皇子の名前を呼ぶ…。
ルルーシュ皇子は枢木卿の普段とは違う雰囲気に気づいていないらしく…パソコンに向かって何かを打ち込んでいる。
「お帰り…スザク…」
この状態を見ると…恐らくルルーシュ皇子に自覚はないと思われる。
「ルルーシュ…話がある…。だから…手を休めて…俺の方を見ろ…」
ルルーシュ皇子はここまで云われて枢木卿がいつもと違う雰囲気である事に気が付く。
しかし…それほど深刻に考えている様子はない。
「なんだ?」
「ルルーシュ…お前は…今日…軍の訓練の野戦シミュレーションで…指揮をしていたらしいな…。しかも…俺を集中攻撃する為のプログラムで…」
枢木卿の声の様子がいつもと違う…
その事に気がついたルルーシュ皇子が…少しだけ表情を変える。
「あれは…。でもスザクはぴんぴんしているじゃないか…」
「ああ…俺はな…。確かに俺と同じ隊にいた訓練生たちにも普段と変わらない程度のけがしかなかった…。でも…ルルーシュの指揮で…訓練生全体に不安を残した事を自覚しているか?」
枢木卿の言葉に…流石のルルーシュ皇子もびくっと身体を震わせた。
「俺の看病をしたいなんて言っていたが…そんな事の為に皇族の権力を使って…あんな越権行為をしたのか?ひょっとしたら…あの訓練生の中に将来、お前の手足となって働く者もいるかもしれないのに…。今日…シャワーを浴びている時に…俺と同じ隊にいた訓練生に聞かれたよ…。『ルルーシュ殿下と喧嘩でもしたんですか?』ってね…。確かに今日の事はそう言われても仕方ないと思う…。俺だって、何か変だと思っていた…」
段々…枢木卿の言っている事が理解出来てきて…ルルーシュ皇子も顔色を変えて行く。
そう…ルルーシュ皇子はシュナイゼル皇子の下で作戦指揮を執っている。
作戦指揮を円滑に行っていく場合…兵士たちとの信頼感が不可欠なものだ…。
今日のルルーシュ皇子の行為は…確かに軽率と言えば…軽率な行為であった事は…認めざるを得ない…
ルルーシュ皇子の表情が変わって行くのを見て、内心、枢木卿は安心する。
枢木卿の言葉を理解して、自分のやった事についてきちんと振り返っているという証拠だから…
しかし…きちんと云うべき事は云って、ルルーシュ皇子の行動を改める方向に向けて行かなくてはならない。
「ルルーシュ…お前は自分の皇族としての立場とその権力を知らな過ぎる…。マリアンヌ様がいくら庶民の出だと云ったところで…皇族だし、お前だって、マリアンヌ様の長子であり、しかもシュナイゼル殿下の片腕とまで言われている皇子殿下なんだ…。お前の行動は…下々の者に大きな影響を与える事を自覚しろ…」
枢木卿がそこまで云うと…ルルーシュ皇子が身体を震わせ…声も震わせながら…一言言葉にした…
「ごめん…なさい…」
今にも泣きそうになっているルルーシュ皇子の顔を見て…やっと、大きく息を吐いた。
元々頭の悪い皇子殿下ではない。
人の言っている事をきちんと理解できる…だからこそ、あのシュナイゼル皇子の下で様々な功績をあげているのだろう。
「俺に謝っても仕方ない…。明日…訓練生たちに謝りに行こう…。俺も一緒に謝るから…」
「謝る…?」
「そうだ…。いくら皇族だって人間だ…。間違いを犯すことだってある…。間違いを犯した時にしなくてはいけない事は…迷惑をかけた相手にきちんと謝る事…。二度と同じ間違いを犯さない事…。その二つだ…」
枢木卿の言葉にルルーシュ皇子がこくんと頷いた。
いくらなんでもルルーシュ皇子は調子に乗り過ぎた…と…今更ながら気がついた。
枢木卿が指摘してくれなければ…気付かなかったかもしれない…。
これから先、皇位継承順位の高くないルルーシュ皇子がこのブリタニア帝国の皇族として生きて行く為には…母君同様…実力を認められて、自分の地位を築き上げる事が必須だ。
皇族の中では人一倍努力して、功績をあげて行かなくては生きていけない立場なのだ…
「ごめん…スザク…。ごめん…」
ルルーシュ皇子はついに泣き出した。
こんな時に涙を見せるのは卑怯だと思う…
でも…それでも…
「解ったならいいよ…。明日…ちゃんと謝りに行こう…。それに…俺もごめん…。ルルーシュがそこまで色々ストレス溜めている事に…気付かなくて…」
「え?」
ルルーシュ皇子は枢木卿の言葉に驚いた表情を見せた。
「ルルーシュは普段は…そんな事はしないだろ?俺に我儘を云う事はあってもさ…他人には絶対に迷惑をかけていないから…。だから…色々辛かったのかな…と思ってさ…」
少しだけ目を潤ませながら枢木卿の顔を見つめているルルーシュ皇子に…さっきとは打って変わって優しい表情になった。
「明日…きちんと謝る事…。そしたら…明後日…俺、病気になるから…。そしたら…一緒にいよう?」
「でも…」
「仮病も病気の一つ…。看病はさせてやれないけど…一緒にいられるだろ?マリアンヌ様とジェレミア卿から怒られちゃうかもしれないけどさ…」
ルルーシュ皇子に悪戯っぽく笑いかけると…ルルーシュ皇子は枢木卿に抱きついて…暫くの間…声をあげて泣いていた…
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